メイド ナーシャの日常

うぃん

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第一章 黒い髪のメイド

メイドの日常(1')

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(俺はしくじったのか。なぜあの小僧はまだ生きている?)

 エルクの街にある場末の酒場で、一人の男は苦悩していた。

 この男の名はヘンリーと呼ばれていた、ダルリア王国の隣、グランド小王国のギルドに所属している冒険者だ。

 中肉中背どこにでもいそうなその容姿は、この酒場においても自然に回りに溶け込んでいて、目立つことはない。

 そのいでたちは収集家もしくは軽戦士と呼ばれるジョブをもつ者のようにみえる。

 この世界の冒険者は自由人とも呼ばれ、冒険者ギルトに所属し、そのギルドからの依頼を受け報奨を得る生活している。

 商人の護衛など国をまたがる依頼もあり、ヘンリーのような他国のギルト所属の冒険者というのは、けっして珍しいものではなかった。

 男が通常の冒険者と違う点をあげるとするならば、暗殺術をもつA級の蟲使いであったことだ。そのヘンリーという名前についても本名ではないだろう。

(計画は完璧だった、俺の蟲たちは完全な仕事をおこなっていたはずだ。なのになぜマルカムは生きているんだ?)

 男は、アルピン家頭首ケネスに恨みを持つ某国からの依頼にて、マルカムの殺害を依頼されていた。

 事前の情報にてアルピン家の料理人が珍しい各国の食材を集めていると確認していたため、収集家としてアルピン家に近づいたのだ。

 彼は蟲使いとしてはとても珍しい蟲を使う。

 蟲使い自体が大変にレアなジョブなのだが、通常蟲使いは大型の蜂や蟷螂の魔物を使役することが多い、だがヘンリーは蚊や蚤などの極小の魔物を操ることを得意としている。

 小さな魔物はその知能も保有する魔力も大変に少ないため、極度に緻密なコントロールを要求される。

 非凡な彼の才能と努力がその不可能を可能としていた。

(蚤の魔物に命令式を構築し、厨房からとりわけされた桃のコンポートに身体を内部からゆっくりと破壊する毒を注入した。監視役の蟲を使って確認もした。子供の身体ならば2日後には発熱、腹痛などの症状がみられるはず、そして内臓が腐り始め、半月後には死亡していたはずだ。服毒から5日もたつのに、なぜ何の症状もでていない?)

 まさかメイドが生活魔法をつかってそのデザートを自分好みの味に改変し毒の成分を変質させた、などとは考えもできなかった。


(毒に生まれつきの耐性でもあったのだろうな。まあいい、依頼期間はまだある、また計画を練るとしよう)

「そこの女、一緒に飲まないか?今日は一人なんだ。いい儲け話があってな懐はあったかいぞ」

 男は、娼婦と思われる女に声をかけ、エルクの夜の街に消えていった。

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