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カレサワ

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報告書34「殺す機械、社員という名の構成部品について」

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 俺が刀を抜くのに反応して、遠巻きに残りのスペキュレイターに囲まれた。それぞれ手に持った武器を俺に向けてきたが、そんな事を気にしている場合じゃない。刀を正眼に構え、切っ先を敵……ヒシカリの喉元に合わせる。まだ間合いは遠いが、斬り合いはもう始まっているんだ。

 そんな俺とは対照的に、両手に持った刀をダラリと下ろし、準備運動とでも言わんばかりに首をコキコキ回しながらゆっくりとこちらに歩いてくるヒシカリ。本当にふざけた野郎……

「ッ!?」

 奴の姿が消えたと思った次の瞬間、明確な死への誘いが重く鋭い斬撃に形を借りて目の前に現れた。咄嗟に刀で受け止める事ができたが、周囲に金属同士がぶつかり合い、お互いのプラズマが反発しながら飛び散る甲高い音が木霊する。そしてなおも凄まじい力で二本の刀身を押し込んでくるヒシカリ。

「くっ……!」

「さすがだ。が、そんな旧式な機動鎧甲でいつまで耐えられるかな」

 そう言うヒシカリの装備する機動鎧甲はBH社の最新モデル"カタハダヌギ"。他の部分に比べ、右腕から胴の右側にかけての人工筋肉が増量されているため、左右非対称となっているのが特徴のモデルだ。間合いを一瞬で詰めれたのも、跳躍に合わせて内蔵されているロケット噴射による加速装置を使ったに違いない。

「うおぉぉ!」

 その攻撃を押し返し、横一閃で胴体を払うが小刀に難なく受け止められたばかりか、こちらの頭を狙い大刀を振り下ろしてきた。紙一重でなんとかかわし、後ろに飛んで間合いを取るが、なんて出力だ。奴の戦闘スタイルの二刀は、片手で刀を扱う事による攻撃力の低下は避けられないはずだが、その欠点を増設された人工筋肉で補っているのか……

 と思案していると視界にノイズが混じる。くそっ、紙一重で避けたつもりの斬撃は、スキャナーを斬り裂いていたようだ。奴の装備に比べて俺のはポンコツ揃いか。壊れたスキャナーを投げ捨てながらもそんな考えが浮かぶ。

「確かに、なかなかの装備のようだ……が、装備の差で俺に勝って嬉しいか?」

「勝つ?まだそんな次元の話をしているのかお前は。戦いってのは勝つか負けるかじゃなく、生きるか死ぬかなんだよ」

「生きる?今のお前のどこが生きてるんだ。BH社の殺す機械に成り下がったお前が。俺を斬ってまで必死にBH社にしがみついて得たのがその程度の立場とは、全く俺も斬られ損だな」

 それを聞き、これまでずっと感情が無いまるで死んだようだったヒシカリの目に、怒りの色が現れてきた。どうやら図星らしい。奴の心をかき乱す事ができれば、この状況でも勝機はある!

「今の仕事での満足度はどうだ?底辺だよな。BH社において人的資源は、リソーサーから得られる鉱物・技術資源以下という扱いだからな」

「あ"あ"あ"!黙れ黙れ黙れぇぇえ!!」

 俺のダメ押しの言葉に、想像以上に過剰反応し叫び出すヒシカリ。その血走った目からも精神状態がヤバいのは一目瞭然だ。

「お前を斬った後、実行部隊に配属された俺は大勢を斬ってきた!同業者、自衛軍、自分の会社の人間だって斬ってきた!俺はこの駅ダンジョンと言う地獄を必死で生きてきたんだ!何が満足度だ!くそっくそっくそがぁ!」

 そう叫び散らしながら、小刀を持った左手で頭を抱え地団駄を踏みながらもう片方の手に持った大刀をイラついたように地面に叩きつけるヒシカリ。人間性を失い企業の機械部品と成り下がったあいつを少し煽っただけのつもりだったのだが、まさかここまで効くとは……だが、今が絶好の機会なのも間違い無い!

 この機を逃すまいと駆け出し渾身の一撃、"捨心"を繰り出す。繰り出したが……

「なっ……!?」

 大きく鋭い金属音が響き渡る中、俺の渾身の一撃は左手の小刀一本であっさりと防がれているではないか。剣技"捨心"とは、心を捨てる事で二撃目に繋がらず、身を捨てる事で防御にも繋がらず、されど絶大な速さと威力を持つ基本剣技だが、それを片手で防いだだと……!?

「俺はお前みたいな切り捨てられた落ちこぼれとは違うんだよ……!」

 そう言うと、空いたもう片方の手に持った大刀で袈裟斬り気味に斬り込んできたので、小刀を跳ね飛ばし、慌てて防御する。刃元に受けたその攻撃のなんと重い事か。そのまま力押してくるので、押切られないよう必死に攻撃を押し返すが、不意にヒシカリの大刀が無くなり、僅かにバランスを崩してしまった次の瞬間、腹部に強力な蹴りを決められた。

「なっ……!」

 たかが蹴り、機動鎧甲もそこまで大きな損傷は受けないはずだ。今はとにかく姿勢を立て直し次の攻撃に備えなくては……

 そう思った時はもう手遅れだった。いや、思った事で遅れたのかもしれない。斬り合いの最中に次の一手を考える暇なんて、あるわけ無いのだから……

 斬撃が走り、装甲が裂け、人工筋肉が弾け飛んだ。憎しみと二刀によって背中を斬られたのだ。

 奴は蹴りを入れた後、間髪入れずに加速装置のロケットを噴射し素早く背後に回り込むと同時に、勢いそのまま俺の背後を斬りつけたのだ。

「がぐっ!」

 身体に走る激痛、そこから来る衝撃を少しでも和らげようと荒く息を吐くが、そのまま思わず膝をついてしまった。

「攻撃を受ける瞬間に身体を反らしやがったか……つくづく死に損ないだな」

 そんな俺を見下ろすように、吐き捨てるように言うヒシカリ。

 単なる装備の差だけじゃない。なんだこの実力差は?俺の今までは無駄だったのか?スキャナーを失い、機動鎧甲も大きく損傷し、俺自身も負傷している今、勝負はついたのか。


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