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第57話 フリーダム
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「ほんの一週間で、随分と建物が増えましたね」
「あー、長良さんが休む前って、まだアスレチックとか無かったか」
長良さんは新しく造られた施設を興味深そうに見て回ると、最後に深谷さん専用・飛び降り櫓の最上段へと登り、そこからダンジョンの入り口周辺を見下ろした。
「昨日の今日で、新人冒険者の方が増えていますか?」
「こんなに影響力があるなんて、思っても見なかったよ……」
ライ様の動画が拡散された影響か、今日は新人冒険者の数がいつもより多い。
予定では長良さんの復活に合わせて地下四階を目指すはずだったのだが、それを変更してみんなの手伝いへ回った方が良さそうだ。
慣れない紙のパンツに翻弄され、変な歩き方になっている新人冒険者を眺めていると、櫓のすぐ下まで中村さんが駆けてきた。
「おーい若旦那ぁ! 亜麻を集めてる冒険者には背負子と交換してもらってもイイっすかね?」
「あっ、そっか。カゴがもうないのか。やっぱり背負子の方が早く作れる?」
「そっすねー。カゴの半分以下っす」
「オッケー! それじゃその方針で行こう」
「了解っす」
なんと、まだ朝も早いというのに、背負いカゴが全て貸し出されてしまったようだ。カゴは予め多く用意してあるので、今までならば半数も出ていかなかった。
「まさかとは思いますが、新人さんがオークの集落に突撃するようなことは……」
「絶対にない…………とは言えないよな……」
今日の混み様は、ライ様たちの動画によって引き起こされたのだと思うが、元を辿れば全て自分たちが巻き起こした事だ。
いつかのワニのように、死傷者が出てはマズい。
「じゃあちょっと手伝ってもらえないかな?」
「はい。対策を取りましょう」
互いに顔を見合わせ、一度だけ頷くと、飛び降り櫓を後にして、裁縫ブースへと足を向けた。
◻︎◻︎◻︎
「やっぱり、全身を真っ赤に塗った方が良かったんじゃないっすか?」
「流石にそれは材料が勿体無いよ。……だからツノを生やした方がいいと思う」
いまダンジョンに入ってすぐの場所へ来ている。
そこには体長2メートルほどのゴーレムが立たされており、そのすぐ傍には木製の看板が立てられていた。
※※オークはゴーレムすら倒すことのできる魔物です。このゴーレムくんを負かす力がなければ、絶対にオークは倒せません。腕試しをどうぞ※※
簡易的な木柵で囲まれた中心には、肩から棘を生やし、胴体の中央に鬼の顔が描かれたゴーレムくんが、棍棒を手に持って新人冒険者を威嚇していた。
「あの、先が四つに分かれた棍棒は、何を表しているのですか?」
「あー、あれは糸巻き器だよ。ゴーレムくんって、服飾チームの中心メンバーだからさ」
「なるほど……。とてもイイですね」
長良さんはそう言うと、ゴーレムくんのことを愛おしげに眺めた。
新人冒険者が魔物との力量を見誤り、無謀な戦いを仕掛けてしまう事故は度々起きている。
レンタル装備を借りる際に、魔物に関して一通りの注意は受けるのだが、それでも事故は起きてしまっていた。
たった一度のミスが、取り返しのつかない結果へと繋がることもあるので、己の実力を確認するための“目安”として、ゴーレムくんをここに置かせてもらったのだが、今のところ挑み掛かる新人冒険者は現れていない。
早く無謀なルーキーが現れないかと待ち侘びていると、マテ買のお兄さんがすぐ近くまでやってきた。
「もしあの頃に、これと同じサービスがあれば、今でも俺たちのパーティは…………」
マテ買のお兄さんこと菅井さんは、涙を堪えるような表情を浮かべ、ぼそりとそう呟いた。
きっと、過去に無謀な戦いを仕掛け、パーティメンバーを欠いたことがあるのだろう。そんな彼にかける言葉は、すぐには思い浮かばなかった。
「………………」
「………………」
「……んー、ちょっと君たち? ここは『昔、何かあったんですか?』って尋ねるとこやろ?」
仕事が絡まないと、少し面倒な人っぽいな。
「え、ええと、何かあったんですか?」
「そうだな……少し長くなるけどええか?」
「あー、今日はちょっと忙しいので、また今度お願いします」
「おう、ほんなら気ぃつけてな……ってなるかオイ! オッサンの昔話は、苦笑いを浮かべながら聞くのが若者のマナーや」
思っていたよりも、さらにもう少しだけ面倒そうだな。
「あれは、第一次ダンジョンブームのころやった……」
返事もしていないのに菅井さんは勝手に語り始めてしまった。隣にいる長良さんの顔を見ると、若者のマナーに従って苦笑いを浮かべている。
「当時は今よりもずっとダンジョン用のアイテムが無くてな、ダンジョン用品店なんかも存在していなかったから、みんな棍棒か木槍で戦ってたんだよ」
衣服はどうしていたんだろう……。葉っぱか?
「そんな中、俺が授かったスキルは『投擲』。これはそこら辺に落ちてる石ころさえ拾えば、それを武器にできたから、地味ながらもめっぽう強くてな。他の冒険者たちが手探りで攻略している中で、自分一人は突出した成果を上げれていたんだ」
石ころで無双か。最序盤なら確かに強そうだ。
「ただそんな俺でも、階を下ることで群れた魔物と遭遇するようになると、どうしても一人で捌ききれなくなってな。他の冒険者と同様に、パーティを組むことにしたんだ」
……本当に長い話っぽいな。
「『ガイさんチーっす』『あら、ガイも漸くパーティを組むんですか!?』『俺たちのパーティに入りなよ!』」
うおっ、いきなり小芝居パートだ。
「そのときには、俺も相当に名が売れていたから、どこの冒険者パーティからも引く手数多でな。『さーて、どこに所属してやろうかな?』って、こちらから選ぶ立場にあったんよ」
純粋な関西弁じゃないな。三重の出身かな?
「そんな折、自分とは真逆で、どこのパーティにも入れてもらえず困っていた女性が、俺の目に留まったんだ」
お、ヒロイン登場か。
「彼女の名前はナミ。本名はもう覚えていない。授かったスキルが戦闘向きじゃなかったから、どこのパーティからも参加を断られていたんだ」
当時は魔法スキルの扱いってどんな感じだったんだろう。
「そのスキルの名前は『演奏』。楽器を奏でることで様々な効果を生み出すスキルなんだが、当時は棍棒で戦っていたような時代だ。笛やギターなんて影も形もなかったんだ」
今なら、中村さんに言えばすぐに作ってもらえそうだな。
「俺はナミの手を握ってこう言ってやったんだ『今からお前専用の武器を作ってやる。黙ってついてこい』と」
「……まぁ!」
長良さんがそのセリフに瞳を輝かせたが、騙されてはいけないよ。絶対にこの後、面白い話になるんだから。
「俺は小学生の頃、合唱部に所属していたから、音楽室に置いてあった楽器には詳しかった。過去の記憶を頼りに、ダンジョンの中でも作り出せそうな楽器を想起した。そして……」
菅井さんは突然その場にしゃがみ込み、落ちていた枝を拾って地面に絵を描き始めた。
これは何の絵だ? フランスパン?
「…………それは?」
「そう! 俺が作り出した楽器は『ギロ』」
「ギロ」
「瓢箪のような表皮の硬い木の実をくり抜いて、表面に彫られたギザギザを棒で擦ると『ジーチコ』と音が鳴る楽器だな」
「ジーチコ……」
「その楽器をナミへ手渡すと、彼女の演奏スキルは覚醒したんだ」
また随分と渋い楽器を選んだものだ。
「ナミの演奏スキルによって奏でられた音色を聴くと、胸の奥から勇気が湧いてきたり、不安に駆られた時には安らぎを。また、気が逸った時には冷静さを与えてくれるんだ」
「とても有益なスキルなんですね」
「音色って言っても全部『ジーチコ』なんでしょ?」
「この際、音色なんて何でもイイんだよ。ただそれが演奏スキルによって奏でられたものなら、様々な効果を発動させれるんだから」
「まぁ、そうでしょうけど……」
せめて横笛的なものは用意できなかったのだろうか。
「そして俺は、新たに盾役の男を一人、アタッカーの男を二人パーティーに加え、計五人の冒険者パーティー『エターナル・シンフォニー』を結成したんだ」
「ギロしか居ないのに?」
「そこから俺たちは、破竹の勢いでダンジョンを攻略していった。魔物の攻撃を盾で受け止め、両サイドからアタッカーが攻撃。その際に俺は周りにいる他の敵を投擲で牽制、あるいは撃破していき、ナミは演奏で皆を鼓舞する、いわゆる黄金パターンってやつだ」
確かに安定感はありそうだ。
「そして、今まで誰も見たこともない魔道具や、新素材を携えて地上へと戻り、富も名誉も思うがままとなった」
なら何で、今ここにいるんだろう?
「俺たち男四人は、常々確認しあっていたことがあった。……それは『抜け駆け禁止』というルールだ。今、この絶妙なバランスが崩れてしまったら、パーティは一気に瓦解してしまうだろう。だから誰も抜け駆けすることなく、ダンジョンの攻略に集中しようではないかと」
なるほど。その辺りのことはしっかりと話しておくべきだよな。
「そんなある日、ダンジョン用品を取り扱うようになった企業から、俺たちエターナル・シンフォニーの姿をカタログに使いたいとオファーが来たんだ」
おぉ、さすがは新進気鋭パーティ。
「その打ち合わせに赴き、いくつかの話がまとまったことを皆に伝えようとクランハウスに戻ってきたら、俺は見てしまったんだ……」
あっ、見ちゃったかー。
「盾役を担う男とナミが、裸で抱き合っている姿をな……」
「あらあら……それは……」
うちのクランハウスでは、ちゃんと鍵付きの部屋を用意しておくべきだろうか……。
「そして盾役の男を怒鳴りつけるために、ズカズカと部屋の奥へと足を進めると、さらに見てしまったんだ……」
これ以上何を?
「その部屋の中には、アタッカーの男二人も、服を着ていない姿で寛いでいたんだよ……」
「……よ、よん」
「長良さん! それ以上はいけない」
「そう。俺だけだったんだ……。俺だけがその輪に入っていなかったんだよ……」
「ご愁傷様です……」
ありがちな話なんだろうけど、自分だったら耐えられそうにないな……。
「俺は怒りに任せて、そいつら全員をぶん殴ってやろうとしたんだが、その時! ナミが俺に向かって『ジーチコ』とギロを鳴らしたんだ。ダンジョンの外でスキルは発動しないのにな……」
「ジーチコ……」
「その姿を見て一気に冷めちまってな……。俺は何も言わずにクランハウスを後にしたよ。そしてパーティは解散。今に至るって訳だ……」
「………………」
……何かを忘れている気がするな。
あっ!
「じゃあ何でさっき、ゴーレムくんを見て感慨に耽っていたんです?」
「全く繋がりはないよ。ただそれっぽい事を口にしたかっただけで」
「…………ふむ。今後は、マテ買さんとの付き合い方を考えさせてもらいますね」
「待って待って! ちゃんとした事も話すつもりだったんよ。……ええと、ほら。あのゴーレムなんだけど、誰も戦おうとしないだろ? やっぱり初心者が武器なりを手にして戦うのって躊躇するもんなんだよ。だから『ゴーレムと相撲をとって、己の力量を知ろう』みたいなコーナーにした方が、もっと広く利用してもらえるんじゃないかな? ってアドバイスをだね……」
……む。確かにその方が、多くの人に触れてもらえそうだ。
「その事を伝えるためだけに、今の長々とした話をしたんですか?」
「君らんとこ、男も女も多いやろ? ちゃんと先駆者の失敗談を聞いておいた方が、この先イイいのかなってさ」
「うちに限ってそんなことは……」
「……十分にあり得ますね。早急に冒険者の失敗談を集め、それをまとめて書籍とし、クランハウスに常設、そして必読としましょう」
「お、おぅ……」
なぜか長良さんは、菅井さんの言葉を全面的に受け入れてた。……風紀の乱れによるトラブルの芽を、事前に摘んでおこうということか。
その後、菅井さんの意見を元に木柵を全て撤去し、代わりに土俵のようなものでゴーレムくんを囲ってみると、ポツポツと力試しを行う冒険者が現れ始めた。
「ぜんっっっっぜん動かせん!」
「振り向きは遅いから、後ろに回り込めって!」
「テコだ! テコの原理を使え!」
新人冒険者だけでなく、以前からこのダンジョンに通っている冒険者たちもゴーレムくんに挑んでいる。そして、ついには5人がかりで押し出そうとするものまで現れたが、未だに誰一人として勝てていない。
……もう一回り小さな岩にしようか。
「あの様子ですと、地下三階の魔物は想像以上に強大で、迂闊に手を出してはならないことを身体で知ることができるでしょう」
「それでも無茶をする奴って現れそうだけどね」
さらにもう一つくらいは、無謀な突撃を控えさせる様な対策を取っておきたい。
さてどうしたものか……。
◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
「あー、長良さんが休む前って、まだアスレチックとか無かったか」
長良さんは新しく造られた施設を興味深そうに見て回ると、最後に深谷さん専用・飛び降り櫓の最上段へと登り、そこからダンジョンの入り口周辺を見下ろした。
「昨日の今日で、新人冒険者の方が増えていますか?」
「こんなに影響力があるなんて、思っても見なかったよ……」
ライ様の動画が拡散された影響か、今日は新人冒険者の数がいつもより多い。
予定では長良さんの復活に合わせて地下四階を目指すはずだったのだが、それを変更してみんなの手伝いへ回った方が良さそうだ。
慣れない紙のパンツに翻弄され、変な歩き方になっている新人冒険者を眺めていると、櫓のすぐ下まで中村さんが駆けてきた。
「おーい若旦那ぁ! 亜麻を集めてる冒険者には背負子と交換してもらってもイイっすかね?」
「あっ、そっか。カゴがもうないのか。やっぱり背負子の方が早く作れる?」
「そっすねー。カゴの半分以下っす」
「オッケー! それじゃその方針で行こう」
「了解っす」
なんと、まだ朝も早いというのに、背負いカゴが全て貸し出されてしまったようだ。カゴは予め多く用意してあるので、今までならば半数も出ていかなかった。
「まさかとは思いますが、新人さんがオークの集落に突撃するようなことは……」
「絶対にない…………とは言えないよな……」
今日の混み様は、ライ様たちの動画によって引き起こされたのだと思うが、元を辿れば全て自分たちが巻き起こした事だ。
いつかのワニのように、死傷者が出てはマズい。
「じゃあちょっと手伝ってもらえないかな?」
「はい。対策を取りましょう」
互いに顔を見合わせ、一度だけ頷くと、飛び降り櫓を後にして、裁縫ブースへと足を向けた。
◻︎◻︎◻︎
「やっぱり、全身を真っ赤に塗った方が良かったんじゃないっすか?」
「流石にそれは材料が勿体無いよ。……だからツノを生やした方がいいと思う」
いまダンジョンに入ってすぐの場所へ来ている。
そこには体長2メートルほどのゴーレムが立たされており、そのすぐ傍には木製の看板が立てられていた。
※※オークはゴーレムすら倒すことのできる魔物です。このゴーレムくんを負かす力がなければ、絶対にオークは倒せません。腕試しをどうぞ※※
簡易的な木柵で囲まれた中心には、肩から棘を生やし、胴体の中央に鬼の顔が描かれたゴーレムくんが、棍棒を手に持って新人冒険者を威嚇していた。
「あの、先が四つに分かれた棍棒は、何を表しているのですか?」
「あー、あれは糸巻き器だよ。ゴーレムくんって、服飾チームの中心メンバーだからさ」
「なるほど……。とてもイイですね」
長良さんはそう言うと、ゴーレムくんのことを愛おしげに眺めた。
新人冒険者が魔物との力量を見誤り、無謀な戦いを仕掛けてしまう事故は度々起きている。
レンタル装備を借りる際に、魔物に関して一通りの注意は受けるのだが、それでも事故は起きてしまっていた。
たった一度のミスが、取り返しのつかない結果へと繋がることもあるので、己の実力を確認するための“目安”として、ゴーレムくんをここに置かせてもらったのだが、今のところ挑み掛かる新人冒険者は現れていない。
早く無謀なルーキーが現れないかと待ち侘びていると、マテ買のお兄さんがすぐ近くまでやってきた。
「もしあの頃に、これと同じサービスがあれば、今でも俺たちのパーティは…………」
マテ買のお兄さんこと菅井さんは、涙を堪えるような表情を浮かべ、ぼそりとそう呟いた。
きっと、過去に無謀な戦いを仕掛け、パーティメンバーを欠いたことがあるのだろう。そんな彼にかける言葉は、すぐには思い浮かばなかった。
「………………」
「………………」
「……んー、ちょっと君たち? ここは『昔、何かあったんですか?』って尋ねるとこやろ?」
仕事が絡まないと、少し面倒な人っぽいな。
「え、ええと、何かあったんですか?」
「そうだな……少し長くなるけどええか?」
「あー、今日はちょっと忙しいので、また今度お願いします」
「おう、ほんなら気ぃつけてな……ってなるかオイ! オッサンの昔話は、苦笑いを浮かべながら聞くのが若者のマナーや」
思っていたよりも、さらにもう少しだけ面倒そうだな。
「あれは、第一次ダンジョンブームのころやった……」
返事もしていないのに菅井さんは勝手に語り始めてしまった。隣にいる長良さんの顔を見ると、若者のマナーに従って苦笑いを浮かべている。
「当時は今よりもずっとダンジョン用のアイテムが無くてな、ダンジョン用品店なんかも存在していなかったから、みんな棍棒か木槍で戦ってたんだよ」
衣服はどうしていたんだろう……。葉っぱか?
「そんな中、俺が授かったスキルは『投擲』。これはそこら辺に落ちてる石ころさえ拾えば、それを武器にできたから、地味ながらもめっぽう強くてな。他の冒険者たちが手探りで攻略している中で、自分一人は突出した成果を上げれていたんだ」
石ころで無双か。最序盤なら確かに強そうだ。
「ただそんな俺でも、階を下ることで群れた魔物と遭遇するようになると、どうしても一人で捌ききれなくなってな。他の冒険者と同様に、パーティを組むことにしたんだ」
……本当に長い話っぽいな。
「『ガイさんチーっす』『あら、ガイも漸くパーティを組むんですか!?』『俺たちのパーティに入りなよ!』」
うおっ、いきなり小芝居パートだ。
「そのときには、俺も相当に名が売れていたから、どこの冒険者パーティからも引く手数多でな。『さーて、どこに所属してやろうかな?』って、こちらから選ぶ立場にあったんよ」
純粋な関西弁じゃないな。三重の出身かな?
「そんな折、自分とは真逆で、どこのパーティにも入れてもらえず困っていた女性が、俺の目に留まったんだ」
お、ヒロイン登場か。
「彼女の名前はナミ。本名はもう覚えていない。授かったスキルが戦闘向きじゃなかったから、どこのパーティからも参加を断られていたんだ」
当時は魔法スキルの扱いってどんな感じだったんだろう。
「そのスキルの名前は『演奏』。楽器を奏でることで様々な効果を生み出すスキルなんだが、当時は棍棒で戦っていたような時代だ。笛やギターなんて影も形もなかったんだ」
今なら、中村さんに言えばすぐに作ってもらえそうだな。
「俺はナミの手を握ってこう言ってやったんだ『今からお前専用の武器を作ってやる。黙ってついてこい』と」
「……まぁ!」
長良さんがそのセリフに瞳を輝かせたが、騙されてはいけないよ。絶対にこの後、面白い話になるんだから。
「俺は小学生の頃、合唱部に所属していたから、音楽室に置いてあった楽器には詳しかった。過去の記憶を頼りに、ダンジョンの中でも作り出せそうな楽器を想起した。そして……」
菅井さんは突然その場にしゃがみ込み、落ちていた枝を拾って地面に絵を描き始めた。
これは何の絵だ? フランスパン?
「…………それは?」
「そう! 俺が作り出した楽器は『ギロ』」
「ギロ」
「瓢箪のような表皮の硬い木の実をくり抜いて、表面に彫られたギザギザを棒で擦ると『ジーチコ』と音が鳴る楽器だな」
「ジーチコ……」
「その楽器をナミへ手渡すと、彼女の演奏スキルは覚醒したんだ」
また随分と渋い楽器を選んだものだ。
「ナミの演奏スキルによって奏でられた音色を聴くと、胸の奥から勇気が湧いてきたり、不安に駆られた時には安らぎを。また、気が逸った時には冷静さを与えてくれるんだ」
「とても有益なスキルなんですね」
「音色って言っても全部『ジーチコ』なんでしょ?」
「この際、音色なんて何でもイイんだよ。ただそれが演奏スキルによって奏でられたものなら、様々な効果を発動させれるんだから」
「まぁ、そうでしょうけど……」
せめて横笛的なものは用意できなかったのだろうか。
「そして俺は、新たに盾役の男を一人、アタッカーの男を二人パーティーに加え、計五人の冒険者パーティー『エターナル・シンフォニー』を結成したんだ」
「ギロしか居ないのに?」
「そこから俺たちは、破竹の勢いでダンジョンを攻略していった。魔物の攻撃を盾で受け止め、両サイドからアタッカーが攻撃。その際に俺は周りにいる他の敵を投擲で牽制、あるいは撃破していき、ナミは演奏で皆を鼓舞する、いわゆる黄金パターンってやつだ」
確かに安定感はありそうだ。
「そして、今まで誰も見たこともない魔道具や、新素材を携えて地上へと戻り、富も名誉も思うがままとなった」
なら何で、今ここにいるんだろう?
「俺たち男四人は、常々確認しあっていたことがあった。……それは『抜け駆け禁止』というルールだ。今、この絶妙なバランスが崩れてしまったら、パーティは一気に瓦解してしまうだろう。だから誰も抜け駆けすることなく、ダンジョンの攻略に集中しようではないかと」
なるほど。その辺りのことはしっかりと話しておくべきだよな。
「そんなある日、ダンジョン用品を取り扱うようになった企業から、俺たちエターナル・シンフォニーの姿をカタログに使いたいとオファーが来たんだ」
おぉ、さすがは新進気鋭パーティ。
「その打ち合わせに赴き、いくつかの話がまとまったことを皆に伝えようとクランハウスに戻ってきたら、俺は見てしまったんだ……」
あっ、見ちゃったかー。
「盾役を担う男とナミが、裸で抱き合っている姿をな……」
「あらあら……それは……」
うちのクランハウスでは、ちゃんと鍵付きの部屋を用意しておくべきだろうか……。
「そして盾役の男を怒鳴りつけるために、ズカズカと部屋の奥へと足を進めると、さらに見てしまったんだ……」
これ以上何を?
「その部屋の中には、アタッカーの男二人も、服を着ていない姿で寛いでいたんだよ……」
「……よ、よん」
「長良さん! それ以上はいけない」
「そう。俺だけだったんだ……。俺だけがその輪に入っていなかったんだよ……」
「ご愁傷様です……」
ありがちな話なんだろうけど、自分だったら耐えられそうにないな……。
「俺は怒りに任せて、そいつら全員をぶん殴ってやろうとしたんだが、その時! ナミが俺に向かって『ジーチコ』とギロを鳴らしたんだ。ダンジョンの外でスキルは発動しないのにな……」
「ジーチコ……」
「その姿を見て一気に冷めちまってな……。俺は何も言わずにクランハウスを後にしたよ。そしてパーティは解散。今に至るって訳だ……」
「………………」
……何かを忘れている気がするな。
あっ!
「じゃあ何でさっき、ゴーレムくんを見て感慨に耽っていたんです?」
「全く繋がりはないよ。ただそれっぽい事を口にしたかっただけで」
「…………ふむ。今後は、マテ買さんとの付き合い方を考えさせてもらいますね」
「待って待って! ちゃんとした事も話すつもりだったんよ。……ええと、ほら。あのゴーレムなんだけど、誰も戦おうとしないだろ? やっぱり初心者が武器なりを手にして戦うのって躊躇するもんなんだよ。だから『ゴーレムと相撲をとって、己の力量を知ろう』みたいなコーナーにした方が、もっと広く利用してもらえるんじゃないかな? ってアドバイスをだね……」
……む。確かにその方が、多くの人に触れてもらえそうだ。
「その事を伝えるためだけに、今の長々とした話をしたんですか?」
「君らんとこ、男も女も多いやろ? ちゃんと先駆者の失敗談を聞いておいた方が、この先イイいのかなってさ」
「うちに限ってそんなことは……」
「……十分にあり得ますね。早急に冒険者の失敗談を集め、それをまとめて書籍とし、クランハウスに常設、そして必読としましょう」
「お、おぅ……」
なぜか長良さんは、菅井さんの言葉を全面的に受け入れてた。……風紀の乱れによるトラブルの芽を、事前に摘んでおこうということか。
その後、菅井さんの意見を元に木柵を全て撤去し、代わりに土俵のようなものでゴーレムくんを囲ってみると、ポツポツと力試しを行う冒険者が現れ始めた。
「ぜんっっっっぜん動かせん!」
「振り向きは遅いから、後ろに回り込めって!」
「テコだ! テコの原理を使え!」
新人冒険者だけでなく、以前からこのダンジョンに通っている冒険者たちもゴーレムくんに挑んでいる。そして、ついには5人がかりで押し出そうとするものまで現れたが、未だに誰一人として勝てていない。
……もう一回り小さな岩にしようか。
「あの様子ですと、地下三階の魔物は想像以上に強大で、迂闊に手を出してはならないことを身体で知ることができるでしょう」
「それでも無茶をする奴って現れそうだけどね」
さらにもう一つくらいは、無謀な突撃を控えさせる様な対策を取っておきたい。
さてどうしたものか……。
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