障王

泉出康一

文字の大きさ
66 / 211
第2章『ガイ-過去編-』

第2障『何も知らない』

しおりを挟む
4月9日、夜、障坂邸、ガイの部屋にて…

ガイはベッドの上で横になり、今日起こった事を思い出していた。

「ハンディーキャッパー…PSI…タレント…」

メイドの村上がガイの部屋に入ってきた。

「ガイ様~、夕食のご用意が出来ましたよ~。」

ガイは無視している。

「ガイ様~、また聞こえないフリですか~。」

その時、村上の背後に1人の男が現れた。

「退け。」

その男は村上を押し退け、ガイの部屋に入ってきた。

「だ、旦那様⁈」

それはガイの父親、障坂家当主、障坂いわおであった。

「(お、親父⁈)」

ガイはベッドから飛び起きた。

「ど、どうかなさいましたでしょうか、父上…」

すると、ガイの父は話し始めた。

「十谷から聞いたぞ。今日学校で問題を起こしたそうだな。」

ガイは緊張している。

「少し遅刻しました…」

ガイは恐る恐る、事実を伝えた。

「意識が低すぎる。お前は自分が障坂家の人間だということをもっと自覚しろ。」
「…はい。」

ガイは下を向いた。

「二度と障坂家の恥になるようなことはするなよ。」
「わかりました…」

ガイの父親が部屋から出て行こうとしたその時、ガイは叫んだ。

「父上!」

すると、ガイの父親は足を止めた。

「なんだ。次の予定が迫っているんだ。早くしろ。」

ガイはためらいながらも発言した。

「今日、なんの日か覚えてますか…」
「知らん。」

ガイの父親は即答し、何処かへ行った。

「…」

今日はガイの誕生日。それを、父は覚えていなかった。いや、覚える気すら無いのだろう。
すると、村上はガイに言った。

「き、きっと旦那様は、ガイ様にお祝いの言葉を言うのが照れくさかったんですよ!」
「…ほんとに?」

ガイは村上の目を見た。

「はい!きっとそうですよ!」

村上はガイから目を逸らした。

「…優しいね。」
「勿論ですよ。旦那様はいつもガイ様のことを思っているんですから。」

ガイの『優しいね』は、決して父親に対してのものではない。自分の事を気遣い、嘘をついてくれた村上へ言ったものである。

「ご飯、できてるんだっけ?」
「はい!食後にはケーキもご用意してますよ!」

ガイは自分の父親の事を何も知らない。ただ、唯一知っている事は、父親は息子である自分に微塵も興味を示していないという事。否、自分を含めた人間という生き物に対して興味を示さない事だ。
頭が良く、効率的で、生真面目。情に流される事なく行動でき、普通の人なら不可能な事まで楽々とこなす。人はそんな父親の事を『尊敬』、又は『嫉妬』するだろう。しかし、ガイが彼に抱いていた感情、それは『憐れみ』であった。人への興味を断ち切った事で人間としての何かを失ってしまった父親を憐れむ気持ち。ガイは、そんな欠落した父親が嫌いだった。父親が欠落していると気づいたあの日から。

10年前、障坂邸、とある部屋にて…

部屋の大きなベッド、その上には若く美しい女性が横になっていた。彼女の名は障坂優子ゆうこ、ガイの母親である。
彼女の側にはガイと十谷、他数名の執事やメイドがいた。

「ガイ…」
「なに、母さん。」

ガイの母親は昔から体が弱かった。ガイの出産の時もそれなりに覚悟していたそうだ。これはガイの母親の臨終の時である。

「今日、誕生日だったでしょ。ごめんね、プレゼントあげられなくて…。」
「そんなのいいよ。また来年もあるし。」

ガイの母親はガイの頭を優しく撫でた。

「ごめんね…ごめんね、ガイ…。」

ガイの母親はベットに横になり、涙を流している。

「…やっぱり嘘!俺、プレゼント欲しい!今日欲しい!母さんが元気になってくれる、それが俺の今1番欲しいプレゼントだ!!!」

ガイは泣いている。

「ガイ様…」

その様子を見ている十谷や使用人達も、涙を流していた。

「だから、死んじゃヤダよ!お願いだからさ…」

ガイの母親はガイの頭を撫で続けている。

「優しい子に育ったわね…」

その時、ガイは母親の死を悟った。

「お誕生日…おめでとう…」

ガイの頭の上に乗っていた母親の手がずれ落ちた。それと同時に、母親の体につながれた心電図はピーっと音を鳴らした。

「母さん…母さんッ…!」

ガイは号泣した。障坂家の使用人達もガイの母親の死を悲しんだ。
ガイの母親の臨終に立ち会ったのはガイと障坂家の使用人だけであり、ガイの父親はその頃、職場に居た。

その日の夜、障坂邸にて…

父親が家に帰ってきた。

「お帰りなさいませ、旦那様…」

それを十谷、他数名の使用人達が出迎えた。

ガイアイツは。」
「奥様の寝室です…」

ガイの母親の部屋にて…

父親が十谷と共に部屋へ入ってきた。

「ずっとそこにいたのか。」

そこには、生き絶えた母親の横に座っているガイの姿があった。

「今日のノルマは終わったんだろうな。」

非情。そう言う他ない。

「旦那様、ガイ様は今それどころでは…」
「今はガイに聞いている。どうなんだ。」

ガイに気を遣う十谷。しかし、父親は追求をやめない。

「…なんで母さんの側にいてあげなかったの。」

ガイはボソッと呟いた。
それに対して、父親は言う。

「今は俺が質問をして…」

次の瞬間、ガイは父親に向かって叫んだ。

「父さんは!本当に母さんの事が好きだったの⁈」

すると次の瞬間、父親はガイを殴った。

「お、おやめください!旦那様!」

十谷がそれを止めに入る。

「そんな事はどうでもいいんだ。ノルマは終わったのかと聞いているんだ。」
「…今からやります。」

ガイは殴られた頬を押さえている。

「感情に流されるな。もっと合理的になれ。」
「はい…」

ガイは立ち上がった。

「それと、俺を呼ぶ時は父さんじゃない、父上と呼べ。」
「わかりました…」

父親は妻である優子の亡骸を指差した。

「十谷、その死骸は庭にでも埋めておけ。」

それを聞いたガイと十谷は驚愕した。

「そいつには俺たち以外の身寄りはいない。連絡を取るような仲の良い友人もいない。葬式を上げるだけ時間と金の無駄だ。」
「本気で言ってるんですか⁈」

十谷はガイの父親に問い詰めた。

「ああ。警察関係者にも友人はいる。死体遺棄で捕まる恐れはない。」
「そういう事を聞いてるんじゃなくてですね…!」

父親は態度を一切変えず続けた。

「死者を弔って何の得がある。時間の無駄だ。」

父親は十谷を指差した。

「それと、お前らだけで葬式を開く事も禁止する。家族葬も無しだ。何処で情報が漏れるかもわからん。それに、夫が葬式に居なかったと知られれば、俺の世間からの評価が下がってしまう。」

それを聞いた十谷は激怒し、ガイの父親に喰ってかかった。

「ふざけるな!!!アンタそれでも人間か!!!」

しかし、父親は全く動じていない。

「なんだ。主人に牙を向けるつもりか。いいんだぞ。お前が今までにしてきた事をバラしても。」
「ッ……」

ここの使用人達は、ガイの父親に何らかの弱みを握られ、雇われていた。十谷もその1人である。
その時、ガイは口を開いた。

「葬式は開かせます、何としてでも。」

それを聞いた父親はガイの目を見た。

「ほう、お前みたいなガキがどうやってやるつもりだ。」
「ガキだからですよ。僕はまだ子供です。いつ何処で母上の死を口に出すかわかりませんよ。」

父親はガイを凝視し続けている。

「父上にとって僕は不安要素です。この家で唯一他者との接触が許されているのは、買い物などの例外を除いては、父上と僕だけ。僕がうっかり口を滑られるかもしれませんね。」

そんなガイの発言に父親は全く動じていない。

「脅しか。」
「脅しではありません。単なる助言ですよ。あなたにはガイという足手纏いがいますとね。」

2人はしばらく睨み合った。

「…十谷、葬儀は手短にな。」

すると、ガイの父親は部屋から出た。

「(ガイ様…)」

十谷はガイのことを本当の息子のように可愛がっていた。母親譲りの優しさを持ったガイが好きだった。しかし、ガイが偶に見せる、幼い子供とは思えないような言動に、時折、十谷は恐怖を感じていた。それは、紛れもなく父親から受け継いだものだったから。
葬儀には父親も出席し、父親の仕事の関係者も大勢来た。父親の葬儀の挨拶は素晴らしいものであったが、ガイや十谷を含めた使用人達はそれが上っ面だけの言葉だという事に気づいていた。

「母さん…」

何故、母はあんな非情な男と結婚したのか。この時のガイは、母が父に弱みを握られていた為、結婚を断れなかったから。そう思っていた。しかし、事実はそうではない。ガイはまだ知らないのだ。父親の事も、この世界の事も、タレントの事も、何も。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

おいでよ!死にゲーの森~異世界転生したら地獄のような死にゲーファンタジー世界だったが俺のステータスとスキルだけがスローライフゲーム仕様

あけちともあき
ファンタジー
上澄タマルは過労死した。 死に際にスローライフを夢見た彼が目覚めた時、そこはファンタジー世界だった。 「異世界転生……!? 俺のスローライフの夢が叶うのか!」 だが、その世界はダークファンタジーばりばり。 人々が争い、魔が跳梁跋扈し、天はかき曇り地は荒れ果て、死と滅びがすぐ隣りにあるような地獄だった。 こんな世界でタマルが手にしたスキルは、スローライフ。 あらゆる環境でスローライフを敢行するためのスキルである。 ダンジョンを採掘して素材を得、毒沼を干拓して畑にし、モンスターを捕獲して飼いならす。 死にゲー世界よ、これがほんわかスローライフの力だ! タマルを異世界に呼び込んだ謎の神ヌキチータ。 様々な道具を売ってくれ、何でも買い取ってくれる怪しい双子の魔人が経営する店。 世界の異形をコレクションし、タマルのゲットしたモンスターやアイテムたちを寄付できる博物館。 地獄のような世界をスローライフで侵食しながら、タマルのドキドキワクワクの日常が始まる。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...