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『デート』

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秋の豊穣祭の日がやって来た。
数日前に『遊び』に来たジャファーが指定した迎えの時間の1時間前に起きたカミロは、シャワーを浴びてからミーケと共に買いに行った服に着替えた。
白い襟つきのシャツを着て、黒い細身のズボンを穿き、新たに買った茶色のサンダルを履く。サンダルは足首の所にベルトがついており、足に固定できるので脱げにくく歩きやすいそうだ。シャツの上から芥子色のゆったりとしたボタンがない裾が膝のあたりまであるカーディガンを羽織る。今年の秋は裾が長いカーディガンと細身のズボンが流行っているらしい。
選んだのは服屋の店員ではなくミーケだ。服屋の店員に以前イアソンが言っていた台詞を言おうとしたら何故か止められた。ミーケが選んでくれると言うので、ミーケに頼んだ。
ズボンの尻ポケットに財布と家の鍵を突っ込んだら準備完了である。
ジャファーが来る時間まであと20分程ある。魔術書でも読もうかと自分の本棚を眺めていると、玄関の呼び鈴が鳴った。イアソンだろうか。ジャファーはいつも呼び鈴など鳴らさずに勝手に鍵を開けて入ってくる。

玄関に向かい、ドアの覗き穴を確認せずにドアを開けると、ジャファーがいた。カミロは思わず目をパチパチさせた。


「よぉ。少し早めに着いた」

「あぁ」

「準備できてるなら行く?」

「あぁ」


豊穣祭では屋台が沢山あるというので、朝食は食べていない。正直かなり空腹である。
ジャファーは普段とは違い、官舎のすぐ側に馬を連れてきていた。普段はちゃっかり魔術研究所敷地内の馬小屋に預けている。ジャファーの馬を見るのは2度目だ。確かプルートという名前だったか。ジャファーと同じで真っ黒い馬だ。
ジャファーに馬に乗せてもらい、ジャファーに後ろから抱き締められるような感じで馬に揺られて中央の街まで移動する。途中で追い越した馬車には人が沢山乗っていた。中央の街の入り口に近づくにつれ、馬車や歩く人の人数が増えていく。
街の入り口の馬小屋にはジャファーが事前に頼んでいたようで、すんなり馬を預けることができた。チラリと見た馬小屋には馬が沢山いた。
街の入り口だというのに、既に人が大勢いる。馬を預けてきたジャファーが馬を降りた所で突っ立ったままだったカミロの側にきて、カミロの手を握った。


「何」

「何が?」

「手」

「人多いし。デートだし」

「そういうものか」

「そういうもんだよ」


カミロの家の外なのに突然手を握ってきたジャファーを不審に思ったが、カミロは『デート』とは手を繋ぐものなのかと、なんとなく納得して、ジャファーに手を引かれるままに、ジャファーと手を繋いで並んで歩き始めた。
大きい通りはどこを見ても人だらけだ。


「とりあえず、どうする?」

「朝食が食べたい」

「なら屋台だな。その後で公的機関のブースでも見に行くか。あ、夕方くらいまで母様が特設ステージに居るぞ。屋台や公的機関のブースで販売してるもんの紹介したり、イベントの司会進行してる」

「イベント?」

「今年は確か料理大会があるらしい。あとは毎年、飛び入り参加も有りの素人歌合戦と花街の玄人歌合戦、本職の楽団の演奏会に大道芸、子供達の演劇がある。どれか見たいものあるか?」

「タイミングがあったものでいい」

「りょーかい。露店がいっぱい並んでいる所もある。結構面白いもんがゴロゴロしてるよ」

「なるほど」

「あ、あそこら辺が屋台が並んでるとこ。どれから食う?」

「任せる。知らないものの方が多い」

「ん。俺も朝飯まだだしな。とりあえず腹に溜まるもんから食っていくか。酒はどうする?」

「一通り見てからでいい」

「それもそうか。一応朝から酒は売ってるけど、夕方からの方が本格的に売り出すしな。普段はバーで働いてる奴らが屋台でカクテル売ったりもしてる」

「なるほど」

「とりあえず串焼き食おう。あそこの屋台は昔っからあって、タレ焼きが旨いんだ」

「あぁ」


カミロはジャファーと手を繋いだまま、串焼きの屋台の前に移動した。串焼きを買って歩きながら食べつつ、次の屋台に移動し、そこでも買って、食べながらまた歩いて、を繰り返した。そこそこ腹が満ちると、小学校の校庭にある公的機関のスペースに移動した。

各公的機関では秋の豊穣祭の時に、領地からの予算以外の予算を確保する為、各々に関連した商品を販売している。例えば、魔術研究所ならば正式な販売前の比較的安価な魔導製品であったり、薬事研究所ならば手荒れ防止の軟膏や基礎化粧品と呼ばれるもの等、領軍は魔術研究所と共同開発した防犯ブザーとかいうものだったり、総合庁はオリジナルデザインの家計簿とかいう本だったりと様々である。それ以外にも、各公的機関に各々『マスコットキャラクター』なるものがあるらしく、そのぬいぐるみ等のグッズや、『マスコットキャラクター』がその公的機関の仕事や役割などを説明している子供向けの絵本などが販売されているとか。因みに各公的機関の『マスコットキャラクター』は土の神子マーサと風の神子フェリが作ったらしい。発案がマーサで、絵が得意なフェリがデザインを描いたのだそうだ。『マスコットキャラクター』は結構人気らしく、全種類のぬいぐるみやグッズを集めているマニアもいるのだとか。全てジャファーが買い食いしながら教えてくれた。

小学校の校庭は人が多く、とても賑わっていた。とりあえず1番近い場所にある植物研究所のブースを覗いてみる。植物研究所のブースでは観葉植物という室内で育てる小さな鉢植えの植物や研究所で品種改良したという野菜や花の種が数種類売られていた。ジャファーは5種類ある野菜の種を全種類迷わず買った。


「どれがいい?」

「何が」

「観葉植物。アンタん家に置く。アンタん家の部屋、物がなくてめちゃくちゃ殺風景だし」

「……そんなことはない」


カミロの家はジャファーが勝手に持ち込んだ物でかなり物が増えている。ジャファーは4人用だというテーブルや椅子まで持ち込んでいる。台所は完全にジャファーのテリトリーと化しているし、風呂場に置いている石鹸やシャンプーも気づいたら以前と違うものに変わっていた。


「世話の仕方は説明書貰えるし。なんなら俺が世話するよ」

「……いや」

「どれ?」

「……………………これ」


カミロはジャファーの視線の圧に負けて、適当に観葉植物を指差した。明るい黄色の鉢に植えてある植物はテーブルヤシという名前らしい。ジャファーが植物研究所の職員に金を渡してから、袋に入った小さな観葉植物を受け取った。
ジャファーは領軍ブースでもカミロにひよこデザインの防犯ブザーというものを買い、医学研究所ブースでは家庭用救急箱セットというものを買った。家庭用救急箱セットもカミロの家に置くらしい。手ぶらで来たのに、荷物がどんどん増えていく。


「あ、ぬいぐるみもいる?」

「いらない」

「可愛いよ」

「いらない」


ぬいぐるみは頑として断った。
ジャファーと片手を繋ぎ、反対側の手は防犯ブザーが入った袋だけを持っている。観葉植物と家庭用救急箱セットはジャファーが持っている。
薬事研究所ブースに行くと、商品が並べてある所の前にジャファーと同じ黒髪の女がいた。ジャファーがカミロの手を握ったまま、黒髪の女に近づいた。黒髪の女の隣には金髪の髪が長い風の民もいる。


「スイーシャ」

「あら、ジャファー」


振り返った女がジャファーの顔を見て微笑んだ。


「来てたのね。一緒の人はもしかしてカミロって子?アイーシャがよく話してた」

「そう。カミロ。同い年の姉のスイーシャ」

「こんにちは。スイーシャよ。貴方の名前はよくアイーシャから聞いてたの。高等学校の試験の後とかに」

「……カミロ・リベロです」

「ジャファーとお友達なのね。マイペース過ぎるところがあるけど、仲良くしてあげてね」

「はぁ……」

「ベルさんも来てたんだ。今の時期って風の宗主国も豊穣祭とかで忙しいんじゃないの?」

「まぁね。ちょっと父上に我が儘言って来ちゃった。サンガレアの豊穣祭は見たことなかったし。スイーシャに案内してもらってるんだ」

「へぇ。あ、カミロ。こっちはベルトルドさん。風の宗主国の王太子」

「カミロ・リベロです」

「初めまして。ベルトルドだよ。一応お忍びだから呼ぶなら『ベルさん』でよろしく」

「はぁ……」


ベルトルドという風の宗主国の王太子がにこやかに笑った。風の宗主国の王太子といきなり言われても正直ピンとこない。カミロはぼんやりとした返事を返した。


「教育機関ブースにはもう行った?ニー兄様とクリス兄様がいたわよ。今年の販売当番なんですって。あと商会ブースにはチー兄様もいたわ」

「ふーん。この後回ってみる」

「えぇ。あと風のご一家が皆で来てたわよ」

「へぇ。あそこも仲いいよな」

「そうね」

「声はかけなかったけど、アーベル君達も見かけた」

「あら。そうなの。見かけたらご挨拶しなきゃ。アーベル君以外、最近会ってないもの。私達、残りのブースを見たら屋台の所に行くの。貴方達は?」

「俺らはさっき行ってきたとこ。ここ見て回ったら、1度特設ステージ覗きに行く予定」

「あらそう。じゃあまたね。お互い楽しみましょう」

「うん」

「またね。カミロ」

「あ、はい」


スイーシャがカミロに微笑んで小さく手を振って、ベルトルドと腕を組んで歩いていった。ジャファーがカミロに顔を近づけて、耳元で小さな声で囁いた。


「ベルさん、スイーシャに惚れてるっぽいんだよ。こないだも来て、スイーシャと芝居観に行ってたらしいし」

「『惚れてる』」

「恋愛的な意味で好きだってこと。スイーシャと結婚したいんじゃない?」

「結婚」

「もしかしたら遠くないうちにスイーシャが風の宗主国に嫁ぐかもな」

「そうか」


土の神子の娘ならば、他の宗主国の王族と結婚してもおかしくはないのだろう。多分。ジャファーは薬事研究所ブースでもカミロに物を買った。風呂上がりに肌に塗る化粧水と乳液というものだ。何故そんなものを買う必要があるのか分からない。
たまにジャファーの身内、つまりはサンガレア公爵家の者に遭遇しつつ、カミロとジャファーは増えた荷物を持って小学校の校庭を出た。
特設ステージに行けば、花街の玄人歌合戦が行われていた。カミロは『歌』というものに馴染みはない。聞き慣れない『歌』というものは存外悪くなく、カミロはジャファーと共に玄人歌合戦が終わるまでずっと特設ステージの近くに立って『歌』を聞いていた。

空腹を覚えてきたので再び屋台が並んでいる所に行き、また食べ歩きをしてから、今度は露天が並んでいる場所へと手を繋いで歩いていく。
露店には様々な物が売られており、ジャファーが装飾品を売っている露店の前で足を止めた。


「どれがいい?」

「よく分からないからいらない」

「じゃあ俺が選ぶわ」


何故こうもジャファーはカミロに物を買い与えるのか。カミロはジャファーの意図が分からなくて、装飾品を真剣な顔で見つめるジャファーの横顔をじっと見た。ジャファーの顔を見ていても、ジャファーの考えていることは分からない。ジャファーは指につける『指輪』というものがついた『ネックレス』というものを買った。細い鎖に通っている銀色の小さな『指輪』には、小さな黒い石が嵌め込まれていた。カミロが断る前にジャファーがカミロの首に『ネックレス』を着けた。ネックレス型避妊用魔導具ならいつも首につけている。


「避妊用魔導具ならもう持っている」

「いや、それは単なるネックレス」

「何故」

「似合うし」

「……意味が分からない」

「可愛いよ」

「……そうか」


何を言っても無駄な気がする。ジャファーはそれからも露店で細々した装飾品やマグカップ等を買った。どれもカミロが使うものやカミロの家で使うものらしい。やはりジャファーの意図が分からない。

それでもジャファーと手を繋いで歩く豊穣祭は賑やかで初めて見聞きするものも多く、カミロは何だかんだでご機嫌であった。
夕方になると酒を買い、飲みながら特設ステージを眺めたり、ブラブラ露店を見て回ったりして、すっかり暗くなってから、夜遅くになっても賑やかな中央の街から魔術師街のカミロの家へと戻った。
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