身代わり愛妾候補の逃亡顛末記

Dry_Socket

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第五章 宮廷

4.前日

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 翌日は、エルヴィーノ様が仰ったとおり、朝から忙しかった。
 起きて着替えを済ませ、顔を洗ってお化粧するとすぐに朝食が運び込まれて、バルトロが顔を出した。
 「おはよう、クラリッサ」
 傷だらけの腫れた顔で痛々しく笑うと、てきぱきと給仕してくれる。

 「バルトロ!
 …すごい、顔腫れちゃったね」
 私が頬に触れると、バルトロは腫れてほとんど塞がってしまっている右目を瞑って「大丈夫だよ」と笑った。
 「戦場にいると思えばこんなのかすり傷以下だし。
 隊長がめっちゃ謝ってくれたんだ、申し訳なかったって、泣いてくれたんだよ」

 しんみりと言いながら、私の前に料理の載った皿を並べていく。
 「この顔じゃあ、隊長の傍にはべってることは無理だから、今日はクラリッサの傍にいてくれって。
 隊長の部下の中では俺が一番、クラリッサを大切に扱うだろうからって」

 山賊討伐隊の館にいたときは、食事のマナーなども何も知らなかったバルトロは、非常にスマートに給仕してくれた。
 私が褒めると、バルトロは照れたように笑う。
 「アドルナートさんに教わったんだよ。
 クラリッサと晩餐会の給仕をしただろ、あの時俺何も知らなくて、恥ずかしかったし。
 クラリッサが背筋を伸ばして次々にたくさんの皿を持って歩いていくとこがめちゃめちゃカッコよくて、マネしたいって思ったんだ」

 「そうなの…
 バルトロの、そういう素直で謙虚で真面目な気質は、長所だと思うわ。
 皆に可愛がられて、どんどん人間としてのスキルが上がっていくから。
 これからもそういうところは、そのままでいてね」
 バルトロを見上げて言うと、バルトロは、ちょっと驚いたように身を引いて、くしゃっと顔を歪めた。

 「…はい、先生」
 泣き笑いのような顔でおどけたように言うと、私に背を向けて、ズッペの準備をした。

 食事が終わって片付けて出て行くとき、バルトロは、私に握手を求めた。
 「…明日は大変なことになると思うけど…
 俺は、いつもいつまでもクラリッサの味方だから。
 頑張れよ」

 宮廷で歌を歌うだけなのに、何がそんなに大変なの?
 私は疑問を口にしようとしたけど、バルトロは「これから、フランシスカ様が来るから」と言ってワゴンを押して出て行ってしまった。

 バルトロの言った通り、それからすぐにフランシスカとたくさんの侍女たちが、すごい荷物を持って訪ねてきた。
 「おはよう、クレメンティナ。
 明日の登城に備えて、いろいろと決めたり教えたりしなくちゃならなくて。
 サン=バルロッテ館の方が何かと便利なんだけど、アレク様がエルヴィーノの気持ちも判るから、今日だけは許してやれって仰って」

 フランシスカはいつもに似ず厳しい表情で、余計なおしゃべりは一切せず、私はドレスをとっかえひっかえ着せられ、何度もメイクを直し、髪も結っては崩されて、疲れたと言っても手を緩めてはもらえなかった。
 やっと決まると、今度は宮廷でのエチケットやマナーを教わった。
 歩き方やお辞儀の仕方、話し方や微笑み方まで厳しく指導され、内心うんざりした。

 午後のお茶も、宮廷でのテーブルマナーを教わりながらで、美味しいお菓子と軽食や温かいお茶もなんだか味がしなかった。
 フランシスカは帰り際に、私の両手を握りしめて少し笑った。
 
 「わたくしに教えられることは、全部教えたわ。
 あなたは元々、貴族の令嬢で素養があるし、覚えが早いから大丈夫よ。
 自信を持ってふるまってね。
 わたくしやシプリアノも明日は列席するし、何よりアレク様やエルヴィーノ様がいらっしゃるから、安心してちょうだい」
 また大きな荷物を持った侍女たちと、慌ただしく辞していった。

 夜になってようやく解放されると、私はぐったりと椅子に腰かけた。
 宮廷って…とんでもないわ。
 こんなに変なしきたりばかりなのね…
 
 というか、私、歌を歌うだけで、何故こんなに厳しくテーブルマナーや細かい立ち居振る舞いまで教わらなきゃならなかったのかしら…
 お辞儀カーテシーとかはまあ、判るけど…
 晩餐会にも出席するのかな。
 無理だわ…

 そんな感じで、前日は過ぎていった。
 

 
 
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