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collect 5.心臓のフラワードレス
しおりを挟む靴はわたしに持っていてほしいと天木千歳は言った。
だから家に連れてきたはいいけど…やっぱり天才だなあって再確認させられた。
だって誰がシャンデリアみたいなキラッキラなパンプス思いつくよ。感性が違う。そういえば小学生のころのランドセルも深緑でおしゃれだったなあ。
やっぱり、憧れてたって近くにいたって、あんなふうにはなれないよなあ。
ヒールの形に指を這わせる。カラフルな爪を見ていっそうため息を吐きたい気分になってきた。
ラメがざらりとする。わたしの心臓みたい。うらやましいって気持ちで埋め尽くされてる。
「そういえばださいって言われちゃったなあ…」
ベッドの上に寝転びながら、こわさないように細心の注意を払ってきれいに拭いた靴をぎゅっと抱きしめる。
本当はださいなんて自分でもわかってるんだ。あんなのマロンに着させようとしてるなんてばかみたい。
あの天才にジュースをぶちまけるくらい怒ったのは、憧れてた人に図星をつかれたことへの気恥ずかしさと情けなさからだった。
自分のせいなのに。
明日、リンゴジュースおごってあげよう…いまさらあやまれない。絶対からかわれる。
かっこいいって言った時うれしそうだったな。自分大好き人間だもんね。
わかるよ、わかる。あんなの自分だったとしても好きになっちゃうよね。わかるよ。
靴についてるストーンを撫でる。
カラフル、いいなあ。羽もかわいいけど、やっぱり色がたくさん使われてると心が躍るというか…わたしだって本当はもっと…。
「だめだ、今のなし」
似合わないこと考えたらだめだ。
次の日の合宿は特にモデルがすることはなかったからずっとミシンをしていた。
服担当のイチも来たから一緒にしてるけど、なんて手際がいいの…なめらかすぎてずっと見ていたくなる。要領がよくて、無駄がなくって、こんだけじいっと見ていても気が散ることなく、たまに話しかけてくるけど手は止めない。
プロデュース科の人たちってみんなこうなんだろうなあ。
「ねえ、そういえばデザイン科にいるあられって知ってる?」
「あられ?知ってるよ、仲良くしてもらってる」
「ワタシの幼ななじみなのよー。クラスで浮いてないかしら?ほら、あんな感じだから」
ええっ、幼ななじみだったの?プロデュース科にそんな存在がいるなんて一言も言ってなかったのに。いや、あられは秘密主義だからあんまりそういうこと言わないけど。
「浮いてないよ、けっこうああいう子みんな好きでちやほやされてる」
「あらよかった~。あ、ねえちょっとこっち来て」
ミシンをしていた手がやっと止まったと思えば手招きされる。
そういえばわたしの作業は全然進んでないや。
「どうしたの?」
「一応上半身部分は完成しそうなの。当ててもいい?」
「もちろん」
うわあ、プロデュース科の人が作った服をこんな間近で見る事がこの先あるだろうか。きっとない。この才能を目に焼き付けておきたい。そんなことしたって無駄なんだけどさ。
ギンガムチェックやドット。赤黄色水色。いろんな模様と色の生地の継ぎはぎでできた上半身部分。
わたしは天木千歳たちが描いたデザイン画を見てないからこれがどうなっていくか知らないんだけど、とってもかわいい。
「ふふ、目がキラキラしてる」
「えっ!?」
「素直ねえ」
素直になんてなれてないと思うんだけど、天木千歳もイチもそう言うんだね。
そんな目をしてるかな、なんて思って手で覆ってみるとくすくすと笑われた。天使の鳴き声だ。
「理由をこじつけたって、自分には似合わないって思ってたって、自分の好きなものを目の前にしても嘘つける人間ってそうそういないと思うなあ」
「……」
「うれしい。着てもらう人に気に入ってもらえなかったらどんなにがんばって作った服もただの布になっちゃうから」
「着てもらう人に……」
好きな洋服屋ってきっと誰にでもあると思う。その店内をまわって、とびきり気に入ったものを見つけてお金を払って購入する。そしてそれを着て、自分を満たす。
わたしが作ろうとしてるものは、そんなチカラを持ってないものになるだろう。
マロンどころか、自分でも気に入ってない。全然気に入ってない。
これが最後の学園祭に出すものでいいのかな。去年作った黒いミニドレスのほうがまだマシだった。
「自分の好きなことがしたくてこの学校に来たのにできないままでいいの?」
「……」
「ワタシもこの恰好するようになったのこの学校に来てからなの。あられがここなら好きな恰好しても誰も何もいわないよって言ってくれたの。もし言われたらわたしが守るって一緒に入学までしてくれちゃって」
「あられが?」
ちょっとおどろいたけど、その行動はあられらしいようにも思える。なんだかあられのこともっと好きになっちゃった。
「うん。だからワタシはこの2年で絶対に自分の好きなものをやり抜こうって決めたの」
なんとなく、気づいてしまった。ほーりーもそうかもしれないけど、この学校を卒業したとき、彼らは今着ている服たちを脱いでしまうのかもしれない。
似合っていても、やめるのかもしれない。
優しい声で名前を呼ばれて、いつの間にか俯いてたことに気づいた。
「あなたがうらやましいよ。だって女の子の恰好したって誰にも何も言われないもの」
あまりにも真剣に言われて、ぽかんとしてしまった。
なによその顔、とじろりと見られて肩をすくめる。
「だって…うらやましがってる自分が誰かにうらやんでもらえるなんて思ってもいなかったから」
「うらやましいって言われていやだった?」
そう聞かれて首を横に振る。全力で振った。首がとれちゃうよって笑われた。
いやじゃない。びっくりしただけ。…うれしかっただけ。
「そ。いやな感情じゃないんだよ」
そうだったんだ。知らなかった。
うれしいって思ってもらえるようなものだったんだね。
合宿といっても学校に泊まるわけじゃないから、その日はマロンとごはんを食べにいった。
マロンは天木千歳への愚痴を延々と話してる。前までは天才のことをあまり知らなかったからうまい返しができなかったけど今ならマロンの気持ちがかなり理解できた。あんなに自己中心的で身勝手で、だけど文句が言えないくらいすごい人ってそうそういない。
「でも天木千歳の作るものは大好き」
そうつぶやく。褒めてるところは初めて聞いたからちょっと驚いた。
「もしかしてマロン、天才のことが好き…?」
「はあ?ありえないんだけど」
間髪入れずに否定されて、そうだよねえと返した。何聞いちゃってるんだろう。そんなわけないじゃんね。
「あのね。わたし、彼氏できたから」
美人なくせに彼氏がいない、っていうのが1年生の頃からのマロンだった。だから突然の告白にぎょっとする。
「尚弥くんのこともあって言い出せなかったんだけど。でも天木千歳のこと気にしてくるってことは大丈夫なのかなって思って言ってみた」
「え、なんでそこであの天才の名前が出てくるの?尚弥のことはわりと大丈夫だけど…」
尚弥のこと、あんまり考える時間がないというか。そういう面では合宿があって、みんなの作業を夢中で見れたこと感謝してるかも。
まあそもそもモデルのことがなかったら別れもしなかっただろうけど。
でも、最近うまくいってなかったしなあ。
「まああいつの話はいいや。とにかく、わたしの彼氏の話聞いて!ちょっと本当に好きでどうしたらいいかわかんない…」
えー…なにこのかわいい子!?!?いつものマロンじゃない。
でものろけられても嫌な気分にまったくならない。かわいい。わたし、かわいいのはなんだって好き。
「ほーりーのコスプレ仲間の人を紹介してもらったんだけどね、なんかもう王子様みたいでさあ」
「へえ、王子様とか意外と好きだもんね」
タイプな人が現れちゃったってことか。今まで散々男の子のことフッてきてること知ってるから、目をハートにしちゃうくらい好きな人ができてよかった。マロンって強いから一人で生きていけちゃいそうなんだもん。
いいなあ。恋かあ。かわいいなあ。
「だからね!」
「え、」
ぎゅっと手を握られる。ああ、ポテト掴んでた手で何を…美人のくせにこういうことを全然気にしないところがある。
「学園祭も来てくれるから、あんたが作るやつ絶対かわいいものにしてよね!」
「……あ……」
「あんたがは好きじゃないって言うけどわたしは1年のころからあんたが考える服好きなんんだ。だから楽しみ!」
そんなかわいく笑いかけられてもなあ。
あんな誰にでも作れちゃいそうなもの、見せたらきっと絶対怒られる。あきれられる。口もきいてもらえなくなるかもしれない。そう考えると背中がひやりとした。
どうしよう。マロンには着させられないよ。だけど。
去年の学園祭で見た大好きなあの洗顔クリームドレスを思い出して、ため息を吐きたい気分になった。
わたしにはあんなドレス作れないし、作ったって似合わない。
天木千歳にださいって言われたものだし、こんなに大好きそうな彼氏が見に来るステージにあんなの着させたらかわいそうだ。
だけどもう頼める人なんていない。
あのデザインを変えるしか──…
「あ、ねえそういえば、夏でもやってるイルミネーションとかないかなあ」
「え、イルミネーション?ふつう冬じゃない?」
「だよねえ。彼がイルミネーション好きだって言うから行きたくてさ。やっぱり冬まで待つしかないのかあ。早く行って喜ぶ顔が見たいのになー」
「イルミネーション……」
あ、浮かんだ。
頭の中に、ぽんぽんぽんって。本当にそんな感じの効果音が鳴って、埋め尽くされる。
思わず席を立つと「どうしたの?」と聞かれた。マロンの大きな目がまるくなってる。
「ごめん!帰ってやることある!」
「え、ちょっと」
「これお金!また明日ねっ」
「ええ!?」
待ってよ、と名前を呼ばれつつ言われたけど振り向く余裕はなかった。
足は速くないけど、家に向かって全速力で走った。さっきまでポテトを食べていたから胃が痛い。
鍵を開けるのに手こずった。
心臓がバクバクしてる。
呼吸が乱れてるのは、走ったからだけじゃない。
肩からトートバッグを落下させて、その中からスケッチブックと鉛筆とソフトパステルを取り出す。
浮かんだものを忘れないうちに、目に焼き付けるように紙に線を描いていく。
マロンの背丈。美人だけど胸はちょっと小さめで腰がキュッとなった体のライン。
そこに頭の中に浮かんだ洋服を着せていく。今はまだ紙の中だけど、出来上がった時に本人に着させたものをしっかりイメージして捉える。
作り途中のワイシャツはそのまま使う。ボタンだけ取り換えよう。
ハイウエストから伸びるのはバルーンスカート。
マロンは足がきれいだから丈は短めにする。短くさせるのはバルーンを広げるパニエの役割。
ワイシャツの袖はパフスリーブ。だけどお姫様みたいにコテコテにはしない。
髪型はゆる巻きにして、化粧は黄色とピンク系。それはマロンに自分でやってもらったほうが良さそうだから頼もう。
襟元にシルバーのスタッズを付けて、靴もスタッズで覆ったミニブーツにして……
「イルミネーション…」
LEDライトって手に入るものなのかな。
とにかく明日、合宿最終日だけど、材料集めに行って、進められるところまでやろう。時間があまりない。
着る人を喜ばせたい。
服ってそうやって作るべきだっていうこと、わすれていた。
自分のために作るものじゃない。イチも言ってた。
『俺らが作ったもんを身に着けて笑ってほしい』
恥ずかしいとか自分には似合わないとかそういうのを全く感じないなんて言ったらうそになるけど、浮かんだこれを、作ってみたい。
そして、これを着たマロンに笑ってほしい。わたしも、そう思ったんだよ。
買い出しに行く、と合宿を抜け出すとなぜか天木千歳も着いてきた。
「おまえのアレに材料なんか必要あんのかよ」
「うるさいなあ。文句あるならついてこなきゃいいのに。暇人」
「は?暇じゃねえっつの」
どう見たって暇人じゃん。服はイチが、ほーりーとほっしーが化粧や体への装飾をするし、この人よりリーダーシップがとれるマロンが指揮をとってる。充分だ。
…天木千歳と歩くと人にすごい見られる。
かっこいいけどそれ以上に人の目を惹くチカラを持ってる。堂々としてるからかな。隣にわたしなんぞがいたら本当はだめなんだろうなあ。
「あ、俺ちょっとこっち見て来るから」
「いちいち知らせてこなくてもご勝手にどうぞ」
助かった。人の視線が去っていく。
正直、自分の用があるならそれが終わったら帰ってもらって構わないし。わたしは学校に帰ったら職員室にも用がある。
バルーンドレスの色はワイシャツと同じ白。というか、ワイシャツと繋げてワンピースタイプにしたいと思ってる。問題はパニエの色だなあ。白じゃつまらないし、かといって主張が強すぎる色も避けたい。
水色、ピンク、薄紫に薄いオレンジ…この中から決めたいところではあるんだけど。
材料になるハードチュールのコーナーで立ち止まって、頭の中で何着もパニエを作っていく。
そっか、淡い色でグラデーションにすればいいのか。色ってたくさんあるから決められない。好きな色とか別にないもん。全部好き。
「おまえ作るもん変えたの?」
「わっ、ちょっと急に話しかけてこないでよ」
ハードチュールが巻かれた巻棒を何色か取って抱えていると「あと何色?」と聞かれた。水色と薄紫と黄色とオレンジとそれからピンク。天木千歳がなぜか3本持ってくれた。
「…変えた、よ」
「ふーん。じゃ、小栗が着るの楽しみにしてるわ」
不敵に笑われる。
なんだかくやしい気持ちになるのはなんでだろう。
見たときにがっかりされるようなものは作れない。作らない。そう誓った。
「あと何が必要なの?」
「えーっと、白いサテンとビーズセットとボタンかな」
ボタンが一番時間がかかりそう。天木千歳はとことんついてくるみたい。
生地屋さんの隣にあるビーズ屋さんに寄りスワロフスキーを探す。服を縫ったりするよりもビーズとかで装飾したりするほうが苦手。
天才は少し目を離した隙にクラフトビーズ体験に参加して一つの作品を仕上げていた。
器用な人だなあ。
「買えた?」
聞かれたからうなずくと笑われた。やっぱり笑いのツボがわからない。
おまけに髪の毛をぐっしゃぐしゃになるまでかき混ぜるように撫でられた。意味がわかんない。
「めっちゃうざいんだけどっ」
「生意気」
「それはこっちのせりふ!はー、うざい」
この人はいつも楽しそうだなあって思う。
わたしはまさか自分がこんな口を天才にたたくようになるなんて思ってもいなかったよ。
生地やビーズもそうだけど、ボタンにもたくさんの種類があるから選ぶのが大変だったりする。
特に今回わたしが作りたいものにはテーマカラーがないから、その色で合わせればいいとかそんな簡単な話じゃない。かと言って目立たないのもだめだし、ワイシャツのボタンだから大きすぎてもだめ。
さてどうしよう。
「俺ボタン見るのすげー好き」
「へー」
「なあ聞いてんの?」
うるさいなあ。かまってちゃんかよってくらい引っ付いてくる。生地屋の時もビーズの時もどっか行ってくれたからまだよかったけど、ボタンコーナーは狭いから一緒にいる羽目になってる。
後で戻すのが大変になるのに大きな手のひらに色んな種類のボタンを並べて「これがお気に入り」だとどや顔で見せてくる。
なんでわたしなんかに笑いかけてくれるんだろう。
「それ買うの?」
「んー。いや、こっちのシェルボタンを買う。何色にするかなー」
貝殻でできた軽いボタン。大きさと色と形がさまざまで、きれいなマルに加工されているものもあれば貝殻のままただ真ん中に4つ穴が開いてるようなものもある。
シェルかー。かわいいけどちょっと違うな。
「それどこに付けるの?」
「襟の後ろ。あと袖だな」
「そっちのほうが楽しみだよ」
わたしが作るものより天才が作るもののほうが楽しみだよ。
「…あのさ」
首をかしげて見上げるとむこうもこっちを見下ろしていた。
きれいな瞳だなって、いつも思う。
「去年おまえが学園祭で出したドレスあるだろ」
「あーミニドレス?」
「プロデュース科ではあれをブラックサンフラワーって呼んでるんだ」
ぎょっとした。何を言われたのか頭の中で繰り返してみたけど、心臓がどきどきしすぎてうまく考えられない。
「サンフラワーってひまわりって意味な」
「いやわかってるけど……わたしが作ったものが…プロデュース科で話題になったの…?」
そんなことってある?だってわたしなんかの作品、誰かに見てもらえるものじゃない。去年ステージに出すのだって勇気がいった。賞だってとってないし、数ある作品の中でうもれた一つにすぎないのに。
「けっこう見られてるもんだから、自分らしいやつを作れよな」
すっと頭を撫でられた。
今度はぐちゃぐちゃにされなかった。
かわりに右側に、何かで髪を一束括られる。
「なに…」
「さっき作ったからやるよ」
そう言うとわたしの言葉を待たずに手のひらに出したボタンをそれぞれの場所へ戻していく旅に出かけはじめた。
鏡なんて持ってないし、トイレに行く時間があったらボタンを選んじゃいたい。
何を作って何をくれたのかわからないまま、わたしはボタンのフロアをふたたび歩き始める。
何を付けたのかわからない。うんちのかたちだったらどうしよう。
でもそれでも、うれしくなってしまいそうで、そんな自分に戸惑った。
ボタンはパニエで使う色がそろったプラスチックのものにした。
同じ種類だけど、形を変えてみた。楕円形と丸と角丸型。色の順番は水色、みどり、むらさき、黄色、ピンク。ワイシャツの前開きのボタンを付け替えるんだ。
ミシンより手縫いの方が好き。だから楽しみだなあ。
「なんか顔が変わった」
「え、なんも変えてないけど」
帰り道、半歩前を歩いていた天木千歳がふいに振り返ったかと思えばそんなことを言ってきた。
化粧の仕方も変えてないし、色合いも変えてない。服だって黒のTシャツに白いスキニーって、いつも通り地味だなって自分でも思う。
なんだろう、と思ってると、大きな手のひらに顎を掴まれた。
「ななななにすんの!?」
噛んでやろうかと思って首を動かしたけど、いつだかわたしがしたみたいにもう片方の手で口を押えられる。この強引男…!
「ふ、ははっ」
「なにがおかしいの!?」
こもった声をまた笑われた。なんで笑ってんの?何がおもしろいのか意味がわからないのに、とても楽しそうに笑う。
泣いてしまいそう。
嫌だからじゃない。なんでかわからない。ただ、目の前にいるのが憧れていたあの天才だということが未だに慣れないだけ。
「俺、今が一番楽しいわ」
そんなことを想ってもらえるような人間じゃないのに、明らかにわたしに向けられてる。
わたしだって、今が一番楽しい。
それはきっとあんたがいるからなんだ。シャクだけど、そうなんだ。
新しく考えたデザインはこうだ。
白いシャツタイプの上半身に、ハイウエストからバルーンスカートが伸びるワンピース。
パンツが見えないように、かつスカート部分は思い切り広げるためにパニエを3枚重ねてボリュームを出す。
マカロンみたいなボタンは首下からすべて閉めて、ありとあらゆる裾部分は紺色の縁をくっつける。
襟元とブーツのスタッズでちょっと強めの印象も植え付ける。
そして、スカート部分にLEDを散りばめて括りつける。
スイッチは腰についてるパニエと同じカラーの花飾りの後ろにくっつけて。
ステージを歩く前にそれをオンにする。
「先生お願いします!わたしの作品がステージに出る時、会場を一度暗くして、そのあと薄暗くしてほしいんです。とにかく、明るくしないでほしいんです」
「ええ…証明いじるのってけっこう大変なんだよなあ」
「そこをなんとか…デザイン的にそうしてもらわないと困るんです」
ショーステージ担当の先生に交渉にきたものの、わたしってこういうテクニックを知らない。証明は業者の人にお願いするみたいで、その人たちとも話してからじゃないとわかんないんだって。
暗くできなかったらわたしのデザインは台無しだ。
不安でいっぱいになりながらも職員室を後にすると、プロデュース科に戻ったはずの天木千歳が廊下にいた。
「何してるの?」
「おまえを迎えに来た」
「いらないんだけど」
「かわいくねー」
そう言われてもね。本当にいらないもん。
「なあなあどんなのにすんの?」
「楽しみにしとくんじゃなかったっけ」
「明後日あけといて」
「ええっ、明後日は1日フリーにしてくれるって言ったじゃん!」
「どうせ彼氏と別れて暇だろ?」
暇じゃないんだけど!?
業者からの返事がもらえるのが3日後だからとりあえず制作進めようと思ってたのに。
前にいるのに後ろを向いて話しかけてくる天木千歳をにらむんでみせたけど、こっちは怒ってるのに笑ってる。よく笑うなあ。
「日給1万」
「え?」
「仕事まわすって言ったろ?明後日7時にうちに来い」
「えっ仕事って、」
「今日はもう好きにしていいから。じゃ、明後日な」
ちょっとちょっとちょっと。情報が少なすぎるでしょ。行っちゃったんだけど。
勝手な人だなって一日に何回も思わされてる。振り回されるってこういうことだ。
でもこういうのも学園祭が終わったら終わり。
…なんて思うことになるなんて思ってもいなかった。
きっとすぐにやめたくなるだろうって、やめさせられるかもしれないって思ってたのに、誰もわたしのことを見捨てないでくれて、モデルを変える気はないって言ってもらって。
今でも、どうしてわたしなのかわかんないし、わたしで務まるのかもわかんない。自信はない。ないんだけど、だけど…がんばってみたんだ。
わたしのことを恥ずかしいって思わなかった人たちのために、何かしたいって思ってる。
こんな気持ちになるのは初めてだよ。
デザイン科の教室に行くと、キョーカとあられも学校に来て作業をしていたみたいだった。帰り支度をしているところに出くわして一緒に帰ることになった。
「イチとあられが幼なじみだなんて知らなかったよ」
「ああ、聞いたの?イチかわいいでしょ」
「うらやましいくらいだよ」
「それ聞いたらあいつ喜ぶだろうから言ってあげて」
やっぱり、うらやましがられることってうれしいことなんだなあ。
イチとあられが並んで歩いてたら美女2人組みってすごい注目されそう。
「ねえジミーちゃんが髪飾りなんてめずらしいね」
キョーカにそう言われてはっとした。そういえばまだ何を付けられたのか見てないままだった。
さっき天才に付けられたんだけどまだ見てなくて、うんちじゃないか心配だっていう話をするとキョーカは爆笑しながら手鏡を貸してくれた。
見てみると、簡単に三つ編みした髪がバレッタで止められていた。いつのまに三つ編みしたのか。
手際の良さもびっくりだけど、それよりも。
うんちなんかじゃなかったよ。全然ちがった。
「ひまわり…」
「さすが天才、かわいいね」
心臓が、知らない動きをしてる。
この意味に気づきたくない。ただ、天才が作ったものが自分の髪にあることに愕いてるだけだ。
黄色だけじゃなくていろんな色のビーズでできたひまわりのバレッタ。
『ブラックサンフラワーって呼んでるんだ』
わたしが作ったものを、あの天才が知っていることも、記憶していたことも、わたしにとって初めて経験するキセキだった。
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