ニナの解放

丸井まー(旧:まー)

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2:『鉄の女』

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 休憩時間になると、ニナは手早く使った道具類を片付けて、1人で食堂へと向かった。

 薬事研究所に隣接している製薬施設の食堂は、安くて量が多くて美味しい。保有する魔力が多いと、大食いになる傾向がある。ニナも大食いな方なので、安くて美味しい料理が沢山食べられる食堂の存在は非常にありがたい。
 カウンターで日替わり定食を注文して、トレーを受け取ると、ニナは、できるだけ人が少ないテーブルを探して、椅子に座った。昼休憩の時間帯だから、食堂は人が多い。さっさと食べきって、所属する調合室に戻りたい。

 ニナが黙々と食べていると、向かい側の席に誰かが座った気配がした。ニナが顔を上げずに食べ続けていると、声をかけられた。仕方なく顔を上げれば、直属の上司であるリーバイスだった。


「ニナ。いつも1人で食べているだろう。たまには、他の者達とも一緒に食べて交流したらどうだ」

「仕事に関する話はしています。それ以上の私語をする必要性はありません」

「ニナは確かに人一倍優秀だ。だが、もう少し、他の者達とも仲良くだな……」

「仲良しこよしする必要がありますか? 仕事をするだけなのに」

「あーー。その、なんだ。いつぞやの事は本当に悪かったと思っている。だから、そろそろ許してくれないか?」

「許すもなにも、何もされておりませんが」

「……結婚されると迷惑だの、子供を産まれたら迷惑だの、言っただろう。俺達」

「言われましたね。ですが、それもまた事実でしょう。人手が足りない状態で、長期で休まれると迷惑です」

「そのー、そろそろ20年近く経つだろう? 水に流してはくれないか?」

「私はその事に関しては、もう何も思っていません。ただ……他人の顔色を窺って、他人に流される生き方をしたくないだけです。それに、部長の前で言うのもなんですが、男も女も嫌いなんです。必要以外で接したくありません」

「……そうか」

「食べ終わったので失礼します」


 話しながら食べていたニナは、キレイに空になった皿ばかりのトレーを持って、椅子から立ち上がった。トレーを返却コーナーに置いてから、ざわざわと人が多い食堂を出る。

 自分の調合室に向かいながら、ニナは小さく溜め息を吐いた。ニナが離婚して、息子を産んで、早くも18年が経っている。ニナは、魔力と身体が一番いい状態だと言われる25歳の時に、長生き手続きをした。

 この18年間、本当に怒涛のように過ぎていった。ニナによく似た息子は、本当に可愛くて、ニナが唯一愛している存在だ。しかし、女1人で子供を育てるというのはかなり珍しく、奇異の目で見られることも多かった。どうしても関わらざるをえない息子の学校関係者の男にも女にも、色んなことを言われた。『1人で無理せずに再婚した方がいい』というのが、一番よく言われていたことかもしれない。ハッキリ言って、余計なお世話だ。

 ニナは高給取りなので、子守を雇うこともできた。保育所や学校から息子が帰っても、一人ぼっちにすることはなかった。ニナもできるだけ残業しないようにしていた。息子はすくすくと育ち、ニナと同じ薬師になると言って、現在、高等学校の薬学科に通っている、今年で卒業で、つい一ヶ月前に、薬事研究所の就職試験を受けたばかりだ。今は結果待ちの状態である。息子が高等学校を卒業して、無事に就職できれば、ニナも少しだけ気が楽になる。

 ここ20年近く、ずっと1人で気を張り詰めて生きていた。息子と一緒に過ごす時間だけは癒やされていたが、ごちゃごちゃ五月蝿い外野の人間が煩わしくて、男も女も嫌いになった。職場では、ニナは『鉄の女』と揶揄されている。人付き合いをまともにせず、笑いもせず、誰が口説いても相手にしない。一時期、誰が『鉄の女』を口説き落とすのか、賭けになっていたくらいだ。実に下らない。ニナは、もう誰にも縛られない。誰にも流されない。自分の意志で、自分が生きたいように生きると決めた。ニナがニナらしく生きるのに、特に男なんか必要ない。男なんか大嫌いだ。『ヤレそうだったから』と酔い潰れたニナを犯した先輩も、元旦那も、未だに憎くて堪らない。ニナが女だから、『結婚されたり、出産されたら迷惑だ』と言った部長や先輩達のことも嫌いだ。

 息子はそろそろ完全に手が離れる。ニナは、やり甲斐がある仕事に打ち込めたら、それだけでいい。ニナは、調合室に入ると、昼休憩終了の鐘がなるまで、少しだけ読書をしてから、仕事に取り掛かった。

 終業の鐘が鳴る直前に、今日の仕事が終わった。ニナはすぐに帰り支度をして、無言で調合室を出た。
 住んでいる官舎へと足早に帰る。今日の夕食は何だろうか。息子のナールが高等学校に進学してからは、先に帰るナールが毎日夕食を作ってくれるようになった。

 ナールは、ニナにそっくりな平凡顔で、おっとりした大人しい性格をしている。とても努力家で、学校の成績はいつでもよかった。ニナが女1人で子育てしていることを理由に虐められたこともあるのだが、それに負けじと、いつだって前を向いて頑張っていた自慢の息子である。靭やかに強く、優しくて、いつもおっとり笑っている可愛いニナの宝物だ。

 家族用官舎の三階の角部屋が、ニナの家だ。家の中に入ると、珍しく、美味しそうな匂いがしていない。ニナが不思議に思って、スタスタと居間に行くと、ソファーに座っていたナールがニナに気づいて、満面の笑みでぴょんとソファーから立ち上がった。


「母さん! おかえり! 内定もらえた!」

「あら! ただいま! おめでとう! ナール! 晩ご飯の準備はまだ? まだなら、お祝いに外食しましょうよ」

「やった! 『秋月亭』がいい!」

「いいわよ。本当に頑張ったわね。早速出かけましょう」

「うん!」


 ナールは、高等学校の制服を着たままだった。ニナも職場の制服のままだが、空腹だし、なにより、一生懸命頑張っていたナールのお祝いを少しでも早くしてやりたい。
 ニナは、久しぶりにうきうきした気分で、ナールと共に家を出た。

『秋月亭』は、ニナ達が住んでいる、通称・薬師街にあるちょっといい飲食店だ。お値段が少し高めなのと、ニナもナールも沢山食べるので、基本的にナールの誕生日の日にしか行かない。だが、今日はナールのお祝いなので、奮発する気満々である。

『秋月亭』に着くと、二階の個室が空いていたので、個室に案内してもらった。椅子に座って、メニュー表を二人で覗き込む。


「好きなだけ食べなさいよ。今日はお祝いだもの」

「うん! ありがとう。母さん」

「貴方の頑張りが認められて嬉しいわ。ほんっと! 自慢の息子だわぁ」

「へへっ。できたら、希望してる薬草の品種改良の部署に配属されたいなぁ」

「やりたい仕事ができるといいわね」

「うん。すっごい楽しみ」

「まぁ、その前に、高等学校の卒業試験があるけどね」

「ははー。まぁ、そっちも頑張るよ。折角、内定もらえたんだし」

「無理はしない程度にね」

「うん」


 食べたいメニューが決まったので、店員呼び出しのボタンを押した。いくつもの料理とジュースを注文すると、店員が笑顔でメモを取り、出ていった。ニナは酒は飲まない。一度、それで痛い目にあっているからだ。ニナが飲まないからか、成人したのに、ナールも酒を飲まない。あんまり興味がないらしい。

 ジュースと料理が運ばれてくると、ニナは、ナールと笑顔で乾杯して、美味しい夕食を楽しんだ。

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