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1:ジューゴ

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早朝。ジューゴは日課の散歩を楽しんでいた。冬の朝の澄んだ空気の中、白息を吐きながら、のんびりと静かな住宅地を通り抜け、街外れにある小さな祠へと向かう。冬の朝はいい。冷たい空気は透明で、顔を出したばかりの太陽が優しく暖かい光をくれる。
ジューゴは小さな祠に到着すると、祠の屋根の上に少しだけ積もっている雪を手で払い落とし、祠の前にしゃがんで祈りを捧げてから、のんびりと家へと向かい歩き始めた。

ジューゴはギルドで受付をしている。勤続20年以上で、ベテランと言ってもいい。
ジューゴは次の春で43になる。癖のない黒髪は少し白髪が混ざっている。若い頃から甘く整った顔立ちだと言われることが多かった顔は、年々小さな皺が増えていく。ジューゴは独身だ。ギルドの近くにある一軒家の賃貸住宅で、1人で暮らしている。
ジューゴは若い頃から女にとてもモテてていたが、恋人をつくることはなかった。ジューゴは男しか愛せない。より具体的に言うと、1人の男しか愛せない。20年近く、秘めた片思いをしている。我ながら馬鹿だと思うのだが、どうしても、その男を好きだという感情を捨てられない。想いを告げることはできない。その男は女好きで、出会った頃には女の恋人がいたし、今は妻も子供もいる。1つ年下のその男とは、ずっと飲み友達という関係だ。このままよき友人として、その男の側にいたいと思う反面、いっそ旅にでも出て違う相手に恋をして結ばれたいという思いがある。ジューゴは臆病者だ。その男に『気持ち悪い』と切り捨てられるのが怖くて、ずっと何も言えずにいる。きっと、このまま更に歳をとって、1人で死んでいくのだろう。寂しいが、仕方がない。振り向いてもらえる見込みが欠片もない男に恋をしてしまった自分が悪いのである。
ジューゴは死んで骨になるまで、胸の中の煮詰まった想いをひっそりと抱えて生きていく。





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仕事が終わり、ジューゴがギルドの外に出ると、酒焼けした濁声で名前を呼ばれた。思わずドキッと小さく心臓が高鳴った。声がした方を見れば、中年の厳つい男がジューゴに向かって軽く手を振っていた。


「ゴンゾ」

「よーっす。ジューゴ。おつかれ」

「あぁ。ありがとう。大剣の納期は間に合ったのか?」

「なんとかな。ギリギリまで粘って納得がいくもんに仕上げたぜ」

「そうか。それならよかった」


ゴンゾは武器職人をしている。短く刈り上げた淡い金髪は前髪が少々後退して額が広くなっており、彫りが深く、眉毛が薄い厳つい顔立ちと体格のゴツいオッサンである。ジューゴが長年、密かな愛を捧げている男だ。
ゴンゾがパンッと両手を叩くようにして、ジューゴを拝んできた。


「わりぃ。泊めてくれ。嫁さんに家を追い出されたんだわ」

「また浮気したのか?」

「浮気じゃねぇよ。娼館で女を買っただけだ」

「立派な浮気だろ。脳みそ下半身男」

「たまにゃあ若い女の肌に触りてぇだろぉ」

「はいはい。今夜の酒はお前が買えよ。宿泊料だ」

「お。ありがてぇ」

「いつもの事だろ」

「ふははっ!わりぃな!」


くしゃっと鼻に皺を寄せて笑うゴンゾに胸がときめく。ゴンゾは浮気性で、結婚してからも娼館に通う最低男だ。ゴンゾの嫁が気の毒になるが、ゴンゾが嫁と喧嘩して家を追い出される度にジューゴの家に泊まることが嬉しい。ただ一緒に酒を飲むだけで、何もしない。いつも、ゴンゾの為だけに定期的に整えている客室に泊めている。同じ屋根の下で眠ると、その時だけはゴンゾがジューゴのものになったような気がして、泣きたくなる程の幸せで胸がいっぱいになる。我ながら末期である。

ゴンゾと一緒に夕焼けに染まる市場で夕食の惣菜と酒を買い、ジューゴの家へと向かった。ジューゴの家はこじんまりとした2階建ての一軒家で、狭い庭にはジューゴが好きな花を植えている。今はどれも咲いていないが、春になれば、色とりどりの花で溢れるジューゴ自慢の庭だ。
家の中に入ると、食堂兼居間の小さめのテーブルに惣菜を並べ、台所から持ってきたグラスに酒を注いだ。暖炉に火を起こしてくれていたゴンゾに声をかけると、ゴンゾがいそいそと椅子に座った。
琥珀色の酒が入ったグラスを手渡せば、ゴンゾがニッと笑った。


「それでは我らの友情に乾杯」

「はいはい。乾杯」


ジューゴはカチンとゴンゾのグラスに自分のグラスを軽くぶつけた。グラスの酒を一息で飲み干すと、冷えた酒の酒精が喉を焼き、カッと胃の中が熱くなる。ジューゴは満足気に小さな息を吐いた。串焼きの肉に齧りつくゴンゾを見ながら、ジューゴも串焼きを手に取る。ゴンゾの薄い唇が大きく開き、垂れる肉汁を掬い取るように舌を伸ばして、白い歯が肉に食い込む。微かに、じゅっと肉汁を啜る音がして、噛みちぎった肉をもぐもぐと咀嚼し、嚥下と共にゴンゾのくっきりと浮き出た喉仏が動く。脂で光る唇を舐めてから、ゴンゾが再び肉に噛りつく。美味そうに食べるゴンゾに、なんとも興奮する。他人が見れば単なる厳ついオッサンの粗野な食事風景なのだろうが、ジューゴからすれば性的で静かな興奮を煽るものだ。夢中で食べているゴンゾに気づかれないようにゴンゾの口元をじっと見つめながら、ジューゴも肉に噛りついた。ゴンゾが食べている肉になりたい。薄い唇が触れ、赤い舌が這い、白い歯が食い込んで食い千切られる。ゴンゾの口内で咀嚼され、ゴンゾの血肉となる。かなりイッちゃっている発想だが、ジューゴはゴンゾと食事をする時は、いつもそう思う。
美味そうに食べかけの串焼きを片手に酒を飲むゴンゾを眺めながら、ジューゴはゴクンと咀嚼した肉を飲み込み、脂で濡れた自分の唇に舌を這わせた。
串焼きの肉なんかよりもゴンゾを食べたい。そんな欲望が表に出てしまわないように気をつけながら、ジューゴは口を開いた。


「ゴンゾ。そろそろワイバーンの討伐依頼が増える頃だ。忙しくなるぞ」

「あー。もうそんな時期か。若手が逸って、折角キチッと作った武器をボロボロにしてくんだよなぁ。修繕依頼が増えると面倒だ。一から作った方が面白ぇのによぉ」

「息子にさせたらどうだ。もう20だろう。そろそろ見習いも卒業なんじゃないか」

「まぁな。ニーグは筋がいい。まだ荒削りじゃあるが、いいもん作るぜ。あいつと頑張るかね。あ、そうそう。ニーグっていやぁよぉ。春に結婚することになったわ」

「そいつは目出度いな。相手は?」

「小間物屋のアンベリーヌって娘。ピチピチの17歳だぜ。羨ましい。ちと勝ち気だが、まぁ可愛い女の子だよ。ニーグにゃ勿体ねぇくらいの美人だ」

「へぇ。結婚式には呼んでくれ。お祝いがしたい」

「おう。頼むぜ」


ゴンゾの息子の結婚の話をしながら、肉を食い、酒を飲む。
指についた脂を舐めとるゴンゾを見て、ジューゴは気づかれないように熱い息を吐いた。グラスを持っていない手でこっそりと自分の股間を撫でれば、ジューゴのペニスは熱く固くなり、ズボンを盛り上げてしまっている。ゴンゾに気づかれたら、お終いだ。今すぐ自分を慰めたいが、我慢である。ジューゴは何食わぬ顔をして、股間から手を離し、酒瓶を握って、ゴンゾのグラスに酒を注いだ。





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したたかに酔ったゴンゾを客室に放り込むと、ジューゴは自室に入り、ズボンからシャツの裾を出して誤魔化していた盛り上がった股間を撫でた。今夜もバレていない筈だ。外で飲み食いする時はこうならないが、ジューゴの家でゴンゾが飲み食いするところを見ると、どうしてもペニスが熱く固くなる。
ジューゴは隣にある客室側の壁に移動し、微かに聞こえてきたゴンゾの鼾に耳をそばだてた。壁に耳をくっつけ、ゴンゾの鼾を聞きながら、カチャカチャとズボンのベルトを外して、焦る手でボタンも外し、チャックを下ろして下着ごとズボンをずり下げる。下着の中で窮屈な思いをしていたペニスが開放されて、ジューゴは、ほぅと息を吐いた。ペニスの先っぽに指先で触れれば、ぬるりと涎を垂らすように濡れていた。ジューゴは先走りをペニス全体に塗り広げるように手を動かしながら、目を閉じて、ゴンゾが肉を食らう光景を頭の中に思い浮かべた。ゴンゾの鼾が隣室から聞こえてくる。はっ、はっ、と荒い息を吐きながら、ジューゴは夢中でペニスを激しく擦った。

いけないことだと分かっているのに、止められない。ゴンゾの鼾を聞いていると、触れていないアナルが酷く疼く。ジューゴはペニスを弄りながら、近くにある小さな棚の引き出しを開け、買い置きのアナル専用の香油を取り出し、再び壁に耳をくっつけた。
ゴンゾの鼾を聞きながら、香油を垂らした指で自分のアナルをぬちぬちと撫で回し、すぐに指をアナルの中へと突っ込んだ。ゴンゾの太い指を思い描きながら、アナルに入れた指を抜き差しする。躊躇なく前立腺を擦り、指の腹でトントンと軽くノックをしてやれば、脳みそが痺れるような快感に襲われる。ジューゴは口からもれてしまいそうな声を必死で堪えながら、アナルに入れた指も、ペニスを握る手も同時に動かした。

こうしてゴンゾをおかずに自慰に耽るようになって、もう何年経つだろう。未だにゴンゾに対して罪悪感を抱いてしまうが、どうしても止められない。

ジューゴは声を押し殺して、アナルで自分の指をキツく締めつけながら、ゴンゾが眠る部屋とジューゴの部屋を隔てている壁に向かって思いっきり精液を吐き出した。落ち着いた色合いの茶色い壁に、ジューゴの白い精液がぴちゃぴちゃとかかる。射精して萎えたペニスを握りしめたまま、アナルから指を引き抜き、まるで懺悔するかのように壁に手をつけ、額を擦りつけた。

ジューゴは汚い。ゴンゾが愛おしくて愛おしくて、気が狂ってしまいそうだ。本当はもう狂っているのかもしれない。
ジューゴは壁に額をつけたまま、小さく呟いた。


「すまない。ゴンゾ。愛してる」


ジューゴはゴンゾと隔てる壁を愛おしむかのように撫でた後、静かに壁に口づけた。

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