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冒険者の家
二人の子供を残して、女房が出ていった。キルナの浮気癖にもう我慢ができないらしい。自分で言うのもなんだが、キルナの浮気癖は一生治らないと思う。理由は分からないが、ずっと一人の人間とだけ一緒にいるのが耐え難いのだ。女房は『結局愛してるとも言ってくれなかった!』と泣きながらキルナの頬に拳を叩き込んで、鞄一つで出ていった。キルナには『愛』とやらが、いまいちよく分からない。結婚したのは、女房に子供ができたからだ。女房も女房の親も自分の親も『責任をとれ』と言うので、責任をとるということで結婚した。
子供は上が三歳で下が一歳半。仕事をせねば食っていけない。
しかし、預けようにも、自分の親は二人とも昨年死んでおり、女房の親は流石に頼れない。親戚はいるが、疎遠である。詰んでいる。
キルナとて、自分の子供はちゃんと育てなければという思いくらいは一応持っている。浮気もとい遊び相手の女に預けようかとも一瞬思ったが、多分断られるだろう。
さて、どうしたものかと考えたキルナは、子供二人を連れて、ギルドへと足を運んだ。
キルナは冒険者をしている。まぁまぁ中堅くらいの腕前で、浮気性を除けば、それなりに評判がいい。ギルドでは低ランク向けに子守の仕事もあった筈だ。金はかかるが、背に腹は替えられない。キルナは子守を雇うことにした。
子守の仕事を依頼すれば、すぐに家に親子の子守が来てくれた。四十くらいのおっさんで、自身も現在子育て中の元冒険者だった。キルナはその男を知っていた。キルナが駆け出しだった頃に、一度助けてもらったことがある。恐ろしく強い男だったのに、何故子守なんかするのかと聞けば、魔物の毒を受けた影響で利き腕に痺れが残ってしまったらしい。日常生活に支障はないが、以前のように戦えなくなったそうだ。
惜しいな、と思った。女以外に関心がないキルナでさえ、男惚れしてしまいそうなくらい強い男だったのに。
男の子供は今年で八歳で、一緒に子守をしてくれるそうだ。初めての仕事だと、男の子供はやる気満々である。
男はアシヤナ、息子の方はアーナンと名乗った。
キルナはアシヤナとアーナンに子供達を任せると、ギルドへ仕事を探しに行った。子供ができてからは近場の仕事しかしていなかったが、住み込みで子守を依頼したので、少し遠出してもいいかもしれない。
キルナは往復で三ヶ月程の討伐依頼を受け、その事を報告する為に一度自宅へ帰った。
------
キルナが仕事を終え、三ヶ月ぶりに帰宅すると、家の中が様変わりしていた。どこも散らかり放題で汚かったのに、とてもキレイになっていた。二人の息子はキルナの顔を見るなり泣き出した。どうも忘れられたらしい。
子供のギャン泣きに辟易していると、家の奥からアシヤナが出てきた。妙に可愛らしい熊のエプロンを着けている。アシヤナとお揃いのエプロンを着けたアーナンも出てきて、二人で泣いている子供達を抱き上げて、あやし始めた。
アシヤナがキルナの顔を見て、口を開いた。
「怪我は」
「ねぇ」
「飯は」
「まだ」
「そうか。先に子供達に食べさせてからでいいか?買い物に少し時間がかかって、食事の時間が遅れ気味なんだ」
「おぅ」
「ナールド。そんなに泣かなくていい。お前のパパだ」
アシヤナがあやしても子供はギャン泣きするばかりである。多分、元々空腹で機嫌が悪かったのだろう。
キルナはとりあえず汚れた格好をキレイにすべく、風呂に向かった。風呂場も見違える程キレイになっていた。別れた嫁は掃除が苦手で、キルナは掃除なんてする気がなく、いつも汚れていた。
キレイに掃除されている風呂場でシャワーを浴びると、キルナは全裸のまま風呂場から出て、自室へ向かった。
キルナの部屋はそのままだった。つまり、散らかり放題のままだった。アシヤナも元冒険者だから、冒険者であるキルナの部屋には入らなかったのだろう。キルナは多分洗濯済みのくしゃくしゃの服を着て、居間に向かった。
居間では、子供達が食事をしていた。
ちびっ子達の機嫌は直ったようだ。
居間の隅に座り、ぼーっと賑やかな食事風景を眺めていると、アシヤナに声をかけられた。
「キルナ。二人とも食べ終わったから、少しの間見ていてくれ。大人の分の食事を用意してくる」
「おぅ」
キルナはローテーブルの所に移動して、少し大きくなった気がする子供達を見下ろした。
子供達はきょとんとキルナを見上げている。二人とも幼児らしくぷくぷくとしていて、健康そうだ。アシヤナはきっちり仕事をしてくれていたようだ。
漸く思い出してくれたのか、上の息子ナールドが『ぱぱぁ』と言いながら、抱きついてきた。キルナはナールドを抱き上げて、そのままラグの上に座った。
下の子のリグナもよちよちと歩いてきて、キルナの膝に乗った。二人とも前よりも重くなっている気がする。
キルナは、ローテーブルの上を片付けているアーナンに声をかけた。
「お前、飯は」
「まだ。いま親父が作ってる」
「学問所は」
「今日は休み。いつもは行ってる」
「ふーん」
学問所とは、読み書きや計算を教えてくれる所だ。冒険者だからこそ、ちゃんと読み書き計算ができないと損をしたり、危険な目にあったりする羽目になる。ギルドの仕事は七歳から請け負うことができるが、十二歳までは学問所にも通うことが必須条件になっている。
適当に子供二人をあやしていると、いい匂いがして、お盆を持ったアシヤナが現れた。キルナは言葉少なくアシヤナに礼を言うと、ガツガツとアシヤナが差し出した料理を食べ始めた。アシヤナの料理は存外美味く、これは子供達も太る筈だと思った。
大人とアーナンが食事を終えた頃には、子供達は寝落ちていた。
キルナは食後の茶を飲んでから、自室に戻り、金を数えて袋に入れた。少し多めに入れておいた。予想以上にいい仕事をしてくれた礼である。本当に気持ち程度のものだが。
台所で後片付けをしていたアシヤナに金を渡すと、金を確認したアシヤナが器用に右眉だけを上げた。
「少し多い」
「今回は稼ぎがよかったんだよ」
「……ありがたく頂戴する」
「明日休んだら、明後日はまたギルドに行く」
「そうか。次も長期の依頼か?」
「……さぁ?あれば請けるかもな」
キルナは用は済んだので台所から出て、居間に敷いた布団で寝ている子供達の隣に寝転がり、子供達の寝息を子守唄に、そのまま眠った。
------
キルナが短期の仕事から帰ると、庭でアーナン含めた子供達が遊んでいた。家の中に入れば、アシヤナが掃除をしていた。
「おかえり」
「ただいま」
「飯は」
「まだ」
「すぐに作る」
「ちびっ子達と一緒でいい」
「そうか」
「ディーボアの肉を持って帰った」
「あぁ。今がちょうど討伐時期か」
「煮込みが食いてぇ」
「いいぞ。台所に置いておいてくれ」
「ん」
キルナは台所へ行き、魔導冷蔵庫に肉を突っ込み、一度自室に行って荷物や装備を置いてから、風呂場へと向かった。
シャワーを浴びて全裸のまま台所へ行けば、アシヤナが料理をしていた。
アシヤナが全裸のキルナを見て、器用に右眉だけを上げた。
「服を着ろ」
「熱い。水くれ」
「少し待て。冷たい珈琲を淹れる」
「おぅ」
「服を着ながら待ってろ」
「ん」
キルナは台所から出て、自室に戻り、服を着た。再び台所へ戻れば、アシヤナが冷たい珈琲を淹れてくれていた。
短く礼を言ってから、珈琲を一気に飲み干す。
珈琲に入っていた氷をゴリゴリ噛んでいるキルナに、アシヤナが手を動かしながら話しかけてきた。
「今夜も娼館か?」
「ん」
「別に構わないが、明日くらいは子供達と寝てやってくれ。随分も寂しがっていた」
「分かった」
キルナはその日、結局娼館には行かずに、子供達と一緒に寝た。
------
アシヤナ親子を子守として雇い始めて、二年が過ぎた。子供達はすくすくと育ち、わんぱく盛りになっている。キルナは実入りがいい長期の依頼と実入りは少なめだが短期の依頼を交互に請け負いながら、冒険者家業に精を出していた。
アシヤナ親子はずっとキルナの家に住んでいる。自分の家は知人に貸しているらしい。アシヤナの女房は数年前に亡くなっているそうだ。
キルナは仕事から帰ると、いつも少し多めにアシヤナに金を払う。気持ち程度だが、アシヤナ達には感謝している。キルナでは、まともに子供達を育てられたとは、まるで思えないからだ。
ある日の夜。
キルナは子供達が寝静まってから、こっそり布団を抜け出し、台所に忍び込んで酒を取り出し、暗い居間でチビチビと酒を飲み始めた。この一年半、女を抱いていない。キルナはまだ三十になったばかりで、溜まるものは溜まるのだが、帰るたびに子供達に笑顔で出迎えられると、どうにも子供達を放って娼館へ行く気が失せてしまう。
長期の依頼の時も、少しでも稼ぎを残そうと思って、冒険者仲間に誘われても娼館に行かない。適当に女を引っ掛けるのも面倒で、この一年半は自分の右手だけが恋人である。
肴もなしに静かに酒を飲んでいると、足音もなくアシヤナが居間に現れた。
「なんだ。キルナか」
「泥棒とでも思ったか」
「ある意味正しいな。酒泥棒」
「ちっとくれぇいいだろ」
「まぁな。空飲みは悪酔いする。少し待て。肴を用意する」
「酒には強い方だ」
「俺もたまには飲みたいんだよ」
「あっそ」
アシヤナがクックッと低く笑って、居間から出ていった。少しすると、皿とコップを両手に持って、アシヤナが居間に戻ってきた。
アシヤナが用意した肴は干し肉を炙ったものとチーズだった。酒の肴の鉄板である。干し肉はアシヤナが作ったものだ。市販の安い干し肉よりも余程美味い。
キルナは干し肉を手に取り、齧りついて咀嚼しながら、酒を口に含んだ。
二人で無言で酒を飲んでいると、キルナはふといいことを思いついた。
「なぁ」
「ん?」
「飯屋やらねぇか」
「は?なんだ。いきなり」
「アンタの飯は美味い。この干し肉もな。繁盛すると思うぜ」
「子供達の世話でそれどころじゃない」
「だったら、ちびっ子達がもうちょいデカくなってから、やりゃあいい。アンタが調理、俺が配膳と会計、いいんじゃね?」
「……まぁ、いつまでも子守の仕事をできないのは確かだが」
「この家を改築して店にすりゃいい。一階は飯屋、二階は自宅。どうせそろそろ建て替えの頃だ。なんせひい爺さんの頃からのもんだからよ。騙し騙しもそろそろ厳しい」
「まぁ、それも確かに。また雨漏りの場所が増えた」
「だろ?金なら一応ある。店が軌道に乗るまでは多分大丈夫だ」
「随分と乗り気だな」
「アンタの飯、うめぇから」
「そいつはどうも」
キルナはクックッと笑って、アシヤナに拳を突き出した。
「三年経ったら飯屋をやろうぜ」
「それまでに精々開店資金を稼いできてくれ」
「おぅよ」
アシヤナもクックッと笑って、キルナの拳に軽く自分の拳をぶつけた。
三年後、キルナは冒険者を引退して、アシヤナと一緒に本当に飯屋を始めた。子供達もたいぶ手がかからなくなり、下の子も学問所に通い始めた。
古かった家を建て直し、一階は飯屋、二階は自宅にした。アシヤナ達の部屋もある。
庭を狭くして、建物部分を少し大きくした。アシヤナ達は飯屋を始めても変わらずキルナの家に住んでいる。
多分、この先もずっとアシヤナはキルナの家で暮らすのだろう。アシヤナとセックスなんてしない。でも、多分ずっと一緒にいる。何故かは分からないが、そんな予感がしている。
キルナは開店時間になると、店の扉につけたプレートを『営業中』に変えた。
すぐに美味い朝食を求めて、冒険者達がやって来る。
キルナはアシヤナと一緒に忙しく働きながら、なんとなく満たされた気分だった。
美味い干し肉が有名な小さめの飯屋は、それからずっと繁盛した。
(おしまい)
子供は上が三歳で下が一歳半。仕事をせねば食っていけない。
しかし、預けようにも、自分の親は二人とも昨年死んでおり、女房の親は流石に頼れない。親戚はいるが、疎遠である。詰んでいる。
キルナとて、自分の子供はちゃんと育てなければという思いくらいは一応持っている。浮気もとい遊び相手の女に預けようかとも一瞬思ったが、多分断られるだろう。
さて、どうしたものかと考えたキルナは、子供二人を連れて、ギルドへと足を運んだ。
キルナは冒険者をしている。まぁまぁ中堅くらいの腕前で、浮気性を除けば、それなりに評判がいい。ギルドでは低ランク向けに子守の仕事もあった筈だ。金はかかるが、背に腹は替えられない。キルナは子守を雇うことにした。
子守の仕事を依頼すれば、すぐに家に親子の子守が来てくれた。四十くらいのおっさんで、自身も現在子育て中の元冒険者だった。キルナはその男を知っていた。キルナが駆け出しだった頃に、一度助けてもらったことがある。恐ろしく強い男だったのに、何故子守なんかするのかと聞けば、魔物の毒を受けた影響で利き腕に痺れが残ってしまったらしい。日常生活に支障はないが、以前のように戦えなくなったそうだ。
惜しいな、と思った。女以外に関心がないキルナでさえ、男惚れしてしまいそうなくらい強い男だったのに。
男の子供は今年で八歳で、一緒に子守をしてくれるそうだ。初めての仕事だと、男の子供はやる気満々である。
男はアシヤナ、息子の方はアーナンと名乗った。
キルナはアシヤナとアーナンに子供達を任せると、ギルドへ仕事を探しに行った。子供ができてからは近場の仕事しかしていなかったが、住み込みで子守を依頼したので、少し遠出してもいいかもしれない。
キルナは往復で三ヶ月程の討伐依頼を受け、その事を報告する為に一度自宅へ帰った。
------
キルナが仕事を終え、三ヶ月ぶりに帰宅すると、家の中が様変わりしていた。どこも散らかり放題で汚かったのに、とてもキレイになっていた。二人の息子はキルナの顔を見るなり泣き出した。どうも忘れられたらしい。
子供のギャン泣きに辟易していると、家の奥からアシヤナが出てきた。妙に可愛らしい熊のエプロンを着けている。アシヤナとお揃いのエプロンを着けたアーナンも出てきて、二人で泣いている子供達を抱き上げて、あやし始めた。
アシヤナがキルナの顔を見て、口を開いた。
「怪我は」
「ねぇ」
「飯は」
「まだ」
「そうか。先に子供達に食べさせてからでいいか?買い物に少し時間がかかって、食事の時間が遅れ気味なんだ」
「おぅ」
「ナールド。そんなに泣かなくていい。お前のパパだ」
アシヤナがあやしても子供はギャン泣きするばかりである。多分、元々空腹で機嫌が悪かったのだろう。
キルナはとりあえず汚れた格好をキレイにすべく、風呂に向かった。風呂場も見違える程キレイになっていた。別れた嫁は掃除が苦手で、キルナは掃除なんてする気がなく、いつも汚れていた。
キレイに掃除されている風呂場でシャワーを浴びると、キルナは全裸のまま風呂場から出て、自室へ向かった。
キルナの部屋はそのままだった。つまり、散らかり放題のままだった。アシヤナも元冒険者だから、冒険者であるキルナの部屋には入らなかったのだろう。キルナは多分洗濯済みのくしゃくしゃの服を着て、居間に向かった。
居間では、子供達が食事をしていた。
ちびっ子達の機嫌は直ったようだ。
居間の隅に座り、ぼーっと賑やかな食事風景を眺めていると、アシヤナに声をかけられた。
「キルナ。二人とも食べ終わったから、少しの間見ていてくれ。大人の分の食事を用意してくる」
「おぅ」
キルナはローテーブルの所に移動して、少し大きくなった気がする子供達を見下ろした。
子供達はきょとんとキルナを見上げている。二人とも幼児らしくぷくぷくとしていて、健康そうだ。アシヤナはきっちり仕事をしてくれていたようだ。
漸く思い出してくれたのか、上の息子ナールドが『ぱぱぁ』と言いながら、抱きついてきた。キルナはナールドを抱き上げて、そのままラグの上に座った。
下の子のリグナもよちよちと歩いてきて、キルナの膝に乗った。二人とも前よりも重くなっている気がする。
キルナは、ローテーブルの上を片付けているアーナンに声をかけた。
「お前、飯は」
「まだ。いま親父が作ってる」
「学問所は」
「今日は休み。いつもは行ってる」
「ふーん」
学問所とは、読み書きや計算を教えてくれる所だ。冒険者だからこそ、ちゃんと読み書き計算ができないと損をしたり、危険な目にあったりする羽目になる。ギルドの仕事は七歳から請け負うことができるが、十二歳までは学問所にも通うことが必須条件になっている。
適当に子供二人をあやしていると、いい匂いがして、お盆を持ったアシヤナが現れた。キルナは言葉少なくアシヤナに礼を言うと、ガツガツとアシヤナが差し出した料理を食べ始めた。アシヤナの料理は存外美味く、これは子供達も太る筈だと思った。
大人とアーナンが食事を終えた頃には、子供達は寝落ちていた。
キルナは食後の茶を飲んでから、自室に戻り、金を数えて袋に入れた。少し多めに入れておいた。予想以上にいい仕事をしてくれた礼である。本当に気持ち程度のものだが。
台所で後片付けをしていたアシヤナに金を渡すと、金を確認したアシヤナが器用に右眉だけを上げた。
「少し多い」
「今回は稼ぎがよかったんだよ」
「……ありがたく頂戴する」
「明日休んだら、明後日はまたギルドに行く」
「そうか。次も長期の依頼か?」
「……さぁ?あれば請けるかもな」
キルナは用は済んだので台所から出て、居間に敷いた布団で寝ている子供達の隣に寝転がり、子供達の寝息を子守唄に、そのまま眠った。
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キルナが短期の仕事から帰ると、庭でアーナン含めた子供達が遊んでいた。家の中に入れば、アシヤナが掃除をしていた。
「おかえり」
「ただいま」
「飯は」
「まだ」
「すぐに作る」
「ちびっ子達と一緒でいい」
「そうか」
「ディーボアの肉を持って帰った」
「あぁ。今がちょうど討伐時期か」
「煮込みが食いてぇ」
「いいぞ。台所に置いておいてくれ」
「ん」
キルナは台所へ行き、魔導冷蔵庫に肉を突っ込み、一度自室に行って荷物や装備を置いてから、風呂場へと向かった。
シャワーを浴びて全裸のまま台所へ行けば、アシヤナが料理をしていた。
アシヤナが全裸のキルナを見て、器用に右眉だけを上げた。
「服を着ろ」
「熱い。水くれ」
「少し待て。冷たい珈琲を淹れる」
「おぅ」
「服を着ながら待ってろ」
「ん」
キルナは台所から出て、自室に戻り、服を着た。再び台所へ戻れば、アシヤナが冷たい珈琲を淹れてくれていた。
短く礼を言ってから、珈琲を一気に飲み干す。
珈琲に入っていた氷をゴリゴリ噛んでいるキルナに、アシヤナが手を動かしながら話しかけてきた。
「今夜も娼館か?」
「ん」
「別に構わないが、明日くらいは子供達と寝てやってくれ。随分も寂しがっていた」
「分かった」
キルナはその日、結局娼館には行かずに、子供達と一緒に寝た。
------
アシヤナ親子を子守として雇い始めて、二年が過ぎた。子供達はすくすくと育ち、わんぱく盛りになっている。キルナは実入りがいい長期の依頼と実入りは少なめだが短期の依頼を交互に請け負いながら、冒険者家業に精を出していた。
アシヤナ親子はずっとキルナの家に住んでいる。自分の家は知人に貸しているらしい。アシヤナの女房は数年前に亡くなっているそうだ。
キルナは仕事から帰ると、いつも少し多めにアシヤナに金を払う。気持ち程度だが、アシヤナ達には感謝している。キルナでは、まともに子供達を育てられたとは、まるで思えないからだ。
ある日の夜。
キルナは子供達が寝静まってから、こっそり布団を抜け出し、台所に忍び込んで酒を取り出し、暗い居間でチビチビと酒を飲み始めた。この一年半、女を抱いていない。キルナはまだ三十になったばかりで、溜まるものは溜まるのだが、帰るたびに子供達に笑顔で出迎えられると、どうにも子供達を放って娼館へ行く気が失せてしまう。
長期の依頼の時も、少しでも稼ぎを残そうと思って、冒険者仲間に誘われても娼館に行かない。適当に女を引っ掛けるのも面倒で、この一年半は自分の右手だけが恋人である。
肴もなしに静かに酒を飲んでいると、足音もなくアシヤナが居間に現れた。
「なんだ。キルナか」
「泥棒とでも思ったか」
「ある意味正しいな。酒泥棒」
「ちっとくれぇいいだろ」
「まぁな。空飲みは悪酔いする。少し待て。肴を用意する」
「酒には強い方だ」
「俺もたまには飲みたいんだよ」
「あっそ」
アシヤナがクックッと低く笑って、居間から出ていった。少しすると、皿とコップを両手に持って、アシヤナが居間に戻ってきた。
アシヤナが用意した肴は干し肉を炙ったものとチーズだった。酒の肴の鉄板である。干し肉はアシヤナが作ったものだ。市販の安い干し肉よりも余程美味い。
キルナは干し肉を手に取り、齧りついて咀嚼しながら、酒を口に含んだ。
二人で無言で酒を飲んでいると、キルナはふといいことを思いついた。
「なぁ」
「ん?」
「飯屋やらねぇか」
「は?なんだ。いきなり」
「アンタの飯は美味い。この干し肉もな。繁盛すると思うぜ」
「子供達の世話でそれどころじゃない」
「だったら、ちびっ子達がもうちょいデカくなってから、やりゃあいい。アンタが調理、俺が配膳と会計、いいんじゃね?」
「……まぁ、いつまでも子守の仕事をできないのは確かだが」
「この家を改築して店にすりゃいい。一階は飯屋、二階は自宅。どうせそろそろ建て替えの頃だ。なんせひい爺さんの頃からのもんだからよ。騙し騙しもそろそろ厳しい」
「まぁ、それも確かに。また雨漏りの場所が増えた」
「だろ?金なら一応ある。店が軌道に乗るまでは多分大丈夫だ」
「随分と乗り気だな」
「アンタの飯、うめぇから」
「そいつはどうも」
キルナはクックッと笑って、アシヤナに拳を突き出した。
「三年経ったら飯屋をやろうぜ」
「それまでに精々開店資金を稼いできてくれ」
「おぅよ」
アシヤナもクックッと笑って、キルナの拳に軽く自分の拳をぶつけた。
三年後、キルナは冒険者を引退して、アシヤナと一緒に本当に飯屋を始めた。子供達もたいぶ手がかからなくなり、下の子も学問所に通い始めた。
古かった家を建て直し、一階は飯屋、二階は自宅にした。アシヤナ達の部屋もある。
庭を狭くして、建物部分を少し大きくした。アシヤナ達は飯屋を始めても変わらずキルナの家に住んでいる。
多分、この先もずっとアシヤナはキルナの家で暮らすのだろう。アシヤナとセックスなんてしない。でも、多分ずっと一緒にいる。何故かは分からないが、そんな予感がしている。
キルナは開店時間になると、店の扉につけたプレートを『営業中』に変えた。
すぐに美味い朝食を求めて、冒険者達がやって来る。
キルナはアシヤナと一緒に忙しく働きながら、なんとなく満たされた気分だった。
美味い干し肉が有名な小さめの飯屋は、それからずっと繁盛した。
(おしまい)
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