障王

泉出康一

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第2章『ガイ-過去編-』

第147障『綺麗じゃない』

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何故、今こんな事を思い出したのか。走馬灯ってやつなのか。

「俺の言う事が聞けねぇのか!」

どこの家にもルールは存在する。その家独自のルールが。
俺の家は、そのルールが多かった。

「そのテープより外に出るな。出たら殺すからな。」

ルールその1、家の中を勝手に歩いてはいけない。

「おいッ!テメェ!またトイレ使いやがったな!」

ルールその2、家のトイレを使用してはいけない。

「うるせぇなぁ!殴られてぇのか!」

ルールその3、音を立ててはいけない。

「あークソがッ‼︎イライラするなぁあああッ‼︎」

ルールその4、父のストレスを発散させなければならない。

「誰のおかげで飯が食えると思ってんだ!あ"ぁ"⁈」

ルールその5、父を悪く言わない。

「テメェみたいなガキ、俺が居なけりゃ生きていく事すらできねーんだ!わかってんのか!わかってねぇだろ!わかってねぇから感謝できてねぇんだよ!」

ルールその6…ルールその7…ルールその8…
ルールとは、皆が生きやすいように作られた決まり事。
いや、違う。ルールとは、ルールを作った者の為にある。

「ルールとは支配だ。」

支配されない為にはどうすれば良いか。答えは簡単だ。ルールを作る側、支配する側に成れば良い。

「全てだ。俺は全てを支配する。人も金も土地も国も時間も空間も。この世界全て。」

そうすれば…
そうすれば…きっと…
俺は…俺の心は…本当の意味で…自由になれる…

「あぁ。そうか。」

俺の心は、未だにあのテープの内側に居る、まだ、あの父親に支配されていたんだ。
今わかった。俺は解放されたかったんだ。親父の支配から。

【数十分後…】

ボロ雑巾と化した陽道。両手足を糸のように引き伸ばされ、全身の皮膚を剥がされ、両目両耳口内に無数の針が突き刺さっている。
俺がやったんだ。

「ん……な……ぁ…ぃ………ご……めん…な………ぃ……」

コイツの顔を殴りたかった。ただ謝罪するだけのこの塵屑を。けど、芝見川の『リアムの無限戒アクトバン』でそれはできない。
だから俺は、右手に持っている骨刀で陽道の体を突き刺す。何度も何度も。

「あと2回。」
「ぉ…ん……なさ…ぃ………ご…ぇ……ぁ………」

計1000回、陽道は謝罪の言葉を言い終えた。
けど、俺はころさない。ころしてやるものか。コイツには、もっと苦しんでもらわないと。

「ぃ………」

その時、陽道は死んだ。コイツも体力的に限界だったのだろう。でも律儀な奴だ。ちゃんと1000回言ってから死ぬなんて。

「死んだ…のか……」

俺は誰に問いかけているんだ?けど、そう聞きたくなる衝動に駆られていたんだ。止められなかったんだ。その言葉が口から出るのを。
だって、あまりにも呆気なさ過ぎるから。

「……」

あれだけ俺を、俺たちを苦しめた元凶が、一矢報いる事すら成さずに惨めに死んだ。雷世の力があれば、最初から陽道など敵ではなかったのだ。

「殺した……」

そうだ。殺したんだ。念願だった陽道の殺害。みんなの仇を取った。痛ぶって殺してやったんだ。
けど、なんだろう。この、言葉では言い表せられない、モヤモヤした感じ。スッキリしない。どうして。何故。陽道は死んだのに。

「なんでッ……‼︎」

涙が溢れる。理由はわからない。ただ、どうしようもなくやるせ無い気持ちだけが、俺の心を侵食していた事は今も覚えている。

「醜い。そして哀れだ。復讐など何も生みはしないというのに。」
ほんはへふへーホンマですねー。」

端にいる平門とオザトリスの会話が聞こえてくる。好き勝手言いやがって。けど、全くその通り過ぎた。
俺は涙を拭き、この旅のもう一つの目的である魔王の復活を行う。

「終わらせよう…もう…全部…」

俺は魔王が封印されているであろう黒い球体に触れる。解封の方法は知っている。雷世の記憶だ。
瞬間、黒い球体にヒビが入り、隙間から眩い光が漏れ出る。

【球体の中…】

眩しい。誰か、僕の封印を解いたのか。

「……」

長かった。気が遠くなるほどに。

「……」

でも大丈夫。まだ僕は、僕を保てている。

「よし……」

さぁ行こう。恩知らずの子孫共に、逢いに。

【神殿内にて…】

「封印を解いたのはお前か?」
「あぁ。」
「そうか。よくやった。何か褒美をくれてやろう。金か?地位か?それとも世界の半分か?」
「女の子が一人、魔物に変えられた。その子を元に戻して欲しい。」
「そんな事でいいのか?」
「人は…生き返らせないんだろ…?」
「……」
「それだけでいい。俺はもう…それ以上は、何も望まない…」
「そうか。」

この時、僕は思った。
この人間はいずれ、僕にとって大きな障害となるであろうと。
今、殺してしまおうか。
そう思った。
けど、この人間を見ていると、不思議と昔を思い出す。
まるで…彼は……

「お前、名前は?」
「……」
「答えろ。」
「ガイ……ただの…ガイだ…」

【現在…】

時刻は昼の2時。

「本当にやるんだな、ガイ。」
「あぁ。」
「……」

ガイ,ヤブ助,もょもとの三人は魔王の命令により、ゴルデンへ戻ってきた。場所は障坂邸バルコニー。

「大丈夫。全部、俺がやるから。二人は屋敷で待っててよ。」
「待っ…!」

ガイを止めようとするヤブ助。しかし、その言葉を聞くよりも早く、ガイは瞬間移動でその場から消えてしまった。

「すまない……」

拳を強く握り締め、虚空に向かってそう呟くヤブ助。そんなヤブ助にもょもとは話しかける。

「このままで良いのかよ…?」
「あぁ……」
「ホントに言ってんのか…?このままじゃアイツ、マジでこの国を…」
「例えガイが何をしようが、俺はガイの味方だ。そう、約束したんだ…あの夜、病院で…」
「ヤブ助…」

【戸楽市、とあるスクランブル交差点にて…】

ココは市内で今日は祝日。人が多いのは当然。
久しぶりだな。この風景。

「……」

って、なんで俺はこんな所を歩いているんだ?飛べば良いだろ?そっちの方が信号を待つ必要も無いし、徒歩より断然速い。

「……」

きっと惜しんでいるんだ。仕事が終われば、俺がこの国に帰ってくる事はもう無いから。
信号が青に変わり、人々はスクランブル交差点を歩き始める。

「……」

まぁいいや。最後ぐらい、思い出に浸って…

「あっ…」

その時、俺はとある少女にすれ違い、思わず声が出た。

「そんな…」

見覚えのある長い金髪。見覚えのある眠そうな顔。以前よりだいぶ大人びていたが、俺はすぐにそれが誰か理解できた。

「有野…」

俺は振り返り、その少女の後ろ姿を眺める。スクランブル交差点の中央で立ち尽くしながら。

「っ……」

声をかけようと手を伸ばす。しかし、俺は直前でそれをやめた。合わす顔がなかったからだ。
だって、俺は、キミに出会う前から、人殺しだから。

「良かった…」

俺は魔王が約束を守ってくれた事、彼女が今も無事に生活している事を心から嬉しみ、再び歩き始める。

「本当に…良かった…」

そうだ。これで良かったんだ。彼女が無事でいる事が確認できただけで。声をかける必要などない。だって、俺はもう死んだんだ。今の俺は佐藤武夫の体に転写された、ただの記憶。障坂ガイは、もうこの世にはいない。
そう。だから、その名前を聞くはずがなかったんだ。

「ガイ…?」

考えられない。彼女が俺をガイだと認識できるわけがない。だって、姿形が別人なんだから。
けど、そうとしか考えられない。だって、その声は確実に、彼女の声だったから。

「ガイ…なの……?」

俺は再び振り返る。そこには、確かに彼女が居た。数年ぶりに逢い、成長した彼女の姿が。
俺は泣きそうになるのを必死に堪え、こう言った。

「人違いですよ。」

そう。ダメなんだ。もう、キミには会えない。障坂ガイは死んだんだ。いつまでも、俺を待ち続けないで欲しい。

「だから…その手を離してくれッ……!」

彼女は俺の手を掴んだ。俺が人違いだと言った直後に。きっと確信したんだ。俺の、別人になった声を聞いて。

「やっぱり…ガイだ…」

彼女の顔を見る。彼女は涙を流しながら、とびきりの笑顔で俺を見ていたのだ。
それを見た瞬間、俺も堪えていた涙が両目から溢れ出した。

「なんで……わかって……!」
「私、信じてた…!ガイは生きてるって…!」
「なん…で……!」
「約束したじゃん…!必ず…戻ってくるって…!」

あぁ、ダメだ。これ以上、彼女と話したら…これ以上、彼女に触れていたら…俺は……

「ごめん、有野…」

俺は彼女の手を振り払う。

「俺は最初から…キミに触れられる程……綺麗じゃない……」

人殺しの俺に、人を愛する資格なんて無い。
俺は彼女から逃げるように、瞬間移動でその場を去った。

「それでも…待ってるから…」

そう言った彼女の声を、俺は去り際に聞いてしまった。一生、耳に残る程に、はっきりと。
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