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第三章 都での生活
13.剣術の稽古
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エセルバート様の剣術指南は、情け容赦なかった。
私は毎日、一日に何度もう辞めたいと思ったか知れない。
でも絶対に泣き言は言いたくなかった。
山賊に襲われたときのこと、山の中でのにぃ兄様の悲痛な叫び声を思い出して、歯を食いしばってついていった。
私が迷子になってしまった城下町の大門の外で、主に稽古は行われた。
昼間に沢の方まで来てみると、あの時思ったよりもずっと城門から遠く離れたところまで来てしまっていたのだと驚いた。
アレク様はよく、明かりも持っていなかった私と馬を見つけてくれたものだと、今更ながらに感謝した。
あの時、私を快く乗せてくれた白馬はアルザオという名前で、もう引退しているが昔は非常に優秀な軍馬だったということだった。
優しい性格の馬で、私はアルザオに乗りたいと思ったのだけど、エセルバート様は「この馬はもう、クラリッサを乗せて駆け回ることはできない」と言った。
「あの時は、かなり無理したのではないかな。
よくぞ倒れずにクラリッサを無事に乗せていたものだと感心したよ」
私はがっかりしたが、アレク様が私のために探して手に入れてくれたグラディアトラスという名前の、年若いけれどこれもまた穏やかな性格の黒鹿毛の馬ともすぐに仲良くなることができた。
私はそれまで軍馬というものに乗ったことはなく、所謂、農耕馬としか接したことはなかった。
しかし、エセルバート様は私の姿を見て、ご自分の厳つい顎を撫でながら感心したように呟いた。
「クラリッサは馬の扱いに慣れているな…
まったく、底の知れないお嬢ちゃんだ。
これは楽しみだ」
アレク様から聞いているのか、リーチェはあまりサン=バルロッテ館を訪ねては来なくなった。
アレク様もリーチェに託けて、美味しいお菓子などを届けてくれるのだが、私がそれを口にできる機会はまれだった。
この近辺の地形を覚えるため、また戦術などを実戦形式で教わるために行軍もどきのことや野営などをしていたからだ。
正直なところ、単に剣術を教わるだけだと思っていたので、何故こんなことまでさせられるのか疑問でしかなった。
でもとてもその疑問を口にすることはできなかったし、エセルバート様の指導はとても厳しかったが、いろいろな話を聞かせてくれて、とりわけ作戦の立て方や実戦での話など興味が尽きなかった。
有体に言えば、身体の負担のことはさておいて、私は意外と楽しんでいたのだ。
サン=バルロッテ館の使用人ともあまり顔を合わせることはできなくなってしまった。
私は身の回りの世話をしてくれているアリアンナという少女を通して、賢い下働きの少年(アリアンナの恋人らしい)に、にぃ兄様らしき人物の乗っていた馬車についていた紋章の家を探してもらっていた。
城下町の街中からそう遠くはないはずだと思うのだけど、案に相違してなかなか見つからなかった。
ディーノという名前の下働きの少年も、仕事しながら探すのは難しいだろうし、外にお使いを言いつけられた時くらいしか探せないと言っていたから仕方ないことではあった。
私はリーチェから聞くのとはまた違った、城下町に住む市井の人たちの噂話を二人から聞くのが楽しみだった。
二人によると、大公様というお方は、幼いころから変わり者で、凡そ貴公子らしからぬ奇行のお方であったそうだ。
早世なさったお父上もそういう気があったそうなので、遺伝かも知れないということだった。
年齢を重ねるにつれ、暴力的な一面も現れ、今では誰も大公様に意見を言えないらしい。
今回のご愛妾問題も、大公様が突然言い出して諫言忠言を口にする側近や大臣の言葉を一切聞かず、国中からご愛妾候補を集めたはいいけれど…
そこで飽きてしまったのか、思ったような愛妾候補がいなかったのか、愛妾選びは頓挫してしまっていて、宮廷から派遣された特使たちが国中のめぼしい若い女性たちを集めて回っているとか。
この国の南端にあるシエーラでは聞いたことの無いような大公様の姿に、私はげんなりしてしまった。
勿論、下層階級に近いような人たちの話だから、想像が混じっていたり真実でないことも多いかもしれない。
でも…ここは城下町だ。
日々、お城の御用を承って働く人々が、お城にお勤めしている使用人から直接話を聞くこともあるだろう。
アリアンナとディーノから聞くエピソードの全部が全部、嘘だとは言いきれない。
私はシエーラのお館様から、そんな大公様の所へ送り込まれようとしていたのだ。
無事にシエーラからここへ着いていたら、どうなっていたのだろうと思うと身震いするような寒気がした。
ヴァネッサだって、どうなっていたか…
私はアリアンナとディーノに、街中で見かけたヴァネッサに似た容貌の女の子のことを訊いてみた。
二人は、最近地方から食い詰めて都市に流れ込んでくる若い人たちが多いから、今はちょっと判らないけど、仲間に訊いてみると請け合ってくれた。
こうして、瞬く間に1ヶ月が過ぎ、季節は晩夏になろうとしていた。
私は毎日、一日に何度もう辞めたいと思ったか知れない。
でも絶対に泣き言は言いたくなかった。
山賊に襲われたときのこと、山の中でのにぃ兄様の悲痛な叫び声を思い出して、歯を食いしばってついていった。
私が迷子になってしまった城下町の大門の外で、主に稽古は行われた。
昼間に沢の方まで来てみると、あの時思ったよりもずっと城門から遠く離れたところまで来てしまっていたのだと驚いた。
アレク様はよく、明かりも持っていなかった私と馬を見つけてくれたものだと、今更ながらに感謝した。
あの時、私を快く乗せてくれた白馬はアルザオという名前で、もう引退しているが昔は非常に優秀な軍馬だったということだった。
優しい性格の馬で、私はアルザオに乗りたいと思ったのだけど、エセルバート様は「この馬はもう、クラリッサを乗せて駆け回ることはできない」と言った。
「あの時は、かなり無理したのではないかな。
よくぞ倒れずにクラリッサを無事に乗せていたものだと感心したよ」
私はがっかりしたが、アレク様が私のために探して手に入れてくれたグラディアトラスという名前の、年若いけれどこれもまた穏やかな性格の黒鹿毛の馬ともすぐに仲良くなることができた。
私はそれまで軍馬というものに乗ったことはなく、所謂、農耕馬としか接したことはなかった。
しかし、エセルバート様は私の姿を見て、ご自分の厳つい顎を撫でながら感心したように呟いた。
「クラリッサは馬の扱いに慣れているな…
まったく、底の知れないお嬢ちゃんだ。
これは楽しみだ」
アレク様から聞いているのか、リーチェはあまりサン=バルロッテ館を訪ねては来なくなった。
アレク様もリーチェに託けて、美味しいお菓子などを届けてくれるのだが、私がそれを口にできる機会はまれだった。
この近辺の地形を覚えるため、また戦術などを実戦形式で教わるために行軍もどきのことや野営などをしていたからだ。
正直なところ、単に剣術を教わるだけだと思っていたので、何故こんなことまでさせられるのか疑問でしかなった。
でもとてもその疑問を口にすることはできなかったし、エセルバート様の指導はとても厳しかったが、いろいろな話を聞かせてくれて、とりわけ作戦の立て方や実戦での話など興味が尽きなかった。
有体に言えば、身体の負担のことはさておいて、私は意外と楽しんでいたのだ。
サン=バルロッテ館の使用人ともあまり顔を合わせることはできなくなってしまった。
私は身の回りの世話をしてくれているアリアンナという少女を通して、賢い下働きの少年(アリアンナの恋人らしい)に、にぃ兄様らしき人物の乗っていた馬車についていた紋章の家を探してもらっていた。
城下町の街中からそう遠くはないはずだと思うのだけど、案に相違してなかなか見つからなかった。
ディーノという名前の下働きの少年も、仕事しながら探すのは難しいだろうし、外にお使いを言いつけられた時くらいしか探せないと言っていたから仕方ないことではあった。
私はリーチェから聞くのとはまた違った、城下町に住む市井の人たちの噂話を二人から聞くのが楽しみだった。
二人によると、大公様というお方は、幼いころから変わり者で、凡そ貴公子らしからぬ奇行のお方であったそうだ。
早世なさったお父上もそういう気があったそうなので、遺伝かも知れないということだった。
年齢を重ねるにつれ、暴力的な一面も現れ、今では誰も大公様に意見を言えないらしい。
今回のご愛妾問題も、大公様が突然言い出して諫言忠言を口にする側近や大臣の言葉を一切聞かず、国中からご愛妾候補を集めたはいいけれど…
そこで飽きてしまったのか、思ったような愛妾候補がいなかったのか、愛妾選びは頓挫してしまっていて、宮廷から派遣された特使たちが国中のめぼしい若い女性たちを集めて回っているとか。
この国の南端にあるシエーラでは聞いたことの無いような大公様の姿に、私はげんなりしてしまった。
勿論、下層階級に近いような人たちの話だから、想像が混じっていたり真実でないことも多いかもしれない。
でも…ここは城下町だ。
日々、お城の御用を承って働く人々が、お城にお勤めしている使用人から直接話を聞くこともあるだろう。
アリアンナとディーノから聞くエピソードの全部が全部、嘘だとは言いきれない。
私はシエーラのお館様から、そんな大公様の所へ送り込まれようとしていたのだ。
無事にシエーラからここへ着いていたら、どうなっていたのだろうと思うと身震いするような寒気がした。
ヴァネッサだって、どうなっていたか…
私はアリアンナとディーノに、街中で見かけたヴァネッサに似た容貌の女の子のことを訊いてみた。
二人は、最近地方から食い詰めて都市に流れ込んでくる若い人たちが多いから、今はちょっと判らないけど、仲間に訊いてみると請け合ってくれた。
こうして、瞬く間に1ヶ月が過ぎ、季節は晩夏になろうとしていた。
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