たかがゲームの福音書

カレサワ

文字の大きさ
30 / 35
第3章 予言の成就

第30話「漂流」

しおりを挟む
 地位、名誉、財産、その全てを失ってしまったら、立ち直ることはなかなかできない。それはゲームでも同じだと思う。でも、苦しみに喘いでいる人達を見て見ぬフリをして、安穏と過ごすことが、果たして心の癒しになるのかは疑問だ。

 軍団長や砦所有旅団長と言った役職、これまでずっと一緒にやってきた仲間、丹精込めて作り上げたマイハウス、それら全てを失った私と彼。以来、北方に行く気も起きないと言う彼に付き合って、南方を漂流する日々だ。最近はマロさんに案内してもらって各地のダンジョン巡りをしているが、南方の狩は、北方と違って何というかまったりしていて、これはこれでありだなと思うようになってきた今日この頃だ。

 この日も私達はマロさんの案内で、中央地域と東部地域との北側国境地帯に広がるダンジョン、ヴァルト湿原に来ているが、マロさんは本当に色々な場所を知っている。
「凄い場所ね。一面泥と沼と葦ばかり」
色々な環境のダンジョンがあるのも、このゲームの特徴なんだと改めて思い知らされる。それにしても、またジメジメしてそうな場所だ。
「見渡す限りの沼、沼、沼!凄い場所だねマグりん!マロりん!」
まぁ彼も一見元気そうだし、良しとするか。

 湿原の中央部を進んでいると、先の方にトカゲ男みたいのと、マーマンの亜種みたいのがお互いに争っているのが見えた。Mob同士で争うなんてのは初めて見るのでちょっと衝撃だ。
「このダンジョンでは、南側に縄張りがあるリザードマンと、北側に縄張りがあるサハギンが、あらそっているんだお」
そんな設定があるのか。こんな湿気ばかりの場所、争わずに仲良くすれば良いのに……と思ったが、よく考えると北方での私達と一緒か。
「割り込んでどっちも倒せばいいのかな?」
「それでもいいけど、ここのMobは、友好度があるから、片方だけを倒すようにすれば、もう片方からは攻撃されなくなるお」
友好度なんてシステムがあるのか。初めて知った。リザードマンとサハギン、どちらに肩入れするべきか。ここはやっぱり……
「面倒だがら両方倒しちゃお」
これが一番差別のない取り扱いだろう。
「おっけーだお」
「ゴッディもそれでいいよね?」
「え?あっあぁいいんじゃない?」
やっぱりか。あれから彼は一見元気そうに振舞っているが、実際はあの出来事をまだ引きずっているのだ。南方でのダンジョン巡りで少しは気が紛れればと思ったけど、まだまだ難しいようだ。その後も反応の薄い彼を引っ張って、私達は湿原の奥へと歩を進めた。

 そして辿り着いた、ヴァルト湿原の丁度真ん中付近にある小高い展望台。一帯の湿原が見回せる、マロさんオススメのスポットだ。丁度良いので、私達はここでたき火を囲んで休憩することにした。しかし相変わらず口数の少ない彼。
「そう言えば、このダンジョンにもボスはいるの?」
仕方ない、彼の興味を引きそうな話題でも振ってみるか。
「ここのボスは、ヒドラというんだけど、東部地域のNPCは、ヤマタノオロチともよんだりしてるお」
あぁなるほど、どちらも首が沢山ある蛇としては一緒だからか。
「へぇ~、おもしろーい」
チラッと彼の方を見てみるが、全くの無反応。いつもならPTの戦力や時間もお構い無しに、見に行こう!と騒ぎ立てる癖に。
「随分と静かだけど、どうかしたのゴッディ」
まさかまた寝落ちか?
「あっうん、ごめん……勢力チャンネル見てて……」
なんだ、北方に行く気も起きないなんて言っておいて、やっぱり未練があるのか。そりゃ当然か、あんだけやり込んでたんだし。
「なんか面白い話の流れでもあるの?」
マロさんが料理を作ってる間、ラジオ代わりに聞いてみるか。

 思えば最近北方から遠ざかっていたため、勢力チャンネルに入るのも久しぶりだ。今や黒の国はオジンが軍団長、何か変化でもあったかな、と言ってもどうせロクな変化じゃ無いだろうが。そう思いチャンネルに入ってみたところ、早速発言が流れてきた。
『報告の敵の数、全然違うじゃねぇか』
『いや、追われながらだから正確な数までは分かりませんよ』
『よく見てから報告しろよ。指針通り、勢力掲示板に名前晒すから。消して欲しかったら、これからは正しい報告しろよ』
『そんな……』

ーー
『軍団長、首都に規定価格以上で装備売ってる露店があるんすけど、どうします?』
『たく、ボりやがって。誰か亡命モードで粛清して。そういう露店があっから装備価格が上がるんだよ』
『りょ、売り物と持ち金は没収しときますね』

ーー
『十分な守備隊も揃えられない弱小旅団が奪られた砦を俺達<1stSSF>がようやく取り返したけど、力の無い旅団が砦を所有するなんて正直迷惑なんだよな』
……思っていた以上に酷い。勢力チャンネルの発言からも、オジンとその取り巻きが好き放題やってすっかり荒れ果てているのが分かる。
「晒す?粛清?弱小旅団?これが今の黒の国なの?」
彼が軍団長をやっていた頃、いやその前からも考えられないワードばかりで目眩がする。
「あたらしい軍団長に、<1stSSF>のオジンが就任して、はじめに出した指針が、

1.前軍団長のもとでおかしくなったこの国を、前線でたたかうプレイヤー第一主義にもどす。

2.あやまった報告をする偵察ばかりになったので、こんごそのようなプレイヤーは勢力掲示板に晒すことにする。

3.ひくい品質の装備を、たかい値段で売る露店がおおいので、今後規定価格以上の値段で売る露店は粛清することにする。

4.本隊にたよるのではなく、砦の防衛は所有旅団がみずからおこなうことにする。

というものだったらしいお。まったく、おそろしおだお」
マロさんが出来上がった料理をトレードで渡しつつ教えてくれたが、これマジか。彼の指針とまるで正反対の内容だが、こんな罰則ばかりの内容で上手く回るのか?
「マロさんって北方事情にも詳しいのね」
「マロの所属してる旅団の長がくわしくて、マロもおしえてもらったんだお」
なるほど。マロさんのプロフィールにある旅団名、どっかで見た事ある気がしたんだよな……いや、今はそれどころじゃない。
「これじゃあ誰も偵察も露店もやらないでしょ。ゴッディはどう思う?ちょっとあまりにも酷いと思わない?」
「……まぁ、おいにはもう関係無い事だし、投票でオジンを軍団長に選んだのは黒の国のプレイヤー自身だから」
未だに勢力チャンネルを見てる彼が関係無いと言うのは、とてもじゃないが本心とは思えないな。それに黒の国のプレイヤーが軍団長を彼では無く、オジンを選んだのは事実だけど、どうせ<1stSSF>の組織票が動いただけだろうに、まーだ根に持っていたのか彼は。
「さてと!お腹も膨れてストレス値も回復したし、そろそろ出発しよう!」
あっ、誤魔化したな。

 その後も、鬼湧きしたリザードマンどもに囲まれて死にかけたりと、適度にピンチになりつつも無事重量いっぱいになるまで狩をすることができた。付近の村で精算を終え、次のダンジョンに向かう途中、私達はメギドの村に立ち寄ったが、村の隅を通りかかったところで、会話が流れてきた。これは……最近砦を失ったらしい<アンビシャス>のメンバーか。
「ついに砦を失ってしまったわね……」
「何が自分達の砦は自分達で守れだ」
「こうやって小規模旅団の砦を赤の国に奪わせて、それを再び占領することで所有砦を増やすのが<1stSSF>のやり方だよ」
「最近は誰も偵察をしないから敵の動きも全然分かんないし……」
「報告をしないと勢力掲示板に晒す、報告が間違っていたら勢力掲示板に晒す、一体何なの。お陰で勢力掲示板は晒された名前で一杯よ」
「そのくせ味方や行商の露店殺しには積極的……もうダメだろ黒の国は」
「亡命するか……」
「亡命だな……」
まさに黒の国ではなく暗黒の国という状態だ。おまけにここだけでは無く、怨嗟の声はそこら中から聞こえてきた。まさに内憂外患と言うか、崩壊一歩手前の国のようだ。

 南方でのMobを相手にした狩は、北方での対人戦と違い、何の気兼ねも思い煩う事も無く、まったりと時間を過ごす事ができる。しかし黒の国の現状を知った今、私達は本当にこのままで良いのか?何かできる事があるのでは無いか?そういった気持ちを、初めは小さく、しかし段々と大きく、感じるようになってきた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【最強モブの努力無双】~ゲームで名前も登場しないようなモブに転生したオレ、一途な努力とゲーム知識で最強になる~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
アベル・ヴィアラットは、五歳の時、ベッドから転げ落ちてその拍子に前世の記憶を思い出した。 大人気ゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』の世界に転生したアベルは、ゲームの知識を使って全男の子の憧れである“最強”になることを決意する。 そのために努力を続け、順調に強くなっていくアベル。 しかしこの世界にはゲームには無かった知識ばかり。 戦闘もただスキルをブッパすればいいだけのゲームとはまったく違っていた。 「面白いじゃん?」 アベルはめげることなく、辺境最強の父と優しい母に見守られてすくすくと成長していくのだった。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

処理中です...