空白の運命

黒戌真白

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ターミガン星術学院

Ⅰ:森を出る

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 まだ朝日が昇ってから時間が経っていないこの静かな森の中で、三つの足音が騒々しく響く。人が歩くことなんて全く想定されていない獣道を少年は獣と共に駆けていた。少年の右手には片手用の直剣が握られており、その刃にはすでに血が塗られている。少年を追う獣は四足歩行のオオカミで、すでに少年との戦闘で体には多数の切り傷が付いていた。
 二体のオオカミのうち一体は少年の行く手を阻むように前へと駆け、足を止めざるを得ない少年は二体のオオカミに挟まれることになる。覚悟を決め剣を構えたその時。頭上からこの場の状況に全く合わない、けだるげな声で少年の名が呼ばれる。

「ディアス~。まだ終わんないの? 話があるんだけど~」
「何しに来たんだよエルマ! 一体誰のせいでこんなことになってると思ってんだ」

 エルマと呼ばれた男性は大きく欠伸をすると、片手で目をこすりながら左手をオオカミへと向けたった一言を口にする。

「【|星光(ステラ)】」

 エルマの左手には一瞬で|星封陣(せいふうじん)が構築され、ディアスの視界にほんの一瞬の光が差した。振り返るとそこには断末魔さえあげることなく、死を迎えたオオカミの姿があった。頭には指一本程度の穴が開いており、そこから漏れ出る鮮血はそれがオオカミの死因であることを示していた。
 この世界では|星力(アストラ)用い、星術を行使するためには基本的に|星封陣(せいふうじん)を構築し、それに星力を込めることで星術を行使する。
 木の上を見ると先程の星術を放ったエルマの姿はすでになく、ディアスと残されたオオカミの一騎打ちとなった。エルマがディアスの鍛錬に顔を出すことは珍しく、よっぽどの用事なんだろうと察したディアスはオオカミへと切っ先を向けた。

「ほんと、めんどくさい」



 オオカミの獣を無事に倒すことができたディアスは足早に森を抜け、目先にある家の扉を開ける。そこはエルマとディアスが二人で暮らす木造の一軒家だ。ドアを開けたディアスの目の前には外出用の帽子をかぶり身支度を済またエルマの姿があった。

「なにしてるんだ?」

「ようやく帰ってきたんだね。えーっとね……僕しばらくここを離れるから、ディアスも身支度済ませてここから出てってくれる?」

 いつも説明下手なエルマだが、途中で考えるのがめんどくさくなったのか、いきなり突拍子のないことを言い始める。困惑し事情を問い詰めようと身を前に乗り出すが、それはエルマーの右手によって止められた。そして懐から一通の手紙をディアスに渡す。その手紙には差出人であるエルマ・アインの名と宛名である王都王立ターミガン星術学院とファウト・フォン・ゲーテという名が綴られていた。

「正直な話ね。僕の星術は少し特殊でね。体力面や基礎的な知識を教えることはできても、君のこれからを僕が導くことはできないから……。これからどうしたいのか、君が何を目的に生きていくのかを自分で探すために、ここを離れてこの学院で学び成長してほしい。君も特殊だからね。色々大変だとは思うけど頑張って。今から準備して向かえば王都まで夕方には着くと思うから、それじゃっ!」

 言いたいこと、渡したいものだけ渡すとエルマは軽快に手を振りディアスの後ろのドアから外へと出ていく。すぐに後を追ったディアスの視界にはすでにエルマの姿はなかった。
 エルマはいつもそうだ。自分がするべきことだか何だか知らないが一方的に押し付けて、こちらの話に入った途端取り合おうとしない。だがディアスとエルマが共に過ごした時間は長い。エルマのそんな性格にすっかり慣れていたディアスはめんどくさそうな顔をしながらも素早く身支度を開始した。

 エルマから受け取ったものは一通の手紙と生活用の資金。そして自分で用意のは鍛錬の時に愛用している片手剣と投擲用のナイフ数本。その他かさばらないい程度に家で愛用していたものをバックに詰めて家を出た。幸いエルマからの資金は思ったよりも多く、大きな荷物になりそうなものは王都で揃えればよさそうだ。だがここでエルマのたった一つのミスが露見する。それは……

「あれ? 確かこっちだったよな。あっおっさん! 王都ってどっちだ?」

「何言ってんだ坊主。王都は今お前が来た道の方向だぞ?」

 そう。エルマのミスとは渡す物の中に地図を含めなかったことである。ディアスは方向音痴であり、地図があっても目的地にたどり着くには時間がかかる。出会う人に片っ端から道を聞き、ようやくディアスの視界に王都が映り込んだのは、すでに夕日が山に沈んだ後だった。
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