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黒い男再び
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サンガレアは新しい年を迎えた。
カミロは今年も年末年始の休みをイアソンに世話になりつつ、イアソンの趣味の魔導製品開発の手伝いをして過ごしている。
新年を迎えて4日目の昼過ぎ。カミロは玄関の呼び鈴の音で目が覚めた。昨日はイアソンがかなりノッていて、結局一晩中イアソンに付き合い、寝る為に自宅に戻ったのは朝日が完全に昇ってからだった。呼び鈴の音で目覚めて、ベッドのヘッドボードに置いてある目覚まし時計を見て時間を確認してからカミロは起き上がってベッドから下りた。イアソンが呼びに来たのだろうか。
玄関のドアの覗き穴を確認することなく、カミロは玄関のドアを開けた。
そこには『黒い男』ジャファーが立っていた。
「久しぶり。2日くらい泊めてくんない?」
「…………」
「年明けだし、実家にいたんだけどさぁ。父様達が剣の稽古しようってしつこくて。面倒だから抜け出したんだけど、家はディオとドリーがいるんだよね。あ、ドリーってディオの恋人の名前ね。あの2人、ゆっくり過ごすの久しぶりだからさぁ。すげぇイチャイチャしてっし、居心地悪いから家も出てきたんだよ。つーことで泊めて」
「……あぁ」
「ありがと。助かるわ。あ、食い物は肉とか野菜とか米とか持ってきたし。あとキレイなシーツとか掃除道具とか。とりあえずアンタの家、掃除するわ」
「……あぁ」
「アンタ1人で過ごしてたの?」
「……いや。イアソン先輩の所にいた。寝る時以外。魔導製品開発の手伝いをしている」
「ふーん。じゃあイアソンさんにも挨拶しとくか。なんなら俺が飯作るよ。これでもそれなりに上手いから」
「……あぁ」
「イアソンさん家どこ?」
「……隣」
「ふーん。じゃあ早速行くか」
「……あぁ」
なんだか咄嗟に頷いてしまった。突然現れたジャファーに驚きすぎて、思考が停止してしまっているカミロは、ジャファーに言われて玄関から出て、隣のイアソンの家の玄関の呼び鈴を押した。
眠そうな顔のイアソンがすぐに玄関のドアを開け、ジャファーの顔を見て驚いた顔をした。
「あれー?ジャファー様じゃないですか」
「どーも。久しぶり」
「どうしたんです?」
「カミロの家に泊めてもらおうと思って。家はディオの恋人が来てるんだよ。ドリーは普段王都住まいでさ。ゆっくりディオと過ごすの久しぶりなんだよね」
「あ、それ絶対セックスするやつ」
「だよね。なんか2人の空気が甘いし、気まずいから出てきたんだよ」
「ご実家は?」
「父様達が剣の稽古にしつこく誘ってくるから抜け出してきた。俺そんなに剣好きじゃないんだよね」
「なるほど」
「イアソンさん、カミロと一緒に過ごしてるんでしょ。なんなら飯作るけど。多めに材料持ってきてるし。台所貸してもらえれば作るよ」
「マジっすかー。すげぇ助かります。年末年始の休みはいっつも毎日水炊きなんで」
「マジか。キツくない?」
「それしか作れないんで」
「わぉ。とりあえずカミロの家掃除して洗濯したら飯作るよ。イアソンさんの家も掃除しないとヤバいくらい汚い?」
「いや。俺、気管支がちょっと弱いんで。埃っぽい部屋にいると咳が出るんすよ。だから掃除と洗濯は小まめにしてるから大丈夫っす」
「なるほど」
「なんなら俺の家に泊まります?ついでだから、ちんこ貸してください。暫くヤってないから溜まってて」
「普通に嫌。カミロと寝るわ」
「えー。寝っ転がってるだけでいいっすよ?」
「嫌。カミロと寝る」
「残念。あ、でも一応カミロは未婚の女ですよ。ちょっとまずくないですか?」
「別に何もしないし。一緒のベッドに寝るだけ。雑魚寝と一緒でしょ」
「んーーー。……ま、いっか。じゃあ、飯お願いしますね。俺ら、俺ん家で魔導製品弄ってるんで。台所は適当に使ってください」
「うん。ありがと」
カミロの思考能力が戻ってきたのは、ジャファーがカミロの家を掃除しにいなくなって、イアソンと共に開発中の魔導製品の新しい魔術陣の実験をしている時のことであった。
何故か2日もカミロはジャファーと同じベッドで寝ることになっている。何がどうしてそうなったのか。カミロは首を傾げた。
ーーーーーー
「イアソンさん。この家、調味料が醤油と酢しかなかったんだけど」
「一応、塩もあったでしょ?」
「あったけどガッチガチに固まってた。いつ買ったやつなんだよ」
「え、さぁ?」
「えぇぇぇぇ……」
いつの間にかイアソンの家に来ていたジャファーがいい匂いのする大きな鍋を両手に持って、カミロ達が作業していたテーブルへとやって来た。適当にテーブルの上を片付けて、イアソンが卓上魔導コンロをテーブルの上に置き、その上にジャファーが湯気の立つ鍋を置いた。
「使える調味料が醤油と酢しかないから結局鍋だよ。鶏団子の醤油鍋」
「おー!すげぇ旨そうっすね。水炊き以外の鍋って、めちゃくちゃ久しぶりだなぁ」
「本当に毎年水炊きしか食わないの?」
「一応食いますよ。缶詰めとか。即席スープとか。いやぁ、今はいい時代ですよねー。昔は調理済みの料理が入った缶詰めとか、お湯入れるだけで飲めるスープとかなかったし」
「それいつ頃の話?」
「えー?ざっと数百年は前っすね」
「大昔じゃん」
「そうでもないっすよ」
「まぁ、いいや。食べよう。追加の具は肉も野菜もいっぱいあるし、米も炊いてる。卵も持ってきてよかったよ。〆は米と卵入れて雑炊ね」
「最高!ありがとうございます!」
「いーえ」
カミロはジャファーから鍋の具材と汁をよそってくれた深い皿を受け取った。初めて食べる料理である。研究所の食堂では『鍋』という料理は出ない。どうやら『鍋』というものは色んな種類があるようだ。
薄い茶色の汁を飲んで、カミロはほぅ、と小さく息を吐いた。美味しい。鶏肉の味と野菜の味が優しく合わさっていて、本当に美味しい。鶏団子は食堂で食べたことがあるので知っている。鶏団子も美味しく、野菜もどれも美味しかった。無言で夢中で食べて、用意していた具材が無くなったら、汁に米を入れて卵を入れた雑炊をジャファーが作ってくれた。これもすごく美味しい。なんなら毎日これでいいと思うくらい美味しい。カミロは満腹になった腹を撫で、ふぅ、と小さく満足げな吐息を吐いた。
「旨かった?」
「あぁ」
「なら、よかった」
ジャファーが満足そうな雰囲気で笑った。見慣れない黒い瞳にあるのは、『嬉しい』という感情だろうか。
「明日の午前中にこっそり家に戻って調味料とってくるわ。カミロの家に調味料も調理器具もないのを忘れてたのが、そもそもの失敗だった。醤油と酢しかないのはキツいもんがある。朝はガッチガチの塩をなんとかして、おにぎりかな」
「やー。助かります。あ、なんなら俺の分のおにぎり作ってもらえたら、明日は来るのは昼過ぎでいいっすよ。結構いい感じのところまで作業進みましたし、久しぶりに今夜は1人で遊ぶんで」
「あー……じゃあ昼過ぎに来るわ。部屋の換気はしといてよ。一応」
「りょーかいでーす」
「つーわけだから。カミロ。まだ読んでない魔術書あるだろ。明日は昼過ぎからでいいから、暇潰しに読みたいのを持っていっていいぞ」
「……ありがとうございます」
ジャファーが後片付けをして、3人分の大量のおにぎりを量産している間に、カミロは借りて帰るイアソンの魔術書を選び、切りがいいところまで作業の続きをしてから、ジャファーと共にイアソンの家を出た。
イアソンが言っていた『1人で遊ぶ』とは何をするのだろうか。よく分からないが、わざわざ聞く程のことでもないだろうとカミロは気にしないことにした。
隣の自宅に戻って、カミロは驚いて目を見開いた。埃の匂いがしない。白っぽかった床は本来の木の色に戻っているし、ベッドのシーツも枕カバーも真っ白だ。風呂場を覗いてみれば、黒っぽかったり、白かったりしていたあちこちが、ここに住み始めたばかりの頃のようになっている。洗濯籠に山積みだった洗濯物もないし、トイレに行けばなんだかキレイだし、台所に行ってみてもキレイな感じになっていた。カーテンを開けてベランダを見れば、洗濯物で外が見えない程洗濯物が干してあった。いつ洗ったのか記憶にない黄色っぽくなっていたシーツが白く浮かんでいる。
家の中を見て回るカミロを余所に、部屋の角に置いてある大きなリュックから何かを取り出していたジャファーがカミロに声をかけてきた。
「酒持ってきたし飲もうぜ。旨い干し肉もあるよ」
カミロはジャファーを見て、目をパチパチさせた。
カミロは今年も年末年始の休みをイアソンに世話になりつつ、イアソンの趣味の魔導製品開発の手伝いをして過ごしている。
新年を迎えて4日目の昼過ぎ。カミロは玄関の呼び鈴の音で目が覚めた。昨日はイアソンがかなりノッていて、結局一晩中イアソンに付き合い、寝る為に自宅に戻ったのは朝日が完全に昇ってからだった。呼び鈴の音で目覚めて、ベッドのヘッドボードに置いてある目覚まし時計を見て時間を確認してからカミロは起き上がってベッドから下りた。イアソンが呼びに来たのだろうか。
玄関のドアの覗き穴を確認することなく、カミロは玄関のドアを開けた。
そこには『黒い男』ジャファーが立っていた。
「久しぶり。2日くらい泊めてくんない?」
「…………」
「年明けだし、実家にいたんだけどさぁ。父様達が剣の稽古しようってしつこくて。面倒だから抜け出したんだけど、家はディオとドリーがいるんだよね。あ、ドリーってディオの恋人の名前ね。あの2人、ゆっくり過ごすの久しぶりだからさぁ。すげぇイチャイチャしてっし、居心地悪いから家も出てきたんだよ。つーことで泊めて」
「……あぁ」
「ありがと。助かるわ。あ、食い物は肉とか野菜とか米とか持ってきたし。あとキレイなシーツとか掃除道具とか。とりあえずアンタの家、掃除するわ」
「……あぁ」
「アンタ1人で過ごしてたの?」
「……いや。イアソン先輩の所にいた。寝る時以外。魔導製品開発の手伝いをしている」
「ふーん。じゃあイアソンさんにも挨拶しとくか。なんなら俺が飯作るよ。これでもそれなりに上手いから」
「……あぁ」
「イアソンさん家どこ?」
「……隣」
「ふーん。じゃあ早速行くか」
「……あぁ」
なんだか咄嗟に頷いてしまった。突然現れたジャファーに驚きすぎて、思考が停止してしまっているカミロは、ジャファーに言われて玄関から出て、隣のイアソンの家の玄関の呼び鈴を押した。
眠そうな顔のイアソンがすぐに玄関のドアを開け、ジャファーの顔を見て驚いた顔をした。
「あれー?ジャファー様じゃないですか」
「どーも。久しぶり」
「どうしたんです?」
「カミロの家に泊めてもらおうと思って。家はディオの恋人が来てるんだよ。ドリーは普段王都住まいでさ。ゆっくりディオと過ごすの久しぶりなんだよね」
「あ、それ絶対セックスするやつ」
「だよね。なんか2人の空気が甘いし、気まずいから出てきたんだよ」
「ご実家は?」
「父様達が剣の稽古にしつこく誘ってくるから抜け出してきた。俺そんなに剣好きじゃないんだよね」
「なるほど」
「イアソンさん、カミロと一緒に過ごしてるんでしょ。なんなら飯作るけど。多めに材料持ってきてるし。台所貸してもらえれば作るよ」
「マジっすかー。すげぇ助かります。年末年始の休みはいっつも毎日水炊きなんで」
「マジか。キツくない?」
「それしか作れないんで」
「わぉ。とりあえずカミロの家掃除して洗濯したら飯作るよ。イアソンさんの家も掃除しないとヤバいくらい汚い?」
「いや。俺、気管支がちょっと弱いんで。埃っぽい部屋にいると咳が出るんすよ。だから掃除と洗濯は小まめにしてるから大丈夫っす」
「なるほど」
「なんなら俺の家に泊まります?ついでだから、ちんこ貸してください。暫くヤってないから溜まってて」
「普通に嫌。カミロと寝るわ」
「えー。寝っ転がってるだけでいいっすよ?」
「嫌。カミロと寝る」
「残念。あ、でも一応カミロは未婚の女ですよ。ちょっとまずくないですか?」
「別に何もしないし。一緒のベッドに寝るだけ。雑魚寝と一緒でしょ」
「んーーー。……ま、いっか。じゃあ、飯お願いしますね。俺ら、俺ん家で魔導製品弄ってるんで。台所は適当に使ってください」
「うん。ありがと」
カミロの思考能力が戻ってきたのは、ジャファーがカミロの家を掃除しにいなくなって、イアソンと共に開発中の魔導製品の新しい魔術陣の実験をしている時のことであった。
何故か2日もカミロはジャファーと同じベッドで寝ることになっている。何がどうしてそうなったのか。カミロは首を傾げた。
ーーーーーー
「イアソンさん。この家、調味料が醤油と酢しかなかったんだけど」
「一応、塩もあったでしょ?」
「あったけどガッチガチに固まってた。いつ買ったやつなんだよ」
「え、さぁ?」
「えぇぇぇぇ……」
いつの間にかイアソンの家に来ていたジャファーがいい匂いのする大きな鍋を両手に持って、カミロ達が作業していたテーブルへとやって来た。適当にテーブルの上を片付けて、イアソンが卓上魔導コンロをテーブルの上に置き、その上にジャファーが湯気の立つ鍋を置いた。
「使える調味料が醤油と酢しかないから結局鍋だよ。鶏団子の醤油鍋」
「おー!すげぇ旨そうっすね。水炊き以外の鍋って、めちゃくちゃ久しぶりだなぁ」
「本当に毎年水炊きしか食わないの?」
「一応食いますよ。缶詰めとか。即席スープとか。いやぁ、今はいい時代ですよねー。昔は調理済みの料理が入った缶詰めとか、お湯入れるだけで飲めるスープとかなかったし」
「それいつ頃の話?」
「えー?ざっと数百年は前っすね」
「大昔じゃん」
「そうでもないっすよ」
「まぁ、いいや。食べよう。追加の具は肉も野菜もいっぱいあるし、米も炊いてる。卵も持ってきてよかったよ。〆は米と卵入れて雑炊ね」
「最高!ありがとうございます!」
「いーえ」
カミロはジャファーから鍋の具材と汁をよそってくれた深い皿を受け取った。初めて食べる料理である。研究所の食堂では『鍋』という料理は出ない。どうやら『鍋』というものは色んな種類があるようだ。
薄い茶色の汁を飲んで、カミロはほぅ、と小さく息を吐いた。美味しい。鶏肉の味と野菜の味が優しく合わさっていて、本当に美味しい。鶏団子は食堂で食べたことがあるので知っている。鶏団子も美味しく、野菜もどれも美味しかった。無言で夢中で食べて、用意していた具材が無くなったら、汁に米を入れて卵を入れた雑炊をジャファーが作ってくれた。これもすごく美味しい。なんなら毎日これでいいと思うくらい美味しい。カミロは満腹になった腹を撫で、ふぅ、と小さく満足げな吐息を吐いた。
「旨かった?」
「あぁ」
「なら、よかった」
ジャファーが満足そうな雰囲気で笑った。見慣れない黒い瞳にあるのは、『嬉しい』という感情だろうか。
「明日の午前中にこっそり家に戻って調味料とってくるわ。カミロの家に調味料も調理器具もないのを忘れてたのが、そもそもの失敗だった。醤油と酢しかないのはキツいもんがある。朝はガッチガチの塩をなんとかして、おにぎりかな」
「やー。助かります。あ、なんなら俺の分のおにぎり作ってもらえたら、明日は来るのは昼過ぎでいいっすよ。結構いい感じのところまで作業進みましたし、久しぶりに今夜は1人で遊ぶんで」
「あー……じゃあ昼過ぎに来るわ。部屋の換気はしといてよ。一応」
「りょーかいでーす」
「つーわけだから。カミロ。まだ読んでない魔術書あるだろ。明日は昼過ぎからでいいから、暇潰しに読みたいのを持っていっていいぞ」
「……ありがとうございます」
ジャファーが後片付けをして、3人分の大量のおにぎりを量産している間に、カミロは借りて帰るイアソンの魔術書を選び、切りがいいところまで作業の続きをしてから、ジャファーと共にイアソンの家を出た。
イアソンが言っていた『1人で遊ぶ』とは何をするのだろうか。よく分からないが、わざわざ聞く程のことでもないだろうとカミロは気にしないことにした。
隣の自宅に戻って、カミロは驚いて目を見開いた。埃の匂いがしない。白っぽかった床は本来の木の色に戻っているし、ベッドのシーツも枕カバーも真っ白だ。風呂場を覗いてみれば、黒っぽかったり、白かったりしていたあちこちが、ここに住み始めたばかりの頃のようになっている。洗濯籠に山積みだった洗濯物もないし、トイレに行けばなんだかキレイだし、台所に行ってみてもキレイな感じになっていた。カーテンを開けてベランダを見れば、洗濯物で外が見えない程洗濯物が干してあった。いつ洗ったのか記憶にない黄色っぽくなっていたシーツが白く浮かんでいる。
家の中を見て回るカミロを余所に、部屋の角に置いてある大きなリュックから何かを取り出していたジャファーがカミロに声をかけてきた。
「酒持ってきたし飲もうぜ。旨い干し肉もあるよ」
カミロはジャファーを見て、目をパチパチさせた。
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