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第一章 黒い髪のメイド
メイドの日常(2)
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アルピン家のお屋敷は街の中心から少し外れた丘のふもとにあります。
最初にこのお屋敷にやってきたときは、その大きさにびっくりしたものでしたが、一緒に働いているメイド仲間のリリィに言わせると、他の君主様のお屋敷に比べれば大変に質素だといいます。
普通の貴族の住まいと大きく違う点は、剣術の訓練場が敷地の一角にあることでしょうか。
その訓練場は大変に立派なつくりをしていて、小さなコロッセオとしてもいいましょうか、円形型の訓練場のまわりには階段状の見学席も一部に用意されています。
まるで王都にあるコロッセウム(大円形闘技場)のミニチュアのようです。
またこの訓練場ですが、なんと貴族だけではなく平民からも訓練生が参加しています。
初代アルピン家の頭首様は平民から剣一本で爵位を当時の王より授かったということもあり、この訓練場建設当初から剣の実力のあるものは身分を問わず受け入れるのだと、ケネス様よりお聞きしたことがあります。
当然、マルカム様も幼少のころよりこの訓練場で剣術の腕を磨かれています。
「ナーシャ、今日は剣術の練習はお休みしたい……」
マルカム様のふだんあまり聞けない弱気な言葉に、ナーシャはもうメロメロです。思わず抱きしめたくなってしまいます。
弱気の原因は、ダルリア王国王都リアーダから剣術指南のギリク様がやってきているからのようです。
ギリク様は、剣術A級スキル保持者とのことで大変な実力の持ち主です。王都でのA級認定者は10年に1名いるかいないかくらいの難度と言われています。
各都市の訓練所を定期的にお回りになり、実力者をみつけてはダルリア王国の騎士団にスカウトをしているのだそうです。
また君主ケネス様のご友人ということで、マルカム様には特に厳しく稽古をつけてくれています。その厳しさゆえにマルカム様としては非常に苦手としているようです。
「ほらマルカム、足がお留守だぞ。いまのが実戦ならもう死んでいたぞ。もう一回だ!」
ギリク様がマルカム様を直接指導してくれています。
ただマルカム様の年齢を考えると、内容は本当に厳しいものです。
マルカム様に対する期待の大きさゆえの厳しさなのだと思います。マルカム様はいつかきっとその期待をはるかに超えて進んでいくことでしょう。
マルカム様の訓練を見守っておりますと、なにやら見学席のほうが騒がしくなってきました。
「たのもう、王都剣術指南のギリク氏と心得る。われはルバ王国騎士ルーファス、お手合わせをお願いしたい」
どうやらギリク様の名声に胸を借りたい若い騎士があらわれたようです。
ギリク様がこちらの訓練場にこられているときには、1度や2度はこのようなやりとりを見ることができます。
周りの皆もなれたものです。ルーファス様を訓練場の真ん中に押し出すようにして歓声を浴びせています。
ギリク様への挑戦イベントについては、この街の住民の娯楽のひとつとなっているようです。
「ダルリア王国元騎士ギリクだ。大歓迎だ、どのようなルールとしようか」
ギリク様も、挑戦は必ず受けることにしているようで、手馴れたやり取りをおこなっています。
「ルールは了解した。開始の合図は……そこのお嬢さんおねがいできるかな」
えっ、なんと私が指名されてしまいました。
このような雰囲気のなか断れるはずもなく、観客席からの大きな声援に押されて、恐れ多くも訓練場に降り立ちました。マルカム様もおもしろそうという顔をして一緒についてきてくれています。
「ええ……、ど、どのようにすればいいのでしょうか?」
「ここにコインがある、上に投げてもらえればいい。地面に落ちたところを開始の合図としよう」
ギリク様よりコインを渡された私は訓練場のすこし端のほうに立ち、両者を見据えました。
そうして静かにコインを上に投げました。
キィーーンー
コインが石畳にあたり、甲高いコインの響きが訓練場に響きました。
まず仕掛けたのはルバ王国騎士のルーファス様です。模擬戦ということもあり両者木刀と軽装備のいでたちです。
ルーファス様の剣はよどみない剣筋を描いています。
この訓練場で学ばれている多くの皆様は、一手一手は早いのですがそのつながりがつたなく、どうしてもぎこちなく見えてしまうものですが、ルーファス様の剣はそのつながりを最小として無駄がなく、その流れには美すら感じるほどです。
まだ年齢も若く見えますのに、かなりの実力者と見て取れました。
一方のギリク様なのですが、剣を構えてもいません。
まったくの自然体にてルーファス様の剣を軽やかにかわしています。
先の先を読むというのでしょうか、ルーファス様の剣の先にはもうすでにギリク様はおられない。まるで2人で事前示し合わせた剣舞をみているようです。
マルカム様もこの2人の技に眼を奪われているようです。
周りの見学人の皆様も感嘆の声を上げています。
この美しい剣の舞に終止符を打ったのは、やはりギリク様でした。
ふと剣を構えたかと思った瞬間、
「キャアーー!!」
ルーファス様の手に握られていたはずの木刀が弾き飛ばされ、私のすぐ脇を通り抜けていきました。
もう涙目です。私がなにをしたというのでしょう?
「すまない。少し違う感じになった」
ギリク様は真剣な表情で謝ってくださいました。マルカム様も心配そうな表情でこちらを見ています。
「ギリク様、大丈夫です。きている服も傷ひとつごさいません」
マルカム様に心配をおかけするわけにはいきません。
私は精一杯の強がりでギリク様に言葉を返したのでした。
最初にこのお屋敷にやってきたときは、その大きさにびっくりしたものでしたが、一緒に働いているメイド仲間のリリィに言わせると、他の君主様のお屋敷に比べれば大変に質素だといいます。
普通の貴族の住まいと大きく違う点は、剣術の訓練場が敷地の一角にあることでしょうか。
その訓練場は大変に立派なつくりをしていて、小さなコロッセオとしてもいいましょうか、円形型の訓練場のまわりには階段状の見学席も一部に用意されています。
まるで王都にあるコロッセウム(大円形闘技場)のミニチュアのようです。
またこの訓練場ですが、なんと貴族だけではなく平民からも訓練生が参加しています。
初代アルピン家の頭首様は平民から剣一本で爵位を当時の王より授かったということもあり、この訓練場建設当初から剣の実力のあるものは身分を問わず受け入れるのだと、ケネス様よりお聞きしたことがあります。
当然、マルカム様も幼少のころよりこの訓練場で剣術の腕を磨かれています。
「ナーシャ、今日は剣術の練習はお休みしたい……」
マルカム様のふだんあまり聞けない弱気な言葉に、ナーシャはもうメロメロです。思わず抱きしめたくなってしまいます。
弱気の原因は、ダルリア王国王都リアーダから剣術指南のギリク様がやってきているからのようです。
ギリク様は、剣術A級スキル保持者とのことで大変な実力の持ち主です。王都でのA級認定者は10年に1名いるかいないかくらいの難度と言われています。
各都市の訓練所を定期的にお回りになり、実力者をみつけてはダルリア王国の騎士団にスカウトをしているのだそうです。
また君主ケネス様のご友人ということで、マルカム様には特に厳しく稽古をつけてくれています。その厳しさゆえにマルカム様としては非常に苦手としているようです。
「ほらマルカム、足がお留守だぞ。いまのが実戦ならもう死んでいたぞ。もう一回だ!」
ギリク様がマルカム様を直接指導してくれています。
ただマルカム様の年齢を考えると、内容は本当に厳しいものです。
マルカム様に対する期待の大きさゆえの厳しさなのだと思います。マルカム様はいつかきっとその期待をはるかに超えて進んでいくことでしょう。
マルカム様の訓練を見守っておりますと、なにやら見学席のほうが騒がしくなってきました。
「たのもう、王都剣術指南のギリク氏と心得る。われはルバ王国騎士ルーファス、お手合わせをお願いしたい」
どうやらギリク様の名声に胸を借りたい若い騎士があらわれたようです。
ギリク様がこちらの訓練場にこられているときには、1度や2度はこのようなやりとりを見ることができます。
周りの皆もなれたものです。ルーファス様を訓練場の真ん中に押し出すようにして歓声を浴びせています。
ギリク様への挑戦イベントについては、この街の住民の娯楽のひとつとなっているようです。
「ダルリア王国元騎士ギリクだ。大歓迎だ、どのようなルールとしようか」
ギリク様も、挑戦は必ず受けることにしているようで、手馴れたやり取りをおこなっています。
「ルールは了解した。開始の合図は……そこのお嬢さんおねがいできるかな」
えっ、なんと私が指名されてしまいました。
このような雰囲気のなか断れるはずもなく、観客席からの大きな声援に押されて、恐れ多くも訓練場に降り立ちました。マルカム様もおもしろそうという顔をして一緒についてきてくれています。
「ええ……、ど、どのようにすればいいのでしょうか?」
「ここにコインがある、上に投げてもらえればいい。地面に落ちたところを開始の合図としよう」
ギリク様よりコインを渡された私は訓練場のすこし端のほうに立ち、両者を見据えました。
そうして静かにコインを上に投げました。
キィーーンー
コインが石畳にあたり、甲高いコインの響きが訓練場に響きました。
まず仕掛けたのはルバ王国騎士のルーファス様です。模擬戦ということもあり両者木刀と軽装備のいでたちです。
ルーファス様の剣はよどみない剣筋を描いています。
この訓練場で学ばれている多くの皆様は、一手一手は早いのですがそのつながりがつたなく、どうしてもぎこちなく見えてしまうものですが、ルーファス様の剣はそのつながりを最小として無駄がなく、その流れには美すら感じるほどです。
まだ年齢も若く見えますのに、かなりの実力者と見て取れました。
一方のギリク様なのですが、剣を構えてもいません。
まったくの自然体にてルーファス様の剣を軽やかにかわしています。
先の先を読むというのでしょうか、ルーファス様の剣の先にはもうすでにギリク様はおられない。まるで2人で事前示し合わせた剣舞をみているようです。
マルカム様もこの2人の技に眼を奪われているようです。
周りの見学人の皆様も感嘆の声を上げています。
この美しい剣の舞に終止符を打ったのは、やはりギリク様でした。
ふと剣を構えたかと思った瞬間、
「キャアーー!!」
ルーファス様の手に握られていたはずの木刀が弾き飛ばされ、私のすぐ脇を通り抜けていきました。
もう涙目です。私がなにをしたというのでしょう?
「すまない。少し違う感じになった」
ギリク様は真剣な表情で謝ってくださいました。マルカム様も心配そうな表情でこちらを見ています。
「ギリク様、大丈夫です。きている服も傷ひとつごさいません」
マルカム様に心配をおかけするわけにはいきません。
私は精一杯の強がりでギリク様に言葉を返したのでした。
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