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8:何故
セベリノは帰り支度をして、少し前に出勤してきたニルダに一声かけてから、ニルダ斑が使っている部屋を出た。今日はニルダは当直なので、勤務時間がズレている。
班内で当直を持ち回りでしている。二人組で当直をするのだが、平等になるように、毎月籤引きをして組み合わせを決めている。セベリノがニルダと当直をすることはない。2人とも一応班の責任者という立場になるし、何か対応をしなくてはいけないことが起きた時の為にも、班長と副班長は一緒に当直をしないのが暗黙の了解となっている。ニルダと一緒に当直をすることを、班の者達は『地獄の一夜』と呼んで嫌がっている。押し付け合いになるので、有無を言わさず籤引きをしている。
当直自体は、警邏隊の沢山ある班で持ち回りでしている。大体2週に1度、ニルダ斑の者が当直をする。夜間警備担当の班がいくつかある。それ以外の斑の者は、警邏隊の詰所の留守役と何かあった際の上役への伝達係をやる。何もなければ、当直は特にやることがなく、交代で仮眠をとることもできる。
セベリノは詰所の廊下を歩きながら、夕食をどうしようかと考えた。今夜はニルダがいないので、なんだか作る気が起きない。
ニルダはセベリノが何を作っても文句を言わないし、残さないどころかおかわりまでして食べてくれる。毎回ボソッと『美味い』と言ってくれるし、沢山食べてくれるので作り甲斐がある。料理を作るのは特別好きという訳ではないが、ニルダの為に料理を作るようになってから、なんだか楽しくなってきた。ニルダが喜びそうなメニューを考えたりするのも地味に楽しい。
ニルダは何もなければ明日の昼前には家に帰るので、ニルダの明日の昼食は、朝に作って用意しておくつもりだ。当直の時の朝食は警邏隊内の売店でパンを買うので、今日の夕食と明日の朝食はセベリノ1人の分だけになる。
セベリノが、作るのも片付けるのも楽で時間がかからない手抜き料理を頭に思い浮かべていると、後ろからポンポンと軽く肩を叩かれた。顔だけで振り返れば、後輩のマヌエルだった。セベリノが、かれこれ6年近く片想いをしている男である。セベリノの心臓が、全く予想していなかった想い人の突然の登場に、ドキッと大きく跳ねた。動揺を表に出さないように顔を取り繕い、セベリノは足を止めてマヌエルと向かい合った。
「よぉ。マヌエル。お疲れ」
「お疲れ様っす。先輩、今日は1人なんすね」
「うん。ニルダさんが今日は当直だから」
「ふーん。先輩。よかったら飯食いに行きません?今日、奥さんが子供連れて実家に帰ってるんすよー。『ご飯は自分でよろしく』って言われてるんすよね。作るのもめんどくせぇし、食いに行こうかなって思っててー」
「いいぞー。なに?奥さんを怒らせたのかよ」
「ちーがーいーまーすー。奥さんの姉ちゃんが泊りがけで実家に帰って来てんすよ。姉ちゃんは隣町に嫁いでるから、すげぇ久しぶりに会うし、たまには姉妹でのんびり過ごしたいって。俺の奥さん、割とシスコンなんで。姉ちゃん大好きなんすよねぇ」
「へぇー。それで置いて行かれて、お前は拗ねてんのか」
「別に拗ねてないっすけどぉ。誰もいない家に帰って1人で飯作って食うのも嫌じゃないっすかぁ」
「あっそ。何処に行く?」
「『銀鮭亭』はどうすっか?あそこ安いし。酒の種類が多いし」
「ん?酒も飲むのか?明日は休みか?」
「仕事っすね」
「飲むなよ」
「いやー。ちょっとだけっすよ!普段は奥さんが怖くて休みの前の日にしか酒飲めねぇし!たまにはいいじゃないっすかー」
「はいはい。まぁ付き合ってやるよ。ジュースで」
「あざーっす!じゃあ、早速行きましょう!」
マヌエルが、にーっと嬉しそうに笑って、がっとセベリノの肩に腕を回して歩き出した。仲のいい友達同士で肩を組むなんて、極々普通のことだ。周りの通行人をチラッと見ても、誰も気にしていない。心臓が口から出てしまいそうな程、胸を高鳴らせているセベリノがおかしいのだ。殆ど密着しているマヌエルから、汗と男物の爽やかな香水の匂いがする。セベリノは全力でいつも通りの顔を取り繕った。
ドキドキし過ぎて心臓に悪い移動をして、『銀鮭亭』という馴染みの飲み屋に到着した。道すがら、マヌエルの家庭の愚痴という名の惚気を聞いていた。二重の意味で軽い拷問のような時間が終わり、マヌエルがセベリノから離れて、対面の椅子に座ると、セベリノは気づかれないように、小さくほっと息を吐いた。
そんなに大きくないテーブルの上に広げたメニュー表を2人で覗き込んで、注文するものを決め、近くにいた店員を呼ぶ。マヌエルが注文していく姿を左手で頬杖をついて眺めながら、セベリノはこっそりと右手の掌に滲んでいる汗をズボンで拭き取った。
マヌエルは、黒に近い濃い紺色の髪と明るい青色の瞳をした普通の顔立ちの青年である。身長はセベリノと変わらないくらいで、セベリノよりも少し筋肉が多くて逞しい身体つきをしている。人懐っこくて、いつもニコニコ笑っているような男だ。美形という訳ではないが、笑うと愛嬌があり、話上手だから、そこそこ女にモテていた。マヌエルの嫁はかなり美人な方で、マヌエルは嫁にベタ惚れしている。マヌエルが嫁になった女を口説く時、マヌエルに頼まれてセベリノも協力した。マヌエルがデートに行く時の服を選んでやったり、プレゼントの相談にのってやったりもした。セベリノが好きな相手は、素直で、真っ直ぐで、笑顔が本当にチャーミングな、可愛くて格好いい男である。そして、子持ちの妻帯者だ。
マヌエルが注文した酒とセベリノが注文したジュースがすぐに運ばれてきた。乾杯をして、すぐにグラスに口をつけて、やたら乾いていた喉をジュースで潤す。
グラス半分の酒を一気に飲み干したマヌエルが、目をキラキラと輝かせながら、口を開いた。
「先輩。先輩。新婚生活はどうっすか?最初はあのニルダ班長と結婚なんて、マジで信じられなかったんすけど、なんか先輩すげぇ普通にしてっし。先輩ってガチでニルダ班長が好きなんすね」
「あー。うん。つーか、普通に最初から信じろよ。俺からプロポーズしたって言っただろ」
「だってー。ニルダ班長のことが好きとか、付き合ってるとか、先輩から聞いたことなかったんすもん。それに、あのニルダ班長だし。どこが好きなんすか?」
「めちゃくちゃ優しいところ」
「ふーん。ニルダ班長が優しいとこなんて想像できねぇっすわ。俺」
「本当にすげぇ優しいんだぞ」
「ふへー。マジっすかー」
話していると、注文していた料理が運ばれてきた。揚げたての鶏肉に齧りつき、口内に溢れてくる熱い肉汁と肉の旨味をはふはふと満喫する。セベリノは揚げ物があまり上手ではないので、少し久しぶりに食べる美味しい揚げ物が素直に嬉しい。一緒に注文した柔らかいパンを半分に割り、その間に揚げた鶏肉を挟んで、大口を開けて、がぶっと噛りつく。あんまり行儀がいい食べ方じゃないが、セベリノはこれが好きなのである。
向かい側で同じように食べて美味しそうに目を細めているマヌエルが、口の中のものをちゃんと飲み込んでから口を開いた。
「俺達の贈り物、活躍してるんすか?」
「んぐっ……おい。そっち系の話は、せめて食い終わってからにしろよ」
「えー。いいじゃないっすかー。や、ほら。先輩ってすげぇモテるのに恋人いなかったし。娼館にも行かないっしょ?それに相手はあのニルダ班長だし。やっぱ気になるじゃないっすかー」
「別に。普通」
「ふたなりって、やっぱいいんすか?」
「黙秘する」
「えー!ちょっとだけ!ちょっとだけ!」
ワクワクとした様子のマヌエルに呆れた顔をしながら、セベリノは心がギリギリと締めつけられるような気がした。何が悲しくて何年も惚れている相手にセックス事情を聞かれねばならないのか。セベリノは込み上げてくるものを飲み下す為に、大きく口を開け、鶏肉を挟んだパンに齧りついた。頬を膨らませてもぐもぐと咀嚼をして、ごくんと飲み下す。先程まで感じていた美味しさなんて、もう無くなってしまった。
マヌエルも料理を食べ、酒を飲みながら、セベリノの話を催促してくる。親しい人でふたなりと結婚したのはセベリノだけだ。興味があるのも分からないでもない。しかし、もういっそのこと泣きたい。マヌエルにだけは聞かれたくなかったし、聞かれてもセックスなんてしていないから答えようがない。
セベリノはぐっとジュースの残りを一息で飲み干して、片手を伸ばし、マヌエルの額に軽くデコピンをした。
「俺のハニーの素敵なところは話さねぇよ」
「『ハニー』!?うっわー!マジでニルダ班長にベタ惚れじゃないっすかー」
「じゃなかったらプロポーズしてねぇわ」
「まぁ、そりゃそうっすけど。えー。でも、よかったっすね。『幸福の導き手』と結婚なんて、めちゃくちゃ運がいいじゃないっすかー。まぁ、あのニルダ班長だから、ぶっちゃけ羨ましくはねぇけど」
「……俺もちょっと酒飲むわ。魚も食いたい」
「いいっすねー。俺、塩焼きがいいっす」
「おー」
「うちの奥さん、魚扱うのは得意じゃないから、あんま口に入らないんすよー。休みの日は俺が魚料理だけ作ってるんすよね」
「いい旦那やってんじゃん。洗濯もいつもお前がやってんだろ?」
「えっへー。子供生まれてからは、掃除もやれる時にやってるんすよ。奥さん、子供の世話でいっぱいいっぱいだし。あっ、子供のお風呂も俺がやってるんすよー。最初はガチで怖かったけど、最近は慣れてきました!」
「すげぇなぁ。お前、頑張ってるな」
「あざーっす!まぁ、俺より奥さんの方がすげぇ頑張ってくれてるし。それに、うちの子ってマジでめちゃくちゃ可愛いんすよー」
はにかんで笑うマヌエルは本当に幸せそうで、セベリノはニコニコ笑いながら、左足の踵を自分の右足の足先に乗せ、力いっぱい靴の先の方をぐりぐりと踏みにじった。足の指先に感じる痛みで、なんとか正気を保つことができる。
セベリノは、幸せと拷問をかき混ぜたような時間を、にこやかな笑みを浮かべて過ごした。
暗くて誰もいない家に帰り着くと、セベリノは通勤用の鞄を投げ捨て、真っ直ぐにトイレへと走った。トイレの床に膝をつき、便器に向かって勢いよく胃の内容物を吐き出していく。何度も嘔吐き、涙を流しながら、吐けるだけ吐く。
胃液しか出なくなって、暫くそのまま様子を見ていたが、これ以上吐く感じがしなくなったので、セベリノはトイレペーパーで汚れた口周りや便器を拭き、トイレの水を流した。のろのろと立ち上がって、トイレの小窓を開けて、換気をする。吐くものがもう無いのに、トイレの中に残っている吐瀉物特有の匂いが、じんわりとおさまりかけた吐き気を呼び起こしてくる。
セベリノはボタボタと涙を溢しながら、脱衣場にある洗面台へと移動し、手を洗って、口を濯いだ。
いっそのこと死にたい。消えてしまいたい。苦しくて苦しくて堪らない。マヌエルが好きで好きで堪らないのに、そのマヌエルから遅まきながらニルダとの結婚を祝福され、セックスの話まで振られた。セベリノはマヌエルが好きなのに。どうしようもなく好きで堪らないのに。ニルダに申し訳なくて堪らない。セベリノとセックスしていると思われている。下世話な興味の対象になってしまった。苦しくて、苦しくて、上手く息ができない。
何故、こんなに苦しい思いをしなくてはいけないのだろうか。何故、セベリノは男しか愛せないのだろうか。何故、マヌエルに恋をしてしまったのだろうか。何故、マヌエルへの想いを捨てられないのだろうか。自分が『普通』に女を愛せたら、こんな苦しい思いをしなくてよかった筈だ。何故、自分は『普通』じゃない。何故、優しいニルダにこんな迷惑をかけてしまう。ニルダに申し訳なくて苦しい。何故、自分はこんなに弱い。何故、何故……セベリノはぐるぐるとそんなことを考えながら、その場にしゃがみ込み、両手で頭を抱えた。
答えのない問いに泣きながら、セベリノは頭の片隅でぼんやりと思った。今、ニルダが家にいなくてよかった。こんなに情けなくて無様なところを見られたくない。
セベリノは、泣き疲れてその場で寝落ちるまで、ずっと泣きながら頭を抱えて、小さく蹲っていた。
班内で当直を持ち回りでしている。二人組で当直をするのだが、平等になるように、毎月籤引きをして組み合わせを決めている。セベリノがニルダと当直をすることはない。2人とも一応班の責任者という立場になるし、何か対応をしなくてはいけないことが起きた時の為にも、班長と副班長は一緒に当直をしないのが暗黙の了解となっている。ニルダと一緒に当直をすることを、班の者達は『地獄の一夜』と呼んで嫌がっている。押し付け合いになるので、有無を言わさず籤引きをしている。
当直自体は、警邏隊の沢山ある班で持ち回りでしている。大体2週に1度、ニルダ斑の者が当直をする。夜間警備担当の班がいくつかある。それ以外の斑の者は、警邏隊の詰所の留守役と何かあった際の上役への伝達係をやる。何もなければ、当直は特にやることがなく、交代で仮眠をとることもできる。
セベリノは詰所の廊下を歩きながら、夕食をどうしようかと考えた。今夜はニルダがいないので、なんだか作る気が起きない。
ニルダはセベリノが何を作っても文句を言わないし、残さないどころかおかわりまでして食べてくれる。毎回ボソッと『美味い』と言ってくれるし、沢山食べてくれるので作り甲斐がある。料理を作るのは特別好きという訳ではないが、ニルダの為に料理を作るようになってから、なんだか楽しくなってきた。ニルダが喜びそうなメニューを考えたりするのも地味に楽しい。
ニルダは何もなければ明日の昼前には家に帰るので、ニルダの明日の昼食は、朝に作って用意しておくつもりだ。当直の時の朝食は警邏隊内の売店でパンを買うので、今日の夕食と明日の朝食はセベリノ1人の分だけになる。
セベリノが、作るのも片付けるのも楽で時間がかからない手抜き料理を頭に思い浮かべていると、後ろからポンポンと軽く肩を叩かれた。顔だけで振り返れば、後輩のマヌエルだった。セベリノが、かれこれ6年近く片想いをしている男である。セベリノの心臓が、全く予想していなかった想い人の突然の登場に、ドキッと大きく跳ねた。動揺を表に出さないように顔を取り繕い、セベリノは足を止めてマヌエルと向かい合った。
「よぉ。マヌエル。お疲れ」
「お疲れ様っす。先輩、今日は1人なんすね」
「うん。ニルダさんが今日は当直だから」
「ふーん。先輩。よかったら飯食いに行きません?今日、奥さんが子供連れて実家に帰ってるんすよー。『ご飯は自分でよろしく』って言われてるんすよね。作るのもめんどくせぇし、食いに行こうかなって思っててー」
「いいぞー。なに?奥さんを怒らせたのかよ」
「ちーがーいーまーすー。奥さんの姉ちゃんが泊りがけで実家に帰って来てんすよ。姉ちゃんは隣町に嫁いでるから、すげぇ久しぶりに会うし、たまには姉妹でのんびり過ごしたいって。俺の奥さん、割とシスコンなんで。姉ちゃん大好きなんすよねぇ」
「へぇー。それで置いて行かれて、お前は拗ねてんのか」
「別に拗ねてないっすけどぉ。誰もいない家に帰って1人で飯作って食うのも嫌じゃないっすかぁ」
「あっそ。何処に行く?」
「『銀鮭亭』はどうすっか?あそこ安いし。酒の種類が多いし」
「ん?酒も飲むのか?明日は休みか?」
「仕事っすね」
「飲むなよ」
「いやー。ちょっとだけっすよ!普段は奥さんが怖くて休みの前の日にしか酒飲めねぇし!たまにはいいじゃないっすかー」
「はいはい。まぁ付き合ってやるよ。ジュースで」
「あざーっす!じゃあ、早速行きましょう!」
マヌエルが、にーっと嬉しそうに笑って、がっとセベリノの肩に腕を回して歩き出した。仲のいい友達同士で肩を組むなんて、極々普通のことだ。周りの通行人をチラッと見ても、誰も気にしていない。心臓が口から出てしまいそうな程、胸を高鳴らせているセベリノがおかしいのだ。殆ど密着しているマヌエルから、汗と男物の爽やかな香水の匂いがする。セベリノは全力でいつも通りの顔を取り繕った。
ドキドキし過ぎて心臓に悪い移動をして、『銀鮭亭』という馴染みの飲み屋に到着した。道すがら、マヌエルの家庭の愚痴という名の惚気を聞いていた。二重の意味で軽い拷問のような時間が終わり、マヌエルがセベリノから離れて、対面の椅子に座ると、セベリノは気づかれないように、小さくほっと息を吐いた。
そんなに大きくないテーブルの上に広げたメニュー表を2人で覗き込んで、注文するものを決め、近くにいた店員を呼ぶ。マヌエルが注文していく姿を左手で頬杖をついて眺めながら、セベリノはこっそりと右手の掌に滲んでいる汗をズボンで拭き取った。
マヌエルは、黒に近い濃い紺色の髪と明るい青色の瞳をした普通の顔立ちの青年である。身長はセベリノと変わらないくらいで、セベリノよりも少し筋肉が多くて逞しい身体つきをしている。人懐っこくて、いつもニコニコ笑っているような男だ。美形という訳ではないが、笑うと愛嬌があり、話上手だから、そこそこ女にモテていた。マヌエルの嫁はかなり美人な方で、マヌエルは嫁にベタ惚れしている。マヌエルが嫁になった女を口説く時、マヌエルに頼まれてセベリノも協力した。マヌエルがデートに行く時の服を選んでやったり、プレゼントの相談にのってやったりもした。セベリノが好きな相手は、素直で、真っ直ぐで、笑顔が本当にチャーミングな、可愛くて格好いい男である。そして、子持ちの妻帯者だ。
マヌエルが注文した酒とセベリノが注文したジュースがすぐに運ばれてきた。乾杯をして、すぐにグラスに口をつけて、やたら乾いていた喉をジュースで潤す。
グラス半分の酒を一気に飲み干したマヌエルが、目をキラキラと輝かせながら、口を開いた。
「先輩。先輩。新婚生活はどうっすか?最初はあのニルダ班長と結婚なんて、マジで信じられなかったんすけど、なんか先輩すげぇ普通にしてっし。先輩ってガチでニルダ班長が好きなんすね」
「あー。うん。つーか、普通に最初から信じろよ。俺からプロポーズしたって言っただろ」
「だってー。ニルダ班長のことが好きとか、付き合ってるとか、先輩から聞いたことなかったんすもん。それに、あのニルダ班長だし。どこが好きなんすか?」
「めちゃくちゃ優しいところ」
「ふーん。ニルダ班長が優しいとこなんて想像できねぇっすわ。俺」
「本当にすげぇ優しいんだぞ」
「ふへー。マジっすかー」
話していると、注文していた料理が運ばれてきた。揚げたての鶏肉に齧りつき、口内に溢れてくる熱い肉汁と肉の旨味をはふはふと満喫する。セベリノは揚げ物があまり上手ではないので、少し久しぶりに食べる美味しい揚げ物が素直に嬉しい。一緒に注文した柔らかいパンを半分に割り、その間に揚げた鶏肉を挟んで、大口を開けて、がぶっと噛りつく。あんまり行儀がいい食べ方じゃないが、セベリノはこれが好きなのである。
向かい側で同じように食べて美味しそうに目を細めているマヌエルが、口の中のものをちゃんと飲み込んでから口を開いた。
「俺達の贈り物、活躍してるんすか?」
「んぐっ……おい。そっち系の話は、せめて食い終わってからにしろよ」
「えー。いいじゃないっすかー。や、ほら。先輩ってすげぇモテるのに恋人いなかったし。娼館にも行かないっしょ?それに相手はあのニルダ班長だし。やっぱ気になるじゃないっすかー」
「別に。普通」
「ふたなりって、やっぱいいんすか?」
「黙秘する」
「えー!ちょっとだけ!ちょっとだけ!」
ワクワクとした様子のマヌエルに呆れた顔をしながら、セベリノは心がギリギリと締めつけられるような気がした。何が悲しくて何年も惚れている相手にセックス事情を聞かれねばならないのか。セベリノは込み上げてくるものを飲み下す為に、大きく口を開け、鶏肉を挟んだパンに齧りついた。頬を膨らませてもぐもぐと咀嚼をして、ごくんと飲み下す。先程まで感じていた美味しさなんて、もう無くなってしまった。
マヌエルも料理を食べ、酒を飲みながら、セベリノの話を催促してくる。親しい人でふたなりと結婚したのはセベリノだけだ。興味があるのも分からないでもない。しかし、もういっそのこと泣きたい。マヌエルにだけは聞かれたくなかったし、聞かれてもセックスなんてしていないから答えようがない。
セベリノはぐっとジュースの残りを一息で飲み干して、片手を伸ばし、マヌエルの額に軽くデコピンをした。
「俺のハニーの素敵なところは話さねぇよ」
「『ハニー』!?うっわー!マジでニルダ班長にベタ惚れじゃないっすかー」
「じゃなかったらプロポーズしてねぇわ」
「まぁ、そりゃそうっすけど。えー。でも、よかったっすね。『幸福の導き手』と結婚なんて、めちゃくちゃ運がいいじゃないっすかー。まぁ、あのニルダ班長だから、ぶっちゃけ羨ましくはねぇけど」
「……俺もちょっと酒飲むわ。魚も食いたい」
「いいっすねー。俺、塩焼きがいいっす」
「おー」
「うちの奥さん、魚扱うのは得意じゃないから、あんま口に入らないんすよー。休みの日は俺が魚料理だけ作ってるんすよね」
「いい旦那やってんじゃん。洗濯もいつもお前がやってんだろ?」
「えっへー。子供生まれてからは、掃除もやれる時にやってるんすよ。奥さん、子供の世話でいっぱいいっぱいだし。あっ、子供のお風呂も俺がやってるんすよー。最初はガチで怖かったけど、最近は慣れてきました!」
「すげぇなぁ。お前、頑張ってるな」
「あざーっす!まぁ、俺より奥さんの方がすげぇ頑張ってくれてるし。それに、うちの子ってマジでめちゃくちゃ可愛いんすよー」
はにかんで笑うマヌエルは本当に幸せそうで、セベリノはニコニコ笑いながら、左足の踵を自分の右足の足先に乗せ、力いっぱい靴の先の方をぐりぐりと踏みにじった。足の指先に感じる痛みで、なんとか正気を保つことができる。
セベリノは、幸せと拷問をかき混ぜたような時間を、にこやかな笑みを浮かべて過ごした。
暗くて誰もいない家に帰り着くと、セベリノは通勤用の鞄を投げ捨て、真っ直ぐにトイレへと走った。トイレの床に膝をつき、便器に向かって勢いよく胃の内容物を吐き出していく。何度も嘔吐き、涙を流しながら、吐けるだけ吐く。
胃液しか出なくなって、暫くそのまま様子を見ていたが、これ以上吐く感じがしなくなったので、セベリノはトイレペーパーで汚れた口周りや便器を拭き、トイレの水を流した。のろのろと立ち上がって、トイレの小窓を開けて、換気をする。吐くものがもう無いのに、トイレの中に残っている吐瀉物特有の匂いが、じんわりとおさまりかけた吐き気を呼び起こしてくる。
セベリノはボタボタと涙を溢しながら、脱衣場にある洗面台へと移動し、手を洗って、口を濯いだ。
いっそのこと死にたい。消えてしまいたい。苦しくて苦しくて堪らない。マヌエルが好きで好きで堪らないのに、そのマヌエルから遅まきながらニルダとの結婚を祝福され、セックスの話まで振られた。セベリノはマヌエルが好きなのに。どうしようもなく好きで堪らないのに。ニルダに申し訳なくて堪らない。セベリノとセックスしていると思われている。下世話な興味の対象になってしまった。苦しくて、苦しくて、上手く息ができない。
何故、こんなに苦しい思いをしなくてはいけないのだろうか。何故、セベリノは男しか愛せないのだろうか。何故、マヌエルに恋をしてしまったのだろうか。何故、マヌエルへの想いを捨てられないのだろうか。自分が『普通』に女を愛せたら、こんな苦しい思いをしなくてよかった筈だ。何故、自分は『普通』じゃない。何故、優しいニルダにこんな迷惑をかけてしまう。ニルダに申し訳なくて苦しい。何故、自分はこんなに弱い。何故、何故……セベリノはぐるぐるとそんなことを考えながら、その場にしゃがみ込み、両手で頭を抱えた。
答えのない問いに泣きながら、セベリノは頭の片隅でぼんやりと思った。今、ニルダが家にいなくてよかった。こんなに情けなくて無様なところを見られたくない。
セベリノは、泣き疲れてその場で寝落ちるまで、ずっと泣きながら頭を抱えて、小さく蹲っていた。
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