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第六章 シエーラの戦闘
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昼過ぎには侍従が「準備が整いました、お越しくださいませ」と呼びに来て、私たちは重い腰を上げた。
先ほどの話しぶりだと、お兄様方はシエーラの戦闘に加わる気のようだ。
兵隊さんの訓練など受けたことのないお兄様方が、戦などできるのだろうか…
心配になって聞いてみると、お兄様方は苦笑して顔を見合わせた。
「うん、さすがに前線では戦えないから、主に後方支援に回る予定。
私はオズワルド様と一緒に参謀本部に配置されることになろうかと思う」
にぃ兄様が私の肩を宥めるように撫でながら言った。
「大丈夫だよ、我々には先祖と父上のご加護、それから大公様という現実的にして最強の後ろ盾がある。
我々の大切な故郷を守ってみせるよ」
あなたはちゃんと大公妃としての自覚をもって、いろいろお勉強しなくてはね、とレオ兄様に言われて、私はしゅんとなってしまった。
そうだ…お妃教育とか…この先あるのだろうな…
いやもう、無理…
アレク様はなんで大公様なんだろう。
もっとずっと低い地位で良かったのに。
私たちは、迷路のようなお城の中をいくつもの廊下を渡り階段を上がったり下がったりして、やがてひとつの出口に辿り着いた。
「すごいな、お城って…
疲れておられませんか、母上」
にぃ兄様が感心したように言って、後ろを歩いているお母様を気遣う。
「大丈夫よ、昨夜は信じられないほどふかふかのベッドでたくさん寝て、美味しい朝食をたっぷりいただいたから。
皆には負けないくらい、気力体力は充実しているわ」
お母様は元気に言い、私たちは声を揃えて笑った。
「楽しそうだな、クラリッサ。
昨夜はよく眠れたか?」
良く響く声がして、私たちははっとして声の方にお辞儀する。
「顔を上げて。
そんなに畏まらなくて良い」
顔を上げると、アレク様が驚くほど近くにいて私はビックリしてのけぞる。
アレク様の後ろには、旅支度のエルヴィーノ様とオズワルド様がいる。
アレク様は私の腰を抱いて引き寄せ、髪にキスした。
「ダイアナが、そなたに会いたいと言ってきたそうだな。
あとで余も一緒に行こう」
え…なんでそれを、と訝しく思い、フランシスカの行動を思い出してあっと声に出した。
「フランシスカが知らせてきた。
ダイアナも大概天然だが、クラリッサが呼び出しを断ったと聞いて、思わず笑ってしまったよ。
俺のカミさんは二人とも面白いなあ」
可笑しそうにくっくと笑いながら、アレク様は皆を促して扉の前にいる衛兵に合図し、観音開きの大きな扉を開けさせて外へ出る。
扉の外は秋の風が涼しく吹き抜けてはいるけど、まだ夏の力の残る日差しに照らされて眩しかった。
そろそろさまざまな農産物の収穫期だわ。
私はアレク様に肩を抱かれて歩きながらそんなことをふと思う。
あの穏やかで静かな農村しかないシエーラが戦火に見舞われているなんて…
信じたくないけれど、本当のことなんだわ。
眼前に広がる、びしっと整列したものすごい数の騎馬と騎士、それに歩兵の姿を見て、心臓がぎゅっと縮むような恐怖を覚える。
アレク様が手を上げると、騎士兵士たちはいっせいに勝鬨を上げる。
私はその大音声に驚き、アレク様にしがみついた。
アレク様は少し笑って私の肩を抱いた腕に力を込めた。
「シエーラ奪還のため、そなたたちの働きに期待する!
ダリスカーナ大公国の底力を見せつけて来い!」
朗々と響く声でアレク様が言うと、また大きな「おーう!」という声が地面を揺らすほどの音量で轟いた。
私は堂々とした体躯の騎馬たちに目を奪われる。
目隠しをされて、時折足踏みをしながら並ぶ、軍馬たちは壮観だった。
かっこいいなあ…戦う馬たちだ。
私の愛馬は、元気だろうか。
エルヴィーノ様も、この戦隊の大将として、大きな声で戦士たちを鼓舞する。
それを見ているにぃ兄様は羨望の表情。
似たような格好をしていると、やはりよく似ている。
馬が牽かれてきて、エルヴィーノ様は颯爽と騎乗の人となる。
アレク様に向かって敬礼した。
「では、行って参ります」
「おう、行ってこい」
片手をあげて、まるで遊びに行くかのように軽く応じるアレク様に、エルヴィーノ様はにやっと笑って応えた。
「クレメンティナを泣かせんなよ」
「誰に向かってモノを言ってる。
俺がどれだけクラリッサに惚れてるか知ってるだろ」
アレク様もにやっと笑って言うと、エルヴィーノ様は一瞬、泣きそうに顔を歪めて「クレメンティナ、アレクに泣かされたら俺に言えよ、俺がもらってやるから」と笑い、馬の腹を蹴って出発した。
騎士から順に、列を乱さずエルヴィーノ様について進みだす。
「さてオレは、後方の馬車に乗っていくとしますか」
明るくオズワルド様が言い、にぃ兄様に「ほら、行くぞ」と促した。
「頼んだぞ、オズワルド、セノフォンテ。
エルヴィーノがあまり暴走しそうだったらちゃんと止めてくれよ」
アレク様が言い、二人は苦笑してうなずく。
「判ってる。
クラリッサ、アレクが暴走しそうだったら止めてくれよ~」
え?
と思う間もなく、オズワルド様は笑いながら行ってしまった。
「ではわたくしたちも行くわね。
元気でね、クレメンティナ。
大公様によくお仕えするのですよ」
お母様が声をかけてきて、私を抱擁した。
私は涙がこぼれてしまって、うまく言葉が出てこなかった。
嗚咽する私を「ほら、しっかりなさい!」とお母様は叱責し、「では、失礼いたします」とアレク様にお辞儀した。
「道中、気をつけて。
クレメンティナのことは余に任せて、そなたはいつまでも元気に暮らしなさい」
アレク様は優しく言って、泣きじゃくる私の背を撫でた。
お母様とレオ兄様は深々とお辞儀して、にぃ兄様の後について行った。
私は涙に霞む目で、見えなくなるまで姿を追っていた。
さようなら、お母様、レオ兄様。
お元気で。
…しかしこの後。
私は暴走し、アレク様も暴走してしまうのだった。
ごめんなさい、オズワルド様。
先ほどの話しぶりだと、お兄様方はシエーラの戦闘に加わる気のようだ。
兵隊さんの訓練など受けたことのないお兄様方が、戦などできるのだろうか…
心配になって聞いてみると、お兄様方は苦笑して顔を見合わせた。
「うん、さすがに前線では戦えないから、主に後方支援に回る予定。
私はオズワルド様と一緒に参謀本部に配置されることになろうかと思う」
にぃ兄様が私の肩を宥めるように撫でながら言った。
「大丈夫だよ、我々には先祖と父上のご加護、それから大公様という現実的にして最強の後ろ盾がある。
我々の大切な故郷を守ってみせるよ」
あなたはちゃんと大公妃としての自覚をもって、いろいろお勉強しなくてはね、とレオ兄様に言われて、私はしゅんとなってしまった。
そうだ…お妃教育とか…この先あるのだろうな…
いやもう、無理…
アレク様はなんで大公様なんだろう。
もっとずっと低い地位で良かったのに。
私たちは、迷路のようなお城の中をいくつもの廊下を渡り階段を上がったり下がったりして、やがてひとつの出口に辿り着いた。
「すごいな、お城って…
疲れておられませんか、母上」
にぃ兄様が感心したように言って、後ろを歩いているお母様を気遣う。
「大丈夫よ、昨夜は信じられないほどふかふかのベッドでたくさん寝て、美味しい朝食をたっぷりいただいたから。
皆には負けないくらい、気力体力は充実しているわ」
お母様は元気に言い、私たちは声を揃えて笑った。
「楽しそうだな、クラリッサ。
昨夜はよく眠れたか?」
良く響く声がして、私たちははっとして声の方にお辞儀する。
「顔を上げて。
そんなに畏まらなくて良い」
顔を上げると、アレク様が驚くほど近くにいて私はビックリしてのけぞる。
アレク様の後ろには、旅支度のエルヴィーノ様とオズワルド様がいる。
アレク様は私の腰を抱いて引き寄せ、髪にキスした。
「ダイアナが、そなたに会いたいと言ってきたそうだな。
あとで余も一緒に行こう」
え…なんでそれを、と訝しく思い、フランシスカの行動を思い出してあっと声に出した。
「フランシスカが知らせてきた。
ダイアナも大概天然だが、クラリッサが呼び出しを断ったと聞いて、思わず笑ってしまったよ。
俺のカミさんは二人とも面白いなあ」
可笑しそうにくっくと笑いながら、アレク様は皆を促して扉の前にいる衛兵に合図し、観音開きの大きな扉を開けさせて外へ出る。
扉の外は秋の風が涼しく吹き抜けてはいるけど、まだ夏の力の残る日差しに照らされて眩しかった。
そろそろさまざまな農産物の収穫期だわ。
私はアレク様に肩を抱かれて歩きながらそんなことをふと思う。
あの穏やかで静かな農村しかないシエーラが戦火に見舞われているなんて…
信じたくないけれど、本当のことなんだわ。
眼前に広がる、びしっと整列したものすごい数の騎馬と騎士、それに歩兵の姿を見て、心臓がぎゅっと縮むような恐怖を覚える。
アレク様が手を上げると、騎士兵士たちはいっせいに勝鬨を上げる。
私はその大音声に驚き、アレク様にしがみついた。
アレク様は少し笑って私の肩を抱いた腕に力を込めた。
「シエーラ奪還のため、そなたたちの働きに期待する!
ダリスカーナ大公国の底力を見せつけて来い!」
朗々と響く声でアレク様が言うと、また大きな「おーう!」という声が地面を揺らすほどの音量で轟いた。
私は堂々とした体躯の騎馬たちに目を奪われる。
目隠しをされて、時折足踏みをしながら並ぶ、軍馬たちは壮観だった。
かっこいいなあ…戦う馬たちだ。
私の愛馬は、元気だろうか。
エルヴィーノ様も、この戦隊の大将として、大きな声で戦士たちを鼓舞する。
それを見ているにぃ兄様は羨望の表情。
似たような格好をしていると、やはりよく似ている。
馬が牽かれてきて、エルヴィーノ様は颯爽と騎乗の人となる。
アレク様に向かって敬礼した。
「では、行って参ります」
「おう、行ってこい」
片手をあげて、まるで遊びに行くかのように軽く応じるアレク様に、エルヴィーノ様はにやっと笑って応えた。
「クレメンティナを泣かせんなよ」
「誰に向かってモノを言ってる。
俺がどれだけクラリッサに惚れてるか知ってるだろ」
アレク様もにやっと笑って言うと、エルヴィーノ様は一瞬、泣きそうに顔を歪めて「クレメンティナ、アレクに泣かされたら俺に言えよ、俺がもらってやるから」と笑い、馬の腹を蹴って出発した。
騎士から順に、列を乱さずエルヴィーノ様について進みだす。
「さてオレは、後方の馬車に乗っていくとしますか」
明るくオズワルド様が言い、にぃ兄様に「ほら、行くぞ」と促した。
「頼んだぞ、オズワルド、セノフォンテ。
エルヴィーノがあまり暴走しそうだったらちゃんと止めてくれよ」
アレク様が言い、二人は苦笑してうなずく。
「判ってる。
クラリッサ、アレクが暴走しそうだったら止めてくれよ~」
え?
と思う間もなく、オズワルド様は笑いながら行ってしまった。
「ではわたくしたちも行くわね。
元気でね、クレメンティナ。
大公様によくお仕えするのですよ」
お母様が声をかけてきて、私を抱擁した。
私は涙がこぼれてしまって、うまく言葉が出てこなかった。
嗚咽する私を「ほら、しっかりなさい!」とお母様は叱責し、「では、失礼いたします」とアレク様にお辞儀した。
「道中、気をつけて。
クレメンティナのことは余に任せて、そなたはいつまでも元気に暮らしなさい」
アレク様は優しく言って、泣きじゃくる私の背を撫でた。
お母様とレオ兄様は深々とお辞儀して、にぃ兄様の後について行った。
私は涙に霞む目で、見えなくなるまで姿を追っていた。
さようなら、お母様、レオ兄様。
お元気で。
…しかしこの後。
私は暴走し、アレク様も暴走してしまうのだった。
ごめんなさい、オズワルド様。
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