花をあなたに

丸井まー(旧:まー)

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花をあなたに

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 ノーラは馴染みの花屋に向かうと、花屋の老爺に挨拶をしてから、今日の花を選び始めた。


「今日はこれにしようかな」

「あぁ。それ、最近やっと入荷したんだよ。今年はちょっと遅くてな」

「そうなんだ。妻が一番好きだったんだよね」

「奥さんが羨ましくなるな。毎日花を供えてくれて」

「ははっ。生きていた頃は苦労をかけちゃったからね」

「はい。こっちはおまけ。毎日花を買ってくれるからな」

「おや。ありがとう。ライナス」

「今日もいい一日を。ノーラ」

「ありがとう」


 ノーラは花屋の老爺ライナスに笑顔で手を振り、花屋を出た。
 真っ直ぐに町外れの墓地に行き、亡き妻の墓に買ったばかりの花を供える。墓の前で暫しぼーっとしてから、ノーラは『また明日ね』と言って、家へと帰った。

 ノーラは今年で六十三歳になる。昨年、長年連れ添った妻を亡くし、一人になった。子供はいない。ノーラは妻と夜の夫婦生活ができなかった。ノーラは男しか愛せない。

 小さな田舎の町では同性愛者は白眼視され、最悪家族も石を投げられることになる。ノーラは同性愛者だということを隠して、ノーラに惚れ込んで求婚してきた妻と結婚した。
 妻は、ノーラが夜の夫婦生活ができなくても、『貴方と一緒にいられたら幸せだもの』と笑ってくれた。本当によくできた女だった。

 妻のことは家族として愛していた。父の跡を継いで染物屋を始めてからは特に、苦労もかけたのに、いつでもニコニコ笑っているような女だった。男しか愛せないノーラなんかと結婚せずに、普通の男と結婚していれば、きっと自分の子供や孫が抱けただろうにと何度も思った。ずっと側にいてくれた妻には、感謝と罪悪感を抱いている。

 ノーラにはずっと心の片隅にひっそりと存在している男がいる。花屋のライナスのことが十代の頃からずっと好きだった。ライナスは金髪碧眼の男前で、町で一番格好いいと言われていた。町一番の美人と結婚しており、孫もいる。
 不毛な想いなのだが、消すことができない。

 ライナスはノーラの幼馴染だ。家が二つ隣で、成人して家業を本格的に手伝い始めた十六歳までは、よく一緒に遊んでいた。少し引っ込み思案なところがあるノーラの手を引いて、他の子供達と一緒に遊ばせてくれた。ノーラはライナスの温かい手が本当に好きだった。

 日課の墓参を終えて家に帰り着くと、親戚の子供であるナーダが仕事を始めていた。染物屋はナーダに継いでもらう予定である。ノーラは仕事着に着替えると、ナーダと一緒に働き始めた。

 夕暮れ時になり、今日の仕事が終わると、ナーダは自分の家に帰っていった。一人になった家で、自分で作った微妙に美味しくない夕食を食べる。
 妻が生きていた頃は、妻が毎日コロコロ笑いながらよく喋っていた。しんと静かな家の中には未だに慣れない。

 風呂を済ませた後。ノーラが酒とグラスを持って、狭い庭に置いてあるベンチに座り、月を眺めながら酒を飲み始めると、庭の入り口あたりから声をかけられた。ドキッと心臓が高鳴る。ライナスだ。


「よぉ。また月見酒か?混ぜてくれよ」

「やぁ。ライナス。いいよ。おいでよ」

「ははっ。今日は俺も酒を持ってきた」

「ありがとう。グラスを持ってくるよ」

「わりぃな」


 ノーラは必要以上に顔が赤くなっていないことを祈りながら、ライナスの分のグラスを取りに行った。

 妻が亡くなって半年経った頃くらいから、晴れた夜は外で酒を飲むようになった。何故かライナスが毎回のように訪れてきて、一緒に酒を飲んでいる。
 ライナスと一緒に他愛のないお喋りをしながら酒を飲むだけなのだが、亡き妻にも、ライナスの妻にも申し訳なく感じる。ノーラはライナスが好きだから。
 今夜も罪悪感を抱きながら、ノーラはライナスとのんびり酒と他愛のないお喋りを楽しんだ。

 秋の訪れを感じるようになり、妻が亡くなって一年半が過ぎた。相変わらず、朝は花を買って墓参して、晴れた夜はライナスと飲んでいる。

 ちびちびと舐めるように酒を飲んでいると、ライナスが口を開いた。


「なぁ」

「ん?」

「ちょっと耳貸せ」

「なんだい。急に」


 ノーラが内心ドキドキしながら顔を近づけると、ノーラの耳元でライナスが囁いた。


「お前と暮らしてえ。少しの間だけでいい」

「……理由は?」

「俺、あと半年もたねぇんだと」

「え?」

「心臓が悪いんだってさ。医者から言われた」

「そう……なんだ……」

「最後くれぇは好きに生きてぇなぁって思って」

「それで、なんで僕と暮らすことになるんだい?」

「んー。なんつーか、ガキの頃みてぇにお前と遊んで過ごしてぇなぁって思って。あ、嫌なら断ってくれていいぜ」

「……嫌じゃないよ。ライナスの残りの時間を独り占めしようじゃないか」

「ははっ! そいつぁいい。ノーラ。半年だけ時間をくれよ。遊んで遊んで遊びまくろう」

「いいよ。仕事はナーダがいるし、なんとでもなるよ」

「じゃあ決まりだ。明日引っ越してくる」

「あ、でも。奥さん達はいいのかい?」

「いいんだよ。『最後は好きに生きる』って宣言してきた」

「そうなんだ」


 最後に好きに生きるそのお供に、ノーラを選んでくれたことが泣きそうなくらい嬉しい。ノーラは顔をくしゃっとさせて、今にも泣き出しそうな笑みを浮かべた。

 翌日。本当にライナスが鞄一つで家にやって来た。ノーラはナーダが来ると事情を簡単に話し、仕事を任せた。

 それから、ノーラはライナスと一緒に子供みたいに遊ぶ日々を送るようになった。川に行って釣りをしたり、近くの森に行って秋の実りを収穫して食べたり、特に目的もなく喋りながらぶらぶら散歩したり。晴れた夜に月見酒を楽しむこと以外は、本当に子供の頃に戻ったような日々で、ノーラは毎日がキラキラと輝いているような気がした。

 冬の終わりが近づくと、ライナスが寝込む日がじわじわと多くなってきた。ライナスがベッドから出られない日は、ノーラはベッドの横に椅子を置き、のんびりと子供の頃に大好きだった冒険小説を読み聞かせるようになった。
 ライナスはいつも楽しそうに笑っていた。

 ライナスは何も言わない。ノーラも何も言えなかった。ただ、ライナスの隣にいられる幸せと、お互いの妻に対する罪悪感を感じながら、毎日を過ごしていた。

 春の終わり頃に、ライナスが逝った。ノーラ一人で看取った。どうしても最後の瞬間を独り占めしたかった。
 家にあるライナスの遺品を整理していると、ボロボロの子供向けの冒険小説から、一枚の紙が出てきた。
『俺の愛はお前だけのものだ』
 誰に向けて書いたものなのかは分からない。でも、ノーラはこれは自分に向けて書かれたものだと思った。二人が一番好きだったシーンが書いてある頁に挟まっていた紙を見つめて、ノーラは泣き出した。

 もし、次の世で再会できるのならば、ずっとずっとライナスと一緒にいたい。堂々と『愛してる』と言って、側にいたい。熱を分け合って、何気ないことで笑いあって、寄り添って眠りたい。

 ノーラはライナスの葬儀が終わると、花を二人分買うようになった。

 心をあげられなかった妻の分、心だけを捧げたライナスの分。

 ノーラは二人の墓に花を供えると、『また明日ね』と呟いて、一人の家へと向かって歩き始めた。

 柔らかい初夏の風がノーラの頬を優しく撫でた。


(おしまい)

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