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第六章 事件前夜
7.ジェルヴェの気持ち
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「ジェルヴェ…なに?」
一瞬、止まってしまった呼吸を元に戻そうと胸に手をあてて、小走りに近づいてくるジェルヴェを軽く睨む。
「何じゃありませんよ!
今日は女子会だとおっしゃるから、私は涙を呑んで参加を我慢していたのに。
オーギュストがクリスティーヌ嬢と一緒にここを訪れて、リンスターの新作菓子を一番に食べたと!」
「…早耳ねえ。
どなたからお聞きになったの?」
「オーギュストですよ!
自慢げに、王宮内の私の部屋までわざわざ報告に来たのです。
私はもう、悔しいやら情けないやら。
オーギュストなんかに出し抜かれるなんて」
何なのよ…
ドゥラクロワ子爵もジェルヴェも子供っぽい理屈で、幼馴染同士、仲良く喧嘩してるって話?
私をダシに使って。
バカバカしくてやってられないわ。
私は大きくため息をつき「はいはい、ごめんなさいね。お菓子はもうないのよ。全部食べてしまったの」と言う。
帰ってちょうだい、もう、疲れたのよ今日は。
スレイマン皇子のことも気にかかるし。
「リンスター…」
私の素気無い態度に、すごすごと帰るかと思いきや、ジェルヴェは立ち上がった私の身体に腕を回し、抱きしめる。
「オーギュストが思わせぶりなのですよ…
私はもう心配で心配で。
オーギュストまで、あなたの魅力の虜になってしまった。
あなたがどんどん遠くなってしまうような気がして」
「そ、そんなことは…」
私はジェルヴェの言葉にどきっとして、ジェルヴェの腕の中から逃げ出そうともがいていた動きを止める。
この国の人々との交流が深まり、嬉しさのあまりジェルヴェのことは、正直なところ今までよりも軽く考えていた。
私ったら…あんなにジェルヴェにお世話になったというか、頼り切って過ごしてきたのに。
恩知らずと罵られても仕方ない。
「…ごめんなさいジェルヴェ…」
私は頬をジェルヴェの大きな胸につけた。
「リンスター…?」
ジェルヴェは私を抱きしめる腕に少し力を籠め、私の頭に優しくキスする。
「他の方々との交流が増えたからと言って、あなたを蔑ろにしているつもりはないの。
ジェルヴェがこの国での、私の生活をこれほど楽しくしてくれたのに、そんなふうに思わせちゃってごめんなさい。
細やかに気遣ってくれて本当に感謝しているわ。
恩知らずだと思われているのかもしれないけど、それは違うのよ」
「は?
リンスター、それ本気で仰ってます?」
てっきり怒っているのだろうと思っていた私の予想に反して、ジェルヴェは心底呆れたような声で言い、腕の力を緩めて私の顔を覗き込む。
「あのね…
私は、ほんっとに何度も何度も申し上げておりますが、私はね、あなたを愛している、のですよ。
この世にただ一人、そう思っているのです」
そう言って、顔を背ける私の頬に手を触れ、自分の方へ向かせた。
「そりゃ、男女間の恋愛の駆け引きとしては、すぐに返事をせずに相手の気を引くように焦らすのが常套ではありますが…
あなたのはちょっと違いますよね。
素で、判ってないらしい」
苦笑して、私の顔を両手で包み込む。
「あなたの境遇に同情したのが最初だったことは認めます。
だけど、あなたはこの過酷な状況にもめげず、他国でたったひとり、雄々しく立ち上がった。
そんな姿に、心底惚れてしまったのですよ。
あなたの境遇に付け込むような真似はしたくない、あまりに童女のような可愛らしいあなたを無理に手折るような卑怯なことはしたくないと思ってきましたが…」
「フィリベールはともかく、スレイマン皇子やオーギュストまでがあなたを手に入れようと画策しているのを知って、しかもなおかつ、あなたがそうやってどこまでもとぼけるのなら…」
ジェルヴェは私の頬に触れている両手に力を入れて、真正面から私の目を見つめる。
シャープで美しい、澄んだ碧い瞳に見つめられて、私は身動きできなくなる。
「少しは実力行使に出ないと、ね」
囁くように言うと、僅かに目を伏せて端正な顔を近づけ、私の唇にそっとキスした。
一瞬、止まってしまった呼吸を元に戻そうと胸に手をあてて、小走りに近づいてくるジェルヴェを軽く睨む。
「何じゃありませんよ!
今日は女子会だとおっしゃるから、私は涙を呑んで参加を我慢していたのに。
オーギュストがクリスティーヌ嬢と一緒にここを訪れて、リンスターの新作菓子を一番に食べたと!」
「…早耳ねえ。
どなたからお聞きになったの?」
「オーギュストですよ!
自慢げに、王宮内の私の部屋までわざわざ報告に来たのです。
私はもう、悔しいやら情けないやら。
オーギュストなんかに出し抜かれるなんて」
何なのよ…
ドゥラクロワ子爵もジェルヴェも子供っぽい理屈で、幼馴染同士、仲良く喧嘩してるって話?
私をダシに使って。
バカバカしくてやってられないわ。
私は大きくため息をつき「はいはい、ごめんなさいね。お菓子はもうないのよ。全部食べてしまったの」と言う。
帰ってちょうだい、もう、疲れたのよ今日は。
スレイマン皇子のことも気にかかるし。
「リンスター…」
私の素気無い態度に、すごすごと帰るかと思いきや、ジェルヴェは立ち上がった私の身体に腕を回し、抱きしめる。
「オーギュストが思わせぶりなのですよ…
私はもう心配で心配で。
オーギュストまで、あなたの魅力の虜になってしまった。
あなたがどんどん遠くなってしまうような気がして」
「そ、そんなことは…」
私はジェルヴェの言葉にどきっとして、ジェルヴェの腕の中から逃げ出そうともがいていた動きを止める。
この国の人々との交流が深まり、嬉しさのあまりジェルヴェのことは、正直なところ今までよりも軽く考えていた。
私ったら…あんなにジェルヴェにお世話になったというか、頼り切って過ごしてきたのに。
恩知らずと罵られても仕方ない。
「…ごめんなさいジェルヴェ…」
私は頬をジェルヴェの大きな胸につけた。
「リンスター…?」
ジェルヴェは私を抱きしめる腕に少し力を籠め、私の頭に優しくキスする。
「他の方々との交流が増えたからと言って、あなたを蔑ろにしているつもりはないの。
ジェルヴェがこの国での、私の生活をこれほど楽しくしてくれたのに、そんなふうに思わせちゃってごめんなさい。
細やかに気遣ってくれて本当に感謝しているわ。
恩知らずだと思われているのかもしれないけど、それは違うのよ」
「は?
リンスター、それ本気で仰ってます?」
てっきり怒っているのだろうと思っていた私の予想に反して、ジェルヴェは心底呆れたような声で言い、腕の力を緩めて私の顔を覗き込む。
「あのね…
私は、ほんっとに何度も何度も申し上げておりますが、私はね、あなたを愛している、のですよ。
この世にただ一人、そう思っているのです」
そう言って、顔を背ける私の頬に手を触れ、自分の方へ向かせた。
「そりゃ、男女間の恋愛の駆け引きとしては、すぐに返事をせずに相手の気を引くように焦らすのが常套ではありますが…
あなたのはちょっと違いますよね。
素で、判ってないらしい」
苦笑して、私の顔を両手で包み込む。
「あなたの境遇に同情したのが最初だったことは認めます。
だけど、あなたはこの過酷な状況にもめげず、他国でたったひとり、雄々しく立ち上がった。
そんな姿に、心底惚れてしまったのですよ。
あなたの境遇に付け込むような真似はしたくない、あまりに童女のような可愛らしいあなたを無理に手折るような卑怯なことはしたくないと思ってきましたが…」
「フィリベールはともかく、スレイマン皇子やオーギュストまでがあなたを手に入れようと画策しているのを知って、しかもなおかつ、あなたがそうやってどこまでもとぼけるのなら…」
ジェルヴェは私の頬に触れている両手に力を入れて、真正面から私の目を見つめる。
シャープで美しい、澄んだ碧い瞳に見つめられて、私は身動きできなくなる。
「少しは実力行使に出ないと、ね」
囁くように言うと、僅かに目を伏せて端正な顔を近づけ、私の唇にそっとキスした。
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