恐怖の巨人、嫁になる

丸井まー(旧:まー)

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6:決意

セベリノと2人で次々と贈り物の箱を開けて確認をしていると、箱に贈り主の名前が記載されていないものがあった。普通は、箱の一目で分かる場所に、贈り主の名前が書いてある。うっかり名前を書くのを忘れていたのだろうか。
ニルダがその箱を手に取ると、それを見たセベリノが、妙に裏返った今にも絞め殺されそうな変な声を上げ、流れるような動きで床に土下座した。ニルダはきょとんとセベリノを見下ろした。


「なんだ」

「大っ変申し訳ありませんっ!!」

「なにが」

「それは開けないでください!お願いします!!」

「何故」

「あの、えっと、それはですね……えーと、俺の友達の間での悪ふざけと申しましょうか……」


少し顔を上げ、目を泳がせて慌てているセベリノを暫し眺めた後、ニルダは箱を開けた。


「わぁぁぁぁ!!開けないでくださいよぉぉ!!」

「うるさい」


セベリノが慌てたように叫ぶのを聞き流し、ニルダは箱の中を見た。箱の中には、淡いピンク色の女物のパンツと、ピンク色の可愛らしいデザインの大きめの瓶が入っていた。何故、結婚したばかりの夫婦に、女物のパンツと謎の瓶が贈るのだ。ニルダが無言でセベリノを見ると、セベリノがオロオロしながら早口で話し始めた。


「そのあの結婚する友達の素敵な夫婦生活をご支援!みたいなそんなノリの悪ふざけでして深い意味はないんです本当なんです友達で金を出し合って買って贈って笑い話にするみたいなそんな本当に身内の悪ふざけみたいな感じなんですごめんなさいすいません捨てます埋めますむしろ俺を埋めます」

「落ち着け」


息づきもなしに話しながら、セベリノがガンッと額を床に叩きつけた。動揺し過ぎである。そこまで取り乱す程のことではないと思うのだが。
ニルダは呆れながら、箱の中のパンツを取り出した。女物にしては明らかに大きい。ニルダでも穿けそうなサイズである。パンツは分かるが、瓶の中身がよく分からない。
ニルダはパンツを箱の中に戻し、瓶を手に取った。


「これは何だ」

「……ローションです……」

「ローション」

「あのー、ほら、あのー、えっと、しょ、処女とか、慣れてない女って濡れにくい場合があるので……その、円滑にセックスをする為に使う……みたいな……」

「ふーん」

「すっ、捨てます!!」

「好きにしろ」

「はいっ……うぅ……まさか俺がやられるとは思ってなかった……」

「対外的には恋愛結婚だ」

「そうなんですけどぉぉ!!」

「パンツはお前が穿くか?」

「穿きませんよ!穿いたらとんだ変態野郎じゃないですか!!」

「冗談だ」

「……もっと笑える普通の冗談を言ってください!!」


唇を尖らせて怨めしそうな目で見てくるセベリノが可笑しくて、ニルダはクックッと低く笑った。笑うニルダを見て、セベリノがむうっと膨れっ面になった。


「ニルダさんが不快になると思ってめちゃくちゃ焦ったのに」

「そうでもない」

「むぅ。意外と下ネタも大丈夫なんですか」

「普通」

「普通の基準がいまいち分かりませんよ」


ふと、ニルダはちょっとした悪戯を思いついた。男同士の軽口を耳にしたことくらいある。一緒になって喋ったことはないが。男同士のじゃれ合いみたいな品のない楽しそうな会話が聞こえてくると、いつも羨ましかった。品のない会話がではなく、シモのことさえ気軽に笑って話せるような関係性が、ニルダには遠いものだった。
ニルダは内心ドキドキしながらも、表情は普段通りを装って、思い切って口を開いた。


「俺も普通にシコって抜く」

「ぶっ……!?」


セベリノが吹き出した後、唖然とした表情でニルダの顔を凝視して、数秒の沈黙の後に、一瞬で顔が真っ赤になった。
はくはくと口を開け閉めしているセベリノを眺めて、ニルダは首を傾げた。もしや、自分は言ってはいけないことを言ってしまったのだろうか。しかし、耳にしたことがある男達の会話では、普通な顔でこういうことを言っていた。ニルダが定期的にシコって抜いているのは事実である。嘘は言っていない。ペニスがあるし、射精もできる。溜まり過ぎると色々不都合なことがあったりするので、普通に自慰をして発散させている。
もしかして、セベリノは下ネタが苦手なタイプなのだろうか。ここから普通の男達のように品のない会話で盛り上がっちゃうかもしれないと少し期待していたのだが。

セベリノが眉間に深い皺を寄せて、真っ赤な顔のまま口を開いた。


「そ、そういうことは言っちゃ駄目ですよ」

「何故だ。こういう話をしている奴らは普通にいる。……お前は苦手か」

「うっ……に、苦手……とまではいかないんですけど……その、あの……お忘れかもしれませんが、お、俺は男が好きなんです」

「あぁ」

「だからですね……あ、あの……」

「なんだ」

「そっ、想像しちゃ駄目なやつを想像しちゃうから止めてください!!」

「……は?」


セベリノの予想外な言葉に、ニルダはぽかんと口を開けた。セベリノが自分の真っ赤になっている顔を両手で隠して、勢いよく喋り始めた。


「俺は男が好きなんですよ。男の裸をオカズにオナニーしまくってんですよ。ちんこシコってるとかやめてくださいよ。想像しちゃうじゃないですか。貴方パッと見、男にしか見えないでしょ。いやいや確かに俺は好きな男がいますけどね。いますけど、俺だってまだまだお年頃なんですよ。あれですよ。普通の男がエロ本とか恋人じゃない女で抜いたり娼婦抱いたりするでしょ。それと一緒なんですよ。惚れてる相手じゃなくてもズリネタになるし、こちとら生まれて死ぬまで童貞確定なんですよ。童貞拗らせてるんですよ。オナニーしかできないんですよ。男が主体のエロ本なんてねぇから常にズリネタに餓えてんですよ。些細なことで妄想が暴走して、ちんこも暴走しちゃうんですよ。勘弁してください。友達と普通に下ネタ話すけど脳内で女のおっぱいを数えて必死こいて勃起しないようにしてるんですよ。友達とか知り合いで抜きたくないんですよ。トイレでも生ちんこ見ないように必死こいてるんですよ。見たら興奮しちゃうじゃないですか。やべぇじゃないですか」

「落ち着け」

「俺だってセックスしてみてぇですよ。キスだってしてみてぇですよ。生ちんこ拝んでみたいし触ってみたいし舐めてみたいしケツに挿れてもらいてぇし挿れてみてぇし。ちんこだけじゃなくて全身触ったり舐めたりし合いたいしキスだってしてみてぇし」

「セベリノ」

「あっ」


ニルダは怒涛の勢いで喋るセベリノに目を白黒させながら、セベリノの名前を呼んだ。セベリノがはっとしたように言葉を止め、顔を覆っていた手を離して、今度はさぁっと顔色を青くしていった。


「すっ、すいませんっ!あ、俺、気持ち悪い、ですよね……申し訳ないです……」


赤くなったり青くなったり忙しい。元はニルダの軽率な発言からだったので、なんとも申し訳ない気持ちになった。


「セベリノ。悪い」

「い、いえ……」

「……男同士の軽口に、少し憧れていた」

「え?」

「軽率だった。すまない」

「あ、いや……聞きにくいことをお聞きしますけど……ニルダさん。友達いますか?」

「いない」

「その、気軽に話せる人とか」

「いない」

「……あー、うん。その、すいません。ぶっちゃけ気づいてはいたんですけど……あ、いや……重ね重ねすいません……」

「謝る必要はない」

「でも……」

「俺が駄目なだけだ」

「は?何がです?」

「上手く喋れない。笑えない。気もきかない。『幸福の導き手』らしさなんて欠片もない。いつも怯えさせるだけだ」

「…………」

「悪かった。お前が不快な話はしない」


ニルダは伏し目がちにそう言って、セベリノに向かって頭を下げた。ほんの軽い気持ちで口に出したことが、ここまでセベリノを不快にさせるとは思わなかった。だから自分は駄目なのだろう。上手く喋れず、喋っても空回りする。
ニルダがずーんっと凹んでいると、おずおずといった様子でセベリノが声をかけてきた。


「ニルダさん」

「……なんだ」

「あー……別に不快ではないです。その、心の準備が無かったから焦っただけで。ニルダさんもアレがありますもんね。普通にナニしますよね」

「…………まぁ」

「えっと、お、俺も普通にナニしますよ。男……というか、アレがあったら、皆普通にすることですし。じゃ、じゃないとほら!日常生活に若干の支障がね!あるじゃないですか!」

「あぁ」

「ふ、普通ですよ!普通!ニルダさんも!……た、多分……俺も……」

「あぁ」

「……お、俺でよかったら、下ネタも普通に喋ってもらって大丈夫です。あ、でも。できたら『今から下ネタを喋る』って宣言してもらった方が心の準備ができますので」

「無理をするな」

「無理じゃないです。……ほら。俺達、一応夫婦じゃないですか。ちょっとした軽口とか、普通に言い合うでしょ」

「……あぁ」


こほん、とセベリノが軽く咳払いをして、床から立ち上がり、ソファーに戻った。セベリノの青褪めていた顔が、またじわじわと赤く染まった。


「そっ、それで」

「なんだ」

「ニ、ニルダさんの、ズ、ズリネタはなんなんですか」

「この話題続けるのか」

「……いいでしょ。ちょっとくらい。大丈夫です。俺は今脳内に女のおっぱいを思い浮かべてるんで」

「それはそれでどうなんだ」

「で?ズリネタは?女ですか?男ですか?」

「……特にない。擦って出すだけだ」

「しょっ、そっ、そうですか……誰かに対して、その、ム、ムラムラとかしないんですか?」

「特にしない」

「えっと……あのー、じゃあ、本当に単に擦って出すだけなんですか?」

「あぁ」

「エロ本読んだりとかは?」

「ない」

「……試しに読んでみます?俺、一応エロ本持ってますよ。男女ものばっかだけど。一冊だけ、ふたなりのもあります」

「面白いのか?」

「俺は別に。カモフラージュで買ってるだけなんで。もう少し若い頃は友達と貸し借りをしてましたし。それに必要だったから買ってただけです。話題を合わせるのに一応読みますけど、エロ本で抜いたことはないです」

「ふーん」

「俺が特殊なだけなんで、試しに読んでみたらどうですか?」

「あぁ」

「えっと、じゃあ後で部屋に持っていきます。……あー、そろそろお茶にします?」

「あぁ」

「紅茶と珈琲、どっちがいいですか?」

「珈琲」

「はい。珈琲を飲んでから続きをしましょうか。明日の午前中に業者に来てもらえることになってるので、とりあえず贈り物を全部確認だけして、リストを作っときましょう」

「あぁ」


セベリノがまだほんのり頬を赤く染めたまま、ソファーから立ち上がった。ニルダは台所へ向かうセベリノを見送り、ローテーブルの上の贈り物の箱をずらして、珈琲を置くスペースをつくった。

ニルダよりもずっとしっかりしているから忘れていたが、、セベリノはニルダよりも6つも年下だ。ニルダよりも若く、普通の男である分、性欲も大きいのだろうし、男専門ならば、きっと苦労が多いのだろう。
できたら、セベリノが気軽に愚痴や弱音を吐けるようにしてやりたい気がする。どうしたら、そうしてくれるのか、ニルダには見当もつかないが。
セベリノとは、仮面夫婦として、これから一緒に生きていく。お互いに無理がない方がいい。
これから先の人生、まだまだ長い。少しずつセベリノのことを知っていって、少しずつニルダのことを知ってもらえばいい。
ニルダの家に住んでいるが、ニルダがセベリノに嫁いだ形になっている。ニルダは一応嫁になる。嫁たるもの、旦那の助けとなるべきだ。
ニルダは今更ながらに、『普通』の夫婦とは違う形でも、セベリノに寄り添っていく嫁になると決意した。
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