残念美人と歩む道

丸井まー(旧:まー)

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公爵家の敷地内にはサンガレア領軍本部とサンガレア領の公的機関のトップである総合庁の建物がある。サンガレア領軍本部近くにある大きな馬小屋で馬を借りて、馬に乗って街まで行く。領館は小高い丘の上にあり、その麓に大きな街が形成されている。

街の入り口に馬を預かってくれる所があるので、そこに馬を預けてからディリオと共に通称・中央の街と呼ばれている街に入る。街中では基本的に馬や馬車の使用は禁じられている。例えそれが王公貴族であっても例外ではない。街は王都のように石畳があるわけではなく、土の道を皆歩いていた。踏み固められた道を歩いて、街の入り口から然程離れていない服屋に入った。
1階が子供服と紳士服、2階も紳士服で、3階は女性服が売られている。ディリオの後をついて、まずは2階で下着を買った。ディリオはお洒落好きな上に、人の服を選ぶのも好きなのだそうで、ナイルの下着以外の服は全部ディリオが選んだ。ディリオが生き生きとした様子で服を何着も持ってきては、試着コーナーでナイルに試着させた。完全に着せ替え人形状態だ。ディリオが納得のいくナイルの服が集まると、今度は自分の服を選びに行った。ナイルは会計前の大量の服を大きな籠に入れて、店内にあった椅子にぐったりと腰かけた。……疲れた。何度も試着することがこんなにも疲れる事とは知らなかった。少なくとも10回は上も下も全部着替えている。ナイルは背が低く、身体が細い。普通の大人用の服では身体に合わないため、子供用(中学生くらいを対象とした)の服しか着ることができない。背は低くても顔は普通に20代半ばだから、当然服が若々しすぎて違和感がある。普段自分で買うときは無地の白い襟つきシャツと同じく無地の黒いズボンしか買わない。ディリオが選んだ服は多分ナイルに似合っているのだろうが、ナイルが普段買わないような、色やデザインのものばかりだった。渋い赤の刺繍いりのシャツなんて生まれて初めて着るかもしれない。せめて背が平均身長あれば、普通に年相応の紳士服を買えるのだが、こればかりは仕方がない。ちなみに軍服は全部特注だ。

椅子に座ってぼんやりしていると、山のような服を両手に抱えたディリオが戻ってきた。


「……それ全部買うのか?」

「はい」

「多くないか?」

「そうですか?まぁ、こうやって服を買うのが久しぶり過ぎて、ちょっとテンション高めではありますけど」

「ちょっと、じゃないだろ」

「ちょっと、ですよ」

「まぁ、トリット領はまともな店がないしな」

「そうなんですよ!ド田舎とはいえ、ありえないくらい店がないし!数少ない服屋覗いても、本っ当!ださいのばっかで!」

「サンガレアはやっぱり都会だな」

「街から1歩出れば畑と田んぼと山しかありませんよ」

「そうなのか?」

「はい。ここ中央の街と領地内にいくつかある大きめの街以外は普通に田舎です」

「ふーん」

「さ、会計しに行きましょ。帰ったら晩飯前に家系図見とかないと」

「あぁ」


ディリオに促されて、服の入った籠を手に立ち上がる。会計は1階だ。階段を降りて、カウンターに籠を置いて、会計してもらう。服の枚数の割には安くで済んだ。王都のまともな店だったら多分もっと高いはずだ。買った服を紙袋に入れてもらって、店を出た。
来た道を戻り、街の入り口で馬を引き取り、馬に乗って領館へと戻る。公爵家の敷地のすぐ隣に今は聖地神殿と呼ばれている旧大神殿がある。転移陣は聖地神殿の中の一室にあったので、一応神殿の中を少しは見たが、外観はまだ見ていなかった。石造りの荘厳な雰囲気の大きな建物だ。できたら明日にでも参拝しておきたい。聖地神殿と公爵家の敷地は街から見ると小高い丘の上にある。緩やかな傾斜の道を馬で進みながら、ディリオがサンガレアの街の説明をする。ナイルはそれを聞きながら、またじわじわと緊張してきた。今からまたマーサ様と公爵家の方々と会うのだ。粗相してしまわないかだけが心配である。

馬を馬小屋に返し、いくつもある紙袋を両手に持って、1度部屋に戻った。手早く服をチェストに入れて、部屋を出る。隣のディリオの部屋をノックしようとしたら、ノックする前にドアが開いてディリオが部屋から出てきた。


「今から母屋行きますよ。食事はだいたい母屋なんです」

「分かった」

「ばあ様が家系図を用意してくれてるでしょうから、とりあえず頭に叩き込んでくださいね」

「……あぁ」


名前を間違えて覚えたりしたら、かなり失礼である。ナイルは全力で脳ミソに叩き込む覚悟をした。
ディリオの案内で母屋に行く。母屋に入り、居間と思われる部屋に入った。大きなテーブルの上に、大きな本が4冊置いてあった。ディリオが本を手に取る。4冊とも色が違い、緑、青、黄色、赤の4色だった。ディリオが手に取ったのは黄色い本だ。


「これが家の家系図です。顔写真と名前と職業が載ってますから、頭に叩き込んでください」

「あぁ」

「それで、こっちが風の神子のフェリ様んとこの家系図でー、こっちが水の神子のマルク様んとこでー、これが火の神子のリー様んとこのやつ」

「……なぁ」

「はい?」

「なんで他の神子様の家系図があるんだ」

「うちの家に出入りしてるからですけど」

「……マジで?」

「マジで。神子様に限らず、うちの家には土の宗主国の王族だけじゃなくて、他国の王族の方も普通に来ますよ」

「……嘘だろおい」

「残念。マジなんだなこれが」

「なんでだ」

「神子様4人って兄妹みたいな関係なんですよ。実際、ばあ様はフェリ様のこと、兄さんって呼んでるし。フェリ様が長男、ばあ様が長女、マルク様が次男で、リー様が末っ子。みたいな?そんな感じです」

「…………」

「そんで、神子様って両性具有なんですよ。だから元男のフェリ様達も皆出産経験してて、子供が何人もいるんですよ。出産はうちの家で皆してるから、まぁぶっちゃけ、ここで産まれた神子の子供にとっては第2の実家的な感じなんですよねー」


だから普通に皆来ますよーと、のほほんと言うディリオに腹が立つ。そういうことはもっと先に言えよ。心の準備ができないではないか。かなりヤバイ所に来てしまった。死ぬ気で顔と名前を覚えねばならない。粗相をしたら首が物理的に飛ぶかもしれない。
ナイルは必死の形相で、4冊ある家系図を読み込んだ。

かなりの人数の顔と名前と職業を覚えた頃に、かなり背が高い女が居間に入ってきた。緩やかに波打つ豊かな美しい明るめの茶色の髪に、どことなくサンガレア公爵に似ている美しい顔立ち。記憶に間違いがなければ、四女のサーシャ様だ。聖地神殿に保管されている古文書の研究者兼小説家をしている。


「はぁい!ディー!おかえりー!」

「ただいま!サーちゃん!」


サーシャ様とディリオが笑顔でハグをして、頬にキスをしあう。ディリオにとっては叔母にあたる方だ。


「サァーちゃん。紹介するよ。ナイル・バーニアン班長。俺の直属の上司」

「初めまして。ナイル・バーニアンと申します」

「初めましてー。ディリオの叔母のサーシャでーす。よろしくー」


サーシャ様が手を差し出した。軽く握って握手する。……気のせいか、サーシャ様の手に剣だこがあるような……?内心首を捻る。女が剣を使うわけがない。小説家というから、きっとぺんだこと間違えたのだ。ナイルはそう思うことにした。


「ナイル君って呼んでいいかしら?」

「はい」

「皆、食堂に集まってるの。ナイル君、家系図見てたんでしょ?もう顔と名前覚えた?」

「一通りは覚えました」

「あら。記憶力がいいのね。まぁ、名前とか間違えても別に誰も怒らないから。気楽に構えててよ」

「はい」

「じゃあ、2人とも。食堂に行きましょ」

「はーい」

「はい」


いよいよ公爵家の面々とのご対面だ。
ナイルは気合いを入れるように、ぎゅっと拳を握りしめた。
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