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第一部

その237 リプトゥア国の勇者

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 ◇◆◇ エメリーの場合 ◆◇◆

「陛下! それは一体どういう事ですかっ!?」

 思わず立ち上がってしまう程の疑問。
 私の前でっ先の如き眼光の男こそ、現リプトゥア国の王――【ゲオルグ・カエサル・リプトゥア】。
 よわい五十にして未だ覇気衰えぬ大国の王。
 しわの多き額、通った鼻筋はなすじ、太い眉、恵まれた体躯に隆起した筋肉。
 露出した浅黒い上半身には無数の刃傷。
 武力で国を造ったと称されるこの武王は、絢爛豪華けんらんごうかな椅子の肘掛けに頬杖を突き、表情を変えぬまま言いました。

「先に述べた通りだ。勇者の剣が制作段階に入った。エメリー、お前は厳重な警護の下、城内での訓練に励め」
「その前の話です!」
「何?」
「現在ガンドフが襲撃されているというのに、この私に黙っていろと仰るのですか!」
「そう言ったつもりだが?」
「保護されるだけで勇者が強くなれるとお思いですか!」
「手厚い保護、重責に縛られぬ配慮、適切な訓練。どれをとっても我が国以上の厚遇はないと自負している」
「そういう話をしているのではありません! 是非ともガンドフに向かう許可を頂きたく存じます!」
「ならん」
「何故です!?」
「勇者は世界の柱。先代勇者のレックスが我々の管理下から外れ、無様にも命を落とした過去を知らぬ訳ではあるまい?」
「今も尚、生と死の狭間で戦っている者がいるのです! それを見過ごす等、私には出来ません!」
「だから我が国が管理しているのだ。古来より勇者の誕生国が勇者を管理する決まりだからな」
「人は管理するものではありません! それとも陛下は、私が人でないと仰るおつもりですか!」

 激昂する私を見下しながら、ゲオルグ王は淡々と言いました。

「そう言ったつもりだが?」
「っ!?」

 すんと鼻息を吐いたゲオルグ王が諭すように言いました。

「勘違いしてもらっては困る。勇者の役目は魔王を滅ぼす事。つまりは人類の宝であり、最強の矛なのだ。人? そんな小さな話をしてもらっては困るのだよ。勇者は人ではない。人類最後の希望であり兵器。その自覚がないからそのような軽率な言葉が吐けるのだ」
「……っ」
「エメリー、お前の武力はやがて国を超える。魔王に届く力を手に入れたその時、英断を出来ぬ小娘のままでよいのか?」
「目の前で泣き叫ぶ子供が死んでも……こらえろと?」
「何の害なく救えるならばな。だが、その子供を見捨てる事で他の子供が二人救えるならば堪えるべきだと言っている」
「っ! 失礼します!」

 まるで全てを悟ったかのような物言い。
 余りの言葉に、私はゲオルグ王との会話を強引に切り上げた。
 きびすを返し歩く私の背に、ゲオルグ王が最後に言う。

「わかってくれたようで何よりだ、エメリー……」

 何という王。
 何という王だ……!
 この憤りを分かち合える仲間は……私にはいません。
 先代の勇者レックスには多くの仲間がいたという話です。
 剣神イヅナ、聖女アイビス、魔皇まこうヒルダという素晴らしき仲間が。
 たとえ天啓が、天恵があろうとも苦楽を共に出来る仲間がいなければ有効に発揮出来るとは思えません。
 しかし、そんな私をゲオルグ王は「軽率」だと言いました。
 私は軽率な女なのでしょうか。甘い考えなのでしょうか。
 その判断を下すのはゲオルグ王だけなのか。

「これはエメリー殿、陛下から話は聞いております。本日も私がお相手を務めさせて頂きます」

 取り繕った笑顔を私に向ける騎士――ホネスティ。
 その爽やかそうな笑みの裏では何を思っているのでしょう。
 籠の中の鳥? それとも寄生虫?
 勇者は人ではない。ゲオルグ王はそう言いました。しかし、言われてみれば納得してしまいました。この男は、私を人間として見ていない。
 ホネスティの瞳が物語っています。まるで物であるかのように私を見ている事を。

「はぁ!」
「っ! 流石、素晴らしき一撃です!」
「まだまだ!」
「いえ、本日はここまでとしましょう」
「っ? 何を言っているんですっ? まだ始めたばかりでしょう!」

 訓練を始めてまだ一時間も経っていません。
 こんな生易しい訓練では、他の冒険者に笑われてしまいます。

「何事も適度が一番でありますよ、エメリー殿」

 またこの笑顔……。

「まだ身体も温まっていません! 是非続きをっ!」
「私はこれまで多くの騎士を育ててきました。その実績から鑑みるに、ここで終わるのが一番だと判断しました。それともエメリー殿は私以上の実績をお持ちですか?」
「っ! 結構です!」
「それがよろしゅうございます」

 微笑んだホネスティを背に、私はどんな顔をしていたのでしょう。
 実績が大事ならば、何故私に実績を積ませないのか。
 最近のリプトゥア国はおかしい。おかしすぎる。
 多くの修羅場を迎え、踏破してきたのは遠き過去。勇者になる前の話。
 勇者としての天啓を受けてから、私の「今」は変わってしまった。

「あの、通してもらえますか?」
「これはエメリー様。申し訳御座いませんが、城下へのお出かけは禁止されております」
「……何故です?」
「陛下からの厳命であります。エメリー様の警護に支障をきたすため……と聞いております」
「自分の身くらい自分で守れます」
「そうは言われましても……では、陛下に許可を求めてはいかがでしょう?」
「……そうですか、わかりました」
「はい、それでは職務に戻ります」

 城の門番が悪い訳ではありません。
 王が悪いとも言い切れません。
 だけど私は、本当にこのままでいいの?
 こんな軟禁状態を続けて倒せる程、魔王という存在は甘いものなの?
 自室に訪れる給仕には様々な男。
 甘いマスクの男、筋骨隆々の男、知的な男。
 どれもゲオルグ王が私のために用意した男たち。
 ほんの少し手を伸ばせば、彼らは喜んで私を抱くでしょう。
 当然です、それが彼らに与えられた使命なのでしょうから。
 私を籠絡し、リプトゥア城という籠に留めるのが彼らの使命。
 王は……ゲオルグ王は一体何を考えているの?
 まるで、私をこれ以上強くさせないようにと務めているようにしか思えません。
 わからない。わからない。わからない。
 勇者という使命が重い事は重々承知しているつもりです。
 しかし、本当にこれでいいのかと問われた時、私は答えに困るでしょう。
 仲間が欲しい……私の孤独を理解してくれる仲間が。
 そんな夜を過ごした翌朝――私は驚愕の事実を知る。

「ミナジリ軍が魔王軍を破ったですって!?」
「はっ、現在勇者の剣を届けるため、このリプトゥア国に優秀な冒険者が向かっているとの情報です」

 私の部屋に報告をしに来た兵士に肉薄する。

「その冒険者の名前! わかりますか!?」
「えぇっと、確かミケラルド殿……だったかと」

 その時、私の心に去来した感情は一体何だったのか。
 それは私自身にもわからないものでした。
 ただ、これだけは言えます。
 あの武闘大会で私を下した彼に……ミケラルドさんに、また会えると!
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