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第七章 宮中

19.立場の変化

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 「それからもうひとつ。
 東宮殿下のお立場が、宮中で微妙になってきている」

 え、どういうこと?
 あたしは身を乗り出す。
 
 「もともと、関白殿の政敵であった、さきの太政大臣殿の御四男であられる権中納言殿や、先帝陛下の弟君のご子息の右近衛大将殿と御仲が良くて、その奔放な言動で関白殿や現太政大臣殿に煙たがられて居られる東宮殿下だが。
 ここに来て、さきの太政大臣殿の腹心であった儂の娘と頻繁に会い、文のやり取りをしている」

 「その上、現太政大臣殿の御娘御の暁の上が殿下のお子を身籠り、そのお子が皇子であったなら、関白殿の地位も危うくなるかもしれない。
 暁の上様が身二つになられる前に、何かと反抗的な今の東宮の地位を廃し奉り、他の宮様を東宮に立てられるかもしれない」

 ええっ…
 右近衛大将様や権中納言様、元信様が言っていたことは、本当だったんだ。
 
 東宮の底抜けに明るい笑顔がぎる。
 『私はね、東宮の立場なんて要らないのです。
 政治の道具にされるなんてまっぴらだ』
 と呟いた寂しげな言葉も。

 「そこのところをよく考えて、東宮殿下とはお付き合いなさるように。
 東宮殿下に悪い方向を向かせないように、貴女が気をつけて差し上げなくては」

 責任重すぎるんですけど…
 うん、でも、そうだね。

 「承知いたしました。
 気をつけますわ」

 あたしが言うと、お殿様は満足げに頷いて
 「頼み申し上げますよ」
 と言って、部屋を出て行った。

 はあ…
 あたしは大きく息をついた。
 
 いろんなことをいっぺんに聞いて、頭がパンクしそうだよ…
 どうなっちゃうんだろう、これから。

 その時、後ろから声をかけられた。
 「姫様…おめでとうございます。
 疑いが晴れて本当に良うございました」

 振り向くと、女房さん・侍女さん達が手をついて一斉に頭を下げた。
 皆、泣いてくれている。
 
 「あ、ありがとう…
 皆さん、顔を上げてちょうだい」
 あたしは式部さんの手を取って言った。
 
 「いつも迷惑や心配かけちゃってごめんなさいね」
 あたしが言うと、皆はまた涙を零す。

 「勿体ない…
 わたくしどもは、名高き右大臣家の伊都子姫様のお側にはべる事ができて、光栄に存じております。
 どうぞ、姫様はそのままでいらしてくださいね」

 良いのかぁ?そんなこと言っちゃって…
 後悔しても知らなくてよ。

 
 昨日見た夢のことを忘れることはできないし、忘れてはいけないと思うけれど。
 あたしは今、ここに生きていて、これからも生きていきたい。

 いつかあの世で伊都子姫に、胸張って会えるように。
 頑張って幸せになりたいと思う。


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