障王

泉出康一

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第2章『ガイ-過去編-』

第146障『大いなる節制』

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【神殿内にて…】

神殿の中は広く、壁といくつもの巨大な柱によって天井が支えられている。その中央には、謎の黒い球体が浮遊していた。おそらく、これが魔王を封印している結界。この中に魔王リアム・エルバイドが居る。
また、その側には三人の男が立っていた。一人は陽道。まだ魔物化はしておらず人間の姿だ。二人目はオザトリス。会合に出席していた魔王直属の部下、妖狐の魔物だ。そして、三人目。

「妾はリアムの使徒、平門ひらと亜門あもん。その中に宿し神々の一角。」

人間。ガタイの良い男だ。しかし、その外見とは裏腹に、彼の口から発せられる肉声は、まるで汚れを知らぬ聖女のように美しかった。

「其方らは運が良い。他の神々の刻であれば、其方らは有無を言わさず、彼奴等の玩具にされていた。」

平門の能力は『仮想憑依』。仮想世界や空想上の生き物、はたまた神や悪魔などを自身の中に霊体化させ、それを憑依する事ができる能力。
現在、彼の中には113もの神が存在し、代わり番こに表へ出てきている。その理由は、能力の制約と言うよりもむしろ神達の意向であり、機嫌取りのようなもの。神々は平門に力を貸す代わりに、一時的ながらも現世に生きる肉体の感触を味わっていたのだ。

「して、其方らが何故ここへ来たかについてだが…概ね予想はつく。妾が全知全能の神でなくともな。解封の儀であろう?」
「あぁ。」

平門、いや、平門の中に居る神の問いに、ぶっきらぼうではあるが嘘偽りなく頷く陽道。そんな陽道を見て、神は静かに神殿の橋の方へ移動した。

「まるで物だな。必要とあらば遣い、危険とあらば終う。業の深き生き物のよ、人間。」

陽道はその声を無視し、魔王が封印されている黒い球体へと近づく。
一方、平門の中の神は、今度はオザトリスの方を見て、こう呟いた。

「何も知らぬまま、同じシナリオを繰り返す。まさに、リアムの使徒の筋書き通りというわけか。」

オザトリスはその言葉の意味がわからず、首を傾げる。しかし、それを追求する事はなかった。何故なら、彼に課せられた使命は魔王の復活。ただそれだけ。

「魔王……」

陽道は黒い球体の前で立ち止まり、薄気味悪く笑った。

「支配してやる。全て。」

陽道が球体に手を伸ばす。

「待て。」

それに待ったをかけた者が一人。

「やっぱりな。来ると思ってたぜ、障坂ガイ。」

ガイだ。陽道は振り返り、別人となったガイを始めて視認した。

「そのなりは何だ?どうやって生き延びた?」
「……」

ガイは殺意の籠った眼差しで陽道を睨み続ける。返答はしない。
陽道はそんなガイの反応を鼻で笑う。

「有り得ねぇんだよ。石川のタレントで感知できないもんなんてよぉ。ま、もうどうでもいいか。」

陽道は拳銃を取り出す。

「この俺が、この手で直接終わらせてやる。今度こそな。」

一方のガイも、タレントで骨刀を創造した。

「それは無理だ。だってお前は…」

その時だ。会話、発砲、転倒。その全てが一瞬の後に終了した。
ガイは神殿の床に倒れている。そして、陽道の拳銃からはいつの間にか硝煙が立ち上っていた。

「聞こえねぇな、全部。必要ねぇんだよ。テメェの何一つよぉ。」

ガイは脳天を撃ち抜かれていた。一瞬にして。まるで、時が飛んだかのように。陽道のタレントによって。
陽道は再び黒い球体の方を向いた。その時だった。

「聞こえないんじゃない。聞きたくないんだろ?」
「ッ…⁈」

陽道はその声に驚嘆し、振り返る。
そこには、脳天を撃ち抜かれたはずのガイが、何事もなかったかのように立っていた。

「どういう事だ…⁈」

すると、ガイは困惑する陽道に話を始めた。

「お前の行動理念の本質は『支配』だ。そんなお前が何故、躍起になって俺を殺そうとする?支配すれば良いだろ?そう。お前は支配できないんだ。俺を。お前よりも優れているこの俺を。だから『出る杭は打つ』主義なんだ。」

陽道はガイのその話よりも何よりも、何故ガイが死んでいないかの方が問題だった。
その答えをガイは陽道が質問するよりも先に声にした。まるで、心が読めているかの如く。

「お前のタレントは既にコピーした。過程を飛ばし、結果のみを反映させる、お前のタレントを。」
「なに…⁈」

説明しよう!
陽道のタレントは『大いなる節制マッド・シャルル』。一定範囲内、特定の行動の過程をスキップする能力である。
先程の陽道の発砲、『撃つ』という過程を飛ばし『撃った』という結果だけを反映させたのだ。また、飛ばした過程は本来要する時間そのものを省略する事ができる。
(タイプ:支配型)

「有り得ねぇ…誰にも喋っちゃいねぇ俺のタレントを…‼︎」

その時、陽道は思い出した。神殿へ入る途中、二人の少年と出会った事を。

「まさか…‼︎」

そう。氷室は陽道のタレントの正体を見破っていたのだ。そして、それをもょもとに伝えていた。もょもとの首を治す時、彼の左腕に『カテイとばす』という痣を付けて。

「ん……」

その時、右腕に違和感を感じた陽道は目線を下に落とす。
すると次の瞬間、植物のツタが腕の内側から突出してきた。骨や肉を抉り抜いて。

「ぐッ…ぅがぁッ…‼︎」

激痛が走り、その拍子に拳銃を落とす。

「くッ…‼︎」

足元に落とした拳銃を拾おうと体勢を屈めた瞬間、ガイは陽道の両靴を操り、彼を転ばせる。

「あぐッ‼︎」

陽道は顔面を床に強打する。ガイはそのまま靴を操り、陽道を宙吊りにした。
そして、陽道の腕から生えた植物を操り、体を拘束する。

「覚えてるか?それはお前に殺された俺の仲間のタレントだ。『触れる』とか『種を植える』とか、そういう過程を飛ばせるから、実質的には射程が無限になった気分だな。まぁ、お前のタレントにもある程度の範囲限定はあるんだろうけど。」

陽道は怒りを露わにし、叫んだ。

「クソガキがぁッ‼︎楽に死ねると思うなよッ‼︎あの時の何億倍もの苦しみを与えてやるッ‼︎それだけじゃねぇ‼︎テメェに関わった人間全員ッ‼︎テメェと同じ苦しみを与えてやるッ‼︎全裸にして俺のペットにして辱めた後に糞溜めに落として拷問してッ‼︎目玉を抉り出して歯と爪を全部抜いて麻酔無しで解剖してッ‼︎ヤク漬けにして両手足を切断して内臓に直接腹パンしてッ……」
「……」
「なんで…ツタが切ねぇんだ……‼︎」

陽道は『大いなる節制マッド・シャルル』を使っていた。体を拘束するツタを切る為。
しかし、いつまで経っても『切る』という過程が飛ぶ気配は無い。

「無駄だ、陽道。お前の思考は全部読める。約束を破ったから…そういうタレントを、手に入れたから。」
「なッ…⁈」

ガイはリズのタレントを保存していた。いや、保存しなくとも使えていたのだ。それが『雷世らいせ』の力。『理解アスタ』で保存しなくとも、一度見ればそれを使用できるのだ。

「俺はお前が飛ばそうとしている過程を先読みして、お前の結果を過程に捉え、俺の意図する結果まで飛ばしているから。ツタが切れないのはそれが理由だ。」

心が読めるガイにもう陽道は勝つ術はない。そう思った時、陽道は切り札を思いつく。
そう。魔物化だ。魔物化すれば、PSIが向上し、あわよくば新たなタレントが発現するかもしれない。

「無駄だって言っただろ。そもそも、お前は魔物化できない。」

そう豪語するガイの骨刀の先には、何やら赤黒く蠢く臓物のような物が突き刺さっていた。

「それは…‼︎」
「そうだ。魔物化の源。伊従村、館林の地下で、お前らが卵と呼んでいたもの。自分の胸元よく見てみろよ。」

陽道の胸にはぽっかりと穴が空いていた。ガイは拘束と同時に、既に陽道から魔物化の卵を抜き取っていたのだ。

「ずっと考えてたんだ。お前を…どうやって殺してやろうかって…」
「ひぃッ…‼︎」

ガイのその表情を見た瞬間、陽道は自分の犯した非人道的な所業の数々を思い返した。何故なら、それらが今から、自分に下る天罰だから。

「ごめんなさいって100回…いや、1000回言ったらころしてやるよ。」
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