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第三章 都での生活
6.何者でもない私
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私とリーチェは靴屋さんにも寄り、また別室でお茶やお菓子をいただきながらたくさんの靴を買った。
ここも宮廷御用達らしい立派な構えのお店で、私はなんだか気後れしてリーチェの後ろからこそこそと入った。
主は大きな髭を蓄えた、恰幅の良い陽気なおじさんだった。
流れるようにおしゃべりしながら次々に私の足元に靴を置いて、履き替えさせては素晴らしい!と絶賛する。
すごいなあ、さっきのラピーノさんといい、この店主といい、商売をするために生まれてきたのではないかしら。
嗜好品というか、生活に必需ではないものを数多く売りさばくのには、けた外れのテクニックがいるんだな。
これが一流の商売人なんだわ。
私は、何者なのだろう。
ふと、そんな疑問が頭を擡げる。
シエーラにいた時も、しばしば考えていた。
私は何者で、何になりたいのだろう。
自分で何かをしたい。
そういう欲求は幼いころから常にあった。
でも、それに向かって能動的に動いたことはない。
流されるままに18まで生きてきた。
「…ッサ!クラリッサ!」
つい、ぼんやりしていると、リーチェが私の腕をゆすって声をかけてくれた。
「あ…ごめんなさい、何?」
「疲れちゃった?
もう、終わりにしようね」
リーチェは「じゃあ、これ全部買うからアレク様が。サン=バルロッテ館に届けてね」と言って私の手を取って立ち上がる。
「馬車でお送りいたしましょうか?」
「そうする?クラリッサ」
主のマチーニオさんとリーチェが心配そうに訊いてくるのに、私は急いで「大丈夫です、歩いて帰れます」と首を横に振った。
「そんなに遠くはないけど、疲れたなら、無理しないほうがいいよ。
馬車に乗せてもらおうよ」
「あ、ホントに大丈夫だから。
地元では、片道40分歩いて通勤してたから」
私が思わず言うと、リーチェは目を丸くして「片道40分!聞いたことない!」と私を凝視する。
「だからこれくらい平気よ、マチーニオさんごきげんよう、今日はありがとうございました」
私は失態に気づいて、慌てて立ち上がって挨拶する。
呆気にとられたようなマチーニオさんとリーチェも置き去りに、私は部屋を出てお店も出てしまった。
シエーラのことを思い出していたから、つい言ってしまった。
片道40分の徒歩通勤は別に悪いことではないし、隠すことでもない。
私の身元に関する話題ではあるけど…私はなぜ、あんなに恥ずかしく思ったのだろう。
田舎の娘だということが、こんな大都会の人に知られるのが嫌だったのか?
先ほどの帽子屋にいたご愛妾候補のお嬢さんと、変わりないと思われるのが、恥だと?
「クラリッサ!待ってよ!」
リーチェが追いかけてくる。
私ははっとして速度を緩めた。
「歩くの…早いね」
息を切らしながら、リーチェが並んだ。
「ごめんなさい、私、あの…」
言いかける私に「いいよ」と短く言って、リーチェは立ち止まって私を見る。
「話したくないことなら聞かないから。
今日はごめんね、いろいろ引っ張りまわしちゃって。
クラリッサに、ピストリアを楽しんでほしくて」
私は泣きたいような気持ちになり、ううん、と首を横に振った。
「すごく楽しかったわ。
私、こんな体験初めてで。
リーチェのお陰で、とても楽しかったの」
「本当?」
リーチェは不安そうな顔で私の顔を覗き込む。
私は「本当よ、どうもありがとう」と笑った。
「それにしても、どういうお立場の方か知らないけれどアレク様ってすごいのね。
お名前ひとつで皆が丁重に、かつ際限なく商品を勧めてきて」
「そりゃあアレク様は…っと」
リーチェは何か言おうとして、ぱっと口を押さえた。
「ああ、いけない。
あたしってすぐやらかしちゃう」
そう言ってリーチェは少し先のお店を指差した。
「あ、あそこのマドレーヌっていうお菓子が、フランシスカ様のお気に入りなの。
お土産に買っていこう」
と言って駆け出す。
私は元気だなあ…と苦笑しながら後を追った。
さっきの居たたまれないような羞恥の気持ちは、きっと自分の出自や育った環境そのものを恥じたものではない。
私が現在、他人様世間様に胸を張って「自分はこういう者です」と言える何かが何もないことを恥じたのだ。
クレメンティナという本名も出身地も、そして何故都へ向かっていたのかと言うことも全部隠したまま、謎の人物に何者かから匿われて暮らしているということに、忸怩たる思いを持っているからだ。
動き出さなければ。
何のために私は都へ来たのか。
にぃ兄様を探して一緒にシエーラに帰るんだ。
それから、できたら…
さっき見かけた、ヴァネッサに似ているあの娘のことも調べたい。
他人の空似であればいいけれど。
ここも宮廷御用達らしい立派な構えのお店で、私はなんだか気後れしてリーチェの後ろからこそこそと入った。
主は大きな髭を蓄えた、恰幅の良い陽気なおじさんだった。
流れるようにおしゃべりしながら次々に私の足元に靴を置いて、履き替えさせては素晴らしい!と絶賛する。
すごいなあ、さっきのラピーノさんといい、この店主といい、商売をするために生まれてきたのではないかしら。
嗜好品というか、生活に必需ではないものを数多く売りさばくのには、けた外れのテクニックがいるんだな。
これが一流の商売人なんだわ。
私は、何者なのだろう。
ふと、そんな疑問が頭を擡げる。
シエーラにいた時も、しばしば考えていた。
私は何者で、何になりたいのだろう。
自分で何かをしたい。
そういう欲求は幼いころから常にあった。
でも、それに向かって能動的に動いたことはない。
流されるままに18まで生きてきた。
「…ッサ!クラリッサ!」
つい、ぼんやりしていると、リーチェが私の腕をゆすって声をかけてくれた。
「あ…ごめんなさい、何?」
「疲れちゃった?
もう、終わりにしようね」
リーチェは「じゃあ、これ全部買うからアレク様が。サン=バルロッテ館に届けてね」と言って私の手を取って立ち上がる。
「馬車でお送りいたしましょうか?」
「そうする?クラリッサ」
主のマチーニオさんとリーチェが心配そうに訊いてくるのに、私は急いで「大丈夫です、歩いて帰れます」と首を横に振った。
「そんなに遠くはないけど、疲れたなら、無理しないほうがいいよ。
馬車に乗せてもらおうよ」
「あ、ホントに大丈夫だから。
地元では、片道40分歩いて通勤してたから」
私が思わず言うと、リーチェは目を丸くして「片道40分!聞いたことない!」と私を凝視する。
「だからこれくらい平気よ、マチーニオさんごきげんよう、今日はありがとうございました」
私は失態に気づいて、慌てて立ち上がって挨拶する。
呆気にとられたようなマチーニオさんとリーチェも置き去りに、私は部屋を出てお店も出てしまった。
シエーラのことを思い出していたから、つい言ってしまった。
片道40分の徒歩通勤は別に悪いことではないし、隠すことでもない。
私の身元に関する話題ではあるけど…私はなぜ、あんなに恥ずかしく思ったのだろう。
田舎の娘だということが、こんな大都会の人に知られるのが嫌だったのか?
先ほどの帽子屋にいたご愛妾候補のお嬢さんと、変わりないと思われるのが、恥だと?
「クラリッサ!待ってよ!」
リーチェが追いかけてくる。
私ははっとして速度を緩めた。
「歩くの…早いね」
息を切らしながら、リーチェが並んだ。
「ごめんなさい、私、あの…」
言いかける私に「いいよ」と短く言って、リーチェは立ち止まって私を見る。
「話したくないことなら聞かないから。
今日はごめんね、いろいろ引っ張りまわしちゃって。
クラリッサに、ピストリアを楽しんでほしくて」
私は泣きたいような気持ちになり、ううん、と首を横に振った。
「すごく楽しかったわ。
私、こんな体験初めてで。
リーチェのお陰で、とても楽しかったの」
「本当?」
リーチェは不安そうな顔で私の顔を覗き込む。
私は「本当よ、どうもありがとう」と笑った。
「それにしても、どういうお立場の方か知らないけれどアレク様ってすごいのね。
お名前ひとつで皆が丁重に、かつ際限なく商品を勧めてきて」
「そりゃあアレク様は…っと」
リーチェは何か言おうとして、ぱっと口を押さえた。
「ああ、いけない。
あたしってすぐやらかしちゃう」
そう言ってリーチェは少し先のお店を指差した。
「あ、あそこのマドレーヌっていうお菓子が、フランシスカ様のお気に入りなの。
お土産に買っていこう」
と言って駆け出す。
私は元気だなあ…と苦笑しながら後を追った。
さっきの居たたまれないような羞恥の気持ちは、きっと自分の出自や育った環境そのものを恥じたものではない。
私が現在、他人様世間様に胸を張って「自分はこういう者です」と言える何かが何もないことを恥じたのだ。
クレメンティナという本名も出身地も、そして何故都へ向かっていたのかと言うことも全部隠したまま、謎の人物に何者かから匿われて暮らしているということに、忸怩たる思いを持っているからだ。
動き出さなければ。
何のために私は都へ来たのか。
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