障王

泉出康一

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第2章『ガイ-過去編-』

第85障『ワガママを通す為の秘訣』

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【翌日(12月19日)、昼、寂須山さびすやま、頂上付近にて…】

ガイ,人間化したヤブ助,猪頭の妹の猪頭秀頼。三人はここ、寂須山に来ていた。標高は2,871m。ゴルデンでは三番目に高い山である。
その時、猪頭妹はガイとヤブ助に向かって言った。

「修行するぞ。」
「「ナンデ???」」

ガイとヤブ助は口を合わせてそう言った。

【昨夜、猪頭愛児園、庭にて…】

「猪頭さんの、妹…?」

ガイは猪頭妹と話をしている。

「園に居た奴らは皆、猪頭家に移した。そっちの方が安全だろ。」

ガイが以前聞いた猪頭の話によると、猪頭は自身の体の事で勘当された。もう猪頭家とは関わりの無い人間。では何故、この猪頭の妹は今になって協力的なのか。

「先日、猪頭家当主、猪頭秀正ひでまさが死んだ。今は私が現当主だ。」

それを聞いたガイはとある事を察し、尋ねた。

「死んだってもしかして、白鳥組に…?」
「あぁ。陽道の差し金に。親父は協力関係を結ばなかったからな。奴らの徹底ぶりには身の毛もよだつ。」

徹底ぶり。それはガイも知っている。白鳥組、奴らの執念は尋常では無い。それはきっと、魔王を復活させる事に起因するはず。では、その目的とは。
思案するガイ。しかし、ガイはすぐ様、考えるのをやめた。

「なぁ、アンタ…」

ガイは猪頭妹に尋ねる。

「俺はこれから…どうすれば良い…?」
「殺すしかないだろう。陽道要を。でなければ、お前は…いや、私達はどのみち死ぬ。陽道に殺される。」

無言になるガイ。そんなガイに猪頭妹は話を続けた。

「障坂家の事情は大体知っている。お前の親父もな。私の目から見ても、お前の不運は同情に値する。けど、もはやどうする事もできない。コレは、お前が障坂として生まれてきた運命さがだ。」
「俺はもう…戦いたくない……」

戦意喪失。ガイの苦痛に満ちた表情がそれを表していた。
次の瞬間、猪頭妹はガイの顔面に蹴りを放った。

「な…なにを…⁈」

唐突の出来事に困惑するガイ。しかし、猪頭妹は構わずガイに襲いかかる。

「ッ⁈」

ガイは猪頭妹の攻撃に対応を始めた。しかし、猪頭妹の格闘技術は、ガイの運動能力・格闘術・PSIを持ってしても、手も足も出なかった。
ガイは猪頭妹に完膚無きまでに倒された。

「ハァ…!ハァ…!ハァ…!ハァ…!」

ガイは地面にうつ伏せに倒れた。そんなガイの後頭部を猪頭妹は踏みつける。

「どうした?この程度も対処できないのか?『Zoo』の殺し屋はこんなもんじゃないぞ。」

猪頭妹はガイの頭から足を退けた。

「こういう事だ。お前は弱い。コレから待ち受ける試練にとって、お前は弱過ぎる。肉体的にも、精神的にも。」

ガイは息を切らしながら、猪頭妹の話を聞く。

「さっきお前は『戦いたくない』といったな?それがお前の願いなら、私はその願いを叶える方法を知っている。」

すると、猪頭妹はガイの目を見てこう言った。

「強くなれ。自分のワガママを通せる程にな。」

その時、ガイ達の元へ人間化したヤブ助がやってきた。その肩には、瀕死の山尾が担がれていた。ガイと猪頭妹はそれに気づいた。

「ガイ…?」
「ヤブ助……」

ヤブ助は今、この場で何が起こっているのかと不思議そうな表情をしている。一方のガイは、電話で言ったヤブ助への言葉を思い出し、ばつの悪さを感じていた。
すると、猪頭妹はガイに問う。

「アレ、お前の仲間か?」
「え、うん…俺の使用人…と、友達…」
「ハンディーキャッパーか?」
「うん…」

それを聞いた猪頭妹は右手を顎に当て、思案する。そして数秒後、猪頭妹はこう言った。

「よし。山行くぞ。」
「は…?」

次の瞬間、猪頭妹はガイのみぞおちに蹴りをかました。

「ぬぉ…ッ……」

ガイは気絶した。それを見たヤブ助は叫んだ。

「貴様ッ!ガイに何をするッ!」

猪頭妹は気絶したガイを担ぎ上げながら、ヤブ助に言った。

「鍛えてやる。着いて来い。とその前に、そっちの怪我人を屋敷へ運ぶ必要があるな。」

猪頭妹は瀕死の山尾を指差し、そう言った。

【現在、寂須山、頂上付近にて…】

「お前たちには、今日からココで私と修行だ。異論無いな。」
「ちょっと待て。何だ。聞いてないぞ。」

ヤブ助は異論あるようだ。そんなヤブ助に猪頭妹は言った。

「そういえば、自己紹介がまだだったな。私は猪頭秀頼。知っての通り、猪頭秀吉の妹だ。」
「そんな事が聞きたいんじゃない!修行⁈どういう事だ!説明しろ!」

次の瞬間、猪頭妹はヤブ助の顔面スレスレに拳を突き出した。

「なッ…⁈」
「これでお前は一回死亡だ。」
「…」
「腑に落ちない、といった顔だな。確かに、今の攻撃は不意をついた攻撃だ。だが、殺し屋とは本来、相手の油断や隙を突き、ターゲットを始末するもの。」

猪頭妹は拳を下ろした。

「頭脳戦・心理戦・肉弾戦・能力戦…様々な戦いを経験し、死線も何度か越えているようだ。だが、まだまだあおい。今のお前達には、百戦錬磨の『Zoo』には手も足も出ない。」

ヤブ助はホールドとの戦いを思い出した。

「その通り…だが、お前に言われる筋合いもない。」
「あるな。何故なら、お前たちは今日から私の弟子になるからだ。」
「弟子だと…?」
「納得できない、か。それもそうだ。」

その時、猪頭妹はヤブ助を手招きした。

「いいぞ。全力で来い。納得させてやる。」
「…俺とやり合うつもりか?ハンディーキャッパーでもないお前が?」
「あぁ。全く問題ない。」

そう。猪頭妹はハンディーキャッパーではなかったのだ。ハンディーキャッパー同士ならPSIを感じ取ることが可能。しかし、猪頭妹からはPSIを感じ取れない。故に、猪頭妹はハンディーキャッパーではない。

「(しかし、この女の自信はなんだ…)」

ヤブ助のタレントは戦闘向きではない。しかし、PSIを纏い、肉体的に強化できる分、ヤブ助が優勢。それ故、ヤブ助は猪頭妹の自信に疑問を抱いている。
しかし、ヤブ助はまだ知らないのだ。この女の強さに。

「どうした?来ないのか?」
「……ッ!」

次の瞬間、ヤブ助は猪頭妹に殴りかかった。しかし、それはフェイント。ヤブ助は拳を止め、後ろ回し蹴りを放った。

「(喰らえッ!)」

しかし、猪頭妹は軽々とヤブ助の足を受け止めた。

「なッ⁈」
「殺意のこもったいいフェイントだ。スピードも申し分ない。だが、詰めが甘い。」

猪頭妹はヤブ助の足を持ち上げ、ヤブ助を投げ飛ばした。

「くッ…!」

ヤブ助は受け身を取った。

「ほう。いい受け身だ。」

受け身を取ったヤブ助はすぐさま起き上がった。

「(投げ飛ばされた…力じゃない…)」

猪頭妹の格闘技術に度肝を抜かれるヤブ助。そんなヤブ助に、猪頭妹は言った。

「まだ試すか?」
「…いや、いい。」

その時、ガイは手を挙げた。

「なんか修行する流れになってるけど、俺たちまだやるとは言ってないぞ。」
「ここまで来てやらないという選択肢はないだろ?」
「アンタが無理やり連れてきたんだろ。それに疑問なんだが、なんでアンタは俺たちに、稽古をつけてやろうと思ったんだ?見ず知らずの俺たちに。そんな事して、アンタに得はあるのか?」
「ある。」

すると、猪頭妹は右手人差し指と中指を立てた。

「理由は二つ。一つは姉に頼まれたから。」
「猪頭園長が?」
「あぁ。姉は言っていた。自分が死んだ後、子供たちを頼む、と。障坂ガイ。そこにお前の名前もあった。つまり、姉との約束を果たす為、お前たちを死なせる訳にはいかない、というのが一つ目の理由だ。」

猪頭は自身の死期を悟っていた。それ故、唯一猪頭家で自分に好意的だった妹に、園やガイ達の事を頼んだのだ。

「そして二つ目。コレは私自身の意志。白鳥組を…陽道要を殺す。その為の戦力として、お前たちが使えると思ったからだ。」

それを聞いたヤブ助は反論した。

「ふざけるな。そんな勝手な理由で俺たちを戦いに巻き込むな。」
「バカか?お前たちは既に巻き込まれているんだ。もう逃げられるなんて思うなよ?それにどのみち、奴を殺さない事には私もお前らも次期に殺される。利害の一致として、むしろお前たちの方から弟子入りを志願しても良いぐらいの状況だ。」

その時、ガイは猪頭妹に尋ねた。

「本当に、陽道を殺せば…全部、終わるのか…?」
「殺せるのならな。」

数秒の沈黙の後、ガイは言った。

「わかった。アンタの弟子になる。」

それを聞いたヤブ助は驚いた。しかし、今の二人は気軽に声を掛け合える状況ではない。電話のあの件があったからだ。故に、ヤブ助はガイに何も言うことができなかった。

「相手がヤクザだろうが殺し屋だろうが関係無い。全員殺す。敵である以上、誰だって殺す。俺が必ず…陽道を殺すッ…!」

この地獄の終わり、それは陽道要の死。目的がハッキリわかった今、ガイには希望が見えた。そう。ガイの闘志に火がついたのだ。全ては、平穏を求める為に。
闘志。本当にそうだろうか。コレはもっとドス黒い、別のナニカ。しかし、そんな事はどうでもいい。この炎が、例え『殺意』だとしても、力になるなら何だって受け入れる。
やはりガイは、正気では無かった。
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