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おまけのおまけ リツの話。

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 次の話を書くのに確認しに来たのですが、2日程前に公開設定したはずのこの話が公開されていないとゆー……(泣)大変申し訳ありません……orz。m(_ _)m
 確認したら2日どころか5日前でしたよ……バタバタしてたので、いつも公開した後で公開されているのかを確認していたのを確認せずに閉じたのが敗因です。本当に申し訳ありません……。

 三人称視点です。
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 リツは猫だ。
 
 かつては路地裏で家族と暮らしていた。父と母――それから弟妹猫――当時のリツは両親から『ヨル』と呼ばれていた。野良ではあったが、ひもじい思いをした事は無かった。父は、この辺りのボス猫であったし、誰かに苛められるような事も無い。母は優しく、雨風を凌げる廃屋で暮らしていた。
 乳離れすると、母は美味しい匂いのする店の裏をヨル達に教えた。所謂、残飯のありかを教えたのだけれど、何軒かの店では魚の切れ端であったり少し温めたミルクを出してくれたりした。
 ヨルは、それらが好きだった。御飯をくれるその人達の事を母は『ヒト』と呼んでいた。『ヒト』とは良いものだとヨルも弟妹たちも思っていた。
 一番初めに産まれたヨルは弟妹の中で一番身体が大きかった。
 時々喧嘩もしたけれど、5匹の弟妹達は仲が良くヨルも身体が小さい年下の面倒を良くみた。暖かい日中は日向ぼっこをして、遊びながら転げまわる……そんな日常がヨルの全てだった。
 それが一転したのはある日の事だった。
 何人かの『ヒト』がこの廃屋にやって来たのだった。ヨル達は知らない事だったけれど、この土地が売られ――新しい持ち主がこの場所を買ったのだった。
 古くて汚い廃屋を壊し、新しく家を建てる……その為にはこの場所に住んでいる猫は邪魔だった。麻袋を片手に持った業者の男に『ヒト』を警戒する事をまだ知らない一番下の妹が近付く。

 悲痛な鳴き声――

 あっという間に捕えられ、麻袋に妹が入れられた事に驚く母の声だった。
 隠れなさい!との声にヨルと2匹の弟妹が廃屋の影に隠れた。逃げ遅れた弟が1匹捕まり、父と母が果敢にも取りかえしに行く――……爪と牙で威嚇し襲いかかれば『ヒト』は一瞬怯んだけれど、父と母は網を投げられて、捕獲され――麻袋に入れられてしまった。
 それを見て、裏の木戸の隙間から、ヨルと弟妹は逃げ出した。
 『ヒト』は暫く廃屋の周辺を探したけれど、リツ達を見付けられず諦めて帰って行った――それはとてもショックな出来事で、蠢く麻袋から聞こえる哀しい鳴き声が、ヨルの耳に何時までも残ったのだった。 
 業者の男達は、どちらかと言えば善良な『ヒト』であったので、捕獲は多少手荒かったものの野良猫の保護施設にヨルの家族を連れて行くつもりだった。けれど、そんな事情なぞヨル達には分かるはずもない。
 残された弟妹はすっかり『ヒト』に怯えるようになってしまった。対してヨルは恐怖もあったけれど、それよりも怒りの方が強かった。理不尽に家族を奪われた怒り――それがいつまでもヨルの中で燻り続けていた。
 『ヒト』の手から食べ物を貰うのは弟妹が特に嫌がったので、残された彼等は残飯を主に漁って生きていた。
 子猫しかいないうえ――この辺を縄張りにしていた父も居ない。大人猫に時には追い払われたり、御飯を横取りされながら生きる毎日。
 それでも、ヨルは弟妹を守ろうと必死だった――自分が探しだした餌を分け与え、夜は体温を分けあいながら眠った。嵐の夜には怯えて震える弟妹を慰めて――……そんな風に暮らした廃墟は、ヨル達弟妹にとっての安息地だった。
 けれど、無情にも食べ物を漁りに行っている間に廃墟には『ヒト』が侵入していた――解体工事が始まったのである。ヨル達は寝床を失ったのだ。
 そしてある日――野良イヌに追いかけられてヨル達は散り散りになってしまったのだった……。逃げた先で犬に吠えられ――見知らぬ大人猫に追い払われ……ヨルは自分が何処から来たのか――弟妹が何処に行ってしまったのかも分からなくなっていた。
 人気の無い――犬のいない所を探して歩いて――気が付いたら雑木林の中にいたのだけれど、そこが学園の敷地である事をヨルは知らなかった。
 幸い、この学園の雑木林には広葉樹が多く、その木のウロの一つがヨルの寝床になった。学園の食堂――調理場の裏にはヨルが生きて行ける位の食べ物もあったので、ヨルはこの場所を住処に決めた。

 『子猫だわ!』

 或る日、残飯あさりをしている所を『ヒト』に見つかった。
 無遠慮に伸ばされる手――ヨルは家族と離れ離れになったあの日を思い出した。威嚇し、前足に爪を出し差し出された手を引っ掻く――。
 『ヒト』はギリギリそれを避けたけれど、とても驚いた顔をして尻もちをついた。
 そのまま、毛を逆立てて威嚇してから踵を返す――。餌場を変える必要を感じたヨルは、暫くその場所に近寄らなかった。寮の食堂の裏手を次の餌場に定めたのだ。
 けれど、そこも見つかってしまった。『可愛い!』とか『子猫よ!』だとか決まった言葉を叫びながらヨルに近寄ろうとする者達……。
 無遠慮に伸ばされる手は、ヨルから見れば巨人が自分を捕まえようとしているようにしか見えない。威嚇し、逃げ回る日々が続いた。
 時には御飯が置かれる事もあったけれど『ヒト』がいる間は絶対に姿を出さないようにヨルは隠れた。
 まさか居なくなった後――出て来て御飯を食べる様子を影から見守られているとは思っていない。一生懸命に御飯を食べる姿が可愛らしい、媚びない所が良いなどと自分の事が話されているだなんて夢にも思っていなかった。
 そんな『ヨル』であった頃のリツが『リツ』になったのは、もちろんエヴァンジェリンと出会ったからであった。
 他にも『クロ』だとか『シャドウハンター』だとか『くろすけ』だとか色々な名前で呼ばれていたけれど、受け入れた名前は『リツ』だけだ――。そんな二人が出会ったのは、或る日の昼休みの事だった。
 ヨルの家――そのすぐそばだった。
 雑木林のかなり奥――普段は人が入って来ないその場所で、エヴァンジェリンは一人で声を殺して泣いていた。アネッテは傍には居ない。誰かに泣く所を見られたくないエヴァンジェリンが、用事を頼んで遠ざけたからだ。
 ヨルはどうしたものだろうと悩んだ。
 塒に帰りたいのに『ヒト』がいて帰れ無いのだから。この時のヨルは、エヴァンジェリンが泣いている事に気が付いていなかったので『ヒト』が居なくなるまで隠れる事にした。
 それから暫くは誰かがこの場所に来る事は無かった。けれど再び、エヴァンジェリンはここで泣いていた。ヨルの塒の木の近くにある切り株が、座るのに丁度良かったからかもしれない。
 最初は隠れていたのだけれど――その日は、か細い鳴き声がヨルの耳を打った。それはエヴァンジェリンから洩れた嗚咽であったのだけれど、ヨルにはその声があの日の――助けを求めて鳴く弟妹の声のように感じられた。
 
 そろりそろりと近寄って見上げる。

 ポロポロと涙を流すエヴァンジェリン。この日、泣いていたのは誰かが『悪役令嬢のお母様はヒロイン顔のようだと言われるくらいに美しい方なのでしょう?それなのに――お可哀想にね……』と話しているのを聞いてしまったからだった。
 『悪役令嬢』を産んでしまって可哀想――その言葉はエヴァンジェリンの心を抉っていた。自分の人生の先を悲観して流す涙では無く、この日の涙は母への申し訳無さから流れ落ちたものだった……。
 ヨルはこの悲愴な雰囲気で涙を零すエヴァンジェリンを見つめていた。何故か、失った家族を思い出したからだ。
 
 『――……猫――……?』

 だから、自分で思っているよりもエヴァンジェリンの近くに寄ってしまい、目が合ってしまった時には驚いて固まってしまった。驚き過ぎて、シビビビっと前足の先から尻尾や耳の先まで電気が走ったようだった。
 ヨルはしまった!とそう思った。『ヒト』のすぐ近くに来てしまったのだ。この『ヒト』も自分を捕まえようとするに違いないと、そう考えて――
 けれど、エヴァンジェリンはそうしなかった。撫でようと手を伸ばす事をせず、泣き笑いの顔をして『驚かせてしまったのね?ごめんなさい――』そう謝っただけだった。
 そして、ヨルを驚かせないようにそっと立ち去って行く――。
 ヨルはその行動に驚いたけれど、この日はまだ警戒を緩めたりはしなかった。『ヒト』を嫌っていたからだ。
 それからもエヴァンジェリンは時々この場所に来た。泣きに来た訳では無い。ヨルを見に来ていたのだ。
 もちろん、毎回会えた訳では無いけれど、エヴァンジェリンはヨルと会えた時には嬉しそうに笑顔を浮かべた。けれど、決して自分からヨルに近寄ろうとはしなかった。
 エヴァンジェリンが立ち去った後には、子猫用のキャットフードが置かれていて、ヨルはそれを食べた。
 
 「どうして、こんな風に誤解されてしまうのかしら……」

 その日、ヨルが塒に帰って来た時、エヴァンジェリンはそう呟いて涙を零していた――。
 この日は、人とぶつかってしまい相手が転んでしまった事が発端だった。あっという間にエヴァンジェリンがワザと相手を転ばせた事になっていた。
 ヨルはこの頃――エヴァンジェリンの事を信用しつつあった。他の『ヒト』と違い、エヴァンジェリンはヨルを怖がらせないように配慮し、勝手に身体を触ろうとしなかったからである――……。エヴァンジェリンのヨルへの思い遣りは確かに届いていたのだった。
 だから、ヨルは歩みを進めた。そしてそのままエヴァンジェリンの膝の上に飛び上がると、驚き目を瞠るエヴァンジェリンの目元を舐めた。幼い弟妹が、嵐の音に驚いて震えてる時にそうしたように……。
 エヴァンジェリンは、とても嬉しそうに笑うと初めてそっとヨルの背を撫でた――。
 
 『リツガルト』

 それは、弱者を助ける騎士の名だった。
 エヴァンジェリンが幼い頃に読んで貰ったと言う、絵本に出て来る騎士の名前――。流石に長いかしら?と言いながら、エヴァンジェリンはヨルの事を『リツ』と呼ぶようになった。
 ヨルだった子猫はその時からリツになった。
 リツの中で、エヴァンジェリンは無くしてしまった弟妹と同じ位置付けにあった。泣き虫のこの子は自分が守ろうとそう考えたのだ。それは『騎士』のようでもあったけれど、何よりも一人と一匹は友人となったのだった――。

 その後――

 公爵がリツを捕まえようとして敵認定されたり、エヴァンジェリンに引き取られる事になったりと色々な事があった。
 リツは超直感的にセドリックの事が気に入らずに、エヴァンジェリンに近寄ろうとすると威嚇している。お陰でアネッテとは仲が良い。セドリックを撃退する度に嬉しそうなアネッテと、言葉は伝わらずとも意気投合したからだ。
 だた、やりすぎるとエヴァンジェリンが寂しそうなので自重している。
 公爵は涙ぐましい努力をしながらリツに許しを乞うていたけれど、追いかけ回された事はリツのトラウマを刺激したので暫くは許したりしなかった。
 アネッテが結婚した後――セドリックは、リツに引っ掻かれようともエヴァンジェリンと手を繋ぎ――そうして二人も結婚した……。
 エヴァンジェリンとセドリックの間に産まれた赤子はとても元気で、その鳴き声は子猫の鳴き声に似ていた――リツは、やれやれ弟が増えたと考えながら、その子供とどう遊んでやろうか考えるのだった……。

 ゲッテンシュミット公爵家には猫の像がある。

 入口の玄関ホールにある階段の手すりに鎮座るすその像は、何代か前の公爵令嬢の友人だった猫だ――。よくその場所で公爵令嬢の帰りを待っていたのだと伝えられている。
 その黒猫は、家族や使用人にとても愛された――だから、天寿を全うした時――その死を悼まれて像が作られたのだ……。
 公爵令嬢を守っている騎士のようだったという黒猫の像は、ゲッテンシュミット公爵家を守ってくれると言われているらしい。
 今、その像の下を幼い少女と小さな黒猫が元気に走って行った――。仲良く、楽しそうに追いかけっこをしていたのは、その公爵令嬢と黒猫の子孫である……。エヴァンジェリンとリツの友情は、子供達にも伝えられて行ったらしいとだけ伝えておこうと思う……。
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 (公開させたと思っていた日の分)おまけのおまけ――結局長くなる予感――……。予告通り完結まで行きたかったのですが、まだかかりそうです;;大変申し訳ありません……。
 次はマリ―ロッテさん家のお話です。こちらも三人称視点でお送りします。
 
 (2021.04.28分)
 できれば今月中に完結させたかったのですが、仕事や、生活の形態が変化する事になりましてポチポチする時間が減りそうです……。なるべく早めに完結させたいと思っていますが、ご了承願いますm(_ _)m
 
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