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第一部

その218 剣鬼

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「はぁはぁはぁはぁ……いくら何でも依頼受けた翌日に集合とか頭おかしいでしょ……」

 巨大な外壁にもたれかかりながら息を整える俺。
 その外壁は我がミナジリ領よりも高く、広大だった。
 ゲミッドから輸送護衛の依頼を受け、リプトゥア国の奴隷市の町――ドルルンドへ転移。
 そこから更に南下する事半日、俺はようやく目的地へ着いた。

「ふぅ……へぇ、ここが【法王国、、、】ね」

 早速、法王国のダンジョンにでも潜りたい気持ちになったが、そうも言ってられない。
 何故なら輸送護衛の依頼まで、もう時間がないからである。
 一体何故こんな事が起きたのか、理由はゲミッドも聞かされていないのだった。

「東門ってここだよな? 間に合ったとは思うんだけど……?」

 そう呟くも、周囲には荷馬車すら見当たらなかった。

「よっと」

 それは、俺の背後から聞こえた声だった。
 まるで腰をおろす時に出すような声が聞こえ、振り返るとそこには誰もいなかった。
 そんな視覚情報より早く、俺は後頭部から悪寒を感じたのだった。
 直後、俺は打刀うちがたなを引き抜いていた。
 周囲に響く甲高い金属音。それは紛れもなく剣と刀との衝突音だった。

「へぇ、良い勘してるじゃねぇか」

 野太く逞しい声が耳に届く。

「ど、どちら様で……?」
「それに良い剣だ、ミスリル製か?」

 オリハルコンの打刀うちがたなはミスリル製に見えるように細工している。
 彼の目にもそう見えているのだろう。

「もしかして剣鬼けんきさんです?」

 全身黒い甲冑に身を包んだ二メートル近くある大男。
 の割に端正な顔つきで、薄紫色の長い髪を靡かせている。
 だが、その目には些か疑問が残った。
 俺の背後から声を掛け、俺が振り向いた瞬間、更に背後に回り奇襲。そんな攻撃を仕掛けたのにも拘わらず、彼の目は至って普通だったのだ。
 力が入る訳でも、冷徹でもない。まるで平常時のような、そんな目をしていた。

「てめぇがラビットの代わりか」
「ラビット……?」

 剣に力が入る。なんつぅ重さだ……!

「あぁ? 輸送の護衛任務だろ?」
「え、えぇ、そう伺ってます……!」

 足が大地にめり込む。どんどん重くなる。

「じゃあラビットの代わりじゃねぇか」
「ラ、ラビットさん?」

 このままじゃ押し負ける。【いつものセット】を発動する他ない。

「何だ、何も聞かずに来たのかよ」
「依頼をくれた……ギルドマスターが……何も聞かされてなかったようでして!」
「お? 何だよ? ちゃんと出来るじゃねぇか」

 拮抗する剣と刀、大地が軋み音を鳴らす。
 直後、剣鬼けんきは力を抜いて俺の力を流した。
 俺はその勢いに任せ、前宙する事でその力を逃がす。

「なるほどな、ギルドが薦めるだけはある」

 剣を納めた剣鬼けんきはそう言いながら腕を組んだ。

「で……ラビットさんとは?」
「あぁ? まずはてめぇの名前からだろうが」

 何という圧力。まるでこちらが悪いようである。

「……ミケラルドです」
「オベイルだ。流派はどこだ?」

 ラビットに関する情報を聞き出すまでが大変そうだ。

「師はいますが、特に流派というのはありません」
「そうか。その剣はどこで打ってもらった?」

 出会って間もないが、そろそろ回答が面倒になってきたな。

「実家のお爺ちゃんの姉の友人のペット友達に打ってもらいました」
「そうか。何故嘘を吐いた?」

 やっぱりバレるよな。

「質問ばかりで疲れたからです」
「なら仕方ねぇな」

 おぉ、聞く耳はあるのか。

「で、その剣はどこで打ってもらった?」

 どこかで聞いた事のある質問だった。

「言いたくありません」
「……なるほど」

 これまで通り、「そうか」で終わらないあたり、理解してもらえたのだろうか。

「その剣のルーツを知りたい」

 全然届いてなかった。

「言葉変えたってダメです。……って、何ですかその顔は?」
「予想外の答えだったからな」

 どこが予想外だったのか。

「俺がここまで頼めば、皆大体教えてくれるんだがな」
「これまでのどこに頼んだ流れがありましたかね?」
「世界のどこかで誰かが頭下げてるだろ、きっと。ま、俺は絶対に下げないけどな」

 なるほど、ディックが剣鬼けんきの事を「癖が強い」と言ってた理由がわかった気がする。

「で、話は戻るが――」
「――いや、戻しても答えは変わりませんからね」
「強情なヤツだな」
「どの口が言いますか」

 出会って五分で苦手ランキング上位に躍り出た剣鬼けんきオベイル。
 実力は確かなのに、面倒臭すぎてストレスが溜まりそうである。
 そんな俺に訪れた救済。
 それは、輸送隊の荷馬車の音だった。

「ち、もう来たのか」
「時間通りだと思いますけどね」
「剣の情報を教えない限りラビットの情報はやれないからな」
「もうどうでもいいです」

 はたしてこの輸送護衛の任務、上手くいくのだろうか。
 それだけが心配でならないミケラルド君(三歳)であった。
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