色鮮やかな貴方

丸井まー(旧:まー)

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色鮮やかな貴方

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色のない世界の中で、その人だけが鮮やかに色づいていた。

なんて言うと詩人か何かと思われそうだが、なんてことはない。僕は基本的に色盲で、魔力の色だけを認識することができるという変わった体質をしているだけだ。普段は皆魔力を体内におさめているから、見えることはない。

ただ、その人だけは、鮮やかな色の魔力を身にまとっていた。何色かなんて、生まれてこの方『色』とは無縁のアルヒードには分からない。国立魔法学校に入学して、初めてあんな鮮やかな『色』を見た。
色の持ち主は、変身魔法の教授らしい。実際、鮮やかな色の魔力を身にまとったかと思えば、次の瞬間には小さな猫になっていた。
小さな猫の姿で器用に喋り、講義の続きが始まった。教室のあちらこちらで『色』が見えるようになる。チカチカする視界に目頭を押さえてから、アルヒードも習ったばかりの呪文を唱えて魔力を操り、猫に変身した。特に理由はない。ただ、教授の真似っこがしたかっただけだ。
ふわりと見えた自分の魔力はくすんでいて、多分教授の色とは全然違う。なんだかガッカリしながら、アルヒードは猫になった肩を落とした。
国立魔法学校に入学してから、魔法を使う際に『色』が見えるようになった。色彩図鑑で色の名前を調べようにも、図鑑では灰色じみたいつもの色のないものしか見えない。『色』の名前は分からずじまいだ。

魔法を使って攻撃し合う授業では、アルヒードは強かった。相手の魔力の色が見えるから、なんとなく魔法の発動のタイミングが分かるのだ。相手より先に魔法を撃ってしまえば、こちらの勝ちだ。アルヒードは魔法展開の素早さを重視して、日々特訓を重ねていた。

二年生になり、アルヒードは御前試合に出場することになった。ここで目立てば、国の魔法師団への入団も夢じゃない。アルヒードは益々特訓に励み、より効果的な魔法がないかと勉学に熱中した。

図書館で本を探している時に、鮮やかな色の魔力を見かけた。変身魔法の教授である。変身魔法の教授は魔力量が多いのか、いつも魔力を身にまとっている。嫌いな色じゃない。むしろ、キラキラとしていて、でもなんだか気持ちが落ち着いて、大好きな色だ。
教授は本棚の前でうろうろしてから、一冊の本を手に取った。そこで漸くアルヒードに気づいたのだろう。教授が穏やかな笑みを浮かべた。


「やぁ、アルヒード君。御前試合対策かい?」

「はい」

「君ならいいところまでいけると思うよ。お世辞じゃなくね。頑張ってね」

「はいっ!」


鮮やかな色をまとった手が、ぽんぽんと優しくアルヒードの頭を撫でた。何故だか顔が熱くなる。じんわりと、教授の魔力を感じた。
教授はあっさりと貸出カウンターへ向かっていった。アルヒードも貸出カウンターに向かい、本を借りた。
派手で高火力の魔法と地味だが堅実な魔法の本だ。この二つを上手く組み合わせたら、きっといい御前試合ができる気がする。
アルヒードは教授に撫でられた頭を撫でて、小さく口角を上げた。

御前試合はそれなりにいいところまで進んだが、第五試合で負けてしまった。それでも百人近く出場した試合で十位以内にはなれたので、まずまずの結果と言えるだろう。自分の課題も見つかったし、来年を目指してまた頑張ればいい。

御前試合が終われば、冬季休みに入る。アルヒードは寮に残る。
アルヒードは自分の家族と折り合いがよくない。両親は二つ下の妹ばかりを可愛がっており、アルヒードに興味がない。妹は自分だけが両親に愛されていると喧嘩をふっかけてくるから鬱陶しい。アルヒードは、同じ魔法使いで理解のある伯父の援助で学校に通っている。

冬季休みの寮は殆ど人がおらず、とても静かだ。
アルヒードは冬季休みに入ってから、毎日図書館に通っている。少しでも効率のいい魔法発動の手段を見つけたいのと、何故か毎日いる教授に会いたいからだ。
今日も教授は図書館の日当たりがいい椅子に座っていた。教授の鮮やかな魔力がなんだかキラキラしているように見える。

本に目を落としていた教授が、アルヒードに気づいた。


「やぁ。アルヒード君。毎日頑張るね」

「いえ。やることがないだけです」

「ふーん?……君の魔力はいつも穏やかだね」

「え?」

「まるで柔らかい風に波打つ麦穂のようだ」

「……教授も魔力の色が見えるんですか?」

「見えるよ」

「……麦穂ってどんな色なんですか?」

「ん?麦穂を見たことがない?」

「麦穂は見たことがあります。僕は色盲です。何故か魔力の色は見えるけど」

「そうか。……そうだね……暖かい実りの色だよ」

「いまいちよく分かりません」

「ふふっ。難しいな。僕は詩人ではないから。んー。僕の好きな色かな」

「そ、そうですか。教授の魔力は何色なんですか?」

「僕?緑色だよ。木の葉っぱの色。新緑の頃が一番近いかな」

「僕も教授の色が一番好きです」

「おや。ありがとう。……ふむ。アルヒード君」

「はい」

「君、暇なら僕とデートでもしてみるかい?」

「え?」

「この図書館の地下書庫にでも」

「それってデートなんですか?」

「デートだと思えば、なんだってデートさ。地下書庫はすごいよ。まだ入ったことがないだろう?特別に同行させてあげよう」

「ありがとうございます」

「勉強熱心な子は応援したくなるよね」


ふふっと笑った教授が立ち上がり、並んで地下書庫へと歩き始めた。

毎日、図書館で教授と地下書庫デートをするようになった。デートといっても、教授が読みたい本を探したり、自分が読みたい本を探して、薄暗い地下書庫の床に並んで座って、本を読むだけのことだ。だが、アルヒードは毎日が楽しかった。教授の鮮やかな色を見るのも、穏やかな教授の話し声も、よくよく見れば整っている顔立ちも、笑うと鼻の上のあたりがくしゃってなるところを見るのも、すごく嬉しくて、胸の奥がじんわりと温かくなるような気がした。


「教授は何歳なんですか?」

「ん?そろそろ三十だね」

「ご結婚は?」

「してないし、する予定もないね」

「モテそうなのに」


アルヒードがそう言うと、教授がクックッと笑って、隣に座っているアルヒードの耳元に顔を寄せた。ふわりと爽やかな香水の香りが鼻を擽り、教授の吐息がアルヒードの耳に触れた。


「僕は男しか愛せないから結婚なんてできないよ」


アルヒードはピシッと固まった。
同性しか愛せない人がいるということは知っている。でも、同性同士では結婚ができないし、『気持ち悪い』と白い目で見られるものだということも知っている。何故、教授はそんな秘密をアルヒードに教えてくれたのだろうか。
アルヒードがギギギッと壊れかけのブリキの人形のような動きで教授の方へと向くと、教授が可笑しそうに笑った。


「一応秘密にしておいてね」

「……じゃあ何で話したんですか」

「さてね。……さぁ、そろそろ今日はおしまい。明日またおいで」

「あ、はい」


教授に頭をやんわりと撫でられて、アルヒードは本を閉じて立ち上がった。


「アルヒード君」

「はい?」

「君が卒業したら、理由を教えてあげるよ」


教授が楽しそうに笑って、まるでアルヒードを抱きしめるかのように、鮮やかな緑色の魔力でアルヒードの身体を包み込んだ。
不思議な心地よさに、アルヒードがほぅと小さく息を吐くと、教授が嬉しそうに笑って、手を差し伸べてきた。アルヒードは反射的にその手を握った。


「早く大人になっておくれよ」

「大人になったら、どうする気ですか」

「それはその時のお楽しみだね」


アルヒードは教授と手を繋いで、地下書庫から出た。

寮の自室に戻り、教授と繋いだ手を眺める。教授の魔力がほんの少しだけ残っていて、鮮やかな緑色とくすんだ麦穂の色が混ざっている。
アルヒードは教授の笑顔を思い浮かべて、ぼっと顔が赤くなった。

卒業まであと一年。大人になるまであと一年。
大人になったら、きっとアルヒードに大事な人ができる。未だに手に柔らかくまとわりついている鮮やかな色が、アルヒードのものになる。そんな予感に、アルヒードは期待と照れで身悶えた。


(おしまい)
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