『はみ出し者』の愛の卵

丸井まー(旧:まー)

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18:悪くない

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 ヴィーターは騎士達と共に鍛錬をし終えた後、寝室へと向かった。
 寝室に入れば、ベッドでヤニクが寝ていた。静かにベッドに腰掛け、ヤニクの穏やかな寝顔を眺める。一応年上なのだが、ヤニクの寝顔は少しだけいつもより幼い気がした。

 ヤニクが二個目の卵を孕んだ。前回は5日で孕んだが、今回は3日で孕んだ。毎回、それなりに回数をしているからかもしれないが、予想よりも卵を孕むペースが早い。この調子なら、八の月までにゆとりをもって三個目の卵も産まれるだろう。

 ヤニクは、吐き気はないようだが、やたら眠くなるみたいで、卵を孕んだ昨日から、食事の時以外はずっと寝ている。デリークが常に側にいるので、仮に異変が起きても大丈夫だ。
 ヴィーターは、なんとなくヤニクの少し伸びた髪を弄りながら、小さく口角を上げた。

 最初の子供は男の子だったから、次は女の子でもいい。きっと可愛らしい元気な子が生まれるだろう。
 ヤイートも順調に元気よく育っている。まだ首もすわらないので、抱っこをする度に内心ドキドキするのだが、ヤニクとの子供はものすごく可愛い。

 ヴィーターは臣籍に下っている。兄王から、早く子供をつくれと言われていた。ヴィーターの剣の才を継ぐ者が欲しいようだった。
 ヤニクも剣の筋がいいので、ヤイートが大きくなって剣を教えれば、きっと強くなるだろう。ヤニクに似ている気がするから、根性があるところも似るような気がする。

 ヴィーターは、くすーっと小さな寝息を立てているヤニクの頬をつんつんと優しく突いた。特に意味はない。やりたくなったからやっただけだ。
 ヴィーターがじっとヤニクの寝顔を眺めていると、ヤニクが不明瞭な声を上げ、のろのろと目を開けた。薄い緑色の瞳がキレイだ。
 ヤニクがヴィーターを見上げて、ふにゃっと笑った。


「ヴィーター。もう昼飯か?」

「そろそろな」

「起きる。ヤイートは?」

「連れて来させよう。デリーク」

「御意。ヤニク様。召し上がりたいものはございますか?」

「ヴィーターと一緒のやつがいい」

「かしこまりました。先にヤイート様をお連れいたします」


 デリークが寝室から出ていったので、ヴィーターは起き上がったヤニクの唇にキスをした。特に意味はない。なんとなく、したくなったからしただけだ。
 キスをすると、ヤニクが嬉しそうに笑う。ヤニクの明るい笑顔を見ると、胸の奥が擽ったくなる。不快ではない。むしろ、心地いい。


「身体はどうだ」

「眠い以外別に」

「そうか」

「あと腹減った」

「食べたいだけ食べろ。次の子の子守の手配はしてある。明日、念の為面接をする」

「んー。よろしく」

「今のところの予定では、ビガンドの知り合いの子守にする予定だ。ビガンドと同年らしい」

「ふぅん。ビガンドと同じベテランなら安心だな」

「あぁ」


 ヤニクのキレイな金色の髪をなんとなく弄りながら話していると、元気な泣き声が聞こえてきた。
 デリークと共に、ヤイートを抱っこしたビガンドが入ってきた。ビガンドは成人する18歳の時から30年くらいずっと子守の仕事をしているベテランだ。主に貴族に雇われていた。


「ちょうどチチクルを飲ませる時間です」

「ヴィーター。やって。俺がやりてぇけど、眠くて、うっかり落としたら怖い」

「分かった」


 ヴィーターはビガンドから元気よく泣いているヤイートを受け取ると、横抱きにして、チチクルが入った哺乳瓶を受け取った。すぐに哺乳瓶の口をヤイートに咥えさせると、んくっ、んくっ、と勢いよく呑み始めた。
 まだ軽い小さな温かい身体が愛おしい。

 ヴィーターは男ばかりの五人兄弟で、下から二番目だ。末っ子とは歳が10歳離れている。生まれたばかりの弟が可愛くて、何度かチチクルを飲ませたことがある。長兄の兄王からはそんなに好かれていないが、次兄やすぐ上の兄からは、それなりに可愛がってもらっていた。

 チチクルを飲み終えたヤイートを首を支えながら縦抱きにして、げっぷをさせる。たまに、上手くげっぷができなくて吐く時もあるが、だいたいは上手くげっぷができる。けふっとげっぷをしたヤイートを横抱きにすると、ヤニクがヤイートの顔を覗き込んで、嬉しそうに笑った。


「どんどんぷくぷくになるなー。可愛いー」

「そうだな。弟が近いうちに砦に来るそうだ」

「あ? なんで?」

「子供達の顔を見に来る。2人目が生まれた後になるだろう」

「ふぅん。弟って何歳?」

「17だ。来年、成人したら文官として働き始める予定だ」

「剣はやってねぇの?」

「あまり得意ではなかったな。だが、数字に強いから、それなりに優秀な文官になるだろう」

「へぇー。2人目は女の子がいいなぁ」

「そうか」


 ヤニクがヴィーターと同じことを考えていたのが、なんだか面映い。
 昼食が運ばれてきたので、ヤイートはビガンドに渡し、ヤニクはベッドの上で、ヴィーターは寝室に新たに置いたテーブルの上で昼食をとり始めた。

 ヤニクがヴィーターと同じものを食べたがるので、ヴィーターの分の食事も、普段より少し上等なものになっている。

 砦は、魔の森から出てくる魔獣を狩る大事な要所だから、その分、所属する騎士も多い。とはいえ、国から与えられる金銭は潤沢ではないから、基本的には質素な生活をしている。
 衣食住はできるだけ質素にして、浮いた金で、砦の補強や騎士達の武器をより良いものにしている。自分達の生命を守るためのものに金を使っているので、表立って不満は出ていない。
 魔獣の繁殖期には、普段よりも少し豪華な食事を出すようにしているし、医薬品も備蓄をしている。砦に所属する医者も、ヴィーターが騎士団長になってから増やした。

 ヤニクが三個目の卵を孕んだら、魔獣の繁殖期が終わるまで禁欲生活だ。ヤニクが卵を孕むと、剣の鍛錬ができなくなるので、ちょっと困る。子供が増えるのは大歓迎だが、ヤニクも戦力の一つにしたいので、新たに子供をつくるのは魔獣の繁殖期が終わった後だ。

 ヤニクとぽつぽつ話しながら昼食をとり、眠そうなヤニクを寝かせてから、ヴィーターは執務室へと移動した。

 ヴィーターは機嫌よく書類仕事をこなしながら、腹心の部下にヤニクが喜びそうなものを一番近くの町で買って来させようかと考えた。
 少し前に砦に来た商人からデリークが買った甘さ控えめの菓子を気に入っていたから、日保ちする菓子がいいかもしれない。酒は卵を産んだ後に、いつもの酒を飲ませよう。

 魔獣の繁殖期の間は、子供達は一番近くの町に避難させる予定である。そこまで魔獣を行かせたら、ヴィーター達の負けだ。人里に魔獣を行かせないように、昼夜問わず、いくつかの班に分かれて、交代で哨戒や戦闘を行う。
 ヴィーターも当然出撃するし、ヤニクもデリークをつけて出撃させる。
 ヤニクなら、来年の春までに、それなりに強くなっているだろうから、きっと大丈夫だ。

 ヴィーターは夕食の時間まで書類を捌くと、足早に寝室に向かった。
 寝室に入ると、今度はヤニクは起きていた。目が合うと、ヤニクの顔がぱぁっと嬉しそうに輝いた。
 ヤニクはすぐに感情が顔に出るから分かりやすい。表情筋が残念なヴィーターのことを好いてくれているようである。
 ヤニクは存外可愛いと思う。子供が生まれてから特に、毎日が賑やかになったが、悪くない。

 ヴィーターはベッドに腰掛け、ヤニクの唇にキスをすると、ビガンドに抱っこされたヤイートが来るまで、ヤニクの手を握って、他愛のない話をした。
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