恐怖の巨人、嫁になる

丸井まー(旧:まー)

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18:浮かれ男の休日

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セベリノは喧しい目覚まし時計の音で目覚めた。いつもの起床時間よりも1時間早い時間である。二度寝したくて堪らないが、起きなければ。今日はセベリノの休日なので、ニルダと一緒に朝の鍛錬をする。セベリノは大きな欠伸をしながら、むくりと起き上がった。

セベリノは、ニルダに指導してもらいながら朝の鍛錬に励んだ後、大急ぎで朝食と弁当を作った。今日は、ニルダは仕事である。結婚してからは、できるだけ一緒に休みを取るようにしているが、ニルダとセベリノは班長と副班長という立場なので、毎回2人の休日が一緒になる訳ではない。
ニルダと一緒に朝食を食べ終え、玄関の所でニルダを見送るセベリノの頬に、ニルダがキスをしてくれた。
ニルダを見送って玄関のドアを閉めた瞬間、セベリノはその場に膝から崩れ落ちた。ときめき過ぎて死にそうである。心臓が激しく踊り回り、胸から飛び出してしまいそうな気がする。セベリノは堪えきれない奇声を発しながら、その場でゴロゴロと転げ回った。

セベリノがニルダのことが好きだと言って、ニルダとキスをした翌日から、たまにニルダがキスをしてくれるようになった。おでこだったり、頬だったり、唇だったり、その時々でキスをするところは変わるが、嬉し過ぎて天に召されるんじゃないかと思うくらい嬉しい。ニルダはセベリノを喜ばせる天才だと思う。そして、セベリノを甘やかし過ぎだと思う。だから、セベリノなんかに好かれてしまうのだ。
ニルダに『愛してる』と言われて、ニルダと腹を割って話して、セベリノはどうしようもなくニルダのことが好きになった。あんなにマヌエルのことが好きだと思っていたのに、今はあの煮凝った思いが欠片も残っていない。元々、ニルダに対して非常に感謝をしていたし、すごく優しい人だから男だったら好きになるだろうなぁとは思っていた。ニルダに対する好意は既にあった。しかし、それは親愛とかそういう感じのものだった。それが、ニルダに『愛してる』って言われて、一気に恋愛感情に振り切れた。我ながら単純である。でも、本当にすごく嬉しかったのだ。ニルダは家族愛的な感じで言ったのだろうが、セベリノは性欲込みでニルダのことが好きになった。ニルダの大きな身体も厳つ過ぎて怖い顔も、どうにも格好よく見えて、ニルダのふとした優しさに胸がキュンキュンして、3割増しで怖くなるニルダの笑顔が可愛くて堪らなくなった。
セベリノはニルダに恋をした。

玄関の床で転げ回って嬉しさに悶ていたセベリノは、何度も深呼吸をして、漸く落ち着き、立ち上がった。服をパンパンと軽く手で叩きながら、頭の中でこれからやることの段取りを決めていく。まずは朝食の後片付けをする。今日は天気がいいから、居間のカーペットと布団を干して、各部屋の掃除をする。水回りの掃除もしたら、ちょうど終わるのは昼前になるだろう。昼食は買い物がてら外に食べに行く。たまにはいいだろう。家で1人で食べるのは嫌だし、どうせ買い物をするのに外に出るのだ。買い物前に少しだけ図書館に行く。今は仕事が落ち着いているから、余程のことがない限り、本を借りても返却期限以内に返しに行ける筈だ。買い物の時に、ニルダが好きな蒸留酒も忘れずに買わなければ。結婚式で余った大量の酒はもう無くなった。
セベリノは足早に台所へ移動して、朝食の後片付けをしながら、今夜の夕食を含めた数日分のメニューを考え、脳内に買い物リストを作った。

午前中にやろうと思っていた家事を全て終えたセベリノは、財布と買い物袋と家の鍵だけを肩掛け鞄に入れて家を出た。
市場に近い定食屋で美味しい揚げ物を食べながら、セベリノは何気なく隣のテーブルに座っている老夫婦を見た。仲良く楽しそうに笑いながら食事をしている老夫婦2人の指には、お揃いの指輪が控えめに光っている。結婚指輪だ。
結婚したら、夫婦でお揃いの結婚指輪を着けるのが一般的である。警邏隊は訓練があったり職務中に荒事があったりするので、結婚指輪をうっかり失くす可能性が高いことから、あまり結婚指輪を着けている者は見ない。細いチェーンを使って指輪を首から下げている者が多いらしい。
セベリノもニルダとの結婚に際し、結婚指輪を買った。2人で装飾品専門店に行き、無難で飾り気のない銀の指輪を買った。結婚式の時には着けたが、それ以降は箱に入れて机の引き出しに入れたままだ。ニルダも着けているところを見たことがない。若干今更な気がするが、揃いのチェーンを買うのもいいかもしれない。というか、買いたい。ニルダとお揃いのものを身に着けたい。買い物リストの一番上に指輪用のチェーンを組み入れると、セベリノはふとある事を思い出した。

セベリノが男しか愛せないと自覚した10代半ばの頃、恋人や夫婦でお揃いの服や小物を身に着けてデートをするのが流行っていた。セベリノの友達も、恋人と揃いの柄のシャツを買い、それはそれは嬉しそうに自慢していた。男にしか恋ができないセベリノには一生縁がないものだと、その時は少し冷めた目でお揃いのものを身に着けた男女を眺めていた。正直、羨ましくて仕方がなかった。興味がないと冷めたフリをしていないと、一生誰かとお揃いのものを身に着けるなんてことはできず、笑いながら手を繋いで街を歩くなんてことはできないという現実が、辛くて苦しくて堪らなかった。

今はお揃いのものを身に着けるなんて、流行遅れもいいところである。セベリノ達の歳なら、『いい歳をして浮かれて恥ずかしくないのか』と周りに見られてもおかしくない。しかし、セベリノはどうしてもニルダとお揃いのものが欲しくなった。
警邏隊の制服はお揃いといえばお揃いだが、あれはその他大勢の男達も着ているので、2人だけのお揃いではない。結婚指輪も一般的過ぎる。セベリノとニルダだけのお揃いのものが欲しい。
セベリノはぐるぐる悩みながら食事を終え、予定を少々変更した。図書館に行くのは止めだ。ニルダとお揃いのものを探しに行く。
セベリノは最初に、指輪用のチェーンの購入と装飾品を物色する為に、装飾品専門店へと入った。

手頃なチェーンは見つかったが、装飾品はピンとくるものが無かった。ニルダは装飾品の類は一切身に着けない。セベリノはちょっとしたペンダントや男物のブレスレットくらいは使うが、ピアスは穴を開けていない。
色々と装飾品を見て回ったが、ふと、もしかしたらニルダは装飾品を身に着けるのが嫌なタイプかもしれないと思い立った。セベリノの友達にも、『邪魔くさいし、着けたらなんか気を使って肩が凝るから』と、装飾品を身に着けるのを嫌がる男がいる。ニルダは身体を動かすのが好きだし、動くのに邪魔になるものは好きじゃないのではないだろうか。そうなると、結婚指輪も着けてくれないかもしれない。
浮かれていたセベリノは、しゅんと萎れた。それでもお揃いのチェーンは買った。ニルダが使わなくても、セベリノは使う。お揃いのものを持っているというだけで嬉しい。

セベリノは装飾品専門店から出ると、次は服屋に向かった。装飾品が駄目なら衣服ならどうだろう。セベリノは気を取り直して、うきうきと大きいサイズの服も取り扱っている服屋へと入った。
服屋の店内をぐるぐると見て回り、すごくいい色合いのシャツを見つけて、セベリノは小さく歓声を上げた。地味過ぎない落ち着いた色合いの青色のシャツである。襟付きで、襟の所に白い刺繍がしてある。セベリノのサイズもニルダのサイズも置いてあった。すごく素敵なシャツである。ニルダに似合うと思う。自分にも悪くない気がする。
これを買おうかと思ったが、ここでもセベリノはふと思い立った。流行遅れ丸出しで、夫婦でお揃いのシャツを着て出かけるなんて、恥ずかしくて無理じゃないかと。ニルダが嫌がるのではないかと。セベリノはサイズが違う2枚のシャツを両手に持ったまま、ぐるぐる悩み始めた。
ニルダとお揃いのシャツは素敵だ。でも、色やデザインがニルダの好みじゃないかもしれないし、セベリノと同じシャツは嫌かもしれない。ニルダは優しいから多分着てくれるだろうが、ニルダが僅かでも嫌がることはしたくない。
セベリノは小さく溜め息を吐いて、2枚のシャツを売り場に戻した。

ニルダとお揃いのものは諦めた方がいいかもしれない。いい歳をして恥ずかしいと周囲に思われるだけな気がするし、そもそもニルダが喜ばない可能性も大いにある。
セベリノが店から出ようとその場から歩き出すと、意外な人物が此方に向かって歩いてきていた。ニルダの妹アルマである。
向こうもセベリノに気づいたようで、普通に目があった。セベリノは愛想よくアルマに挨拶をした。


「こんにちは。アルマさん」

「……こんにちは」

「お久しぶりです。お元気そうですね。ご主人の服を買いに来たんですか?」

「そう。私の夫は横が大きい方だから、この店でしか服が買えないの。……貴方はニーの服を買いに来たの?」

「あー……うーん。そのつもりだったんですけど……10年くらい前に、恋人や夫婦でお揃いのものを着るのが流行った時期があったでしょ?当時はやったことが無くて、正直憧れてたから、思い立ってニルダさんとお揃いの服を買いに来たんですけど。……ははっ。流石に流行遅れだし、ニルダさんも嫌がるかなって。止めとくことにします」


セベリノは小さく苦笑した。アルマがじっとセベリノの顔を見て、ボソッと呟いた。


「寝間着」

「え?」

「寝間着ならいいでしょ。別に誰に見せるわけでもないわ。ニーは多分すごく喜ぶ」

「えっと……ニルダさん、喜んでくれますかね」

「喜ぶ。絶対。貴方が贈るものを嫌がるなんてあり得ない。……ニーは、『使ってほしい』ってプレゼントしたものは絶対に使ってくれるもの。結婚のお祝いも使ってるでしょ」

「あ、はい。言われてみれば」

「だから、絶対に着てくれるし、喜んでくれるわ」

「そ、そうですか……」

「……貴方、本当にニーが好きなのね」

「好きですよ」

「そう。知ってるかもしれないけど、寝間着はあっちのコーナーよ。まだ少し先なのに、もう春物も並んでたわ」

「ありがとうございます。じわじわ寒さが和らいできましたしね。もう少しで季節の変わり目に差し掛かりますから、アルマさんも体調に気をつけてくださいね」

「ありがとう」

「あ、来月の頭に少しお伺いしますね。上のお兄ちゃんのお誕生日でしょ?ニルダさんが今から何を贈ろうかって悩んでますよ」

「……そう。あんまり来てほしくないんだけど」

「ニルダさんが嫌な思いをするから?」

「……そうよ」


苦虫を噛み潰したような顔をするアルマに、セベリノは少し眉を下げた。アルマにはアルマの事情がある。ニルダに怯えて嫌っている今の家族の手前、ニルダと笑顔で会う事はできないし、ニルダを歓迎することもできない。自分も嫌そうな顔をして、そんなアルマ達に嫌気が差したニルダが来るのを止めてくれるのを待つしかできないのだろう。人間関係だと、ニルダは不器用なところがあるが、アルマもかなり不器用な気がする。
セベリノはふと、少しいいことを思いついた。


「アルマさん」

「なに?」

「あの、アルマさんのお部屋って今もそのままなんですよ。少し前に掃除をさせてもらった時に、ベッドの下からイヤリングを見つけたんです。結構いいものだったから、大事なものだったんじゃないですか?よかったら取りに来てくれませんか?俺達、10日後は2人とも休みなんです。ついでに、ご実家に置いてあるものを少し引き取ってもらえると助かるんですけど」

「……そうね。すごく、大事なもので、見つからなくて困ってたの。取りに行ってもいい?……すぐに帰るわ。少しだけ、お邪魔したい」

「是非、お願いします。ニルダさんには伝えておきますね」

「……えぇ。お願い」

「はい。お待ちしてます」

「……セベリノ」

「はい」

「……その、ありがとう」

「いえ」


アルマが困ったように、でもなんだか嬉しそうに小さく笑った。アルマが家に来れば、ニルダが喜ぶだろう。少しの時間でもいいから、兄妹で気兼ねなく話せるといい。

セベリノはアルマと別れて、寝間着コーナーへと向かった。春先まで着れそうな寝間着を真剣に選び、セベリノは紺色の寝間着を手に取った。胸元のポケットに牛の刺繍がしてある。牛はなんだかニルダっぽい。大きくて、優しくて、なんだか安心感があって、可愛い。セベリノはサイズが違う2着の寝間着を手に取り、いそいそと会計をしに行った。


夕食の後で、ドキドキしながらニルダに寝間着を渡すと、ニルダはキョトンとした後で、嬉しそうに笑ってくれた。明日の朝に洗濯をして、明日の夜に早速着ることになった。セベリノは、ニルダが笑顔で喜んでくれたことが嬉しくて、だらしなく笑み崩れた。
アルマが10日後の休みの日に来ることを伝えると、ニルダはぽかんとした後で、やはり嬉しそうに笑った。ニルダが嬉しいと、セベリノも嬉しい。

上機嫌なニルダが、セベリノの唇に触れるだけのキスをしてくれた。
セベリノは笑顔のニルダを見つめて頬をゆるめながら、嬉し過ぎて幸せ過ぎていっそ転げ回りたい衝動を、必死に堪えた。


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