上 下
19 / 74

19:忙しい年末の合間の一時

しおりを挟む
セガールは、すっかり夜が遅くなった時間帯に漸く家に帰り着いた。年が明けてすぐに予算会議がある為、年末は本当に忙しい。去年はシェリーがいるから、仕事を持ち帰って家でもやっていたが、今年はカールがいてくれるので、部下達と共に遅くまで残業していた。

丘を上り、家がある所を見れば、玄関先と居間のあたりに、ぽぅっと明かりがついているのが見えた。玄関のドアの前で腕時計を見れば、シェリーはもう寝ている時間だ。カールが起きて待ってくれているのだろう。
家の玄関のドアを静かに開け、中に入ると、すぐにカールがやって来た。
明るい家の中も、ゆるいカールの笑顔も、見るとなんだか妙にほっとした。


「おかえりなさい。お疲れ様です」

「あぁ。ただいま。ありがとう」

「晩飯は先にいただきました。シェリーが寝る時間が迫ってきてたんで」

「すまんな。どうしても早く帰れなくて」

「いえいえ。この時期は内勤は修羅場だって聞いてますから。晩飯温めるので、先に風呂に入ってきてください。身体冷えてるでしょ」

「あぁ。ありがとう。助かるよ」


ダリダナ国は北の山間部以外は雪が降らないが、それでもそれなりに冷え込む。
寒いと、どうしても古傷が痛む。義足の結合部がじくじくと痛むので、風呂に入って身体を温めたい。
セガールは静かに階段を上がり、2階の自室で着替えを取り、階下の風呂場へと向かった。
温かい湯船に浸かると、じわぁっと疲れが解れていく。昨日、カールとシェリーが街で買ってきた入浴剤が入っている。カモミールの香りが心地良い。アンナに教えてもらった入浴剤で、保湿効果が高いそうだ。
浴槽から出て脱衣場で身体を拭けば、心なしか肌がしっとりしているような気がする。シェリーは少し乾燥肌の気があるから、乾燥しやすい冬場にはちょうどいい。今回はお試しで少しだけ買ったらしいので、次に買い物に行く時には買い溜めをしようと決めた。

風呂でゆっくり温まって、ほこほこの状態で居間に行くと、カールが夕食をテーブルに運んできてくれた。今夜のメニューは、白身魚のシチューと芋のサラダ、チーズがのったパンに、白ワインまであった。カールは、最初の頃は焼き魚しかまともに作れなかったのに、この1ヶ月半くらいで、随分と色んな料理が作れるようになった。セガールが作る時に、いつもシェリーと一緒に手伝ってくれているからだろう。
熱々のシチューも芋のサラダも本当に美味しい。軽めの白ワインともよく合う。
セガールが食べているのを眺めながら、カールが楽しそうに笑って、今日の話しをしてくれる。


「今日はシェリーと走りまくりましたよ。シェリーは一刻半もずっと走ってました。丘を上ったり下ったりして、最後はバテて転けちゃいましたけど、すっごい楽しそうでした」

「そうか。怪我はしなかったか?」

「少し膝を擦りむいただけですね。2、3日で治る程度のものです。一応、帰ってから消毒して、傷薬を塗っておきました」

「ありがとう」

「いえいえ。明日はマルク先生の家で玄関飾りを作ってきます。マルク先生は毎年ご自分で作られるそうで、近所の子供達に玄関飾りの作り方を教えてるそうなんですよ。毎年、ちょっとした教室をやってて、ちょうど明日がその日なんで、2人で習いに行ってきます」

「楽しそうだな。俺も行けたらよかったのに」

「修羅場の真っ最中ですもんねぇ。明々後日の夜は定時で帰れそうですか?」

「意地でも定時で上がる。俺達の誕生日パーティーだからな」

「頑張って定時で上がってください。シェリーと2人で迎えに行きますんで。店は『至福亭』にしようかと。俺は知らなかったんですけど、あそこ、個室があるんですね。少し割高になるらしいんですけど。今日、たまたま街でアーバインに会って、教えてもらいました」

「あぁ。確かにあるな。何度か、仕事の話し合いも兼ねて上官と行ったことがある。呼ばなければ店員は来ないし、防音もしっかりしてるから、割と重要なことを話しても大丈夫なんだ」

「へぇー。だから、少し割高になるんですね。『至福亭』ならチョコレートも色々ありますし、頼んだらケーキも用意してくれるらしいんで、明日、玄関飾りを作りに行くついでに予約しておきます」

「頼んだ。ははっ。楽しみだな。『至福亭』に行くのは随分と久しぶりだ」


何気なく壁に貼ってあるカール達お手製の計画表を見れば、作った初日よりも明らかにやることが増えている。色んな楽しみがあって、いい事だ。シェリーも喜んでいるだろう。
セガールはなんだか嬉しくなって、小さく笑った。
カールの誕生日プレゼントはもう決めている。あとは、昼休憩の時間にでも、なんとか抜けて、買いに行くだけだ。この歳になって、こんなに誕生日が楽しみなのは少し子供っぽくて気恥ずかしい気もするが、どうしてもワクワクしてしまう。明日の仕事も頑張れそうな気がしてきた。

ぽつぽつとカールと喋りながら夕食を食べ終えると、後片付けをカールがしてくれるというので、甘えさせてもらって、セガールは部屋に引き上げた。明日は早出である。帰りも多分遅くなるだろう。少しでも身体と頭を休ませておきたい。
日課をやるのは少し厳しいので、申し訳ないが、シェリーの朝の走りはカールに頼んだ。
自分の部屋に入る前に、シェリーの部屋に静かに入り、シェリーの穏やかな寝顔を少しだけ眺めた。一日走り回ったと聞いているから疲れているのだろう。ぐっすりと気持ちよさそうに眠っている。明日も楽しい一日になるといい。
セガールは微笑んで、シェリーのおでこに優しくキスをしてから、シェリーの部屋を出た。

自室のベッドに上がり、布団に潜り込んで枕に顔を埋めれば、お日様の匂いがした。カールが昼間に干してくれたのだろう。カールから、前の航海から帰還した後に、部屋に入る許可がほしいと言われて、許可を出した。
晴れた休みの日には、必ず枕や布団を干してくれる。足元に置いてくれている湯たんぽの温もりが心地よくて、すぐに眠気が訪れる。
修羅場を乗り切れば、楽しい年越しパーティーが待っている。ご馳走を作って、カールにはとっておきの酒を振る舞ってやろう。
セガールはカールが喜ぶ顔を想像して、小さく口角を上げ、眠りに落ちた。






------
カールとシェリーに見送られて出勤すると、昨日ある程度片付けた筈の書類の山が増えていた。セガールは会計課の課長をしている。昔から数字に強く、計算も得意だった。
セガールは弁当が入った鞄を机の下に置くと、ゾロゾロと会計課の部屋に入ってきた部下達と朝礼をしてから、早速書類の山の処理に取り掛かった。

今日は、カールとシェリーが早起きをして、弁当を作ってくれた。朝に弱いシェリーが頑張って起きて作ってくれたのだと思うと、シェリーの成長やカールの気遣いが本当に嬉しくて、目頭が熱くなる。昼休憩が今から楽しみだ。今日は少しだけ昼休憩の時間に抜けて買い物に行くし、弁当があるのは本当にありがたい。いつもは食堂で食べているが、どうしても混雑するし、一緒に食べる部下や、たまに上官達と仕事の話しをしながら食べるので、食べ終わる頃には昼休憩終了間際になる。

セガールは気合を入れて、計算機片手に書類を捌き始めた。

昼休憩の時間になると、いそいそと弁当箱と水筒を取り出して、自分の机の上に置いた。弁当箱の蓋を開けると、美味しそうなサンドイッチと少し歪な形に切られた林檎が入っていた。サンドイッチの具はボリュームたっぷりな感じで、ハムとチーズとレタスと卵が挟んであった。芋のサラダのサンドイッチと、セガールの好物であるマーマレードのサンドイッチも入っている。
シェリーにマーマレードのサンドイッチが好物だと教えた覚えはないが、昔、カールには酒の席か何かで教えたような気がする。それを覚えてくれていたのだろう。
セガールは嬉しくて小さく笑い、早速サンドイッチを食べ始めた。どれも本当に美味しい。帰ったら2人を全力で褒めてやらねばなるまい。水筒に入れてあった珈琲も、温くなっていたが美味しかった。
急いで食べなければいけないのが本当に勿体無いが、セガールはパクパクと食べきり、弁当組の部下に一声かけてから、カールの誕生日プレゼントを買いに、足早に海軍の建物からで出た。

若い頃からの馴染みの店に真っ直ぐに行き、お目当てのものを買って、足早に店を出て海軍の建物に戻る。なんとか昼休憩終了ギリギリに戻ることができた。
シェリーとカールのお陰で、気力もやる気も全回復している。
セガールは、2人を褒める為に少しでも早く帰ろうと、バリバリ仕事を始めた。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

明日はきっと

BL / 連載中 24h.ポイント:1,824pt お気に入り:1,100

おじさんはΩである

BL / 連載中 24h.ポイント:6,215pt お気に入り:686

先生達の秘密の授業

BL / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:109

閉じ込められたらくっついた

BL / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:68

BL短編まとめ ①

BL / 完結 24h.ポイント:489pt お気に入り:963

処理中です...