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第56話 「神の力」

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 街中に、悲鳴が響く。そんな中、ひときわ強くわたしの鼓膜に聞こえてきたのは、イオリさんの声だった。

「ナナちゃん! あっち、カイリを見つけた!」

「すぐ行きます!」

 イオリさんの「心眼」のおかげでカイリ様の居場所を特定することができた……けど。

「カイリ様! 起きてください!」

 どうしてか、カイリ様は目を閉じたまま、起きる気配が全くありませんでした。

 崩落に巻き込まれて傷ついているから、そのせいで気を失っているのかと思いましたが、わたしのスキルで治療しても目を開きません。

「ナナちゃん、カイリのこと任せたよ。イオリちゃんはさっきの『光の矢』の被害に遭った人を助けてくる!」

「それなら、わたしも……」

「二人とも行ったらカイリは誰か見るの? やっぱり、ナナちゃんしか――」

「――その役目は、私に任せてもらおう」

「シャルさん?」

 わたしたちの元にやって来たのはシャルさんでした。

「守るのは……騎士の役割だ。ナナもイオリも、救助に向いている。だから、ここはわたしが見張っておこう」

「……分かりました。ありがとうございます!」

「じゃあ行こうか。なにもかもが手遅れになる前に!」

 わたしたちは「光の矢」によって破壊のかぎりを尽くされた街へ駆け出し、傷ついた人の救助に向かいました。



 ――空から光が、雨のように降り注ぐ。その光景を、真紅の少女――エリザベスもその目で見ていた。

 エリザベスの思考で、避けるのは不可能と判断。できることは、被害を最小限にすること。

 光を降らせている者が何者かは知らない。知る必要もない。興味もほとんどなかった。

 ……この瞬間が訪れるまでは。

「王女様! お逃げください!」

 執事が、エリザベスの身体を突き飛ばす。突然のことで、思わず尻餅をついた。普通ならこんなことをすれば不敬だと斬り捨てられるところだろう。

 だけど、エリザベスには非難することはできなかった。

「あぁ、良かった。お怪我はないのですね……」

「そうだ。妾には傷ひとつない。其方が守ったおかげでな」

 執事が、「光の矢」に触れ、重傷を負っていたのだ。

「どうして自らを優先しなかった。妾だけなら耐えられたというに」

「それは、分かってます。王女様なら……私めの力なぞなくても、きっと生きておられた。ですが……王女様が少しでも傷つく恐れがあるなら、その代わりになるのが、私めの役割です」

「そんな役割なんぞ、放り捨てても良かったものを」

「そんなこと、私めにはできません。……すみません王女様の服が、私めの血で、汚れて……」

「妾をその程度の狭量であると定めるか。気にするでない」

 エリザベスは血に塗れた執事を抱き起こすと、歩き出す。

「ナナと言ったか。あやつなら其方の傷も治せよう。もうしばし辛抱せよ」

「……はは、王女様。貴方は、本当に……王に相応しくないお方だ」

 執事は精一杯の笑顔を浮かべた。

「私めなんかのために――涙を流されておられるなんて」

「ふん、気のせいだ」

 エリザベスは慌てて執事から顔を背けるが、今更もう遅い。

「エリザベス王女様……分かっているのでしょう。私めの命は、もう長くないと」

「黙れ。妾が治ると言ったら治るのじゃ」

「……分かっていて、そうやって勇気づけようとする。本当に王女様は――『優しぎる』」

 エリザベスは力が強いわけじゃない。執事を背負って早く動くことはできない。
 だから、致命傷を負った執事を助けるのは不可能だと、二人とも分かっていた。

「次の王になるのですから、部下が一人死ぬくらいで動揺してどうするんです。たった一人のために心を傷つけていては、王としてやっていけません」

「……」

「――王女様は、王に相応しくないですよ。王になるには……純粋で、甘すぎる」

 だからこそ、執事はエリザベスに言い続けた。

「王には相応しくない」と。

 誰より優しくて、誰より強く在ろうとして、見えない傷を抱え続けるエリザベスが、王になって傷つくのを見たくなかった。

「最後の頼みを、聞いてはくださいませんか」

「……言ってみろ」

「貴方は、生きてください。誰より優しい貴方だから、誰より幸福な人生を歩む権利があるはずです。だから、だから……っ、エリザベス様。貴方は、生き残ってください。必ず」

 直後、執事の腕がだらんと垂れ下がる。
 執事の身体から生気が抜けたのを感じた。

「……全く。生き続けろなぞ、誰に言っておるのだ」

 最後の願いを聞き届けたエリザベスの声は、震えていた。

「妾が死ぬわけなかろう。この、大馬鹿者が。…………だが、そうさな」

 近くに誰もいなくて良かった。これは二人だけの約束。二人だけの願い事。

 他の人間に聞かれるなんて、無粋だから。

「妾は其方の仇を取ってやる。その上で、生き残るという約束を果たそう。それをするだけの力が――妾にはある。だから、ゆっくりと暇を楽しんで待っておれ」
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