障王

泉出康一

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第2章『ガイ-過去編-』

第41障『みんなも身近にあるT探してみようよ!』

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【12月2日、12:40、戸楽市第一中学校、校舎裏にて…】

右腕右足をミミズに変えられたガイ本田は、今、姿の見えない広瀬に追い込まれていた。

「お前に奪われたものを取り戻す…!俺たち、二人で…!」

広瀬が勝ちを確信した。同時に、本田は負けを認めた。

「クソッ…」

本田が『魂移住計画ゴーンボーン』でガイの体から離れようとした。
すると次の瞬間、本田は立ち上がった。ミミズと化した脚のまま。

「なッ…⁈」

それを見た広瀬は驚嘆した。それもそのはず。あのぐにゃぐにゃした脚で直立できる訳がないからだ。

「は…⁈」

そして、それは本田自身も同じだった。

〈アンタには失望したよ。〉

そう。立ち上がったのは本田の意思ではない。奴だ。

〈そんなんじゃ、ガイの経験値にはなれないぞ?〉

その時、ソレはガイの体を操り、ミミズ化した右腕に触れて、話し始めた。

「ほぉ~ら。ちゃんとガイオレの腕じゃん。」

次の瞬間、ガイの右腕は元に戻った。

「「「ッ⁈」」」

それを見た本田,広瀬,広瀬の中にいる涼子は驚嘆した。
そんな三人の反応を無視して、ソレは話し始める。

「このタレントは『詭弁ビライブ』。PSIによって作り出した筆で、対象物に物や人の名前を書く。そうすると…」

その時、ソレはミミズ化した右脚を軽く擦った。すると、右脚は元に戻った。
そして、その右脚の膝辺りにはかすれた文字で『ミミズ』と書かれていた。

「あら不思議。周りからは本当に『ミミズ』に見えてましたとさ。」

この時、広瀬はタレントがバレた焦りよりも、ガイの中にいるソレへの不信感が勝っていた。

「(ガイ君じゃない…本田でもない…コイツは、誰だ…⁈)」

その時、ソレはある目的地まで歩き始めた。

「広瀬鈴也。八方美人なキミにお似合いのタレントだな。」

その時、ソレは何も無いところに手をかざし、指で何かを擦った。
すると次の瞬間、ソレの目の前に広瀬が現れた。広瀬の頬にはかすれた字で『空気』と書かれている。

「なん…で…⁈」

広瀬は混乱していた。さっきまで、確実に自分が優勢だった。しかし、今は完全に立場が逆。唐突なソレの介入で。
その時、ソレは広瀬の肩に手を置いた。

「安心してって。キミは殺さないから。」
「え…?」

広瀬は恐怖していた。得体の知れないソレを。

「今回は俺の落ち度だからさ。本田コイツの力を過信しちゃった結果がコレ。」

その時、ソレは広瀬の顔を覗き込んだ。

「ひッ…!」

広瀬はその表情を見て恐怖した。爽やかな笑顔。しかし、その瞳の奥に宿る、暗く冷たい、死よりも恐ろしい狂気に。

「でも今回の件、他言や詮索は無用。約束な。」
「ッ……」

広瀬はまるで、その身一つで深海に投げ込まれたかのような孤独と絶望を、この一瞬で味わった。当然、声など出せる訳もない。
すると、ソレは広瀬から離れ、校舎の方へと歩き始めた。

「あ、そうだ。」

その時、ソレは足を止め、広瀬の方を振り返った。

「この事、別にガイには話していいからな。俺の事以外は。」

そう言い残し、ソレは校舎へと戻っていった。
その時、緊張から解き放たれた広瀬が地面に膝をついた。

「ハァ…!ハァ…!ハァ…!ハァ…!」

ソレが出てきて約2分間。しかし、広瀬にとっては丸一日の間、猛獣に命を狙われるに等しい体験だった。
その時、広瀬の懐から拳銃が落ちた。
すると次の瞬間、その拳銃がオモチャのエアガンに姿を変えた。どうやら、『詭弁ビライブ』で拳銃に見せかけていたようだ。

〈さっきのアレが、鈴也の幼馴染…?〉

その時、涼子が広瀬の中で広瀬に話しかけた。

「いや、違う…俺にも何が何だかわからない…けど…」
〈けど…?〉
「俺は…アイツを知っている…」

【広瀬の回想…】

俺が初めてアイツを見たのは、小学校2年生の夏。
ガイ君はとある男子生徒三人から嫌がらせを受けていた。優秀だったガイ君を妬んでの事だったと思う。そういう奴はいっぱい居たから。でも、その三人は特に酷かった。いつもなら、ガイ君が軽くあしらえば終わっていた。でもその三人は、何度ガイ君がやり返しても、やめる事を知らなかった。
そして、ガイ君は痺れを切らした。

「ホント邪魔だな、アイツら…」

その時だ。俺がアイツを見たのは。

「消すか。」

夏休みが明けた頃、その三人が学校へ来る事はなかった。俺はガイ君がやったんだと確信した。方法はわからない。ただ、小学校で飼っていたメダカやインコが全部死んでいた。それが関係あるのかどうかはわからない。いや、わかりたくない。知りたくない。知ってしまえば、きっと、もう以前のように、ガイ君と話す事はできない。だから俺は、この事を忘れようとした。
けど、あの時の顔だけが忘れられない。きっとアレは、ガイ君のうちに秘められた悪。俺なんかが干渉してはいけない。子供ながら、俺はそれを直感で理解した。

【現在…】

広瀬は校舎を見上げた。広瀬が目にしたのは、1-4の教室の窓。そこから見える教室の中。しかし、そこにはガイの姿はない。

「(ガイ君…キミは誰で、何処にいるんだ…)」

【夕方、舞開町、佐藤家、リビングにて…】

武夫ガイはソファーに座りながら、お笑い番組を見ていた。

「エンゲルケースーww」

どうやら、チョコプラのネタを見ているようだ。

「…」

その様子を母親はキッチンから眺めている。その表情にはどこか疑いの念が浮かんでいた。
その時、玄関の扉が開く音が聞こえた。

「ただいまー。」

すると、一人の少女がリビングに入ってきた。

「おかえりなさい。」

母親は少女に挨拶を返した。
体格からするに、少女はガイよりも2~3歳ほど年下だ。

「あ…」

その少女は武夫ガイに気づき、少し気まずそうな顔をした。

「え…」

一方、ガイは困惑していた。何せ知らない少女が目の前に現れたのだから。
しかし、ガイはすぐ解答に辿り着いた。

「(妹おったんかい!)」

そう。彼女は武夫の妹、佐藤のぞみだ。しかし、今のガイには彼女の名前まではわからなかった。
その時、武夫の妹、のぞみは苦々しい笑顔でガイに話しかけた。

「久しぶり、お兄ちゃん…」
「お、おう。久しぶり。…」

武夫の入院理由は自殺未遂。おそらく、のぞみが気まずそうにしているのはそれが理由だ。死を選んだ兄にどう接したら良いのか、わからないのであろう。
それを察したガイは、のぞみに気を遣わせぬよう、明るく振る舞った。

「ココ座れよ。一緒にチョコプラ観よーぜ。」

すると、明るく振る舞う兄を見て安心したのか、のぞみは笑顔で頷き、ガイの隣に座った。

「お兄ちゃん、チョコプラ好きだっけ?」
「好きになっちゃった。」

テレビの中では芸人がネタをやっている。

〈ま~ぼ~ろ~し~!!!〉
〈そろりそろり!〉
〈私ねぇ、最近ローションにハマってるの。〉
〈ぬめりぬめり!〉
〈もう毎晩毎晩、パ~イ~ズ~r…〉

その時、武夫の母親はテレビを消した。

「二人とも。先にお風呂入っちゃって。その間に夕食作ってるから。」

その時、のぞみは母親に尋ねた。

「ねぇ、お母さん。ローションって何?」
「コンビニよ。」

母親は嘘をついた。

【風呂場にて…】

ガイとのぞみは一緒に風呂場に入った。

「え…」

ガイは状況が理解できなかった。何故、自分は今、知らない女の子と風呂に入っているのか。

「あの…何で俺も…?」

ガイが尋ねると、のぞみは恥ずかしそうに答えた。

「デスフォレスト観ちゃった…」

そう!デスフォレスト観ちゃったのだ!しかも、のぞみが観たのはゲーム実況の方。年端の行かぬ子供があの顔面を見てしまったら、数日の間、脳裏にこびりつく事は間違いない。当然、お風呂に一人で入ることも、夜中に一人でトイレへ行く事も出来なくなる。
それに、のぞみはつい最近まで兄や母と風呂に入っていた。それ故、兄と風呂に入る事にあまり抵抗はなかったのだ。

「あ…そう…デスフォレストね…」

それに対して、ガイは母親が亡くなってからずっと一人で風呂に入ってきた。つまり、今この状況にものすごい抵抗感と羞恥を感じていたのだ。故に、文字通り裸一貫ののぞみに対し、ガイは腰にタオルを巻いていた。

「(あぁもうヤダヤダ恥ずかしい…)」

ガイは風呂用の椅子に座った。

「(体洗って早くあがろう。)」

その時、ガイの膝の上にのぞみが座ってきた。

「ひぎゃぁぁぬぁあまごごあんぁぁぁあぞかだぁあやぁがあわぁごがァァガォかァガカワコンォオあ!!!?!?!!!!」

おそらく、ガイは今世紀最大ビックリした。

「ビックリしたぁ…」

のぞみも、ガイの奇声に驚いた。

「どうしたの…?」
「お!おバ!おバカ!!!どうしたのじゃないの!早く降りなさい!」
「え?いつもこうだったじゃん。」

どうやら、のぞみは兄の膝に座り、髪を洗ってもらっていたようだ。
しかし、思春期真っ只中のガイにとって、コレはヤバい。しかもガイにとっては、のぞみは妹ではないのだ。

「(やばいやばいやばい!コレは勃つ!俺のTT兄弟が勃つよッ!!!)」

ガイのTT兄弟が勃った。
その時、のぞみがそれに気づいた。全てに気づいた訳ではない。タオルの下に何か当たった事に気づいたのだ。

「ん?お兄ちゃん、タオルの下に何か入ってるよ?」

ガイは焦った。コレを見られる訳にはいかないと。
ガイは身近にあるTを探される前に、のぞみに言った。

「ち、違うよ!これ!ちがうからぁ!!!お兄ちゃんだってね!入れたくなる時もあるさ!こんなんなったらね!タオルの下に入れたくもなるさ!!!」

ガイは自分で何を言っているのかわからなかった。いつもの冷静さはなく、ただ、勢いだけで押し切ろうとしている。
そんなガイに、のぞみは違和感を覚えた。

「今日のお兄ちゃん、なんか変だよ?」

のぞみのこの反応。いつものガイなら、利己的な弁明を思いつき、発言しただろう。しかし、今のガイにそんな余裕は無かった。

「そりゃ変にもなるさ!!!こんなんなったらね!タオルの下が変にもなるさ!!!」

この後、ガイはなんとかこの場を乗り切った。

「(おうち帰りたい…)」
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