厳ついおっさんが女体化しても厳ついおばさんにしかならねぇんだよ!

丸井まー(旧:まー)

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32:幸せってなんだ

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 アキムとアイナの誕生日から数日が経った。アイナの誕生日の日は、夜は家族で祝うだろうということで、昼間にちょっと豪華な昼食と林檎のケーキを作ってアイナを祝った。

 今日はアキムが休みなので、午前中はデーリの様子を見に行く。一応見舞いなので、デーリが好きな葡萄を買って、デーリが同棲している恋人ナクールの薬屋兼自宅へ向かう。

 ナクールの薬屋に入ると、瞬間、薬臭い空気に包まれる。ゴンドロフはあんまり得意な匂いでないのだが、デーリは好きな匂いらしい。
 店のカウンターにいたナクールと目があったので、ゴンドロフは『よっ』と片手を上げた。


「デーリはいるか?」

「二階にいる」

「ちと邪魔してもいいか?」

「構わない。薬草茶を持っていこう」

「ありがてぇ。悪いな」


 ナクールは、ほっそりとしたおっとり美人系の男だ。ナクールが作る薬には割と世話になっている。デーリと恋人になってから、デーリを心配するナクールがタダで大量の薬を渡そうとしてきたが、なんとか説得して適正価格で買い取ったこともある。表情の変化が控えめで、淡々とした物言いをするが、デーリのことは本当に惚れ込んでいるらしい。

 カウンターの内側に入れてもらって、奥の階段を上がって住居部分に入った。
 何度も訪れているので家の間取りは把握している。居間に向かうと、デーリがソファーに寝転がって本を読んでいた。


「デーリ」

「おっ。ゴンドロフ。いいところに来た」

「あー? なんか用でもあったか?」

「暇なんだよ。もう九割方魔力が回復してるのに、ダーリンが完全に回復するまで大人しくしてろって言ってさー」

「大人しくしてろよ」

「魔法書読むのも飽きたんだよ。家にある魔法書全部読み返しちゃったから、今は薬草学の本読んでるんだからな。僕」

「お前の薬草の知識が深まれば、薬草採取の仕事が楽になるな」

「そうなんだけどーー。動きたい。なんかしたい。なんかこう……生産的なことがしたい。食っちゃ寝ゴロゴロ生活は飽きたーー」

「へぇへぇ。ほれ。土産。ダーリンと食えよ」

「おっ! 葡萄! ありがとな。ゴンドロフ。夜のデザートにするわ」

「おー」


 ゴンドロフが起き上がったデーリの隣に座ると、トントンと軽い足音がして、ナクールがお盆を持って現れた。無言で薬草茶を差し出してくれたナクールにお礼を言うと、ナクールがほんの微かに微笑んだ。


「デーリは退屈している。気分転換に、少し相手をしてもらえると嬉しい」

「おー。分かったわ。あ、葡萄持ってきたから、デーリと食ってくれよ」

「ありがとう」


 ナクールがまた小さく微笑んで、居間から出ていった。
 ナクールは、同い年のゴンドロフ達よりも二つ年下なのだが、落ち着いた雰囲気のせいか、自分達よりも年嵩に感じることがある。ちなみに、デーリは完全にナクールの尻に敷かれている。


「再来週で二か月経つけど、問題なさそうか?」

「うん。それは問題ないね。ダーリンとずっと一緒なのはいいけどさー、やっぱ仕事してないとなんか落ち着かないわ。思いっきり攻撃魔法ぶっ放してぇー」

「俺も1人で剣の素振りだけしてんの落ち着かねぇわ。子守の手伝いしてっから、いい暇潰しにはなってっけど」

「リリンちゃんだったよな。可愛いよなぁ。赤ちゃん。引退したら子育て頑張りたいわー。まぁ、引退してから冒険者の仕事がないことに慣れるのに一苦労しそうだけど」

「まぁ、街暮らしは慣れてねぇもんなぁ。お互い」

「そうそう。次の依頼は簡単なものから始めとく? 肩慣らしで」

「おぅ。その方がいいだろ。二か月も休んだからな」

「稼げるうちに稼いどかないとね。あっという間に40過ぎそうだし」

「それなー。俺、まだなんも考えてねぇんだよなぁ。引退後。特別したいことが思いつかねぇ」

「えー。まぁ、最悪アキムの専業主夫やれば? 姪っ子ちゃんの子守付き」

「あー? あいつもそのうち結婚すんだろ。若いんだし」

「いやいやいや。ゴンドロフの男だって噂流れちゃってる以上、よっぽどの猛者じゃないとアキムと結婚なんて無理だから。愛のためにゴンドロフを倒す! くらいのノリの女じゃないと厳しくない?」

「マジか。そのノリはちょっとどうかと思うが。まぁ、俺だしなぁ。噂の相手が」

「ゴンドロフだからねぇ。ま、噂もそのうち忘れられるかもしれないけどさ。ていうか、ゴンドロフこそ、そろそろいい人見つけろよ。この際、アキムでもいいんじゃない? 仲良しだし。アキムって意外と肝が据わってるし。妹ちゃんとも仲良くやってんだろ? ギルド職員で安定した収入もあるし、割といいんじゃないか?」

「あーー。セックスはしまくってっけどよー。あいつまだ26だしなぁ。これからまだまだ出会いがあんだろ。……改めて考えると、歳の差割とエグいな。10? くらいか?」

「若い子に手を出しちゃってるな。僕らが成人した頃は6歳だぜ」

「や、やめろっ! それはなんか心にくるっ! 自分が一気に犯罪者になった気分になるっ!」

「あはは。まぁまぁ。今はお互い成人済みだから犯罪ではないね。ゴンドロフはアキムのことどう思ってるのさ」

「割と気のいいセックス最高野郎」

「予想以上に酷かった」

「なんでだよ。セックス最高とか最上級の褒め言葉だろ」

「最上級の褒め言葉がそれか!? えー。もっとこう……なんかないのー? 可愛いとかー。一緒にいて落ち着くとかー。独り占めしたーいとかー」

「あいつのちんこは独り占めしたいな」

「ちんこ単体はやめろっ! 本体をもっと大事にしてやって!」

「えーー」

「『えーー』じゃないよ。ゴンドロフさぁ、ガチでアキムに恋愛感情抱いてないわけ?」

「ちんかす程も抱いてねぇな」

「例えが酷い」

「俺の皮はずる剥けだし、洗い方が完璧だから、ちんかすなんて無縁だ」

「そのドヤ顔やめろ。まぁ、そのうち変化があるかなぁ。幼馴染の相棒的には、お前にも幸せになってもらいたいなって思うのよ」

「ありがとう?」

「ながーーい目で見ていくかね。『ゴンドロフ幸せ計画』」

「なんだそりゃ」

「そのまんまの意味だよ。ゴンドロフはさぁ、見た目とかで色々損してきただろ。中身は割と優しくて面倒みがいいのに。ダーリンが言ってたけど、人は幸せになるために生まれてくるんだってさ。つまり! ゴンドロフも幸せになるべきなんだよ」

「ふぅん? 割と毎日楽しいから、それなりに幸せなんじゃねぇの?」

「もーーっと! 幸せになるためには、やっぱり生涯を共にする相手がいた方がいいかと思うけどね。あくまで僕個人の意見だけど。まぁ、人の幸せなんて人それぞれなんだから、押しつけるつもりはないけどさ。でも一応覚えておいてよ。僕がお前の幸せも願ってるって」

「おぅ。ありがとな。おっ。そろそろ昼時だな。次は二週間後にギルドの前で待ち合わせで大丈夫か?」

「大丈夫だよ。張り切っちゃうからね。僕」

「程々にな。おっさん魔法使い。張り切りすぎると怪我するぞ」

「ご忠告どうも。おっさん剣士」

「またな」

「うん。またね。来てくれてありがとな」

「おー」


 ゴンドロフはソファーから立ち上がり、階下のナクールに一声かけてから店を出た。

 足早にアイナの家を目指しながら、ぼんやりと考える。
 自分にとっての幸せってなんだ。
 美味い酒と飯とセックスが楽しめたら、それで満足な気がするのだが、それだけでは足りないのだろうか。
 ん゛ーーっと唸りながら考えてみるが、自分の幸せとやらに足りないものが思いつかない。
 生涯を共にしてくれる相手なんて、ゴンドロフには見つからないのは分かりきっている。
 アイナの家に着く頃には、ゴンドロフは考えることをやめ、家の外にまで聞こえてくるリリンの元気いっぱいな泣き声に小さく笑った。

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