身代わり愛妾候補の逃亡顛末記

Dry_Socket

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第一章 辺境の地

12.頭目?との対面

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 女性は何故か顔を背けてトレーを手に取る。
 「あんたは知らなくてもいい事さ。
 さ、少し食べられるようだったら食べて、ゆっくり休んで。
 あんたの兄さんのことは、聞いといてやるよ」

 ベッドサイドの小さなテーブルに置かれた、湯気の立つスープとパンを見て、私のお腹は正直に音を立てた。
 そう言えば、お館様のパーティでも何も食べられなかったし、お腹すいていたんだわ。
 緊張と不安で感じていなかったけれど…

 私は「いただきます」と挨拶してスプーンを取ろうとして、自分が使用人の着るような地味な色のドレスを着ていることに気づいた。
 「あ、あの、これは…」
 と自分の胸に手をあてて訊くと、お水をコップに注いでいた女性は「ああ、あんた酷い格好だったから」と私を見た。

 「だけど、山賊どもの慰み者にはならなくて済んだようだったから何よりだよ。
 ここへ連れてこられてから一昼夜寝っぱなしだったから、少し心配したけど」
 怖かったよね、と呟いた声が優しくて、私は彼女にとても好感を持った。

 名前を尋ねようと顔を上げたとき、ドアが遠慮がちにノックされ、「エルダ、ちょっと来てくれ」という男の人の声がした。
 「畏まりました」
 と女性は答え「兄さんのことを心配するのは判るけど、まずあんたが身体を治さなきゃ。食べたら寝るんだよ」と言って部屋を出て行った。

 一昼夜って、じゃあ、シエーラを出て襲われた翌日の夜ってこと?
 先程のエルダさんの言葉を思い出して私は驚いた。
 どおりで…お腹すいてるわけだわ。

 私はスープを飲んで、温かさにほっとして涙がこぼれた。
 私…あの男どもに、犯されずに済んだんだ…良かった本当に…
 口に食べ物が入ると止まらなくなって、あっという間に全部食べてしまった。
 少しでも早く元気になって怪我も治して、にぃ兄様を探さなくちゃ。
 私を助けてくれた誰かに、にぃ兄様も助けられているといいけれど。
 
 そして二人で帰るんだ。
 シエーラの私たちの家へ。
 お母様とレオ兄様の許へ。

 私はその夜と翌日、エルダさんに食事のため強引に起こされる以外はずっと昏々と眠っていた。
 起きなくてはと思うのだけど、身体がまったくいうことをきかない。
 お母様に叱られてしまうわ、怠け者は何よりも嫌われる。
 怠惰は許されざる罪だ。

 ここへ連れてこられてから3日目の朝、漸く私は起き上がって、狭い部屋の中でお湯を使わせてもらった。
 身体には打ち身のようなあざがたくさんできていて、傷はお湯がとても沁みたけど、だいぶ良くなってきているようだった。

 ゆっくりなら助けも借りずに歩くことができ、エルダさんは「若いから回復が早いね」と驚いたように言っていた。
 「ジョルダーノ先生の言った通りだ。
 やっぱりあの先生は名医だね」

 その日の午前中は、エルダさんに言いつけられた繕い物をして過ごした。
 繕い物は男性の野良着のようなものが多かった。
 兄様たちの服の繕い物をいつもしていた私は、今すぐにでも家に帰りたい気持ちを堪えながら懸命に針を動かした。

 「…ふうん、手つきがいいし、慣れてる感じだね。
 仕上がりも早さもまずまずだ」
 エルダさんが私の繕ったシャツを見て呟いた。

 昼食の後、急に外も建物内も騒然とし、人の声や馬のいななきなどが聞こえてきて、私は怖くなって部屋の隅で縮こまった。
 また、何かあるのだろうか…
 誰か山賊の棲家を襲撃に来たの?

 「クラリッサ!
 …なにしてるんだい?
 ご主人様がお呼びだよ」
 エルダさんが部屋の扉を開けて覗き込み、ベッドの陰に隠れていた私を見つけて訝しげに問うた。

 私はおずおずと立ち上がる。
 「…ご主人様?ですか?」
 「そうだよ、たった今お帰りで、何日か前に拾ってきた女はどうしてると仰せなんだよ」
 
 私は不安でぎゅっとスカートを握りしめる。
 昨日エルダさんに名前を訊かれたとき、クレメンティナと言おうとした。
 しかしお館様の『お前の家族がどうなっても良いのか!』という恐ろしい怒鳴り声が蘇り、山賊にヴァネッサと言うのもお館様に迷惑がかかるかもと思って、咄嗟に「クラリッサです」と答えてしまったのだ。

 「さあ早く、ほら髪がぐちゃぐちゃじゃないか」
 エルダさんは私の背後に回り、手早く亜麻色の髪を梳いてぴちっと頭に沿わせるように巻き上げてピンで留めた。
 
 私はトイレ以外は部屋から出たことがなかったので、前をのしのしと歩くエルダさんの後ろを怖々と進んでいった。
 この建物は、思っていたよりもずっと広く、領主館のようにたくさんの人がいた。
 私のイメージする山賊っぽくない、紳士のような人もいっぱいせわしなく歩いていて、ここはどういうところなんだろう、ご主人様というのは何者なんだろうと不思議に思った。

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