冴えない絵師の恋

丸井まー(旧:まー)

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2:色男の誘い

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 少しずつ夏の終わりが見えてきた。夫人は相変わらずお盛んで、未だにマルチェロに夢中である。早ければ10日もせずに飽きることもあるのに、マルチェロとはもう3ヶ月は続いている。余程マルチェロの容姿とセックスを気に入っているのだろう。ビオンダは、淡々と夫人とマルチェロの真昼のセックスを描いている。

 残暑が厳しいとある日。夫人がマルチェロとセックスをし始めたタイミングで、寝室に慌てた様子の使用人が入ってきた。どうやら、屋敷の主人、すなわち夫人の夫が帰ってくるらしい。夫にこの変態的な趣味と情夫を飼っていることを知られるのは流石にマズいのだろう。ビオンダとマルチェロは、殆ど放り出されるように屋敷から出された。普段なら馬車で送ってもらえるが、今日は歩いて帰ることになった。屋敷の馬車を出したら、夫に何か気づかれるからだろう。画材が詰まった鞄はそれなりに重いし、普通に歩いて帰るには、自宅は少々遠い。よりにもよって、こんなに暑い日に放り出されるとは運が無い。
 ビオンダは小さく溜め息を吐き、重い鞄を片手に、自宅がある方向へ歩き始めた。

 ふと気づくと、マルチェロがすぐ隣を当たり前のような顔をして歩いていた。マルチェロは、ビオンダよりも頭半分程、背が高い。何気なくチラッと隣のマルチェロの美しい横顔を見ると、マルチェロがこちらを向いて、話しかけてきた。


「なぁ。アンタは何年、あの夫人の絵を描いているんだ?」

「……3年」

「その間に描いた男の数は?」

「20くらい」

「予想よりちょっと多いな。ふーん。俺も潮時が近いかな」

「アンタは多分長く続くだろう。今までで一番美しいから」

「そいつはどうも。あ、しまった。今日のお小遣いを貰いそびれたな」

「あ、報酬……」

「俺もアンタもついてないな。今日は。このクソ暑い中、歩いて帰るだけでも怠い」

「……同感」

「アンタ、名前は?」

「……ビオンダ」

「ふーん。女みたいな名前だな。俺は知ってるだろうがマルチェロ。役者やってる」

「知ってる」

「なぁ、今日は暇になっちまった。暇つぶしに飲みに行かないか」

「昼間から酒を飲むのか」

「いつも昼間からセックスしてんだ。昼間から酒を飲んでも構わんだろ」


 ビオンダは少しだけ悩んだが、小さく頷いた。如何せん、暑くて喉が渇いている。鞄も重いし、自宅はまだまだ遠い。ちょっとでいいから、休憩がしたい。ビオンダはマルチェロと一緒に大通りを抜けた裏路地に入って、昼間でも酒を出しているという飲み屋に入った。

 飲み屋の中は昼間だというのに薄暗く、胡散臭い雰囲気をしていた。昼間なのに、客はそれなりに多く、店内は酒と煙草の匂いで充満していた。マルチェロが慣れた様子で小さなテーブル席に向かったので、ビオンダも一緒にテーブル席に座った。マルチェロがカウンターの方に声をかけると、愛想のない中年の男がやって来た。マルチェロがエールを2杯とナッツを頼んだ。中年の男がすぐにエールとナッツが入った小皿を運んできた。ビオンダはなんとなくマルチェロと乾杯をしてから、生温いエールをごくごく飲んだ。暑さで疲れていた身体にエールが染み渡る。エールをジョッキ半分程一気に飲み干すと、ビオンダは大きく酒臭い息を吐いた。酒を飲むのは久しぶりだ。普段は納期に追われていることが多いので、ゆっくり酒を飲める機会は少ない。マルチェロが洒落たシャツの胸ポケットから煙草の箱を取り出した。古ぼけた着火具で煙草に火をつけ、マルチェロが細く長く紫煙を吐き出した。
 マルチェロが煙草を片手にエールを飲み、ビオンダに話しかけてきた。


「アンタも吸うか?」

「じゃあ、1本だけ」

「どーぞ」

「どうも」


 ビオンダはマルチェロから煙草の箱と着火具を受け取り、煙草を1本取り出して、口に咥えた。軽く吸いながら煙草に火をつけ、吸いこんだ煙草の煙を細く長く吐き出す。煙草を吸うのも久しぶりだ。煙草特有の苦みと酩酊感が心地よい。ビオンダは自分で買ってまでは煙草を吸わない。基本的に貰い煙草派だ。屋敷の使用人をしていた頃は、ちょっとした休憩時間に、よく同僚の男から煙草を貰っていた。煙草を片手にナッツを口に放り込み、ナッツの甘さと塩気が口の中に残っているうちにエールを口に含む。久しぶりの酒も煙草も美味い。
 ビオンダが機嫌よくゆるく口角を上げると、エールを飲み干したマルチェロが頬杖をついて、じっとビオンダを見てきた。


「なに」

「いや。今日は芝居もない。暇なんだ。一発ヤラねぇか?」

「男ともセックスするのか」

「普通にする。役者なんて男娼みてぇなもんだ。芝居がどれだけ受けても、儲けは劇団長の懐の中。俺達には僅かな金しかくれねぇ。男娼の真似でもしねぇと食っていけねぇのよ。相手が男だろうが女だろうが、金をくれたら誰とでもセックスする」

「ふーん。そういうものか」

「たまには仕事以外でセックスがしてぇ。どうよ。俺は抱くも抱かれるもイケる方だ」

「…………」


 ビオンダはエールを口に含みながら、考えた。セックスは正直してみたい。どれだけ気持ちがいいのか、興味がある。飽きっぽい夫人がそこそこ長く続いている男だ。セックスも上手いのだろう。マルチェロに『精霊の悪戯』だということを知られるが、知られたところで口止めに金を払えばいいだけな気がする。誰とでもセックスをする男なら、ビオンダが『精霊の悪戯』だと知っても、特別言いふらしたりはしないだろう。ビオンダは軽く酔った頭でそう考え、無言で頷いた。マルチェロがニッと笑い、ズボンのポケットから出した財布から、いくらかの金をテーブルの上に置いた。


「今日はついてなかったが、まぁ気分は悪くねぇ。今回は奢ってやるよ」

「どうも」

「アンタの家はどこだ? 一軒家か?」

「小さいが一軒家だ。此処からなら、小半時程歩いたところにある」

「ふーん。それじゃあ、アンタん家に行こう。俺の家は集合住宅でクッソボロいから、声が筒抜けになる。一応、今は夫人の専属だから、うっかり夫人にバレた時が面倒くせぇ」

「じゃあ、行こう」

「おう。精々楽しもうぜ」


 マルチェロが夫人の前では見せない悪戯っ子みたいな顔で笑った。ビオンダは椅子から立ち上がり、重い鞄を持って、マルチェロと一緒に飲み屋を出た。当たり障りのない世間話をしながら、自宅へと歩いていく。自宅に着いたら、この極上の男とセックスをする。いまいち実感が湧かないし、自分みたいな冴えない風貌の中途半端な生き物が抱かれる様子を想像するのも難しい。
 ビオンダは酔いと期待と少しの不安でふわふわする頭のまま、マルチェロを連れて自宅に帰った。

 ビオンダの家は一軒家だが、小さくて、風呂トイレと狭い台所以外には、寝室にしている部屋とアトリエにしている部屋しかない。狭いが庭があるし、隣家は少し前に住んでいた老爺が亡くなったので、今は空き家になっている。多少騒いでも、問題はない。

 途中にあった店で安物のワインを買って、家の中に入った。閉め切っていた家の中は、むわぁとした熱気で充満していた。ビオンダは重い鞄をアトリエにしている部屋に置くと、家中の窓を開けて回った。こんなクソ暑い中でセックスなんてしたら、きっとぶっ倒れる。

 寝室に入り、どれだけ敷きっぱなしにしていたのか分からないシーツを引っぺがして、一応洗濯済みのものと交換する。自慰をして、そのまま寝落ちることが多いので、基本的にビオンダのシーツは汚い。
 マルチェロがシーツを交換したベッドに腰かけ、安物のワインを紙袋から取り出し、コルク栓を開け、直接瓶に口をつけて飲み始めた。一息で半分近くワインを飲み干したマルチェロが、飲みかけのワインの瓶を手渡してきたので、ビオンダも直接瓶に口をつけて、ワインで渇いた喉を潤す。
 不思議と緊張はしていない。単に現実味がないだけなのかもしれないが。
 ビオンダは残りのワインを飲み干すと、ベッドに上がって、ごろんと寝転がった。座ったままのマルチェロを見上げ、ビオンダはなんとなくゆるく笑いながら、口を開いた。


「『精霊の悪戯』って知ってるか?」

「知ってる。見世物小屋にたまにいる。大体は物好きな変態に買われていくな」

「ははっ。俺が『精霊の悪戯』だとしたら、アンタ、俺を売るか?」


 マルチェロがビオンダを見下ろし、皮肉っぽく笑った。


「売らねぇよ。売られる奴の気持ちは知ってっからな」

「売られたのか」

「親にな。13の時だ。俺は見た目がいいからな。さぞ高値で売れただろうよ」

「『精霊の悪戯』とセックスしたことは?」

「流石にねぇわ」

「なら、お互い、ある意味初体験だな」

「ははっ! 違いねぇ」


 マルチェロが楽しそうに笑って、洒落たシャツを脱ぎ始めた。いつも見ていた均整のとれた身体を眺めながら、ビオンダもシャツのボタンを外し始めた。


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