12 / 172
第一章 辺境の地
12.頭目?との対面
しおりを挟む
女性は何故か顔を背けてトレーを手に取る。
「あんたは知らなくてもいい事さ。
さ、少し食べられるようだったら食べて、ゆっくり休んで。
あんたの兄さんのことは、聞いといてやるよ」
ベッドサイドの小さなテーブルに置かれた、湯気の立つスープとパンを見て、私のお腹は正直に音を立てた。
そう言えば、お館様のパーティでも何も食べられなかったし、お腹すいていたんだわ。
緊張と不安で感じていなかったけれど…
私は「いただきます」と挨拶してスプーンを取ろうとして、自分が使用人の着るような地味な色のドレスを着ていることに気づいた。
「あ、あの、これは…」
と自分の胸に手をあてて訊くと、お水をコップに注いでいた女性は「ああ、あんた酷い格好だったから」と私を見た。
「だけど、山賊どもの慰み者にはならなくて済んだようだったから何よりだよ。
ここへ連れてこられてから一昼夜寝っぱなしだったから、少し心配したけど」
怖かったよね、と呟いた声が優しくて、私は彼女にとても好感を持った。
名前を尋ねようと顔を上げたとき、ドアが遠慮がちにノックされ、「エルダ、ちょっと来てくれ」という男の人の声がした。
「畏まりました」
と女性は答え「兄さんのことを心配するのは判るけど、まずあんたが身体を治さなきゃ。食べたら寝るんだよ」と言って部屋を出て行った。
一昼夜って、じゃあ、シエーラを出て襲われた翌日の夜ってこと?
先程のエルダさんの言葉を思い出して私は驚いた。
どおりで…お腹すいてるわけだわ。
私はスープを飲んで、温かさにほっとして涙がこぼれた。
私…あの男どもに、犯されずに済んだんだ…良かった本当に…
口に食べ物が入ると止まらなくなって、あっという間に全部食べてしまった。
少しでも早く元気になって怪我も治して、にぃ兄様を探さなくちゃ。
私を助けてくれた誰かに、にぃ兄様も助けられているといいけれど。
そして二人で帰るんだ。
シエーラの私たちの家へ。
お母様とレオ兄様の許へ。
私はその夜と翌日、エルダさんに食事のため強引に起こされる以外はずっと昏々と眠っていた。
起きなくてはと思うのだけど、身体がまったくいうことをきかない。
お母様に叱られてしまうわ、怠け者は何よりも嫌われる。
怠惰は許されざる罪だ。
ここへ連れてこられてから3日目の朝、漸く私は起き上がって、狭い部屋の中でお湯を使わせてもらった。
身体には打ち身のようなあざがたくさんできていて、傷はお湯がとても沁みたけど、だいぶ良くなってきているようだった。
ゆっくりなら助けも借りずに歩くことができ、エルダさんは「若いから回復が早いね」と驚いたように言っていた。
「ジョルダーノ先生の言った通りだ。
やっぱりあの先生は名医だね」
その日の午前中は、エルダさんに言いつけられた繕い物をして過ごした。
繕い物は男性の野良着のようなものが多かった。
兄様たちの服の繕い物をいつもしていた私は、今すぐにでも家に帰りたい気持ちを堪えながら懸命に針を動かした。
「…ふうん、手つきがいいし、慣れてる感じだね。
仕上がりも早さもまずまずだ」
エルダさんが私の繕ったシャツを見て呟いた。
昼食の後、急に外も建物内も騒然とし、人の声や馬のいななきなどが聞こえてきて、私は怖くなって部屋の隅で縮こまった。
また、何かあるのだろうか…
誰か山賊の棲家を襲撃に来たの?
「クラリッサ!
…なにしてるんだい?
ご主人様がお呼びだよ」
エルダさんが部屋の扉を開けて覗き込み、ベッドの陰に隠れていた私を見つけて訝しげに問うた。
私はおずおずと立ち上がる。
「…ご主人様?ですか?」
「そうだよ、たった今お帰りで、何日か前に拾ってきた女はどうしてると仰せなんだよ」
私は不安でぎゅっとスカートを握りしめる。
昨日エルダさんに名前を訊かれたとき、クレメンティナと言おうとした。
しかしお館様の『お前の家族がどうなっても良いのか!』という恐ろしい怒鳴り声が蘇り、山賊にヴァネッサと言うのもお館様に迷惑がかかるかもと思って、咄嗟に「クラリッサです」と答えてしまったのだ。
「さあ早く、ほら髪がぐちゃぐちゃじゃないか」
エルダさんは私の背後に回り、手早く亜麻色の髪を梳いてぴちっと頭に沿わせるように巻き上げてピンで留めた。
私はトイレ以外は部屋から出たことがなかったので、前をのしのしと歩くエルダさんの後ろを怖々と進んでいった。
この建物は、思っていたよりもずっと広く、領主館のようにたくさんの人がいた。
私のイメージする山賊っぽくない、紳士のような人もいっぱいせわしなく歩いていて、ここはどういうところなんだろう、ご主人様というのは何者なんだろうと不思議に思った。
「あんたは知らなくてもいい事さ。
さ、少し食べられるようだったら食べて、ゆっくり休んで。
あんたの兄さんのことは、聞いといてやるよ」
ベッドサイドの小さなテーブルに置かれた、湯気の立つスープとパンを見て、私のお腹は正直に音を立てた。
そう言えば、お館様のパーティでも何も食べられなかったし、お腹すいていたんだわ。
緊張と不安で感じていなかったけれど…
私は「いただきます」と挨拶してスプーンを取ろうとして、自分が使用人の着るような地味な色のドレスを着ていることに気づいた。
「あ、あの、これは…」
と自分の胸に手をあてて訊くと、お水をコップに注いでいた女性は「ああ、あんた酷い格好だったから」と私を見た。
「だけど、山賊どもの慰み者にはならなくて済んだようだったから何よりだよ。
ここへ連れてこられてから一昼夜寝っぱなしだったから、少し心配したけど」
怖かったよね、と呟いた声が優しくて、私は彼女にとても好感を持った。
名前を尋ねようと顔を上げたとき、ドアが遠慮がちにノックされ、「エルダ、ちょっと来てくれ」という男の人の声がした。
「畏まりました」
と女性は答え「兄さんのことを心配するのは判るけど、まずあんたが身体を治さなきゃ。食べたら寝るんだよ」と言って部屋を出て行った。
一昼夜って、じゃあ、シエーラを出て襲われた翌日の夜ってこと?
先程のエルダさんの言葉を思い出して私は驚いた。
どおりで…お腹すいてるわけだわ。
私はスープを飲んで、温かさにほっとして涙がこぼれた。
私…あの男どもに、犯されずに済んだんだ…良かった本当に…
口に食べ物が入ると止まらなくなって、あっという間に全部食べてしまった。
少しでも早く元気になって怪我も治して、にぃ兄様を探さなくちゃ。
私を助けてくれた誰かに、にぃ兄様も助けられているといいけれど。
そして二人で帰るんだ。
シエーラの私たちの家へ。
お母様とレオ兄様の許へ。
私はその夜と翌日、エルダさんに食事のため強引に起こされる以外はずっと昏々と眠っていた。
起きなくてはと思うのだけど、身体がまったくいうことをきかない。
お母様に叱られてしまうわ、怠け者は何よりも嫌われる。
怠惰は許されざる罪だ。
ここへ連れてこられてから3日目の朝、漸く私は起き上がって、狭い部屋の中でお湯を使わせてもらった。
身体には打ち身のようなあざがたくさんできていて、傷はお湯がとても沁みたけど、だいぶ良くなってきているようだった。
ゆっくりなら助けも借りずに歩くことができ、エルダさんは「若いから回復が早いね」と驚いたように言っていた。
「ジョルダーノ先生の言った通りだ。
やっぱりあの先生は名医だね」
その日の午前中は、エルダさんに言いつけられた繕い物をして過ごした。
繕い物は男性の野良着のようなものが多かった。
兄様たちの服の繕い物をいつもしていた私は、今すぐにでも家に帰りたい気持ちを堪えながら懸命に針を動かした。
「…ふうん、手つきがいいし、慣れてる感じだね。
仕上がりも早さもまずまずだ」
エルダさんが私の繕ったシャツを見て呟いた。
昼食の後、急に外も建物内も騒然とし、人の声や馬のいななきなどが聞こえてきて、私は怖くなって部屋の隅で縮こまった。
また、何かあるのだろうか…
誰か山賊の棲家を襲撃に来たの?
「クラリッサ!
…なにしてるんだい?
ご主人様がお呼びだよ」
エルダさんが部屋の扉を開けて覗き込み、ベッドの陰に隠れていた私を見つけて訝しげに問うた。
私はおずおずと立ち上がる。
「…ご主人様?ですか?」
「そうだよ、たった今お帰りで、何日か前に拾ってきた女はどうしてると仰せなんだよ」
私は不安でぎゅっとスカートを握りしめる。
昨日エルダさんに名前を訊かれたとき、クレメンティナと言おうとした。
しかしお館様の『お前の家族がどうなっても良いのか!』という恐ろしい怒鳴り声が蘇り、山賊にヴァネッサと言うのもお館様に迷惑がかかるかもと思って、咄嗟に「クラリッサです」と答えてしまったのだ。
「さあ早く、ほら髪がぐちゃぐちゃじゃないか」
エルダさんは私の背後に回り、手早く亜麻色の髪を梳いてぴちっと頭に沿わせるように巻き上げてピンで留めた。
私はトイレ以外は部屋から出たことがなかったので、前をのしのしと歩くエルダさんの後ろを怖々と進んでいった。
この建物は、思っていたよりもずっと広く、領主館のようにたくさんの人がいた。
私のイメージする山賊っぽくない、紳士のような人もいっぱいせわしなく歩いていて、ここはどういうところなんだろう、ご主人様というのは何者なんだろうと不思議に思った。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ
Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。
理由は決まって『従妹ライラ様との用事』
誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。
「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」
二人の想いは、重なり合えるのだろうか ……
※他のサイトにも公開しています。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
昭和生まれお局様は、異世界転生いたしましたとさ
蒼あかり
ファンタジー
局田舞子(つぼたまいこ)43歳、独身。
とある事故をきっかけに、彼女は異世界へと転生することになった。
どうしてこんなことになったのか、訳もわからぬままに彼女は異世界に一人放り込まれ、辛い日々を過ごしながら苦悩する毎日......。
など送ることもなく、なんとなく順応しながら、それなりの日々を送って行くのでありました。
そんな彼女の異世界生活と、ほんの少しのラブロマンスっぽい何かを織り交ぜながらすすむ、そんな彼女の生活を覗いてみませんか?
毎日投稿はできないと思います。気長に更新をお待ちください。
私は私で幸せになりますので
あんど もあ
ファンタジー
子爵家令嬢オーレリーの両親は、六歳年下の可憐で病弱なクラリスにかかりっきりだった。
ある日、クラリスが「オーレリーが池に落ちる夢を見た」と予言をした。
それから三年。今日オーレリーは、クラリスの予言に従い、北の果ての領地に住む伯爵令息と結婚する。
最後にオーレリーが皆に告げた真実とは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる