俺と僕とオイラの『家族ごっこ』

丸井まー(旧:まー)

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1:出会い

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 ユキルは寒空の下、薄着のまま客引きをしていた。
 ユキルは男娼だ。21歳の頃まではそれなりに売れっ子だったが、徐々に太客が減っていき、26歳にもなると中々売れなくなった。
 客を1人もとれないと、娼館の主人から折檻されて、食事も与えられなくなる。この冬は、主人から折檻される頻度が増えている。

 昨日一昨日と2日続けて客がとれなかった。ユキルは鞭を打たれた背中の痛みに少し顔を顰め、寒さで震える息を吐いてから、パンッと自分の頬を両手で打った。
 笑顔を貼りつけ、近くを通りかかった男の腕にするりと腕を絡める。


「お兄さん、遊んでいかない? いい夢見せてあげるよ」


 男が足を止めて、ユキルをまじまじと見た。男はユキルよりも頭半分以上背が高い。顔立ちは精悍に整っていて、歳の頃は30くらいだと思う。濃い藍色の髪は短く整えられていて、ユキルを見下ろす瞳は澄んだ水面のような色合いの青色だ。

 ユキルができるだけ色っぽく見えるように小首を傾げて微笑むと、男が絡めているユキルの手をがっと握った。


「いくらだ」

「一晩三万ギルだよ?」

「違う。お前の買い取り価格だ」

「え? さ、さぁ? 娼館の主人に聞かないと分かんない……」

「では、主人とやらの所へ行くぞ」

「え? あ、こっちだけど……まさか、僕を買う気? 声をかけただけなのに? 正気? お兄さん」

「いたって正気だ。お前ならちょうどいい」

「は? なんに?」

「お前の主人とやらの所へ連れて行け」

「あ、う、うん。……こっち」


 ユキルは男の言葉に困惑しながらも、男を連れて娼館の中に入り、主人がいる部屋へと向かった。
 主人の部屋に入ると、男が腕を絡めたままのユキルを指差して口を開いた。


「これはいくらだ。買い取る」

「これはこれは。その者は五百万ギルでございます」

「そうか。前金だ。明日残りを持ってくる」

「……ありがとうございます。本当にその者でよろしいので? 返品は受け付けておりませんが」

「構わん。明日、残りの金を払ってこれを連れて帰る」

「お買上げありがとうございます」


 主人は一瞬驚いたような顔をしたが、男に対してにこやかな笑みを浮かべた。ユキルに五百万ギルの価値なんてない。完全にぼったくられているのだが、それを口に出すことはユキルにはできない。

 男が肩掛け鞄からそこそこデカい布袋を取り出し、主人の机にドンッと置いた。主人が袋を開けると、金貨がじゃらじゃら入っている。


「三百万はある。明日こいつを連れて帰る準備をしておけ」

「……中々豪気な方ですね。よろしいですよ。残り二百万、明日お持ちくださいませ」

「あぁ。ではな」


 男がユキルの腕を離して、すたすたと主人の部屋から出ていった。残されたユキルは、呆然と男を見送った。
 金を数え始めた主人が下卑た笑みを浮かべて、ユキルに声をかけてきた。


「お前みたいな売れない年増を買い取るなんて奇特な男だ。さっさと部屋から出ていけ。さっきの男の所へは身一つで行くんだ。何も持ち出すことは許さない。……あぁ。今着ている服だけはお前にくれてやろう。流石に裸で連れ出されると外聞が悪い」

「……は、はい……」


 ユキルは主人に頭を下げてから、主人の部屋を出た。この娼館には、親に10歳の時に売られて以降ずっといる。客をとり始めたのは16歳からだ。
 男娼じゃなくなる。単なる男の性処理係になるだけかもしれないが、もしかしたら、憧れていた『普通』の生活ができるかもしれない。

 過度の期待をすると後で泣きを見るが、ユキルは時間が経つにつれ、このきらびやかな地獄から出られる喜びがじわじわ湧いてきて、だらしなくゆるみそうな顔を両手で隠した。

 これからどんな扱いが待っているのかは分からない。もしかしたら、今のような飢えと折檻に怯える日々を過ごさなくてもよくなるかもしれない。『使い物にならない』と殺されなくてもよくなるかもしれない。今よりも苦しい生活が待っている可能性もあるのだが、ユキルはできるだけそれは考えないようにした。

 ユキルは、今よりもマシな暮らしができますようにと祈りながら、娼館での最後の一夜を過ごした。




ーーーーーー
 翌日の昼過ぎ。まだ娼館が開いていない時間帯に男がやって来た。ユキルは主人から呼び出されて、主人の部屋に向かった。残りの二百万ギルを数えた主人がにこやかに笑って、男にユキルの権利書を手渡した。

 現実味がなくて、なんだかふわふわした感じがしているユキルの手を男が握り、そのまま主人の部屋を出た。

 すたすたと足早に歩く男に、ユキルは問いかけた。


「あ、あのっ! ごっ、ご主人様のお名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「俺はアキッレだ。騎士をしている。お前の名は」

「え、あ、ユキルです」

「そうか。俺の家に向かっている。俺の家に着いたら『役割』を説明しよう」

「役割……?」


 ユキルは困惑しながらも、アキッレに手を引かれるままに早足で歩いた。

 アキッレが立ち止まったのは、こぢんまりとした二階建ての家の前だった。狭いが庭がある。庭は手いれをしていないようで、雑草がぼーぼー生えていた。
 アキッレと共に家の中に入ると、部屋の中に、縄でぐるぐる巻きにされてびっちんびっちん跳ねている汚れきった子供がいた。


「……人攫い!?」

「違う。貧民街で拾っただけだ」

「えっ!? あの、すごく威嚇? してるんですけど……」

「離しやがれ! 人攫い!!」

「やっぱり人攫い……」

「違う。落ちてたから拾った」

「え、えぇ……?」

「まずはこれを洗う。手伝え」

「あ、はい」

「ぎゃーー! はーなーせーよー!」

「暴れるな。洗うだけだ」


 縄でぐるぐる巻きの子供を肩に担いだアキッレの後ろをおろおろしながら歩いて、風呂場に入った。
 風呂場は掃除がしてあるようでキレイだった。
 アキッレが子供の縄を解き、ボロ切れ同然の服を脱がせた。子供は男の子だった。ボサボサに伸びている髪は、元の色が分からない程汚れて茶色くなっている。全身泥みたいなものや垢まみれで、かなり臭う。

 暴れる子供を押さえつけているアキッレが、ユキルを見て口を開いた。


「洗え」

「あ、はい」

「はーなーせーよー! この人攫いっ!!」

「人攫いではない。落ちていたから拾った」


 ユキルは混乱しながらも、シャワーを手に取り、温かいお湯を出して、子供に声をかけた。


「えっと、お湯、かけるね?」

「やだーー!! やーめーろーよー!」

「ごっ、ごめんっ!」

「に゛ゃーーーー!!」


 子供の頭からお湯をかけると、子供が尻尾を踏まれた猫みたいな声を出した。
 ユキルはアキッレに言われるがままに、痩せ細って汚れきっている子供の頭や身体を石鹸で洗い始めた。

 何度もお湯をかけて、何度も洗って、漸く汚れや垢が完全に落ちた頃には、じたばた暴れていた子供はぐったりとしていた。汚れなどが落ちた子供は柔らかい色合いの金髪で、淡い緑色の瞳をしていた。痩せ細っているから分かりにくいが、歳は多分10歳前後だと思う。
 ユキルは子供が気の毒になり、恐る恐るアキッレに話しかけた。


「あの……この子をどうするんですか? ……それと、僕の『役割』ってなんですか……?」


 濡れた子供をわしわしと無造作に拭きながら、アキッレがユキルを見て口を開いた。


「お前は『母親』だ。俺は『父親』。これは『子供』だ」

「…………は?」

「誰が『これ』だぁ! オイラにはキッカって名前がちゃんとある!! 離せ! おっさん!」

「『パパ』と呼べ」

「いやだーーーー!!」

「あれは『ママ』だ」

「はぁぁぁぁっ!? ふざけんな! 頭おかしいぞ! このおっさん!!」

「パパだ」


 ユキルはアキッレの言葉に呆然としながらも、なんかヤバい人に買われてしまったと顔を引き攣らせた。

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