風魔法を誤解していませんか? 〜混ぜるな危険!見向きもされない風魔法は、無限の可能性を秘めていました〜

大沢ピヨ氏

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第20話 二人で勉強

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 買い物からの帰り道。信号が変わるのを待っていると、長良さんがふいに口を開いた。


「このまま伊吹くんのお宅へ伺うのは……危険……でしょうか?」

「全然全然全然! さっきのは何て言うか、その……大丈夫なやつです!」

 慌てて身の潔白を訴えるも、長良さんはどこか戸惑った表情のままだった。


「そうですか……。私の方から煽るようなことを言っておいて何ですが、今夜の食事は亜鉛を多く含む食品は控えておきましょう……。亜鉛って、いろいろ、効きますから……」

「いやいやいや、ホント全然、全然。警戒しなくて大丈夫なんで!」


 叫びたい気持ちをなんとか押し殺す。


 先ほど、スーパーマーケットの乾物コーナーにて、うっかりと心の丈をぶちまけてしまい、長良さんからは一歩引かれるようになってしまった。

 思い返すと、確かに問題のある発言だった。今後はちゃんと、節度をもった発言を心がけねば。



◻︎◻︎◻︎



「……伊吹くんの現在の学力は、どの程度でしょう?」

 夕食の最中、長良さんが、ふとそんなことを尋ねてきた。


「ズバっときたね。んーっと、大体……中の上……いや、中の中くらいかな……」


 食卓の上には、鯖の味噌煮、ツナとキュウリのサラダ、冷ややっこにシラスが乗り、あさりの味噌汁が湯気を立てている。


 まさにDHA摂取に特化したメニューだ。


 ……もちろん、亜鉛もたっぷりと含まれている。


「それですと、今のままでは南駿大学に合格するのは難しそうですね……」

「そ、そうだね……。あぁ、でも最近は予習・復習を習慣化したことで、授業の理解度も高まっているから、次の試験では少しくらい成績がアップするんじゃないかな?」

「まぁ、それは良い傾向ですね。でしたら今度、伊吹くんの勉強の様子を、少し見せていただけますか?」

 ……ダメ出しされる未来が、頭をよぎる。


「べ、別に構わないけど、授業中の様子を見せろ、とかではないよね? 自宅での勉強ぶりだよね?」

「あら、それもいい考えですね。スマホで撮影したものを用意できますか?」

「いやいや、撮影してるのが先生に見つかったら大変なことになるよ!」

 というか、「撮影してるぞ」って自分で意識し始めたら、どう考えても不自然になってしまう。


「でしたら家庭学習の様子だけ、今度確認させていただけますか?」

「今度とは言わずに、今日見ていくのはダメなの?」

 そう返した瞬間、長良さんの顔がわずかに赤くなった。


「ええっと、そ、その……。伊吹くんこそ大丈夫なんでしょうか……。亜鉛を多く摂取しましたし……その状態で年頃の異性を自室に入れると──」

 掠れるような声で、恥ずかしそうにそう言われて、自分の頭が一瞬真っ白になった。


「ちょっとちょっと! 俺をそんなケダモノ扱いしないでよっ! ホント長良さんにそういう心配をさせてしまうのは、こちらとしても不本意というか、悲しいというか」

 両手をブンブン振りながら、全力で否定する。自分でも少し情けない。


「……分かりました。確かにこれからも共にダンジョンへ挑む仲間ですからね。伊吹くんのことを信じます」


 ……どうだろう? ある程度は信頼が回復したのだろうか。


 今後は本音を吐露するタイミングと場所を弁えよう……。
 

◻︎◻︎◻︎


 食事を終え、洗い物も片付けた後、長良さんを自室へと招いた。

 いつも通り、教科書を開いて、予習と復習。決して格好いい姿じゃないけれど、肩肘を張らない素直な日常。


 長良さんは、静かに椅子に座り、こちらの手元をじっと見つめている。妙に緊張してしまって、手がぎこちなくなるのを必死に誤魔化す。


 20分ほど経ったころ、彼女は小さく頷いた。


「分かりました」


 何が分かったんだろう。悪い評価じゃないといいけど……。




 帰り際、長良さんを家の近くまで送ると、こちらを振り返った彼女が微笑みながら言う。


「では明日、朝9時から勉強をしましょう。それではおやすみなさい!」

「あ? え? はい、おやすみなさい……」


 いや、え? 朝9時から……勉強?


 土曜の朝から!?



◻︎◻︎◻︎


 ──翌日。


 朝の7に長良さんが来訪。


 目覚めの運動、シャワー、バランスの良い朝食と、まるで健康増進のお手本のような強制的モーニングルーティンを経て、朝9きっかりに学習が開始された。


 なるほど。朝9時からの勉強って、本当に朝9時からだったんだね……。


 ならば彼女は何時に起床したんだ? という野暮なことは聞けず、言われるがままに学習が開始された。

 長良さん曰く「午前中は暗記に向いている」とのことで、20分の暗記学習と5分間の休憩をワンセットとした『効率最適化プログラム』を繰り返すこと数回。午前の時間があっという間に過ぎ去っていった。



 まもなくお昼を迎えるタイミングで、長良さんが次なる提案を口にする。

「今日の学習はこれまでにしましょう。あまり長く続けても効率が悪いですからね」

「今日はこれで終了?」

「はい、そうです。……それで今からダンジョンへ行きませんか?」

「え? テスト期間中は潜らないんじゃないの?」

「先ほど『マテがい』さんから連絡がありまして、魚の検疫が終わったので、取りに来ないかと」

 あのついでに持ち帰った3匹の魚も検疫に回していたのか。


「あれって長良さんが魔石を抜き出してたよね? 
つまり3匹全部をウチで引き取るの?」

「いえ、2匹は買い取ってもらいますよ。魚はジビエとは違うので、素人が解体しても流通させられるそうなんです」

 魚とワニでは、扱いが全然違うんだな……。



◻︎◻︎◻︎


「はい、ではこちらをお持ちください。魚2匹分の買取金は、月曜に振り込まれます」

「ありがとうございます」

 マテ買のお兄さんから受け取った明細書には『淡水魚A×2』と書かれている。値段は1匹あたり約1万円だ。


「結構な値段で売れるんですね……」

「魚モンスターを持ち帰ってくる冒険者はあまりいませんからね。また機会があれば、持ってきてください」

「分かりました。ところで質問なんですが、あの魚って、すぐに買い手がつくものなんですか?」

「ええそうですね。業務上、どこが買ったのかはお伝えできませんが、珍しい料理を出すレストランだったり、研究施設などが買い取ってくれますよ」

「色々な方がいらっしゃるのですね……」

 長良さんも関心している。


 そしてお兄さんは居住まいを正し、真面目そうな雰囲気でこちらに尋ねてきた。

「ええと、実はお二方に話を伺いたいという人が来ているのですが、この後少しだけお時間をいただけませんか?」

「え? あ、はい?」

 特に心当たりがないので、少しだけ警戒する。


「ではお呼びしますね」

 お兄さんはそういうと、扉の奥から一人の男性を連れて戻ってきた。

 その男性はこちらのことを見るなり、すぐに質問を投げてきた。

「初めまして。私は冒険者ギルド、調査課のものです。先日お二人が討伐した大ワニですが、あのモンスターの討伐方法を誰かに伝えたとかはありましたか?」

 全く予想していなかった質問に、少し混乱するも、長良さんと二人顔を見合わせながら、互いに首を横に振った。


「いえ、あれを倒したってことも、やり方も、誰にも話していません」

「はい、私も」

 この質問はなんだろう? 倒しちゃいけない魔物だったか?


「そうでしたか。……はい、分かりました。ご協力ありがとうございます」

 そういって調査課の男性は席を立ったので、慌てて質問をした。


「あの、あれを倒したらいけないとか、そういった決まりがあったんですか?」

 そう伝えると、男性は驚いたような顔をして否定してきた。

「いえいえ、そのような事はありません。……んー、おそらくすぐ噂になるでしょうし、私の口からお伝えしますね」

「あ、はい……」

「実は昨日、ワニを倒しに向かった5人組の冒険者たちが返り討ちに遭いましてね……」

 あの巨大なワニを倒そうとしたのか……。


「お二方がワニを買い取りに出した時のことを見ていたのでしょう。……その、お気を悪くされたら申し訳ないのですが、レンタル用の装備で年若い二人でも倒せるのであれば……、そんな思いを抱いたんだと思います」

 確かにあの時、何人かの冒険者に見られていた。あまりに俺たちの装備が貧弱だったので、ワニの危険度を見誤ったのか……。


「ダンジョン用品店で購入した、鉤爪付きロープを使って、ワニを引き寄せようとしたらしいのですが、暴れ回るワニに太刀打ちできず、一人は再起不能の重体。そしてもう一人は行方不明となり、残りの3人は怪我人を抱えた状態でダンジョンの入り口へと逃げ帰ってきたそうです」

「行方不明……」

「はい、行方不明です……」

 つまりはワニに食べられてしまったという事だろう。

 遺体が見つからない場合は、全て行方不明で処理される。


 ダンジョン探索に危険は付きもの。



 それは、当たり前のはずのことだった。

 ……けれど、改めて、重く感じさせられた。


◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
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