これはキセキコレクション!

花泳

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collect 6.作品名はキセキコレクション

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キセキっていうものは簡単には起こらない。

起こる人は限られた人間だ。

そう思っていた。20年間、一度だって「これはキセキだ」なんて思ったことなかったのに。


なのにあの天才は、いとも簡単にわたしにキセキを見せてきた。

だけど…どうしてもまだ足りないの。


「いいかげん見せてよ」

「だめ。当日までのお楽しみにしてて!」


ミシンをしていると勝手に覗き込んでくるから、マロンを教室から押し出す。

舌を出して「けーちっ」と言う姿がかわいくて自分が作るものをこの人に着せるなんて本当にいいのだろうかと思ってしまった。


なんだかなあ。これだって思うデザインはできたけど、実現できるかどうかもわからないし、本当にこれでいいのかもわからない。マロンに見せられるような段階じゃないんだ。


ボタンも買ったものに付け替えて上半身部分がほぼ完成に近くなった頃、ほっしーから呼び出しの電話があった。優しいほっしーの後ろで「早くしろよ」なんて言う天木千歳の声が聴こえる。

もしかして機嫌わるい…?だとしたら最悪だ。機嫌のいい時もめんどくさいのによけいめんどくさくなるじゃん。控えてほしい。


どちらかと言えば、というより確実にきらいなところの方が多いし、気に入らないし、めんどくさい存在。


だけどどうしてか、あのひまわりを持ち歩いてしまってる自分がいる。

道端に咲いてるひまわりにも目が引かれてしまう。


「ひまわりって…」


大きくて、晴れやかで、かわいくて、黄色で、よく目立つ花。

去年わたしが作ったミニドレスは、黒色だったけど確かに上から見たら花が咲いているように見えるシルエットにしたくてがんばった。…まさかそんなところに気づいてもらえるなんて思ってもいなかった。

それを、忘れないでいてくれる人がいて、それが、まさかあの天才だなんて思ってもいなかったんだよ。


プロデュース科の教室に行くとすぐにドレッサーの前座らされた。ヘアメイクの練習かな、と思ったけど違くて、マロンと天木千歳がアクセサリーのことで言い争いを始めた。

トータルコーディネートって大変だな。


「ここまでびっくりするほど意見一致してたのにやっぱりだめだったねえ」


ほーりーがあくびをしながらつぶやくと、ほっしーが「だね」とあきれ顔で笑った。イチは無視して生地を裁断している。わたしも手伝おうと思って立とうとしたら強く名前を呼ばれ「ここに座っとけ」と命令された。


くう…わたしはこいつの態度が気に入らない…!


みんなよく一緒に作業できるよね。絶対に絶対に無理なんだけど。

なんかこう、もうちょっとさ、言い方とか頼み方とかあるよね。わたしも今度命令してみようかな。


はあ。時間がもったいない。どうして天才と秀才のレベルの高い言い合いを間に挟まれて聞いていなきゃいけないんだ…。みじめな気分になってきた。


「わたしがここにいる意味ないじゃん」


だったらこんなところでぽかんと座ってるんじゃなくてちょっとでもみんなのチカラになりたい。チカラなんて持ってないし迷惑かもしれないけど、でも、なんかしていたい。

それなのにさ、この男…。


「なあ、おまえどういうのがいいと思う?」

「え……」

「ちょっとあんた、どっちの意見がいいと思う?」


えーっと、ネックレスをロングにするかショートにするかだよね。ビーズで作るかチェーンで作るかも争ってる。


「いや、わたしの意見なんていいけどふたりで言い合ってないでみんなで決めなよって思う」


そりゃみんなのチカラになりたいとは思ってるけど意見を言える立場じゃない。ロングでもショートでもビーズでもチェーンでもこの人たちが作るものならきっとかわいくなるだろうし。


さっきまでの言い合いがウソみたいに静かになった。


もしかしてよけいなことを言っちゃったかもしれない。そう思って謝ろうと口をひらいたけど、声に出すまでにはいかなかった。


マロンと天才は目を合わせ、それから「それもそうだな」と天才がつぶやくように言った。それに対してマロンも「そうね」と同意する。

よけいなことじゃなかったみたい。


班のメンバーがドレッサーの前に集まる。

こうしていると、同じ教室にいるのにこうやってみんなで輪になってるのを見るのは初めましての自己紹介の時以来な気がする。わたしだけが座ってるから、わたしが中心にいるように鏡には映っていて場違い感がつらい。

そろりそろりと席を立って退散しようとしたら「どこ行くんだよ」と天才に手を掴まれた。


「や、わたしがいたら邪魔かなあと思って」

「おまえも考えろよ」


ええ…わたしなんか考えたってあんたたちよりもいい案浮かんだりしないよ…。

ぶつぶつ言ってみたものの見事にぜんぶスルー。肩を押されてイスに戻された。


じゃあ考えるよ。考えてみる。


カラフルな原色たち。白に近いゴールド。何種類もの柄。羽もラメもシェルもリボンも星もハートもお花も使われてる。

わざと統一性を欠けさせた、ふつうの道じゃ絶対に着られないような、ランウェイだけに用意されたミニドレス。


髪型はアップ。チークの代わりに星やハートのシール。化粧はビタミンカラー。

普段のわたしならありえないような、全く違う世界のもの。

花屋かなランウェイに充分すぎるほどの華を添えられる作品だ。まだ完成はしていないけど、それはもう、わたしが着ることが申し訳ないほどに。


「私はチェーンだけど短いのがいいと思う」

「えーオレはマロンの案がいいかな。短いビジュー」

「ワタシはちーくんのロングチェーン推し」

「…おまえは?」



だから、なんでさっきからわたしに聞いてくるの?

そう訴えるように見たけど、班のみんなが意見を求めるかのようにこっちを見てくる。


プロデュース科はすごい人たちの集まり。才能が長けていないと入れないよう、入る前にテストがあるような学科で。そんな人たちに意見を言えるほどの存在じゃない。


「凡人の意見も聞かせてみろよ」

「…はあ?」


思わず怪訝な声が漏れた。

天木千歳は不敵に笑ってる。とても腹立つ。凡人って、そりゃ凡人だろうけどさ。


「参考までに聞かせて」

「う…マロン」

「お願い」


名前を呼んで頼み込んでくる。マロンに言われると、そうしないといけないような気持ちになる。天木千歳に言われるとむかつくのになあ。


「わたしは…」


でも、この意見は正直怒りを買いそうだ。

かと言ってそれ以外にわたしの意見はないから、正直に言おう。


「チョーカーが、いいと思う…」

「チョーカー?」

「あの、ごめん、どっちに賛成か言いたかったんだけど、バランス的にチョーカーかなって思って…」


わたしだったら無地のチョーカーにするなあ。色はカラーでも靴と同じゴールドでも合うと思う。


「でもわたし首太いからチョーカー似合わないかも…」


わたしが着るんじゃなかったらもっとずっとよかったんだろうなあ。


ドレッサーの鏡に映る自分の顔にはやっぱり嫌いだなって思わされる。

体だってきれいな体型なわけじゃない。服装は地味。髪だってただ伸ばしているだけ。

首は短くて太いほうだと思う。


なんて、ぼんやり自分の首を鏡越しに見つめてると、後ろにいた天木千歳の手のひらがそこに巻き付いてきた。


「え、なに!?」


手、冷たいんだけど!さっきからというかいつもそうだけど平気な顔で触れてこないでほしい。

冷たい手を引きはがそうとしてみてもびくともしない。そのうえちょっと首がくるしい。こいつう…。


「おまえは気にしすぎ。似合うチョーカーを作ればいい話だろ」

「天木、それわたしにやらせてくれない?」


気にしすぎってさらっと言われた。なんだか気にしてるわたしがばかに思えてくるほどさらっと言われた。


みんなを見渡すと優しい笑みが返ってきた。チョーカーでいいらしい。

怒られるかと思った。プロデュース科の意見を遮ったんだもん。なのにいいんだって。このひとたちが変わり者なのか、それともわたしが勝手に思い込んでいただけなのかな。


「…頼む」


天木千歳にそう言われたマロンは、わたしが見た中でもかなり上位に入るカワイイ笑顔を浮かべていた。

なんだかんだ、お互い認め合ってるんだね。


「聞いてよかった。さんきゅーな」


あ、でた、ださいさんきゅー。

でもちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、天木千歳にしてはかわいらしく耳に響く。


そしてさんきゅーの前に呼ばれた自分の名前は、何度でも繰り返してみたくなる。これはなんなんだろう。


勝手なところが嫌い。

だけど意外と人にお礼とか言うし、嫌なやつでもない。


学園祭が終わればこんな時間も終わるんだよね。あんなにやりたくなかったことなのに少しだけ淋しくなってしまうのは、この班のみんなが好きだからかもしれない。

ジミーちゃんってあだ名じゃなくてわたしの名前をちゃんと呼ぶから、それがめずらしくて少しだけうれしいだけだよね。



今日の天木千歳のお昼ごはんは中華スープととりささみだけだった。


太りやすいからって、なんだかなあ。

背も高いしスラッとしてるし顔だっていいんだから気にしなきゃいいのに。


「はい」


仕方なくまた自分のお弁当のおかずをわけてあげると、目の前の顔はぱあっと明るくなった。


「春巻きだ」

「冷凍だけどね」

「うそだろ。形がいびつすぎる」

「う…」


そんなにまじまじ見ないでよ。本当、なんでも観察する癖あるよね。そのくせ人の気持ちには鈍感で自分の身勝手を押し付けてきたりしてさ。

わたしも、なんで毎回言いなりになっちゃうんだろう。

嫌なんだけど、なんか、やらざるおえないというか……こいつが言うと、できそうというか…。



「ねえねえそういえばブラックサンフラワー、あれどうしてるの?」



ほーりーに言われてぎょっとした。


わたしは自分の作ったものにタイトルなんてつけたことない。あれを、ひまわりをイメージしたものだなんて誰にも言ってない。

それなのにわかるなんて、やっぱりなんか、この人たちはすごい。


「あれは家にあるよ。クローゼットに入るようにミニドレスにしたの」

「へ~」

「おまえって憧れてるやつとかいんの?」

「へ……」


天木千歳からのふいな質問に思考回路が一瞬停止した。



どくどくと心臓が脈を打つ。

憧れ…あこがれ、てるのは……。



「え…まさかあんた、天木のこと、」


隣に座ってたマロンの口を急いで手でふさぐ。

ひええ…天木千歳のこと見てしまった。つい見てしまった。バレるところだった。

さすがに、今までたくさん嫌いだのなんだの言っておいて、いまさら実は前からこの男の作る作品に憧れてたなんてそんなこと絶対に言えない。


「ちがうちがう、誰がこんなやつのこと!」

「ああ?」


うわあ、こわい。にらまれてる。


「わ、わたしは、去年あの洗顔クリームドレスを作った華実はなみ先輩に憧れてるんだから…っ」



思わず言ってしまった、もう一人の憧れの人の存在。


誰にも言ってなかったのに言ってしまった。わたしがあんなかわいらしい華やかなドレスに憧れてるなんて知られたら笑われる。

すぐに我に返って「今のはうそ、」と言いかけたところで、天才の口から「華実の…?」と、あの先輩の名前がこぼれた。



ほわっほわに広がった純白のウェディンクドレス。

息をのむほどきれいで、無垢ですてきだった。身体にぴったりで、自分のために作ったんだろうなあってドレス。よく似合ってた。


「お知り合い…?」

「おまえも見ただろ。俺の家に飾ってあった写真のひとつに映ってたのが華実」

「ええっ、えーっと、幼ななじみ?」

「ただのくされ縁だよ」


それを幼ななじみっていうんじゃないのかな。

わかんないけど。あ、わたしが作った春巻きを食べて「うま」ってつぶやいた。

華実って呼んだ声よりもきれいに聴こえる。なんて、思ってる自分が理解できない。なんなんだろう、これ。



「へえ、あんたやっぱり天木千歳のこと憧れてるんじゃない」


マロンが言うから、さっき口をふさいだ意味が完全になくなった。


「な、なんでよ!わたしは華実先輩に憧れてるって」

「去年の学園祭のあの作品が好きなんでしょう?」

「そうだけど…」


「あれ、本当はあまちーが作ったんだよー」



ほっしーの無邪気な声に、今度こそ思考が数秒停止した。

あれを作ったのがこの天才?


「え、華実先輩は自分で作ったって……」

「作ってあげたんだよね」


うそでしょう。それって、本人の代わりに作ったってこと?

天木千歳を見るととくに無表情のまま「あげたんだよ」って言った。


なにそれ…じゃあわたしがずっと、いいなあって、かわいいなあって、あんなドレスを作ってみたいなあなんて思ってたものは、華実先輩じゃなくて天木千歳が作ったものだったってこと、だよね。

そんなことってある?いったいふたりに何があったのか、そういうことすら気になってしまう。


「嫌いな俺が作ったやつで悪かったよ」

「ち、ちが……」


ごちそーさま、とお弁当箱のふたを返された。

何も聞けないまま天才は教室を出て行った。肩をぽんとマロンに叩かれる。


「何、今の…」

「むずかしいヤツだからね、気にすることないよ。華実先輩のこともあいつはべつに恨んでないし怒ったわけじゃないと思うよ」


嫌いな俺がって、言った。

ちがうって言いそうになった。


あいつの言う通り、あんなやつ嫌い。最初から今もずっと身勝手なやつ。人の気持ちなんて考えてないようなやつ。


嫌いなのに否定しようとした。

ポケットの中にあるひまわりのバレッタを握りしめる。



「あのドレスかわいかったよね」

「…やっぱり、天才だ」



華実先輩にぴったりだったあれ。


うらやましい。

あんなすてきな作品を作った天木千歳も、それを着た華実先輩も。


このうらやましいも喜んでもらえるものなのかな。
きっとちがう。なんとなく、ちがうものだと思った。



待ち合わせ時間の5分前に天木千歳のマンションの下に着いてたのに、やつが降りてきたのは15分後だった。「朝はえーよ」なんてつぶやく。

自分が時間決めたくせに遅れてくるなんてなんなの。しかもテンション低いし、低血圧かよめんどくさいな。


文句を言おうと口を開くと、先に大きな手で顔を覆われた。


「うるせえよ」

「まだ言ってないじゃん…!!」

「おまえの小言言う前の顔覚えた。うざい」


あんたのほうがうざいから…!!!

偉そうな顔で見下ろしてくるから、偉そうな態度がにじみ出ているこの手をバコバコ叩いて振り払う。睨みつけると楽しそうに笑われた。


この男のこと本当に本当に嫌いだわ。

人のことからかって楽しんでさ。最初に言ったと思うけどわたしはこの人のおもちゃになりたいわけじゃないんだ。


それにしても、あの天才と並んで電車に乗る日がくるとは思わなかった…。


「なんだよ」


ちらりと見上げるとぶっきらぼうにそう言われ、肩が跳ね上がる。

窓の外見てるから気づかれないと思ったのに。


「べ、べつに何も」

「あっそう」


なんか、機嫌わるいなあ。昨日もけっきょくお昼終わった後は教室に戻ってこなかったし。今日だってなかなか来ないからすっぽかされたかと思ったんだからね。


「…あのさ、華実先輩の話ってされたくない感じ?」


昨日からくすぶってる、この話に対してのもやもやとした黒い霧が頭の中にあるような気分が気持ち悪くてどうにかしたい。

だから思い切って聞いたけど「べつにどーぞ」なんて、どーぞって思ってなさそうに言われた。


ただの幼なじみじゃない。

…あんな作品、その人のことを考えて考えて考えつくさないと、できっこない。自分で作ったものならまだしも、天木千歳が作ったものなんでしょう。


「どうして、華実先輩は自分が作ったものとしてあのドレスを出したの?あげたって、どうして?」

「言いたくない」

「あ、そう…」


だったらどーぞなんて言わないでよ…!

じろりと見ると「でたその顔」って笑われた。笑うタイミングおかしくない?


はあ、疲れる。なんか振り回されてばっかり。

…あのドレスの話したいだけなのにさ。



「おまえさ、あのドレス好きなの?」


そう聞かれて、心臓が高鳴った。もうこの話はしちゃだめだと思ったのに、していいらしい。


「大好き!」

「…、」

「甘い生クリームっていうよりは洗顔クリームなの。せっけんの匂いがしてきそうな無垢な華麗さがあって、ボリュームがあるけど控えめで…あ、あのパニエ、お花の形にしたチュールを敷き詰めてるでしょう?華実先輩にぴったり!あと腕に巻きついてたお花とビジューの蔦が可憐だったなあ。お化粧は天木千歳がしたの?全体的に白い世界だったのに顔はピンクしかのせてなくてかわいかったなあ。見たときうっとりため息が出てね、ステージじゃなくて、もっともっと神聖な場所にいるみたいな気分になった」

「…っ」

「あと裸足だったでしょう。なんか、あの演出もよかった」

「………もういい」

「うわーたくさん話しちゃった。本当にあのドレス大好きなんだよ。ねえぜんぶ天木千歳が作ったの?やっぱり天才なんだね。あとイヤーカフも花がモチーフだったよね!左耳だけゴージャスで足元とのアンバランスさがまたすてきで──」

「もういいって」



むぐ…と自分から変な声が漏れる。さっきよりもっと強く、手のひらで口をふさがれた。


痛いんですけど!

にらみつけて文句を言いたかったけどできなかった。



耳と首まで真っ赤にして、それを隠すみたいにそっぽを向く横顔がそこにあって息をのむ。


…そんな表情もするの?



「おまえ…褒めすぎだから」


心臓がぎゅうっとせまくなる感覚がした。


「うるせえし、あんなん大したもんじゃねえのに、大好きとか…」

「…照れてるの?」

「そんなわけねえだろ調子のんじゃねえ」


周りから評価されてる天才なんだし、褒められたことなんてたくさんあるはずなのに。


「そんな反応されたら、調子、のるよ……」


真っ赤になってさ。
いつも以上に口が悪くなってさ。


思わず赤い頬に手を伸ばして、そっと触れる。

あたたかい、気持ちになる。


好きなものと出会った時みたい。


触れた手を大きなそれに捉えられてはっとした。勝手に触って怒られるかもしれない。

そう思って身構えたけど怒声はなかった。



「俺、おまえのこと……」



いつになく真剣な声。真っ直ぐな瞳。顔は真っ赤なまま。

何も言えずにただ言葉の続きを待つ。

なかなか続きを言わない天木千歳が不思議で首をかしげると目を反らされた。

こんな態度されるの初めてなんだけど、なんなの?


次の駅の名前を知らせるアナウンスが響くと、天才はほっとしたような口ぶりで「降りるから」とつぶやいた。

言おうとしてたことってこれじゃないよね?検討つかないけど、別のことだよね。


「続きは?」

「たいしたことじゃねえから気にすんな」


たいしたことじゃなくても気になるじゃん…!


問いただそうとしたけどこれ以上聞いてくんなオーラがにじみ出てて聞けなかった。もやもやするなあ。

わたしの半歩前を歩く背中についていく。

やっぱり人の視線が天才に集まっていく。そりゃ見るよなあ。わたしも、校内で見かけたら見てたもん。なんでだろう。


「今日どんなことするの?」


そういえば何も聞かされてない。一応動きやすい服装で来たけど平気かな。

天木千歳の紹介ってことは洋服関係の仕事だよね。


「雑誌撮影なんだけど、おまえは早着替えの手伝いと服の補正とかやって」

「ふうん。天木千歳は?」

「俺はコーデ考える」

「…ほー」


歩くペースは半歩前だけど、もうずっとずっと先までこいつは歩いてるんだろうなあ。

コーデ考えるとか、わたしにはできないこと、がんばってるんだよね。



天木千歳に連れてこられたのは駅から3分ほどにある撮影スタジオだった。

こんなところに来たのは初めてなわたしはきょろきょろと見てしまう。それに対して天木千歳はひょうひょうとした態度で進んでいく。


「ちょっと待ってよっ」

「おせえよ」


なんて言いつつ立ち止まって、振り向いてくれる。

いつもそうだ。ペースを合わせてくれるほど屋さしくはないんだけど、こうして待っていてくれたりもする。


雑誌の撮影ってこういうところでするんだなあ。ファッション雑誌を見るのは好きだけど、ほど遠い世界のことだから考えたこともなかった。


「あ!ちーくんだ!」

「よお」


目の前の光景にぎょっとした。


ここ最近じゃ一番人気だと言われてるティーンモデルが天木千歳の腕に自分のそれを巻き付けてる。

なんかめちゃくちゃ仲良しっぽい。えええ…あんなかわいい子がこの世に存在する…?


世の中不平等だ…。


目の前にいきなり現れた、自分とは天と地ほど差がある美男美女が並んだ光景をぼんやり見ていると「なにぼーっとしてんだよ」って言われた。

そんなにかわいい子が腕組んできてるのによくわたしの存在のこと考えられるよね。わすれ去られると思った。


「だれこの子!」

「バイト」

「ちーくんの知り合い?じゃあ腕もいいんだね」


かわいい顔が近づいてくる。

うう…お願いだから、わたしの顔を見ないでほしい。

目の大きさも、鼻の高さも、肌の艶も髪の艶も、まだうっすらとしかされていないお化粧も、体の細さも、わたしとは全然ちがう。


「わたしは何も…」

「センスは確かだからコキ使っていーよ」

「やったー。たくさんワガママ言っちゃおーっと」


ふんわりとした笑顔をこぼしたあと、るんるんって音楽が聴こえてきそうな足取りで向こうへ行ってしまった。

ワガママってなんだろう…?それよりも。


「センスがいいとか、嘘言わないでよ」


あとでがっかりされて天木千歳が怒られたって知らないからね。


「嘘じゃねえよ。ほら、俺らも行くぞ」

「……嘘だもん」


わたしなんて、何もできないし、何も持ってない。

天木千歳みたいに努力なんてしてこなかったんだから、それを、後悔できるような立場でもない。



「嘘ならさすがにこんなところ連れてこねえよ」



髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜられる。

ちょっとちょっと何すんの…と顔を上げると、天才はまるで褒めるみたいに不敵に微笑んでいた。


この天才は間違いなくすごい人なんだ。いくつも賞を受賞してるし、こうしてプロと仕事をしている。どんなジャンルの服も作れるし、色も素材も自由自在に操って自分だけの作品してしまう。

そんな人に「腕がいい」なんて、わけもわかならいまま言われて。


わたしはこの人の目にどう映ってるんだろう。


他のスタッフさんたちにあいさつに周ると「へー愛嬌があってカワイイじゃん」なんて言ってもらった。そんなわたしを見て笑いをこわえてる天才のことは後でどうにかしよう。

ここから先は天木千歳とは別行動らしい。

わたしが手伝う部署のリーダーの人に天才から託された自分のことが、自分じゃないみたいに思えてくる。

まさかあの天才に仕事を紹介してもらう日がくるなんて思わなかった。


「あなたすごいのねえ」

「へ…」

「天木くん。なんでも自分でできちゃう子だから他人を紹介してくるなんてびっくりしちゃった。今日一日よろしくね」

「あ、は、はい、よろしくお願いします!」


わたしだってびっくりしてる。

でも仕事なら俺が回してやるって、一番最初の頃に言われたなあ。


きっとただの気まぐれだ。センスがいいとかも、自分が紹介したからには嘘でもちゃんとしたやつだって言っておきたかったんだろう。

そうじゃなきゃ、おかしいじゃん。

何もないわたしなんて、褒めてもらえるような人間じゃない。


「じゃあまずこれを洋服のここに付け足してくれないかな?」


襟付きの半袖の口にパールのビーズをくくりつけるらしい。


「はい。でもどうして付け足すんですか?確かにあったほうがかわいいですけど」

「この服はあのモデルが着るんだけど、あの子二の腕が細いからボリュームを出したいの」

「なるほど。わかりました、この裁縫道具使って平気ですか?」

「うん、お願いね」


勉強になるなあ、これ。


今日の撮影は雑誌の表紙と、最近流行りのブランドの新作紹介ページの撮影らしい。

今わたしがパールを縫い付けてる服は表紙に使うもので、今回のプロデューサーさんが直々に作ったものなんだって。

着る人が決まっていて、補正してもいい服はモデルさんに合わせていくんだって。よりかわいく、きれいに見える表紙を作るためらしい。


一着一着、お化粧、ヘア。頭のてっぺんからつま先まで気持ちが込められていく。


プロデュース科の人もそうだった。キョーカやあられたちもそう。

今までのわたしは適当だったんだと、思わされる。



やっぱり業者の人がなんと言おうと照明を落としてもらおう。

わたしだって、すこしは本気で作ってみたい。着てる人をより輝かせてみたい。

そんな服を作って、そしたら、天木千歳に見せたい。


嘘だ、なんて疑うこともできないくらいのものを作ってみたい。


「できました!」

「はいじゃあ次これね」


できてはまた次のものが来る。現場の仕事って大変なんだ。でも楽しい。

レースやラメ。カラフル。逆に品のある落ち着いたカラーのもの。洋服のにおい。落ち着くけど、どきどきする。わくわくする。今日できた雑誌のページを見て服を買う人がいるかもしれない。コーデを真似する人がいるかもしれない。

そんな場所にいるってことだけで胸がいっぱいだよ。



しばらくすると服の補正作業から別の仕事に移された。ハンガーラックにかかった服を素早くかつ正確に組み合わせていく天木千歳。それをモデルさんに着させるわたし。天才の仕事をこんな近くで見れるなんて、きっとこれから先一生ないと思うと目に焼き付けておきたくなった。

すごい。センスがいいのはこの人の方だ。

その組み合わせする?なんて思ったものも、モデルさんが実際に着ると「かわいい」って意見が逆さまになる。


「おまえこれとこれどっちの方が合うと思う?」

「えっ」


朱色のフレアスカート一着に、白とクリーム色のトップスを見せられる。どっちが合うって、あんたが決めた方がいいに決まってんじゃん。


「早くしろ」

「う…靴は朱色のパンプスだよね?」

「ストラップ付きのな」

「じゃあ白の襟付きの方!に、白のレース靴下!」

「靴下まで聞いてねえよ」


む、むかつく!確かにでしゃばりすぎたかもしれないけどさ、聞いてきたのはそっちじゃん。


「でも俺もそう思ってた」

「だったら聞くなし…!」


いったいなんなの、この男。

意見がちがってたらどうしてたんだ。


「たくさん見すぎると鈍るから他のやつの言葉って必要なんだよ」


普段は他人の言葉なんて一切聞こえてないみたいな態度で身勝手な行動ばっかりするくせに。

…でも同じ意見だったの、うれしかったかもしれない。



着飾ったモデルさんはみんな、服の一番のポイントが目立つようにして堂々とカメラの前に立つ。

服を作る人は着る人が笑顔になるように、って考えて細部まで考えて作る。

組み合わせる人は、この人にはこれを着てほしいとか、この組み合わせを見た人が真似してくれたらいいとか、そんなふうに思ってコーデを決める。

写真に写るモデルさんは、その服のアピールポイントをおさえて一番に見てもらえるようにポーズをとる。服装のテーマによって表情も変えて…なんだか泣いてしまいそうになった。


圧倒された。


あの人たちは自分が美人だからとか、かわいい自分とかよりも、その雑誌を買った人が自分が着た服を選んでくれるようにって思ってるんだ。

そういうのが伝わってくる。

知らなかった世界がそこにはあった。


ほど遠い世界だと思っていたのは自分だけで、ここにいる人たちはみんな、雑誌を買う人に寄りそうような気持ちでいたんだ。



「天木千歳…」


その名前を呼ぶには相応しくない弱々しい声がこぼれた。


「ん?」


それでも彼は怒ることなく、首をかしげてくる。

自分が変わることなんてないと思ってた。だけど、変わらないといけないんだって思わされるくらい、この人に話しかけられたあの日から、たくさんのことを知った。気づけた。


「来れてよかった」

「だろうな。今のおまえ、つまんないって顔してない」


誰のおかげだよ。

シャクだから絶対に言わないけど、ここにいるあんたも、とても楽しそう。



撮影がすべて終わったころにはくたくたになっていた。


「おつかれちゃん」

「あ、ありがとうございます」


一番最初に話したモデルさんが飲み物が入った紙コップをくれた。すぐに飲んだわたしを見て「慣れなくて疲れたでしょう」と微笑む。

この子はワガママ、と言いながらも、背中のファスナーを上げてほしいとかボタンを付けてほしいとか前髪をとかしてほしいとか、そういう当たり前のことしか言ってこなかったなあ。


「あの、かわいいですね」


わ。隣に座ってきた。いい匂いがするよ。花柄のワンピースがとっても似合ってるよ。


「やったー、ありがとう。ねえねえちーくんと同級生ならあたしとも同い年だよ。これからもよろしくね」

「ええっ、でももう来ることないと思う…」

「そうなの?じゃあ連絡先交換しよー」


どういう展開?ふつうじゃありえない展開に心臓がせわしなくなる。


「あたしは実零みれいね」

「もちろん知ってます、けど…あっ」


携帯をとられる。名前を呼ばれた後、パスワードかけなよって笑われた。

次に手元に帰ってきた時には実零ちゃんの名前とIDが入ってた。自分の携帯じゃないみたいだ。

アイコンが愛犬だ。自分の画像じゃないんだなあ。


「ミーコでかくなってね?」

「あ、ちーくんおつかれーい」


わたしの携帯を覗き込んで、アイコンを見ると微笑む天木千歳。

なにこの人、動物とか好きなの?意外すぎる。

それにしても仲良しだなあ。芸能人と仲良いって、天才は天才ってだけじゃないらしい。


もしかして、付き合ってる、とか?


天木千歳はモテるのに彼女がいないっていう噂だけど、いてもおかしくないわけで。それが芸能人ならみんなに秘密なのもおかしくないってことで。


…付き合ってたらどうしよう。



「あらためまして、あたしはちーくんの幼なじみの実麗です。モデルをしてますが普段はただの大学生やってます。よろしくねー」

「…幼なじみ?」

「うんそおなのー。心配してるかもって思って言ってみたよ」

「な、なんも心配してないよ!?こいつの相関図なんて気にならないし!」

「べつにたいしたことねえしな」


いや、こんなかわいいモデルと幼なじみってたいしたことでしょう!?

それにしても幼なじみって聞き覚えのある…しかもそう言われてみれば、なんとなく。


「…あ、れ、もしかして、華実先輩の妹とか?」

「え!お姉ちゃんのこと知ってるの?」


ああ、やっぱりそうなんだ。目の形が似てるし雰囲気もそっくり。言われないと気付かないくらいだけど、よく見たらそう。

こんな美女姉妹が幼なじみなんて…なんかよけい、天木千歳の隣に並んだりできないなって思う。


「去年の学園祭で憧れのドレスを着てた人で…だから一方的に知ってるだけなんだけど」

「あ…あのドレス?」


実零ちゃんが暗い表情で天木千歳に視線を移す。

「気にしてねえって何回も言ってんだろ」ってぶっきらぼうに言ってるけど、そうは思えない感じ。隠すのが下手なんだね。


何があったのか気にならないわけじゃないし、むしろとても気になってるんだけど、わたしに関係ないって言われそうでこわい。

だからって実零ちゃんに聞くことでもないし。


そんなもやもやを抱えながら帰ったけど、こわいくらい他愛のない話だけをした。こんなに穏やかに話をしたのは初めてかもしれない。

送ってくれるとは思わなかった。近いことに愕いてた。わたしだって、あんたと近い場所に棲んでたなんて知らなかったし、知ることになるとも思ってなかった。


「あのさ」

「なに?」


家に入ろうとしたら腕を掴まれて引き留められた。


ドレス、見せて」


去年作ったあのミニドレスだってことはすぐにわかった。


「え…でも奥のほうにしまってて、シワになってると思うし…」

「見たい気分なんだよ」

「う。なんであれのこと気にするの?」


気にしてもらえるようなものじゃない。先生からの評価だってたいして高くなかった。

初めて作ったドレスだし、がんばったつもりだったけど、みんなの作る鮮やかだったり華やかだったりするものに埋もれただけのもの。



「黒を、初めて綺麗だと思ったんだ」


「…きれい…?」

「ひまわりモチーフなのに黒って、斬新で。ミニなのにいろんな生地の黒使ってて、上品で綺麗だったんだよ。俺には一番そう見えた」


さっき、わたしが華実先輩が着たドレスを好きだって言った時の、天木千歳の反応がよみがえる。


「俺だって好きなんだよ」


きっと今はわたしが真っ赤になってるんだろう。



親も兄弟も家にはいなかった。

あの天才がわたしの家にいる。しかもふたりきりなんて、こんなこと一か月前の自分に話したら夢でも見てるんだと笑われると思う。

夢じゃない。

これは、本当に起こってること。


思った通りクローゼットの中で眠っていたあのドレスの裾はしわくちゃになっていた。

見せたくないなあ…なんて思ってたのに、「まだかよ」と部屋に入ってきた。入ってこないようにリビングにジュースを置いて、座らせてたのに!


「ふ、フホーシンニュー!!」

「うるせえ、どっから声出てんだよ」

「あっ」


言い返す間もなくハンガーごとドレスを奪われる。

文句を言おうとしたけどできなかった。だって、きらきらした瞳でドレスを見てるんだもん。


「……」


はずかしい。

だけど、悪くない。心地いい。


「やっぱり」

「…?」


「綺麗だよ、これ」



ああ、ずるいひとだなあ。

そんなこと言われて、うれしくない人なんていない。それがあの天才で、憧れの服を作る人だったら尚更なんだよ。


わたしのこと何も解ってない。

でも、解らないでいてほしい。


知られたくない、心臓の高鳴り。まだ曖昧だけど確実に生まれてしまっているもの。


「ありがとう。…作ってよかった」


報われなくてもいい。

わたしが作ったものが報われたから、それだけで充分だ。



天木千歳が帰った後、ドレスのシワ伸ばしをして、部屋の見える場所にかけて飾った。

親にはめずらしがられたけど、なんだか優しい目で見られて、見透かされてるような気分になった。


天木千歳が作ったパンプスを枕元に置いて眠る。

こんな日が来るなんて思ってもいなかった。


…なんて穏やかな気持ちで眠りについたのに、見た夢がとてつもなく最悪で飛び起きた。


「調子にのっちゃだめだってお告げだ…」


キョーカが天木千歳に骨抜きになれてる夢だった。最悪だ。自分を見てるみたいで、気分が悪い。


だけどその日はとてもうれしいことが起きた。業者からオッケーがでたってことで照明を落とす許可がとれたんだ。だから早速バルーンスカート部分を作るためにミシン室にこもってるとイチから呼び出しの連絡が入った。



ううう…作業はキリの悪いところなのに、天木千歳の低い声が「早くしろ」ってつぶやいたのが聴こえて、文句を頭の中に並べつつプロデュース科の教室に向かう。

こういうところはまだまだ弱いなあ、自分。というか自分を変えるっていってもどうやってしたらいいかわかんないよね。


教室の中に入るとすぐにマロンに腕を引かれて言葉を発する間もなくドレッサーのイスに座らされた。


「え、今日作業するの!?」

「はい化粧落としまーす」


聞いてないんだけど…!

自分の作業を進める気でいたわたしに文句は言わせないといわんばかりに化粧を半分落とされる。うわ、これじゃあもうここから動けない…。

ここの人たちは強引すぎる。強行突破が得意技。

ため息を吐こうとしたらリップを塗られ、もう何もできなかった。


ヘアメイクまでばっちりされた後は試着室に連れていかれ、わたしが身に付けていたものははぎとられて代わりにイチが作ったドレスを着せられる。着せ替え人形になった気分だ。

ほーりーのボディメイクが始まる。

身体中キラキラのラメパウダーを塗りたくられた後、いろんな色と形のシールを体にちりばめられ、瞼の下にも貼られて、肌が見えるすべてのところに貼られる。


ええっと、この状況はなに?


マロンが首にチョーカーを巻いてきた。靴とおそろいの色。キラキラのラメが入っていて、シンプルだけどかわいらしい。


「おまえ靴は?」

「持ってきてないよ!?」


だってこんなことするなんて知らなかったもん。

そう訴えると、昨日伝えるのわすれてた…とバツの悪そうにつぶやく。そうだったんだ。ならため息は飲み込もう。


だってこれって。



「完成した」



そういうこと、でしょう。


スニーカーのままの足元とまだ灰色のままの片手だけがアンバランス。悪い意味。

若干の申し訳なさを感じつつ、だけどあれを履いた時の自分を想像した。とっても、夢みたいなかわいさだった。


「すごい…」

「まあちょっと手直しとかもあるけど、いい感じね」

「とってもかわいい!」


ほーりーの腕がわたしを包み込む。

それからイチに手を握られ、もう片方はほっしーに握られる。

マロンはほーりーごと抱き着いてきて、天木千歳は、予想通り頭を撫でてきた。今日はセットしてあるから、いつもより優しい手つきだ。



「チョーカーにしてよかったな。しっくりくる」


低い声が、優しい。


「ほんとにほんとに…わたしでいいの…?」


カラフルな衣装。いくつもの模様。ラメにシェルボタン。髪型はリボンパフェ。足元はフェザーシャンデリア。肌はポップロックシャワーみたい。爪先は―――どうするべきなんだろう。


今日着てきた服はカーキ色に濃い色のジーパン。いつもの感じ。いつものわたし。

だけど今だって、気持ちはいつもの自分そのもので、このかわいい恰好をわたしがしてステージに立っていいのかわからないままでいる。


靴ならいくらだって直すから…22センチなんて言い訳だ。まだ他の子にするのも遅くない。


マロンに名前を呼ばれたと同時に、ほーりーの抱擁の力が緩む。

みんなの顔が見える。



「作品名は、キセキコレクション」


「テーマはたくさんのキセキ」


「キセキ、コレクション…?」



確かに、まるでキセキがたくさん詰まったような作品だ。

だってわたしは今、奥にある鏡で真っ直ぐ自分のことを見れる。見たくないはずの自分に見惚れてる。


「おまえ言っただろ。キセキがたくさん起きない限り、わたしの人生ではありえないって」

「言った…」

「だからおまえのためにみんなでキセキを作ったんだ。それをおまえが着ないでどうすんだよ」


わたしのための、たくさんのキセキ。

起きてしまった。


この力強い作品に、せめて相応しくいたいと、思った。

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