私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―

喜雨と悲雨

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2、現状

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場所は変わり、ここは行きつけの酒場の個室。
木製のイスとテーブルだけが置かれた、落ち着く空間だ。

テーブルの上には、ガイにビール、ミランにはハーブティーが置かれている。 個室の外からは宴のにぎやかな笑い声が聞こえていた。

「……さて、ガイ。私の聞きたいこと、もう分かってるわよね?」

「ひっ……」
大の男が情けない声を上げる。

「っ、姐さん!そんな怖い顔で睨まないでくださいよ!
怖くて喋りづらいったら……!」

「うるさい。つべこべ言わずに、早く説明しなさい。
どうしてルイスがああなったのか」

「うぅっ……わかりましたよ!」

ガイはびくびくとしながらも、重い口を開いた。

* * *



「要するに……魔物を生み出していた元凶の魔女を見つけて、
激戦の末に討伐したまでは、
よかったんですけど……
団長は大怪我をして、
記憶を……失っちゃったんです」

「記憶を……?」

ミランの表情が引き締まる。ガイはおそるおそる続けた。

「しかも……その、団長が忘れたのは姐さんのことだけで、
他の記憶はちゃんとあるんです……」

「……は?」

ミランの眉がピクリと跳ねた。

「で、ですね……さらに、その療養中に世話をしてくれたのが、
今の彼女――ルナさんでして……」

バンッ!!
ミランは怒りを込めて、思いきり机を叩いた。

「ふぇっ……!」
ガイが情けなく身を縮める。

「どうすればいいのよこんなの!
思い出が消えた相手に、どうやって怒ればいいのよ!
『浮気したわね!』なんて言えないじゃない……
今の私は、ただの――恋人ごっこを邪魔する、モブ以下の存在じゃない……!」

目元が熱い。声が震える。
ミランは必死にこらえようとしたが、
頬をつたう涙は止まらなかった。

「あっ、姐さん……泣かないでください!
団長は、きっと思い出しますよ! 時間がかかるだけです!」

普段は強気な姐さんの涙に、ガイは完全におろおろするばかり。

「そんな根拠のないこと、信じられるわけないでしょ……!
……もういい、今夜はヤケ酒よ! 最後まで付き合ってもらうから!!」

「え、ええ!? 姐さんお酒弱いでしょ! しかもまだ昼っ……
ああっ、それ僕のビール!!」

ミランはガイのビールを奪い、
ぐびぐびと飲み干す。

「ぷはーッ!! ……大丈夫、大丈夫よ。
こんな状況で酔えるほど、ヤワな女じゃないんだから。
おねーさーん!ビール追加ー!」

「ちょっ、おねーさん! ビールいりません!お勘定だけで!」

慌てて止めようとするガイ。けれど、
ミランは止まらない。

これはまずいと判断したガイは、
ついに決断する。

「もうダメだ……。姐さん、外に出ましょう。団長の様子を見に行くんでしょ!」

「なによ勝手に! 私はまだ……!」

「行きますよっ!」

じたばたするミランをひょいっと担ぎ上げたガイは、酒場の外で馬車を捕まえて、
そのまま乗り込んだ。

「貴様! 私の傷に塩を
塗り込むつもりか!!」

「貴様って……やっぱりちょっと
酔ってますよね姐さん……」

ガイは頭を押さえて小さくため息をつく。

「……はぁ、俺だって本当は合わせたくないんですよ。
でも、さっき自分で“行く”って言いましたからね?」

「うっさいわね! わかってるわよ!
こうなったら潔く塩に突っ込んでやる!
……そして新しい男、見つけてやるんだから!!」

ヤケクソなミランをなんとかあやしつつ、
ガイは馬車へと彼女を押し込んだ。

そして、馬車は無情にもゴトゴトと、
確実にルイスの家へと近づいていった。

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