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9:街の宿にて

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日が落ちるギリギリに街に到着した。
ラコタはホセに宿の手配を頼むと、街の門番に聞いた評判がいい病院へと向かって馬を引いた。馬上のジョルジュは疲れているし、シーリーンもかなり弱っている。2人とも馬上で眠そうにぐらぐらしているから、ハラハラするどころではない。念の為、ホセに馬を預けたキャラウィルがラコタと反対側を歩き、万が一2人が落ちてきた時に備えている。
なんとか無事に病院の前に着いた。半分寝ているジョルジュを抱き下ろし、地面に立たせる。ジョルジュが眠そうな半目のまま、ラコタのズボンを掴んだ。そんな場合ではないが、可愛すぎて胸がきゅんきゅんする。ラコタは内心萌え悶えながら、ぐったりとしているシーリーンを抱き下ろした。シーリーンを地面に立たせると、すぐにジョルジュがシーリーンの手を握った。ジョルジュが眠気を払うように手の甲で目を擦り、大きな欠伸をしてから、ラコタを見上げた。


「ジョルジュ。此処がこの街で一番評判がいい病院らしい。シーリーンを頼んでいいか。俺はこの街の警邏隊の所へ行ってくる。キャラウィルに残ってもらう。何かあればキャラウィルに頼んでくれ」

「うぃーっす。ラコタさん。気をつけて」

「ん」


ラコタはキャラウィルに目配せをして、キャラウィルが2人と一緒に病院内に入るのを見届けると、馬を引いて門番に聞いたこの街の警邏隊の詰所へと急いだ。

警邏隊で手早く要件を済ませ、病院へと急ぐと、病院の前に立っている、シーリーンをおんぶしたキャラウィルとキャラウィルのズボンを掴んでいるジョルジュの姿が見えた。ジョルジュはいい加減眠気が限界らしく、キャラウィルの足に寄りかかるようにしている。
ラコタは足早に3人に近づいた。


「ジョルジュ。キャラウィル」

「ラコタさーん」


半分目が閉じた状態で両手を伸ばしたジョルジュを抱き上げ、柔らかい頬に触れるだけのキスをしてから、ラコタはジョルジュの頭をやんわりと撫でた。ジョルジュの体温がいつもよりも高い。眠いのと、もしかしたら疲れが出てきたのかもしれない。シーリーンのこともある。できるだけ急ぎたい旅ではあるが、この街に数日滞在した方が良さそうだ。
ラコタはすぐに寝落ちたジョルジュを抱っこしたまま、キャラウィルの背中で眠っているシーリーンをチラッと見て、キャラウィルに話しかけた。


「診察結果は」

「打撲と擦過傷が多く、栄養状態がかなり悪いそうです。今は発熱しています。塗り薬と飲み薬、栄養剤を処方されました。入院する程ではないそうですが、しっかりと身体を休ませて、栄養をとらせるようにとの事でした。診察が終わると同時に眠ってしまいました」

「そうか。ありがとう。……本当に性被害の様子は無かったのか」

「はい。シーリーンが寝落ちた後に、診察をしてくれた医者に確認してもらいました。その痕跡は無かったそうです」

「そうか。不幸中の幸いと言っていいのか分からんが、最悪の事態ではなく良かった」

「はい」

「宿に向かおう。ジョルジュもかなり疲れている。数日この街に滞在して2人を休ませる。シーリーンから直接話を聞かなければいけないしな。シーリーンもダーウィ族の集落に向かう予定だったらしい。詳しく聞いた事情次第では、我々がシーリーンを送り届ける。どうせ目的地は同じだ」

「了解です」


ラコタは片腕で眠るジョルジュを抱っこして、馬の手綱を引いた。シーリーンをおんぶしたキャラウィルと共に、宿屋が多く軒を連ねているという通りへと向かった。





------
ラコタはベッドに座っているジョルジュの額に手を当て、ほっと息を吐いた。
やはりジョルジュは疲れが溜まっていたようで、今滞在している宿に着いた夜に熱を出した。小さな身体になってしまったのに伴い、当然体力がそれ相応に落ちている。気をつけていたつもりだったが、配慮が足りなかった。
ジョルジュの隣で胡座をかいて座っているシーリーンは、警戒した目で睨みつけながら、キャラウィルに薬を塗ってもらっていた。シーリーンは、ジョルジュがすぐ側にいる状態なら、キャラウィルであれば、薬を塗ったりする為に触れてもそこまで怯えなくなった。この街に滞在して4日程になるが、ラコタとホセは未だにシーリーンに怯えられる。
ジョルジュはシーリーンがとても心配らしく、2人揃って熱を出した2日目くらいまでは、熱でフラフラしながらもジョルジュがシーリーンの世話をしていた。同じく熱を出していたシーリーンだったが、自分の熱が少し下がると、ジョルジュに世話をされるのを酷く嫌がり、渋々感丸出しではあったが、キャラウィルに世話をされるようになった。キャラウィルが一番歳が近いからかもしれない。それでもキャラウィルに触れられる時は、ジョルジュの手か服を掴んでいる。
シーリーンの怪我はかなり良くなり、顔色もマシになった。痩せている身体は一朝一夕では太らないが、それなりに食欲もあるので、そのうち太るだろう。

ラコタが、熱が完全に下がったジョルジュの柔らかい頬をむにむにしていると、シーリーンがじっとラコタを見ていることに気がついた。
ラコタは少し小さな声で、シーリーンに声をかけた。


「どうした」

「……オッサン達、何でここまでしてくれるわけ……?」

「弱った子供を捨て置く気がないからだな」

「はぁ?」

「俺達は警邏隊として、人々の安全な暮らしの為に働いている。危険な目に合っていた子供の保護も職務内容だ。なにより、まだ幼い傷ついた子供を放置できない」

「…………」

「信用できないか」

「…………簡単に人を信じたら痛い目見るって母ちゃんが言ってた」

「そうだな。シーリーンはサラージュ族だろう。サラージュ族は一処に留まらず、水の流れのように旅さすらう民だと聞く。旅をする者が、そう容易く人を信じていたら、どんな目に合わされるか分からない。特にシーリーンは見目がいい。ご母堂の教えは正しい」

「ごぼどうって、なに」

「お母さんのことだ」

「ふーん。オッサン達の仕事だから、俺を助けたのか」

「そういうことにした方が、お前は安心できるんじゃないか?実際にそういった理由も大きく含まれているから、あながち間違いでもない」

「……うん」

「2人とも熱が完全に下がったし、少し話をしよう」

「話?」

「うぃっすー」

「シーリーン。俺達はダーウィ族の集落を目指している。ジョルジュにかけられた呪いをとく為だ」

「…………のろい」

「今はこの姿だが、ジョルジュは今年で31だ」

「は?」

「更に言えば、俺の夫だ」

「は?」

「仕事の最中にダーウィ族出身の男に、子供の姿になる呪いをかけられた。だから、呪いをといてもらいに行く」

「…………待った。ガキンチョはオッサンなわけ?そんで、オッサンの夫?え?オッサン同士で結婚してんの?」

「そうなるな」

「…………マジ?」

「あぁ」 

「マジよ」

「マジです」

「マジだな」


ラコタ、ジョルジュ、キャラウィル、ホセが其々肯定すると、シーリーンの顔が引き攣った。
ずりずりずりずりとシーリーンがジョルジュから身体を離し、ベッドから降りて、側に立っているキャラウィルを盾にするように、キャラウィルの後ろに隠れた。

ジョルジュがピョンとベッドから飛び降り、ペタペタとキャラウィルに近寄って、シーリーンの方を覗き見た。シーリーンがジョルジュから逃げるように、ジリジリとキャラウィルの身体の周りを回るように動く。シーリーンが動いただけ、ジョルジュも動く。そのうち2人でキャラウィルの身体の周りをぐるぐる回り始めた。シーリーンは逃げるように、ジョルジュは何やら楽しそうにシーリーンを追いかけている。ジョルジュが楽しそうで、なんとも可愛らしく微笑ましい。子供達に身体の周りをぐるぐるされているキャラウィルが困った顔をしているが、ラコタはほっこりと戯れているような2人を眺めた。

最終的にジョルジュに捕獲されたシーリーンがぐったりとベッドに座り込んだので、2人に果物のジュースを飲ませてから、話の続きをすることにした。


「シーリーン。お前の目的地もダーウィ族の集落だろう。キャラウィルはダーウィ族の出身だ。彼の案内で俺達はそこに行く」

「……親父がダーウィ族だって、母ちゃんが死ぬ前に言ってた。他の身内は知らない。母ちゃんは他のサラージュ族ともつるんでなかったから、俺は他のサラージュ族を知らない。……行くとこねぇし。親父の顔を見てみたいだけ」

「そうか。では、俺達と一緒に行くか。1人で旅をするよりも安全だと思うが」

「…………うん」


シーリーンが少し迷うような顔をした後、小さく頷いた。
顔の腫れや痣が薄くなったシーリーンは、かなり容姿がいい。金細工のような色合いの波打つ長い髪、美少女と言っても違和感がない程整った顔立ち、鮮やかな緑色の瞳も人目を引く。ラコタとは系統が違うが、ラコタ自身も美しいと言われる容姿である。今はそうでもないが、若い頃はそれなりに苦労をした。容姿が美しいことは、いい事ばかりではない。それを身を持って知っている分、シーリーンが少々気掛かりでもあった。
シーリーンは幼い。まだ12歳で、身体つきも細く、ラコタと違って、弓矢を使ったり狩りをしたりすることができそうな感じではない。サラージュ族は流浪の民で、主に踊りや楽器、歌などで生計を立てながら旅をしている。ティグレ族とは生き方がまるで違う。

シーリーンの同意を得ると、ジョルジュと目を合わせて、ラコタは小さく笑った。
ジョルジュもシーリーンを心配している。ジョルジュは弟や妹が何人もいて、シーリーンは一番下の妹と歳がそう変わらない。ジョルジュは根っからのお兄ちゃん気質で、世話焼き体質だ。ジョルジュのそんなところもラコタは好きだ。

2人とも熱は下がったが、あと数日宿に滞在することにした。ダーウィ族の集落まで、あと10日程旅をしなければいけない。山越えはもう無いらしいが、野営をしなければいけない可能性がある。完全に身体を回復させてからの方がいい。

ラコタはキャラウィルにジョルジュとシーリーンを頼み、ホセと一緒に食事を買いに出掛けた。
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