風魔法を誤解していませんか? 〜混ぜるな危険!見向きもされない風魔法は、無限の可能性を秘めていました〜

大沢ピヨ氏

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第22話 全裸、再び

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 魔法という超常現象が初めて確認された時、世界中に途轍とてつもない衝撃が走った。

 なにせ、あの『魔法』だ。

 子供のころに夢見たあれこれが現実になったと、誰もが胸を躍らせた。



◻︎◻︎◻︎



 はじめ、世界各地に現れたダンジョンの調査は、ほぼ全ての国で、国家主導のもと極秘に進められた。


 市井に届けられる情報は極めて限定的で、一般人がダンジョンの詳細を知ることはほとんどなかった。



 しかしある日、エチオピア政府が突如として異例の発表を行う。

 ダンジョンの入り口で撮影されたという映像には、一人の男性の指先から炎が吹き上がる様子が映し出されており、世界に衝撃が走った。


 この動画をきっかけに、世界中の人々の期待は一気に爆発し、各国政府に対して「もっとダンジョンの情報を公開せよ!」という声が沸き起こる。

 まず初めに、自由を標榜するアメリカで一般人の立ち入りが許可され、続いて欧州諸国もこれにならった。

 そして、かなり後の方になって、日本でも一般人によるダンジョンへの立ち入りが認められた。


 ちなみに中国では今なお、厳しい情報統制のもと一般人の立ち入りは許可されていない。


 こうした各国の事情や政治的思惑が絡み合い、ダンジョンの開放は一様ではなかった。



◻︎◻︎◻︎



 そして人々は、を目の当たりにした。

「土壁が出せるらしい!」「空中から水が湧いたってよ!」

 その噂は瞬く間に広がり、子供からお年寄り、主婦から研究者まで、ありとあらゆる人々が魔法の話題に飛びついた。

 SNSは魔法に関するデマで炎上し、テレビは魔法特集ばかり。

 街では怪しげな魔法セミナーが開催され、大学には魔法サークルが濫立らんりつ

 ダンジョンが現れた地域のお土産屋では「マジカル饅頭」なるものも発売され、それは飛ぶように売れた。

 世界はまるで魔法の大嵐に呑まれたように、あらゆる場所で熱狂の渦を巻き起こした。






 だが──




 その盛り上がりは、ほんの半年足らずで一気に萎んでしまった。


「火炎放射器の方が強いじゃん」

「蛇口ひねった方が早くね?」

「スカートめくりにしか使えんよ」


 人々は、大空を自由に飛び回ったり、目の前の景色を一瞬で凍りつかせるような“大魔法”を夢想していたのだが、現実に手に入った魔法は、夢見たそれとはあまりにもかけ離れた、極々地味な力だった。


 ただそれでも、そんな地味な魔法であっても、訓練や研究を重ねれば大きな力となるかもしれない。そう信じた者たちも多くいた。


 だが、それを妨げる新たな問題が浮上する。


 どういうわけか、魔法スキルは学術的な人物に発現することが多かったのである。


 ダンジョンへのスタンスは人それぞれだが、『魔物の討伐』『素材の収集』『深部への探索』──どんな目的であっても、まず求められるのは『体力』だ。


 強敵から逃げ出す時も、未知の地点を求めて崖を登る時も、大量の荷物を抱えて深部を目指す時も、とにかく真っ先に必要とされるのは、体力だった。


 だが魔法スキルを得た者の多くは、学者風の人物たち。彼らは総じて──貧弱だった。


 中には筋骨隆々のマッチョな魔法使いもいたが、それはごく少数。


 火が欲しい時は、体力に任せて枯れ木をこすり合わせればいい。

 水が欲しければ、タンクを担げばいい。

 そうした事情もあり、魔法スキルを得た者がダンジョン内で経験を積み重ねることは難しく、
魔法スキルは次第に“フィジカル系スキルよりも劣ったスキル”として扱われていくことになる──。




◻︎◻︎◻︎


「まだ増えてはいませんねー」

「んー、そんな簡単には伸びないか」


 せっかく地下二階まで来たことだしと、大亀モンスターを3匹ほど倒し、そのうちの1匹分だけ甲羅を持ち帰ってきた。

 いまは綺麗な泉の前へと戻り、自分は流れ出る水を利用して魔石を洗い、長良さんは魔力値を測定するために火球を地面に並べていた。


「防御力の高い魔物からは、経験値をどっさりもらえるのが相場なんだけどなあー」

「あら、そういったことわりがあるのですね?」

「あ、いや、ゲームでの話ね」

 素早く逃げ出す魔物こそが、経験値どっさりなのかもしれない。


 そんなことを考えながら手を動かしていると、ふと見る長良さんは、コップに顔を近づけ、何やら匂いを嗅いでいた。


「どうかした?」

「いえ、水筒が木製なので、水に少し匂いが移っているようでして……」

「気になるなら、亀の甲羅で水筒を作ってもらう? そのコップは匂わないんだよね?」

「はい、そうですね。コップの方は無臭です。ただ、このコップが同じ亀の甲羅から作られているかは分かりません」

「ああ、他の魔物素材かもしれないのか……。一度マテがいさんに尋ねてみようか」

「ええ、そうしましょう」


 そう言って長良さんは、水筒の中の水を全て沢へと流し、改めて内部を念入りに洗い始めた。


 その様子を見つめていると、ふとイタズラ心が顔を覗かせたので、風魔法で長良さんの手元に小さな空気玉を作ってみた。


「きゃっ」

 水筒を洗う手の周囲だけ、水が不思議と避け、流れる沢の中にぽっかりと透明な空間が現れた。


「……これって、伊吹くんの魔法ですか?」

「あ、うん。ごめん……」

 長良さんは驚くでも怒るでもなく、己の手の周りを避けていく水をじっくりと眺め始めた。

 なにか言われるのかと構えていたが、特に何も言うことなく、じっと手元を見つめている。

 そのまましばらくして魔法が解けると、長良さんは立ち上がり、周囲の様子をぐるりと見渡し始めた。


「ちょっと伊吹くん、こちらへ来ていただけますか?」

「ん?」

 言われるがままに長良さんの後を追うと、水を汲むための泉の前へと辿り着く。


「この泉の中に、空気玉は作れますか?」

「ん? どうだろ」


 言われるがままに、水面から50センチほど下の位置に空気玉を作る。

 すると空気玉は水に押されて浮き上がるようなことはなく、そのまま水中に貼り付けられたかのように留まった。

「うおっ! なんか気持ち悪いな」

「ふむ……。では次に、先ほどのように私の手の周りを空気玉で覆ってもらえますか?」

「分かった」

 長良さんが突き出した右手の周りを、直径30センチほどの空気玉で覆う。

「はい、出来てるよ。見えないだろうけど」

「ありがとうございます」


 そのまま水に突き込まれた長良さんの右手は、特に押し返されるようなことはなく、水中へと伸びた。

 もちろん右手の周りに水はない。


「おおおお!! これは新魔法! ……か?」

 だが、確かに不思議な光景ではあるが、これといって有用な魔法には思えない。

 雨が降る階層で、濡れずに済むとか?


「……これはダンジョン探索に革新をもたらすのでは……」

 長良さんの評価は高いようで、真剣な眼差しで水中の右手を見つめていた。


 やはり、髪や服は濡らしたくないのだろう。


「では本命の実験をしてみましょう」

 長良さんはそう言って、改めて周りを見渡した。どうやら他に人がいないことを確認しているようだ。


「さあ伊吹くん、顔の周りを空気玉で覆い、泉の中に顔を入れてもらえますか?」

「おお、そうか! 水の中が見れるんだ!」

 早速、自分の顔の周囲に空気玉を作り、泉に向けてゆっくりと顔を沈めてみる。


「おお……すごい……。めっちゃ綺麗だな、これ……。って、こっちの声、聴こえてる?」

 少しくぐもった音で、「聴こえていますよ」と返事が返ってきた。


 泉の中は驚くほど澄んでおり、上からの明かりが細長い帯となって水底を照らしていた。

 岩や砂利の輪郭までもが、まるでガラス越しに見ているかのようにくっきりと浮かび上がっている。

 視線を泳がせていると、水底の一角、岩の重なりの奥に小さな暗がりがあるのに気づいた。

 光の届かぬその隙間は、不自然なほど深く、まるで別の次元へと続いているかのようだ。

 思わず目を凝らし、その奥を覗き込んだ、そのとき──

 ふいに息が苦しくなる。


 慌てて顔を水面へと引き上げ、空気玉を手で退けた。

「っぷはー!! 普通に酸素切れたわ! あー苦し……。あと、全然サカナ居なかった!」

「つまり、空気玉の中の空気は有限ですか……。でしたら、水中に顔を入れたまま、新しい空気玉と入れ替えることは出来ますか?」

「ん? ……うん、試してみるね」

 長良さんの提案に従い、再び空気玉で顔を覆ってから水中へと頭を突っ込み、苦しさを感じた段階で、新しい空気玉を貼り直すと、問題なく呼吸を継続できることを確認した。

「うん、更新できるね。これなら、どこまでも潜っていけるんじゃないかな? この泉、水面自体は狭いけど、奥まで続いてそう」

「私の顔にも空気玉をお願いできますか?」

「どうぞどうぞ。……はい、できたよ」

 髪が濡れないように、かなり大きめの空気玉で覆ったが、長良さんの髪は長く、後ろ髪の一部が空気玉よりはみ出していた。


 水中に顔を突っ込んだ長良さんは、自分の時と同じく、大いにはしゃぎ、息が苦しくなるまで水中で騒いでいた。

「ぷはー! 伊吹くん! この泉の中、すっごく綺麗ですね! とっても感動しました!」

 いつになく目を輝かせたその笑顔が眩しく、風魔法を手に入れて本当に良かったと、改めてそう思えた。


 そして長良さんは言う。

「さて、今なら誰もいませんし、服や下着は私が預かっておくので、泉の奥の方まで見てきてもらえますか?」

「……はい?」

「あ、大丈夫です。こうみえて私は、病院を営む家で育っていますから、伊吹くんの生殖器官を目にしても問題ありません」

「いやいや、こっちは問題あるよ! 大問題だよ!」

「酸素ボンベなどはダンジョンに持ち込めませんからね! 水中探索は伊吹くんの独擅場ですよ!」

 そう言って、長良さんは両の拳を握りしめる。


「いやだから、チンチンの心配をしてよ!」


かゆみやれなどが……?」



 それは、例えあったとしても長良さんには伝えないと思う。



◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
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