上 下
125 / 307
第五章 四人きょうだい

16.庚申待・5

しおりを挟む
 「月子姫、ご機嫌はいかがですか。
 楽しそうな会が催されると聞いて、居ても立ってもいられず参りましたよ」

 東宮は、もはや先触れもなく、訪いもいれずに勝手に入ってくる。
 後から、元信様と右近衛大将様がついて入ってきた。
 
 あの、幾望会に来た、気障な人だ。
 また厄介なの連れてきたな~
 
 はいはい、ご機嫌は最悪ですよ、それが何か?

 「そんなお顔をなさらないでくださいよ、権中納言だけが参加を許されるなんてずるいじゃないですか?
 渋る主上を説得して、左近衛中将も無理矢理引っ張ってきましたから、それで相殺ってことで、ね、月子姫」

 東宮はあたしの前に立って、腰をかがめて頬に触れてにこりと笑う。
 触んなこら。

 慌てて伊靖君と義光が準備した畳の上の座布団に、悠々と座ってのほほんと宣《のたま》う。
 「さてさて、今日の庚申待は、どんなことをしてお過ごしかな?
 私も混ぜてくださいよ」

 嫌だよ!
 せっかくの身内での楽しい会だったのに…

 縫姫は局に帰ってしまったらしい。
 何とか戻ってくれるように、内侍さんに呼びに行ってもらう。
 権中納言様も一緒に行ってくれるというので、有り難くそうしてもらった。

 一方、二の姫はとても嬉しそうに頬を染めている。
 …そうか。
 二の姫の為には良かったかな。

 あたしはため息をついて、式部さんに夜食の準備を頼んだ。
 人数増やしといて良かったわ。

 二の姫は東宮の横に座って「先ほどまで、皆で算学をしておりましたの。お姉様と権中納言様が先生で、お兄様と縫姫姉様と義光様が生徒で」と上気した顔で報告する。
 
 うう…なんて可愛いの。
 あたしが二の姫の愛らしさに見惚みとれていると。
 
 右近衛大将様があたしの前に座って両手を取って、「月子姫、前回の幾望会からいくらも日が経っていないのに、私は一日千秋の思いで居りました。お会いしたかった」と顔を近づけて囁く。

 あたしは手を振りほどき、にっこり笑って「わざわざのお運び、ありがとうございます。本日は右大臣家のきょうだい会でございましたのに…」と、言外にお前邪魔、と匂わす。

 右近衛大将様もあたしに負けず劣らず、にっこり笑う。
 「それは素敵な日に遭遇したものだ。
 右大臣家のごきょうだい皆様とお近づきになれば、私が月子姫と親しくなれる好機も増えるというものですね」

 どーしてそーなる?!
 あたしはこのポジティブ男の独特の論法に眩暈がした。

 「右近衛大将!
 月子姫を口説いても無駄だぞ。
 なんたってあの『石の姫』だからな」
 東宮が笑いながら声をかけてくる。

 「ふむ…左近衛中将もずいぶん手こずっているようだし。
 それはますます興味が湧いてきますね」
 あたしを横目で見て、不敵に笑う。

 べ・つ・に!
 元信様は手こずってなんかいないよ!
 三日夜の餅ができないのは、主上と東宮のせいだから!

 「お待たせいたしました、縫姫を連れ戻してきましたよ」
 得意げに言いながら、権中納言様が縫姫の手を引いて入ってきた。
 縫姫は「勝手に局に戻ってしまい、申し訳ありません…」と恥ずかしそうに笑って言う。

 「縫姫…?」
 東宮が不思議そうに訊く。
 「わたくしたちの異母姉ですわ。水無月会の名付けをしてくださいましたの」
 二の姫がすかさず説明している。

 こうやって見ると、東宮と二の姫って美男美女のお似合いのカップルだわ。
 お雛様みたい。

 「さあ、皆様。せっかくいらしてくださったのですから、庚申待を楽しく過ごしましょう。
 お夜食を準備いたしました、召し上がってくださいね」
 とあたしは仕方なく声を張った。
 
 と、そこで気づく。
 そういえば、元信様は?
 部屋に入ってきて、どこに行ったの?
しおりを挟む

処理中です...