大きな薬師

丸井まー(旧:まー)

文字の大きさ
上 下
48 / 56

12

しおりを挟む
次の休日。
ミーシャは軍詰め所に来ていた。


「フラれました」

「飲むか?」

「飲みます」


訓練場でジル中隊長に会うなり開口一番にそう言うと、慰めるように肩を叩かれた。
そのまま昼間でも酒を出している店へと移動した。

昼間だというのに薄暗い店に2人で入り、きつめの酒を注文する。ミーシャは普段飲まない辛くてキツい酒をあおった。


「で?ルート殿はなんだって?」

「無理だし釣り合わないって言われました」

「そうか」

「サクッとフラレるつもりが、追いすがっちゃいました。迷惑かけてしまいました」

「ルート殿の様子は?」

「仕事の時はいつも通りです。家では……なんかお互いぎこちない感じです」

「まぁ、そうなるよなぁ」

「家族になりたいって言ったんです。ほだされる余地があるなら考えてくれって」

「それも無理って言われたのか?」

「……分かったって言ってくれました」

「なら、完全にフラれたわけじゃないんだな」

「そう……なんでしょうか?」

「それも無理なら無理って言ってるだろう?」

「……そうかもしれません」

「諦められるのか?」

「分かりません」

「まぁ、今日のところは飲んで一旦忘れちまえよ」

「……はい」


結局店が閉まる夜更けまでずっとジル中隊長と酒を飲んでいた。
どれだけキツい酒を飲んでも酔えなかった。
帰り道。酒臭い息を吐きながらミーシャは空を見上げた。








ーーーーーー

告白をして2週間。
表面上はいつも通りの日常を送っている。

1週間くらいはお互いぎこちなかったが、今はまるで告白自体なかったような、そんな空気である。

(一応フッてもらったんだから、これでいいのよね)

ミーシャはそう自分に言い聞かせた。

いつも通り2人で出勤する。
今日は調合前の薬草類の在庫管理をしなければならない。
ルート先輩と2人で、結構な広さの保管室で在庫の確認作業を手分けして行っていた。
午前中いっぱい黙々と作業をして、そろそろ休憩かという時間になる頃、ふっと保管室の灯りが消えた。


「ミーシャ。窓を開けてくれ」

「はい」


窓を開けると薄暗い保管室に灯りが射し込んだ。作業を中断して魔導灯の下に2人とも集まり、天井を見上げた。


「魔力切れか?」

「故障じゃなきゃいいんですけど」

「見てみるか。脚立を持ってこよう」

「わざわざ脚立を持ってこなくても、私が先輩肩車したら届きますよ」

「肩車?」

「はい。ちょっと失礼します」

「うわっ」


ミーシャは立っているルート先輩の背後から股に頭を突っ込み、そのまま抱えあげた。ルート先輩は慌ててミーシャの頭に手を置いた。


「ミーシャ!高いっ!!」

「肩車ですから。先輩これなら手が届きますよ。魔導灯みてください」

「あ、あぁ」


ルート先輩が魔導灯をごそごそ弄ると、パラパラと埃が落ちてきた。


「あぁ。魔石の魔力切れだ」

「じゃあ、魔石貸してください。魔力入れますんで」

「いいのか」

「はい」

「じゃあ頼んだ」


ルート先輩から魔石を手渡される。
魔力が空っぽになった魔石は濁った白色をしている。ミーシャは掌にのせた魔石に意識を集中し、ぐっと握りこんだ。
暫くして掌を開くと、先程とは違った透明感のある琥珀色になっていた。


「できました」

「悪いな」


ルート先輩に魔石を手渡して、魔導灯につけてもらう。
また埃が落ちてきた。鼻の頭についた埃をふぅ、と息で飛ばした。


「できたぞ」

「ありがとうございます」

「起動させるぞ」

「はい」


ルート先輩が魔導灯を起動させると、パッと室内が明るくなった。


「故障じゃなくて良かったですね」

「だな。そろそろ下ろしてくれ」

「あ、はーい」


ミーシャは肩車をといて、ルート先輩を床に下ろした。


「……肩車なんて初めてされた」


ルート先輩がはにかむように小さく笑った。
ミーシャは胸がキュンキュンするのを無視して、服の埃を払った。


「結構楽しいですよね。子供の頃はよくしてもらってました」

「視界が全然違うな」

「そうなんですよね。気に入ったのならまたしますか?」

「流石に肩車をねだる歳じゃないから結構だ」

「そうですか?あー、もしかして、ぐらついて不安でした?」

「いや、安定感半端なかった」

「一応鍛えてますから」

「凄いな、お前」

「そうでもないです」


ミーシャは照れて笑った。
告白する前みたいに普通に触れたり、話せることが嬉しかった。埃で汚れた床をざっと掃除しているとヒューブ先輩がやってきた。


「2人とも休憩中に何やってるんだ?」

「魔導灯の魔石の魔力が切れたので付け替えてました」

「あー、そういや前に替えてから結構たつしな。補充用の魔石あったか?」

「いえ、ミーシャに入れてもらいました」

「あぁ。ミーシャちゃん魔石の魔力注入もできるんだ」

「はい」

「本当、便利だなぁ。ミーシャちゃん」

「ヒューブ先輩。何か用事でもありましたか?」

「あ、そうそう。今夜飲みに行くんだけどお前らも誘おうと思ってさ。どうよ?」

「行きます」

「私も行きます」

「おーし。じゃあ、仕事終わったら店に直行な。残業にならないようにしろよ」

「はい」

「頑張ります」


ヒューブ先輩は2人の返事にへらりと笑って、手を振って保管室から出ていった。それを見送ると、ミーシャはちり取りの中の中身をゴミ箱に捨てた。


「続きする前に昼飯食うか」

「はい」


2人して手をはたいて、連れだって食堂へと向かう。途中の水場で手を洗い、食堂のカウンターへ並んだ。
今日は豚肉料理がメインらしい。
辺りに広がる美味しそうな匂いに、ミーシャのお腹がくぅぅー、っと小さくなった。聞こえたのであろうルート先輩が軽く吹き出した。


「お前の腹の虫は実に素直だな」

「正直者なんです」


恋する乙女として恥ずかしいことこの上ないが、ルート先輩が可笑しそうに笑ってくれたので、よしとする。

食事を2人でとって、休憩もそこそこに中断していた作業を再開した。
今日は何がなんでも残業できない。
自分が酒を飲みたいというより、飲んで潰れたルート先輩の世話をしなければならないからだ。万が一、誰かにお持ち帰りなんてされたら堪らない。
後輩の1人がルート先輩を狙っている気がするので、尚更である。

ミーシャは、丁寧に、でも素早く確認作業を必死こいてやった。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

鮮度抜群な料理を召し上がれ

SF / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

見えない

ホラー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

草臥れオッサンの攻略方法

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:27

【完結保証】葡萄牙の大うつけ~金平糖で何が悪い~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

突然の契約結婚は……楽、でした。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:87,154pt お気に入り:2,452

ちーちゃんの結婚

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:55

少年よ空想を抱け

ミステリー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

竜騎士さん家の家政夫さん

BL / 連載中 24h.ポイント:4,793pt お気に入り:657

処理中です...