君とボクとの恋愛論

かじゅ

文字の大きさ
2 / 2
第1話 摩那乃と遼平

P.1

しおりを挟む
 タワマンに到着し、すぐに準備万端整っている自室へと案内され、
「まぁ…予想はしていたけどもさ。」
摩那乃は呟いた。
そこには摩那乃が送った荷物がきちんと配置されていただけでなく、見たことない最新の家具家電まで配置されていた。
必要最低限の物だけ送ってくれれば、後は俺が用意する。
と咲樹さんに言われた時点でこんな予感はしていたが…。
「グレイト!てか部屋広っ!ウォークインクローゼットまで付いてるんか!」
「着いて早々元気だな。」
そんな声が飛んできて、摩那乃の前に5人の男性が横一列に並んで立った。
「久し振りだねみんな、元気だった?」
摩那乃の前に並んだ5人は、それぞれ年齢は違えど顔は遼平と似ていた。
「お姉ちゃ~ん!凄く会いたかったよ~!」
と言ったのは未だ幼さの残る青年。
摩那乃に駆け寄りながらその姿はパッと猫に変わり、摩那乃は臆することなくその猫を抱き止めて撫でてやる。
「あたしも会いたかったよゼロ。」
「元気だった?」
長めの前髪越しに摩那乃を見つめて言ってきたのは、大人になりつつある青年。
「勿論、ヒイロもみんなも変わりないようで安心したよ。」
「少し大人びたんじゃないですか?」
そう言って縁無しの眼鏡をクイッ、と上げた男性はソラ。
「大人びたって言うより綺麗になったんじゃな~い?」
黒縁の眼鏡の奥の瞳を妖しく光らせ、フフフ…と笑みを称えながら摩那乃の頬を撫でようとしたリュウの手をベチン!と叩き落としたのはサンク。
「ちょっと兄さん痛いじゃないっ。」
「気安く摩那乃に触るな、摩那乃が汚れる。」
長い髪を邪魔くさそうに掻き上げながら吐き捨てるように言うと、摩那乃の腕からゼロを抱き上げる。
「待ってよサンクぅ、ボクもっとお姉ちゃんに抱っこしてもらいたいぃ。」
「また後でな、摩那乃は疲れてるし、これから色々忙しくなる。」
「うむぅ、分かった。」
ソラ、サンク、リュウ、ヒイロ、ゼロとは、遼平が譲り受けたり拾ったりした飼い猫である。
長い話になるのでここではひとまずはしょるが、この猫たちは自由自在に猫型、人型に変身出来るという特殊能力を持っている。
これがトップシークレットであるため、摩那乃にしかここのメイドを頼めなかったのである。
「すでにここの住人たちにはソラたちのことは話してある、今夜のパーティはソラを中心に動いてもらうから、お前は今夜は楽しむといい。」
「パーティ?」
聞き返してきた摩那乃を見て、咲樹はまたもや呆れて遼平を見た。
「お前に言ってなかったけど、今夜リビングでパーティがあるんだよ、お前をお披露目する意味も込めて。」
「なぬっ?」
あの面々にあたしがお披露目されるパーティだとぅ?!
このあたしが?!
「マジか!嘘だろ!」
「まぁパーティって言ってもちょっとお洒落な飲み会みたいなもんだし、そんなに気負わなくて平気だって。」
「まぁ…リョウちゃんがそう言うならいいけど、でもどうするかな、一応それなりの服装した方がいいだろ?あたしそんなちゃんとした服持ってないぞ?」
流石に普段着じゃまずいよなぁ、あの面々にお披露目されるわけだし…どうすっかなぁ。
「それなら問題ないって、そろそろ来るハズだから。」
遼平がそう言った次の瞬間、ノックの後にドアが開き、
「よっ、元気だったか摩那乃?」
「ミツ君。」
八重歯を見せながら人懐っこくニカッと笑って見せたのは、runaのボーカルであり遼平とは幼馴染みかつ、摩那乃とも付き合いが長い松戸充樹であった。
「流石グッドタイミング。」
「当たり前だろ。」
言いながら遼平の隣に立ち、摩那乃と向かい合う。
「それで、例の物は持ってきたか?」
「もちあたぼーよ!摩那乃、これが今夜お前が着る服だぞ~。」
シャラ~ン、と出された洋服を見て摩那乃は呆然とする。
「ば…馬鹿な…!」

エレベーターから降りても尚、
「あれをあたしが着るのか…?馬鹿な…!」
摩那乃はブツブツ言ったままだった。
「大丈夫なのか?」
何処か放心状態の摩那乃を見て咲樹が聞くと、
「大丈夫大丈夫、今遼平がテンション上げさせるから。」
充樹が目で合図すると、遼平はニコニコ笑って摩那乃の肩に腕を回す。
「まぁまぁ摩那乃、気持ち切り替えて行こうぜ、今向かってるのは道場なんだし。」
「何?道場だと…?」
パッと顔を上げて遼平を見つめる。
「おぅ、咲樹さんがお前のために用意してくれたんだよ、それに住人の中には筋トレしたい奴等もいるだろうし、普通の筋トレじゃなくて狭霧流の教えを請いたい奴もいるかもしれんし。」
「なるほど!咲樹さん!ありがとう!」
「これくらいお安い御用だ。」
こういう単純なところも摩那乃の魅力のひとつだな。
入口の引き戸に手を掛けたがピタッ、と止まってしまう。
「どうした?」
「人の気配がする…。」
摩那乃の言葉で3人同時に咲樹を見つめる。
「問題ない、俺が雇った師範代がお待ちかねだからな。」
「師範代?」
一体誰のことだ?
不思議に思いながらも引き戸をゆっくり開ける。
「思ったより遅かったな。」
「能兄ぃ!それに臣さんまで!」
そこにいたのは各国の支部を渡り歩いていた狭霧家長男の狭霧能兎さぎりよしとと、そのサポートかつ能兎の恋人でもある西條臣行さいじょうおみゆきだった。
「久しぶりですね摩那乃。」
「う、うん久し振り臣さん、でもどうして2人が…。」
「父さんから連絡があったんだよ、咲樹さんが師範代を所望だから君が行きなさいって、お前がここで何をするかも聞いた、メイドしながらここの師範代は流石にキツイだろうし俺もそろそろ師範代を任される時期だったし、ならちょうどいいって受けて、ドイツ支部から臣行と一緒に帰国したんだ。」
「そうだったんだ…。」
何も聞かされてなかったから流石にビックリしたな。
「それに住人の中には筋トレがてら教えを請いたい人もいるかもしれないし、リョウやミツみたいな元門下生もいるわけだし、なかなか面白くなりそうだなって。」
「僕はそんな能兎に何処までも付いて行く所存ですよ。」
臣行の笑顔の発言に頬を染めつつ、
「お、おぅ、助かる。」
と小さく答える。
相変わらず臣さんはポーカーフェイスでサラリと能兄に甘い台詞を言うなぁ。
2人きりんときはラブラブなんだろうな。
「お前も今夜のパーティに出るんだろ?」
「え?あ、うん、能兄と臣さんも出るの?」
「まぁな、俺も臣行も住人と顔合わせまだだし。」
メンツは咲樹さんに資料見せてもらったけど、実際に顔合わせしておきたいし、釘を差しておきたい奴もいるからな。
「ところで摩那乃、今夜のパーティに着る服は決まっているのですか?」
臣行の問いに先程見せてもらった服を思い出し、摩那乃は膝から崩れ落ちる。
「あれを、あれをあたしは今夜着るんだ…よな…っ⁉」
「大丈夫ですか摩那乃?」
「もしかしてお前たちが用意したのか?」
能兎に視線を投げられて、遼平と充樹はニンマリ笑う。
「一体どんな服用意したんだよ?」
「いやぁ。」
 何処か照れて言う2人に
「褒めてねぇよ。」
とツッコミを入れてから摩那乃の前にしゃがむ。
「この際服のことは置いといて摩那乃、お前平気なのか?」
「な、何ぃ?」
これ以上何があると言うのだろうか…。
「今夜俺たち同様、住人たちと初顔合わせだろ?だったら住人たちの前で挨拶するべきだ、その挨拶、お前出来るのか?」
「あ…あ…!」
挨拶だとぅ!
摩那乃はすくっと立ち上がり、スタスタと遼平、充樹の前に立つと
「どどどっ、どうしよぅ!」
とすがりつく。
「無理だよ挨拶何てぇ…。」
あの人たちの前で…特にあの2人の前で挨拶何て…むしろ言葉を発する何て無理だ!
息すらまともに出来るかどうか分からないのにぃ!
すっかりパニック状態になり、ウルウルおめめ全開ですがる摩那乃を見て、
道場では自信に満ち溢れてるのに、パニクってこんな可愛くなってもぅ!もぅ!
2人は同時にそんなことを思い、デレってしまいそうな顔を引き締めつつ
「安心しろ、俺と充樹が一緒にいるから。」
「そうそう、それに挨拶なら俺と遼平で代わりにしてやるから。」
「ほ、ほんとぅ?」
更におめめをウルウルさせる摩那乃を見て、感極まった2人はガバッと抱きしめる。
「大丈夫大丈夫、俺と充樹に任せれば大丈夫。」
「お前は俺と遼平の間に立ってるだけでいいから、な?」
「うん、ありがとぅ。」
と2人にひしっ、と抱き着く摩那乃を見て能兎は呆れ顔になりはぁっ、と溜め息をつく。
「どうしました?」
「相変わらずあの2人は摩那乃に甘々だな。」
「おや、貴方だって2人に負けず劣らずの甘々なシスコンじゃないですか。」
「うぬぅ。」
的を射てるからぐぅの音も出ねぇな。
「でも…。」
臣行はフフフ…と何処か妖艶な笑みを浮かべると、能兎の耳元で囁いた。
「シスコンもいいですが、1番は僕にしておいて下さいね。」











 摩那乃にマンション内を案内し終えた後、一旦解散して夕方。
そろそろ摩那乃の準備終わるかな?
と遼平がリビングに移動すると、ちょうど反対側のドアからソラがやって来た。
「終わった?」
「今リュウがメイクしているところですが、そろそろ終わりますよ。」
そう言ったソラと一緒に摩那乃の部屋に向かう。
「いきなりあの服はどうかと思いますよ。」
「おかしい?」
「いいえ、とても似合っていますが摩那乃にはハードルが高いと思いますね。」
「そうかぁ?でもあいつはあれくらいしないと開花しないだろ?」
「貴方が言わんとすることも分からなくもないですが、いきなりのレベルアップでは逃げられますよ。」
「逃げられんのは…。」
困るなぁ。
「あ、そういやメイクってことはヘアメイクも?あいつ髪型に何か言ってた?」
「ええ、今は不本意ながら伸ばしているそうですよ、冬に髪を切ると風邪を引きそうな気がするから、夏に切って以来切ってないそうです。」
「なるほど。」
じゃあ狙ってあの髪型…てかあの長さにしてるわけじゃないんだろな。
何て思ってるうちに摩那乃の部屋の前に到着。
ノックをしてドアを開けると
「流石遼平グッドタイミング、今終わったところだよ。」
リュウの言葉に摩那乃に目をやると、こちらに背を向けた状態で座っていた。
「どれ、摩那乃、立ってこっち向いてみ?」
「う、うん。」
立ち上がって振り返った摩那乃。
遼平、充樹が用意した洋服は黒いニットのワンピース。
しかもなかなかのミニ。
摩那乃は普段から自分の意志では殆どスカートを履かず、ほぼほぼパンツスタイル。
そんな摩那乃がスカートを履くだけでもなかなかの気合が必要なのに、それがミニとあっちゃあ愕然とするわけだ。
「へ、変じゃないかな?」
普段はスッピンのため、かなり薄いと言ってもメイクをしているため、自分がどう見えているか不安で仕方ないようでその目はオドオドしていた。
「可愛いよ、メイクも髪型もその服も全部似合ってる。」
とまで言って額にキスを落とす。
「いい仕事したな。」
「まぁ僕の腕もなかなかだけど、元がいいからねぇ。」
「いや、リュウの腕がいいんだよ。」
あたしなぞ大したことねぇ…。
「大丈夫、お前は可愛い。」
それにしてもこの髪型…。
やられた本人は余裕なくて気付いてないみたいだけど、ソックリじゃんか。
たまたまか?
狙いか?
何て思いながらリュウを見ると、視線に気付いたようでニヤッと笑って見せた。
狙いだな、流石リュウ。
そこへノックの音がして、充樹が現れた。
「そろそろ行こうぜ、もうボチボチ集まってるみたいだから、てか摩那乃、予想以上に可愛くなってんじゃん。」
「そりゃ言い過ぎだっ。」
「そうか?」
「とりあえず行くぞ、俺と充樹でしっかりエスコートするから安心しろ。」
「う、うん。」
大丈夫かあたし…?
リョウちゃんとミツ君のことは信頼してるけど不安だ…。
自然と俯いてしまっている摩那乃に気付くと
「ほら。」
「俺と遼平がいるから。」
と言って腕を少し上げる2人の間に入ると、それぞれの腕と組む。
「じゃあ行きますか。」









 耳の奥がジンジンして、自分の心臓が暴れる音ばかりが聞こえて、リョウちゃんとミツ君が言ってる言葉がよく聞こえない。
分かっていたのに、ここにシュウとカズ君がいることは分かっているハズだったのに…。
ちゃんと気合も入れたのに…。
それでもあの2人の前に立つことが、こんなに緊張する何て…。
「てことで、摩那乃をよろしくなぁ。」
遼平の最後の言葉が辛うじて聞こえた摩那乃は、倒れるように遼平にもたれかかり、遼平は遼平でそれが予想の範疇だったようでサッと抱き上げると、
「よく頑張ったな、偉いぞ。」
と言って鼻先にキスをする。
「少し俺と向こうで休もうな?」
「う、うぅ…。」

パーティとは言ってもかしこまってるわけでもない今夜、あらかじめ用意されている料理を自分で好きなだけ取るという、いわゆるビュッフェ式。
そんな中、和誠の隣で皿に取った料理をニコニコ笑顔で口に運び、
「美味しい~!」
と言ったのは秀一。
仲良しで常に2人で行動することが多いmvlの秀一と和誠。
「シュウのファンかな?」
ゆっくり料理を口に運びながら、不意に和誠が言った。
「ん?」
「摩那乃ちゃんだっけ?今年の夏のツアー中のシュウと、同じような髪型してるじゃない?」
今はゆるふわパーマ止めてストレートにしちゃったけど。
「ん~、カズ君のファンでもあるんじゃん?あのバングル、今回のツアーのカズ君グッズじゃん。」
「じゃあ俺たち2人のファン、てこと?」
そこまで言って2人は、遼平と並んでカウンターに座る摩那乃の後ろ姿を見つめる。
「可愛い子だよね。」
「あ、カズ君も思った?何か可愛いよねぇ。」
「相変わらず俺たちの趣味って被るね。」
と言いながら摩那乃から視線を外し、ある人物を見つめる。
あの子からの妨害、ありそうだな。

隣りでゆっくり大好きなカシスウーロンを飲んでいる摩那乃に、優しく声を描ける。
「だいぶ落ち着いたみたいだな。」
「うん、まぁ…ごめん。」
「お前が謝ることじゃない、むしろ俺が悪い、ごめんな。」
「ん?」
 何でリョウちゃんが謝る?
「やっぱりお前に事前に住人リスト送っておくべきだった、でも正直な、不安もあってさ…シュウとカズ君が住人としているって知ったら断るんじゃないかと思って。」
「馬鹿だなぁ、あたしとリョウちゃんの仲じゃん、そんなことで断るわけないじゃん、ただまぁ…慣れるまでに時間がかかるかもしれん…。」
「それなら問題ありませんよ。」
「俺たちが全力でサポートするから存分に甘えとけ。」
そう言ったのは本日カウンターを任されているソラとサンク。
「ありがとう2人とも。」
何て2人に向かって微笑んでいるとゾクゾクゾクッ!
「な、何か寒気が…。」
「風邪か?」
「違う、十中八九あれのせいだろ。」
そう言った遼平の視線を辿ると…、
「うわぁ…。」
俊仁が満面の笑みで両手を広げて立っていた。
「まぁちゃ~ん!」
「呼んでんな。」
「呼んでるね。」
「まぁ俺が一緒にいるから、な?」
「そそ、俺も一緒にいるしさささっと片しちまお?」
 そう言って充樹が現れた。
「楽しめたか?」
「おぅ、だから次は遼平が楽しむ番だから、あれあしらったら楽しんでこい。」
「サンキュ。」
摩那乃を挟んで俊仁の前に立つ。
川瀬俊仁、特に若い世代に人気のバンドshineのベースであり、遼平とはイトコ同士。
そのため摩那乃ともそれなりに長い付き合いになる。
摩那乃を知れば知る程好きになり、何とか摩那乃を自分のモノにしようと獅子奮迅しているのだが摩那乃に拒まれ、まったく報われそうにない。
その上、摩那乃本人が拒んでいるのだから、当然遼平も充樹も全力で阻止にかかるため、恐らく一生かかっても報われそうもないのだが、毎回手を変え品を変え何とかしようとしている。
「まぁちゃんハグぅ。」
「トシ、酔ったフリしてそれはないんじゃね?摩那乃だってお前がザルなの知ってるし。」
「いやいやいや、今夜は久々にまぁちゃんに会えたから緊張して酔っちゃった。」
「下手な嘘だな。」
酔ってるとか言ってる割には目茶苦茶饒舌だし。
充樹が呆れ返る中、
「トシ。」
 摩那乃が声を掛けた。
「なになにぃっ?」
「あのさ、恥ずかしいから勝手に人の名前大声で呼ばないで」
「へっ!」
「あたしはトシと付き合う気まったくない、だから期待を持たせるようなことはしないし特別優しくしたりもしない、トシが友達として仲良くしたいって言ってくれるまでは、あたしはトシと必要以上な仲良くするつもりないから。」
「でも一緒に住むんだしさぁ。」
「違う、あたしはrunaフロアに住む、トシとあたしの関係はメイドとお世話される方、それ以上でもそれ以下でもないし必要以上のお世話はしない、あたしの言ってること、分かるよね?」
「う、うん…。」
「良かった、じゃあこの話はおしまい、リョウちゃんミツ君行こう、トシはトシで楽しんで。」
そこまで言うと3人は俊仁に背を向けてカウンターに戻った。
「トシの奴、しおらしくしてたけど油断しないようにな。」
「うん、分かってる。」
以前の摩那乃は、ここまで俊仁に対して冷たくはなかった。
正直俊仁の行為には戸惑いはあったし答えられそうもない、とは思っていたが、俊仁程の男性に好意を持たれているわけだから、嫌な気持ちはなかった。
だからこそ、告白された後もそれまで通り普通に接していたのだが…。
数年前のこと、摩那乃が遼平のマンションに泊まりに行ったときのことだった…。
遼平の仕事が押して長引き、遼平より俊仁の方が先に着いてしまった。
遼平から事前に俊仁が泊まりに来ることを聞いていた摩那乃は俊仁を温かく迎え入れ、そんな俊仁にそそのかされた摩那乃は遼平の帰りを待たず、2人で飲み始めてしまった。
摩那乃もアルコールに強い方だが俊仁は酒豪。
飲むペースを大幅に崩された摩那乃は、思った以上に酔いが回りヘロヘロに。
それを計算していた俊仁は摩那乃を押し倒して強引に抱いてしまおうという、力技に出たのだ。
そのときは間一髪、遼平が帰宅して服を脱がされる寸でのところで救出して事なきを得たのだが、それ以来俊仁を警戒し、態度も変に期待させないよう敢えて冷たくし、距離を取ることにした。
「ほいじゃ遼平楽しんどいで、摩那乃には俺が付いてるから。」
「ん、分かったありがとな、それじゃ摩那乃、また後でな。」
そう言って頬にキスをすると、手を振りながら離れて行った。
並んでカウンターに座ってすぐ、充樹の顔をジッと見つめる。
「どした?」
「ミツ君もあたしのこと気にしないで楽しんで来ていいんだよ?」
「ええ~、俺今から摩那乃と楽しみたいのにぃ、一緒にいたら駄目なのか?」
「そっ、そんなことないよありがとうっ。」
相変わらず綺麗な顔だなっ。
「俺こそ相手してくれてありがとう。」
と言って、遼平とは反対の頬にキス。
ちなみに昔から、遼平は摩那乃の右頬とおでこ、充樹は左頬にキスと決まっている。
「それではお2人とも、こちらをどうぞ。」
そう言ってソラが2人の前にす…と出したのは赤ワイン。
「ワイン何て珍しいな。」
「そろそろその銘柄のワインが好きな方々が来ると思いましたので、提供させて頂きました。」
「あぁ…。」
なるほどな、と理解する充樹の隣で摩那乃は首をコテッ、と傾げる。
「どういう意味?」
「そのうち分かるからそれまでの楽しみにしとけ、それよりほら、焼き上がったぞ。」
サンクが差し出してきたのは、摩那乃が好きな物ばかりがトッピングされたMサイズのピザ。
「うはぁ!」
途端に摩那乃の目がキランキラン輝き、それを満足そうに眺めながら、それを作ったサンクがピザを食べやすい大きさに切ってやる。
「さっきから飲んでばっかであんま食べてないだろ?ちゃんと食べ物は腹に入れないと酔いが回るからな。」
「ありがとサンク。」
嬉しそうに食べる摩那乃を見て、充樹デレデレ。
「デレデレするのも分かりますが充樹、気を付けて下さいね。」
「分かってるって。」
今夜は緊張解すためにいつもより早いペースで飲んでるせいか、少し酔い始めたせいで無防備になってきてるしな。
とりあえずトシは今夜は多少おとなしくなってるとは思うけど、何が起こるか分からないしな。
「ミツ君ピザ食べる?」
あ~ん、と口を開ける充樹にピザを食べさせてあげていると、突然甘い香りに包まれた。
「これ…っ。」
「摩那乃…?」
「凄い、甘い香りが…。」
何だろうこれ、甘くて蕩けそうなのに…ドキドキして…ゾクゾクするような感覚…。
「充樹。」
自分の後ろから聞こえた声に摩那乃はビクッ。
「平気だから、とりあえず俺だけ見とけ、な?」
そう囁いて摩那乃の手をギュッと握ってから
「シュウ、カズ君久し振り。」
「久し振り。」
「お互い忙しくてなかなか会えなかったけどこれからは一緒に住むし、ボードも一緒に行けそうだね。」
「そうだな、ハイレベルなシュウとカズ君と一緒にボード行けるのは願ったり叶ったり、実はここにいる摩那乃もハイレベルなんだ。」
「充樹は彼女のこと、名前で呼ぶんだ?」
「ん?」
「言われてみればそうだね、さっきトシは大声で確か、まぁちゃん?」
「摩那乃、平気か?」
小声で言う充樹に頷いて見せてから、ゆっくり立ち上がると秀一たちの方を見た。
「改めて…ここでメイドをやらせて頂くことになった狭霧摩那乃です、よろしくお願いします。」
深々とお辞儀をしてから、動揺を隠しつつ秀一と和誠に微笑んで見せた。
「よろしくなぁ。」
にこやかに秀一が握手を求めてきたので、恥じらいながらもその手と握手を交わす…と同時に甘い香りに包まれる。
「…っ。」
これ、シュウの香り…っ?
「俺もよろしくね。」
甘い香りに若干翻弄されつつ、和誠と握手を交わしたと同時に
「…っ。」
今度はスパイシーな香りに包まれる。
「あの、お2人とも、香水付けてます、か?」
「ん?ああ、俺もカズ君も少しだけね。」
「ちょっとキツかったりする?」
2人が互いをクンクンしている中、充樹が2人をクンクンする。
「いや、仄かに香る程度だな、摩那乃は鼻が利くからな。」
特に好きな人の香りには…。
「とりあえず座ろうぜ。」
摩那乃、充樹、秀一、和誠の並びでカウンターに座ってすぐ、
「シュウ、カズ、こちらをどうぞ。」
ソラが2人にワインを差し出す。
「これってもしかして…。」
「ええ、お2人が好きな銘柄ですよ。」
 ソラの言葉に、やっと摩那乃も合点がいった。
ソラたちはここにシュウとカズ君が来るの分ってたんだ!
摩那乃が人知れず真っ赤になっている中、話は進む。
「充樹と摩那乃も同じ物飲んでるぞ。」
「サンクも名前で呼ぶの?」
和誠の問いに答えたのはサンク。
「遼平と充樹、咲樹の他には我々だけですよ、何か引っ掛りますか?」
「ん~、何て呼ぼうかなってシュウとね、メイドさんじゃ味気ないでしょ?」
「ちなみに今言ったみんな以外は名前で呼んじゃ駄目だからまぁちゃん?」
「あ、あの、そういうわけじゃないんです。」
頬を染めたまま摩那乃が言った。
「その、あたし…身内以外の人に名前呼ぶの、幼馴染みのリョウちゃんくらいしかいなかったから…名前で呼ばれるの慣れてないんです。」
「俺も最初はまぁちゃんだったんだ、今は平気になったけど名前で呼び始めた頃は摩那乃って俺が呼ぶ度、顔まっかっかになってた。」
「慣らせば呼んでへーき?」
和誠に聞かれどう答えたらいいか分からず戸惑っていると、秀一と和誠は顔を見合わせた後満面の笑みで摩那乃を見つめた。
「あ、あの…っ。」
何だろうっ?
てかmvlの2人があたしに笑顔を向けるとは何事か?!
現実?現実なのか?!
摩那乃が内心パニクっていると、
「摩那乃っ。」
2人に同時に言われた次の瞬間、
「…っ!」
絶句し、その顔はまっかっか。
「ホントだ、まっかっかになっちゃった。」
「可愛い。」
不意に和誠に言われ、摩那乃はとうとう堪えきれず充樹の肩にもたれかかってしまう。
「よしよし平気か?」
「慣れるまで時間かかりそうだね。」
「相当かかんぜ、特にシュウとカズ君は。」
「そうなの?」
「あ、じゃあやっぱりまぁちゃんて俺とカズ君のファン?」
ば!バレてるっ!
何でっ?
何故バレたか分からずに、更にパニクった摩那乃は充樹の袖を摘む。
見ると摩那乃は今にも泣きそうなくらい目をウルウルさせていた。
あぁ、こいつ気付いてないんだなぁ。
「何で摩那乃が2人のファンだって気付いたの?」
「えっ?だってその髪型、ツアー中のシュウと同じ髪型でしょ?」
「それにそのバングル、今回のツアーのカズ君グッズじゃん?」
しまったぁ!
このバングルお気に入りだから無意識に身に着けてたぁ!
てか髪型っ?髪型ってリュウが!
そこまで考えてハッとして、料理やらアルコールを運んでいるリュウに目線を送ると、それに気付いたリュウは含み笑いを浮かべて手を振ってきた。
わざとだ!
わざとやりやがった!
リュウの野郎!
まさかこの髪型!シュウに寄せてた何て…!
いくら緊張していたとは言え、気付かないあたしもあたしだが、狙ってやったリュウもリュウだ!
「誰がセットしたの?」
「リュウだよ、あいつツアー中もずっと摩那乃の髪セットしてたからな。」
「え?もしかしてまぁちゃん俺たちのツアー参戦してたの?」
「ミツ君っ!」
「どうした?別に隠す必要ないだろう?」
「あ、あぅぅ…。」
隠す必要ないかもだけど、恥ずかしいよぅ。
「ちなみに東京公演は全通してたし、そんな摩那乃に合わせて俺と遼平も可能な限り一緒に参戦してたんだ。」
「そうなのっ?」
「て言うか、充樹も遼平もバレなかったの?」
「だって集まってんのはmvlのファンばっかだし、俺たち知名度ある方だけどまだインディーズだし、俺と遼平の隣りには常にシュウかカズ君のガッツリコスした摩那乃がいたお陰で余計俺たちに気付く子はいなかったなぁ。」
「何だ連絡くれたら良かったのにぃ。」
「いやいやいや、ライブ前に煩わせたくなかったしさ。」
それに摩那乃を連れて楽屋に挨拶何て、ライブ前にそんなことしたらこいつぶっ倒れてただろうし。
「煩わしい何て思わないけど…ちょっと寂しい。」
何処かふてた感じで言う秀一を見て充樹は微笑むと、秀一の頭を優しく撫でてやる。
「次からはそうするから拗ねるなって、な?」
「て言うか次は関係者として来れば…。」
「カズ君そりゃ駄目だ、摩那乃はガチでチケット取って行きたいタイプだから。」
「ああ、なるほど…。」
コネは使いたくない、的な?
「なぁなぁ。」
カウンターに身を乗り出す形で、秀一が摩那乃に声を掛けた。
「はっ、はいっ?」
「俺とカズ君のコスしたときの写真ないの?」
目をキラキラ輝かせて聞いてくる秀一を見てこれはヤバい!と思い、充樹の腕にすがりつく。
「いやお前が言いたいことも今の気持ちも分かるけど、このシュウに駄目って言えるか?」
充樹の言葉に改めて秀一を見る。
だ…駄目だ!
この人完全に自分の使い方分かってる!
こんな人にあたしが敵うハズがないぃぃぃ…!
摩那乃は勘弁して力なくコクッ、と頷いた。
「俺のスマホに全コスの写真フォルダ化してるから、それ見せるよ。」
言いながらデニムのポケットに入れたままのスマホを取り出し、さささっと操作する。
「あったこのフォルダだ、はいどうぞ、ここからスクロールしてけば全部見られるから。」
「ありがと充樹。」
充樹からスマホを受け取ると和誠に向き直り、
「カズ君一緒に見ようよ。」
そう言って肩寄せ合ってスマホを眺め始めた。
自分の写真を見られていると思うと気が気じゃないけど…。
こんな風にmvlの2人が仲良くしているのを間近で見られるのは…やっぱり嬉しいし、幸せだなぁ。










 深夜2時、多少メンバーは減ったもののパーティは続いており、その頃にもなると摩那乃もちょこちょこキッチンに立っていた。
うはぁ、このアイランドキッチン最新式だし、ちみっこのあたしでも使いやすい!
流石咲樹さん、キッチンひとつ取っても洗練されている!
「今日くらいいいんだよぉ。」
大皿にフルーツを盛り合わせている摩那乃の隣りに立ち、そう言ったのはリュウ。
「いや、少しは慣らしておかないとさ。」
「慣らす何て今更ぁ、慣らさなきゃいけない程家事が苦手なわけじゃないでしょ、それよりも今慣らさないといけないのはさぁ…。」 「な、何だよ…?」
「あの2人に慣れなきゃなんじゃないの~?」
んふっ、とやらしい笑いを洩らしたリュウの頭を
 ベチン!
「いったぁ!」
思い切り叩いたのはサンク。
「ちょっと兄さん随分乱暴なことしてくれるねっ。」
「うるせぇ、お前こそこんなトコで摩那乃からかってる暇あんなら、あっちのメンツに酌でもしてこい。」
「ちぇ~っ、分かりましたよっ。」
拗ねながらも従うリュウを見送った後、摩那乃の隣りに立ち、みんなで仲良く飲んでいる秀一と和誠を見る。
「そんなに簡単に慣れたら苦労しねぇよな。」
「サンク…。」
「だろ?」
コクッと頷く摩那乃の頭をポンポンする。
「お前ずっと焦がれてたもんなぁ。」
 サンクに改めて言われ思わず照れてしまう。
「特別、なの…mvlの2人は…。」
そう言ってじぃっ、と見つめてくる摩那乃に優しく微笑みかける。
「分かってるよ。」
ずっと見てきたんだ、お前ん中でシュウが、カズがどれだけ特別なのか知ってる。
「でもな摩那乃。」
「ん…?」
「いつまでも恥ずかしがってるだけじゃ駄目だ、折角シュウとカズが手が届くところにいるんだ、少しは攻めて行かねぇとな。」
「そ、そんなの、どうしたらいいか分からないよぅ、どうしたらいいのぅ?」
上目使いで聞いてくる摩那乃。
「たくぅ、しゃあないなぁ…じゃあまずは普通にちゃんと話せるように頑張れ、出来ることからコツコツやってこな?俺も一緒だし。」
「うん、ありがとうサンク。」
「これくれぇどうってことねぇよ、ただ…ひとつだけ約束な。」
「約束?」
 何だろ?
「こんな風に甘えんのは遼平と充樹以外は、俺だけにしとけよ。」
どうせそのうちあの2人のもんになんだろし、せめてそうなるまでは、な…。

フルーツの盛り合わせを作った後、摩那乃はトイレに立ったのだが、トイレから出たところでうんざりしてしまう。
それもそのハズ、トイレから出てすぐのところに俊仁がニコニコして立っていたのだ。
リョウちゃんたちの目ぇ盗んで来たんだな。
「あのさトシ、最初に咲樹さんが説明した通りこっちは住人用トイレ、お客さん用トイレはあっちだよ。」
「トイレに来たんじゃないも~ん、まぁちゃん追い掛けて来たに決まってるじゃん、まぁちゃんだって分かってるクセにぃ。」
「ストーカーみたいなことしないでくれる?」
めんどくさいな。
更にうんざりしながら俊仁の横をすり抜けて行こうとしたが、不意に腕を掴まれる。
「おい…!」
「あのさ、いつまで怒ってるわけ?」
「は?」
「あの夜強引にヤッちゃおうとしたこと怒ってるんだろ?いくら何でも引っ張り過ぎじゃね?」
「離せ…!」
「じゃあ答えてよ、いつまで怒ってんの?」
「まぁちゃんの忠告を素直に聞いて、その手を離した方がいいんじゃない?」
その声の方を見ると、そこには健永が立っていた。

 北里健永、runaのベーズを担当しており、料理上手の遼平の家に料理と飲み目当てで足繁く通っていたため摩那乃とも仲が良い。

「トシの割には酔ったかなぁ?」
と言いながらスマートに摩那乃から俊仁の手を離す。
「強引なのは嫌われるよ。」
「少し話してただけだ。」
流石の俊仁も健永の登場に分が悪いと思ったのか、おとなしくリビングに戻って行った。
俊仁が見えなくなってから健永は摩那乃の方に向き直り、労るように俊仁に掴まれていた腕を撫でてやる。
「平気?」
「ありがとケンちゃん。」
「どういたしまして、それにしても…あんなのにしつこくされる前に本命に告白しちゃえばいいのにぃ。」
自分の言葉に真っ赤になる摩那乃を見てクスッ、と笑うと
「戻ろう?」
と言って手を引く。
「…、うん。」
この気持ち、伝えること何てあるのかな…。








 キッチンに戻ってすぐに見慣れぬ後ろ姿が見えた。
「ソラ…?」
「すみません摩那乃、一応止めはしたのですが…。」
「大丈夫大丈夫、こんくらいの酔いなら包丁握ったって怪我したりしないよ~。」
笑顔で言ったのはashesのボーカルである輝。
小腹が空いたようで、自分で料理をしたいとキッチンに立ったわけで…。
「テルさん、けっこう酔ってるみたいですし危ないですからこの先はあたしとソラに任せて下さい。」
「でも君だって…いっ!」
「あぁ…。」
もう…だから言わんこっちゃない。
摩那乃は輝から包丁を取り上げると傷口をサッと洗い流し、とりあえずキッチンペーパーできっちりと押さえる。
「こっち来て下さい。」
止血するため輝の手をしっかり握りながらリビングに回ると
「ヒイロ救急箱取って。」
「待ってて。」
 輝と並んでソファに座る。
「あれテルちゃん怪我したの?」
2人の向かい側に座っていた遼平が声を掛けてきた。
「うん、少し深いからすぐに手当てしないと…テルさんじっとしてて下さいね。」
「人の忠告を聞かないからだよ。」
そう言ったのは遼平の隣りに座っていたashesのベースの透流。
「でも透流だって腹減ったって言ったじゃん。」
「酔っ払いに作ってくれ何てひとことも言ってないし頼んだ覚えもないけど。」
「んなっ!」
ひでぇや透流っ!
「てかまぁちゃんにそんなに強く手ぇ握ってもらえんなら、俺も怪我しようかなぁ。」
何てニヤニヤする俊仁。
「寝言は寝て言え愚か者。」
 摩那乃バッサリ。
「はい摩那乃救急箱。」
「ありがと。」
ヒイロから救急箱を受け取り、中から脱脂綿と消毒液を取り出す。
「まずは消毒、染みるけど我慢して下さいね。」
そう言ってから傷口に直接消毒液をかけた瞬間、
「いっ!」
予想以上に染みたことに驚き手を引っ込めようとしたが、それを見越していた摩那乃が手首をギュッと握っていたため、逃げること叶わず…。
「これに懲りたら、これからは酔った状態で包丁握っちゃ駄目ですよ。」
言いながら手際良くサクサクと手当てしていく。
「はい出来ました、今夜はこの手を濡らさないようにして下さい。」
「ありがとう、て言うか…何だか手慣れてるね?」
「小さい頃からやってますから。」
「小さい頃から?」
透流の問いに答えたのは遼平。
「摩那乃の実家が世界的に有名な道場ってのはパーティ前の紹介で話したろ?摩那乃、今は頑健だけど小さい頃は病弱でさ、武術何て以ての外だったから門下生の怪我の手当てを手伝ってたんだ、だから目茶苦茶手慣れてんの。」
「なるほどね。」
「怪我したらお任せ下さい、と言っても怪我しないのが1番なんですけどね。」
「まぁちゃん俺もっ?」
言ってくる俊仁を完全スルー。
「もう今夜はお酒飲むな、とまでは言いませんけど多少控えて下さいね。」
「うん、ありがとぉ。」
うわぁ、テルさんて…笑うとめっちゃ可愛いんだな。

広いサンルームで1人、ワイン片手に街の夜景を眺めていると、
「そのワイン、だいぶ気に入ったみたいだな。」
同じくワイン片手の遼平が隣りに立った。
「うん、美味しい。」
そう言って遼平にもたれる。
「シュウとカズ君が好きなワインだもんな。」
「そんなこと言うリョウちゃん嫌い。」
ややムスッとした顔で言う摩那乃を見てクスッ、と笑う。
「からかってるわけじゃないよ、ただなぁ…見てるだけは歯痒くてさ。」
「…。」
「もう少し近付いてもいいんじゃないか?」
「無理だよそんなの…。」
あたし何かが近付いちゃ…。
「お前みたいな可愛い子が近付いたら喜ぶぜ、絶対。」
「そんなこと言うの、リョウちゃんとミツ君、それとソラたちくらいだよ、あたしは…。」
「可愛いよ。」
そう言った遼平を見つめると、優しく微笑んで見つめ返してきた。
「お前の魅力はそれだけじゃない、そんなお前だから…俺は救われたんだよ。」
お前がいてくれなかったら、俺の心はあのとき死んでいただろう…。
それを救ってくれたのはお前…。
「今度は俺が絶対に救ってやる。」
「リョウちゃん…。」
「だからせめて、いつでも自分の心に正直でいてくれ、嘘ついたりしないでさ。」
「うん、分かった…。」
「いつでも俺がいるから…。」

そんな2人をリビングから見つめていたのは充樹。
出そびれちまったか。
何て思っている充樹の隣りに立ったのは秀一。
「あの2人の関係って…。」
「摩那乃は遼平の心を救った、そのとき遼平は摩那乃が愛する人と結ばれて幸せになるまで、守り抜くことを誓ったんだ…摩那乃が誇りに思うことは遼平の誇りであり、遼平が誇りに思うことは摩那乃の誇りでもあるんだよ。」
「遼平の心を救った、て…?」
充樹の右隣りに立ってそう聞いてきたのは和誠。
「遼平には俺の他にもう1人、幼馴染みがいたんだ、runaのメンバーともすぐに馴染んで俺たちのマネージャーみたいなことしてくれてたんだ、しっかりしてんだけど何処か抜けてて明るくて面白いヤツだった、俺たちにいつも練習に専念しろって言って1人で雑用こなすのに駆けずり回ってた…。」
そしてあの日…。
「全部あいつに任せるのは気が引けるからって、ライブハウスの予約だけは俺たちメンバーで持ち回りでやってたんだけど、遼平が予約に行く日に代わりに行ったんだよ、遼平の調子が悪くてさ、遼平本人はこれくらい平気だって言ってたんだけど、結局遼平を休ませて…その日、ライブハウスに行く途中で事故でな…。」
「亡くなった…?」
「ああ、そんときの遼平の落ち込みようは半端なかった、誰が何言っても遼平には届かなかった、遼平はずっと自分を責め続けたんだよ、あの日自分が行ってたらあいつが死ぬことはなかった、俺があいつの人生を捻じ曲げてしまったって…幼馴染みを事故で亡くしてからしばらくの間、遼平は部屋から出てこなかった、そんな遼平を訪ねて、救ったのは摩那乃なんだよ。」
「まぁちゃんは何をしたの?」
「流石に俺もそこまでは聞かされてないんだよ、でも摩那乃は遼平を救った、その出来事が2人の絆を更に強くしたのは事実。」
「そんなに強い絆なのに恋人同士ではないんだ?」
何か、付き合っていてもおかしくないと思うんだけど…。
「まぁ、摩那乃が元々runaのファンであるし、俺と遼平とは付き合い長いけど、摩那乃の中で特別なのは俺たちじゃないよ、て…薄々は気付いてんじゃないの~?」
途端にニヤニヤする充樹を見て秀一はタジタジ。
「な、何だよぅ。」
「特別じゃなかったら、あんな目茶苦茶気合の入ったコスして全通何かしないっしょ。」
「俺とシュウが、特別?」
「それしかないっしょ、ああ見えて摩那乃は欲張りだからなぁ。」
「まぁ、それなら俺とカズ君だって…。」
「負けじと欲張りだよね。」










 mvlはツアーが終わったばかりで、しばらく主だった活動はなし。
パーティで盛り上がり、寝るのが遅かった割に秀一は早くに目覚めてしまった。
とりあえずジャージに着替え一服してから、
朝ごはんどうするかな、とりあえずrunaフロアにコーヒー飲みに行って、ゆっくり飲みながら考えよかな。
と思いタバコ、ジッポー、スマホだけ持ってrunaフロアへと移動。
リビングに入るとソラたちの姿だけで住人だけでなく摩那乃の姿まで見当たらなかった。
「おやシュウ早いですね、おはようございます。」
物腰柔らかく声を掛けてきたソラにおはよう、と返してから
「まぁちゃんはまだ寝てるの?」
「いえ、もう起きていますよ。」
 ソラが答えてすぐ、
「おっ、早いなシュウ。」
 遼平と充樹が現れた、が…。
「え、カンフー?道着?」
そう、遼平も充樹も道着を身に着けていたのだ。
「そそ、これ狭霧流の道着なんだよ、久々に袖通したからちょっと緊張するなって充樹と話してたんだ。」
「せっかく道場があるし、いい体力作りになるから行かなきゃ損だし、しばらくブランクあるから基本からやるいい機会だからさ、これから可能な限りは通おうと思って、俺たちこれからまた一旦落ち着くわけだし。」
runaはメジャーデビューを果たしてすぐに数曲リリースすし、今はアルバム制作に入るところだ。
「シュウも行く?普通に筋トレするより楽しいと思うよ。」
「行くっ。」

その頃道場では、摩那乃が能兎と臣行に基本の型を見てもらったところだった。
「相変わらず清流のような美しく流れる動きですね。」
「ホント?」
「ああ、それに身のこなしに磨きがかかってる、日々の精進を怠っていない証拠だ。」
「あざっす!」
やった!
めっちゃ褒められた!
日々是精進のお陰だな!
褒められて喜んでいると
「失礼します!」
 遼平、充樹が現れ、その後ろには秀一の姿も…。
「お、早速来たのか。」
能兎が声を描ける中、
リョウちゃんとミツ君は分かるけど、何故シュウまでいるのっ?
摩那乃、内心プチパニック。
「俺と充樹で行こうとしたらシュウがいたんで誘ったら行くって言うからさ。」
「そっか、えっと…シュウ、でいい?」
「はい、よろしくお願いします。」
深々とお辞儀をする秀一に
「そんなにかしこまらないでいいよ、年も近いし遼平たち門下生も基本俺に敬語使わないしさ、道場内では節度ある行動をしてくれれば問題ないよ。」
能兎がにこやかに言った。
「では摩那乃。」
「な、何っ?」
臣行に急に振られ、内心プチパニック中の摩那乃は思い切り動揺。
「シュウは体験してみたいようですので、道着を用意してあげてはどうですか?」
「えっ!」
あたしが!
「そうだな、咲樹さんの話だとあの部屋に住人全員の道着を用意してあるらしいから。」
し…知ってる!
知ってるけどあの部屋であたしとシュウが2人きりになるってことだぞ!
「どうした摩那乃、何か問題か?」
「な!ないっ!あの、シュウさん、こちらです…!」
そう言って秀一を連れ立って奥の部屋に向かう摩那乃の後ろ姿を4人で見つめる。
「あいつ相当緊張してんな。」
「ああ、手と足が一緒に出てる。」
何て言ってニヤニヤする遼平、充樹を見てから臣行を見る。
「何ですか?」
「乗っかった俺が言うのも何だけど、だいぶ荒療治だな。」
「ああでもしないとあの子は踏み出さないでしょう?」
摩那乃と秀一はズラリと道着が並んだ部屋に入り、
「えっと…。」
摩那乃はすぐにハンガーに掛けられた道着を見て行く。
「あったこれだ。」
そのうちの一着を取り出し
「これです。」
秀一に道着を渡す。
「ありがとう、ただあの…着方がよく分からないんだけど…。」
そっか、そうだよな。
シュウ初めてだもんなぁ。
「あの、もし嫌なら遼平か充樹呼んでくれればいいから。」
「え、あ…っ!違いますっ、嫌なわけではなくてその…すみません。」
「嫌なわけじゃないの?」
「もっ、勿論っ。」
むしろ今すぐ踊り出したいくらい嬉しくてしょうもないっす!
摩那乃は深呼吸してから、真っ直ぐ秀一を見た。
「お手伝いします。」
「ありがとぉ。」
はにかむ秀一を見て摩那乃の胸は高鳴る。
綺麗…やっぱり。
こんなに間近で見ることが出来る何て…。
「どうしたらいい?」
「ジャージの下に何か着てますか?」
「ん~、上はタンクトップ、下はパンツだよ。」
「じゃあまずは下を脱いで下さい。」
「パンツも?」
「パンツは脱いじゃ駄目です!」
「クスクス、は~い。」
「あたしこっち向いてますから。」
自分に背中を向ける摩那乃を見て
ウブで可愛いなぁ。
何て思いながらジャージを脱ぐと、道着の下と腰帯らしき物を手にし、とりあえず腰帯は肩に掛け、ささっと下を履いた。
「履いたよ。」
「はい。」
摩那乃は秀一の方を向いて上着を手にすると、
「それじゃ次は上着に袖通して下さい。」
「通したいんだけどズボンから手ぇ離したら、ズリ落ちちゃいそう。」
「あ…。」
そっか…いかんいかん、冷静に冷静に…。
摩那乃は上着を肩に掛けると秀一の前に跪いて
「ウエスト部分は紐で締めるようになってます。」
と言ってウエスト部分の紐を出すときゅっ、と軽く引っ張ってやる。
「きつくないですか?」
「うん、ちょうどいいよ。」
「じゃあここで結んでおきますね、それと道着は腰っ履きしないようにして下さいね。」
「ん?」
「シュウさん好きですよね?腰で履くの。」
「うんまぁ、でもどうして道着では禁止?あっ!礼儀みたいなもの?」
「違います、腰っ履きしてたら稽古中激しい動きをしたときに裾踏んで転んじゃいますから。」
あ、そゆこと…。
「は~い。」
「はい、それでは上着に袖通して下さい。」
摩那乃に腰帯を渡し手伝ってもらい、上着に袖を通す。
「でも意外、道場の道着ってもっと空手みたいな道着かと思ってたけど、カンフー着みたいな道着なんだね。」
「この形が1番理に適ってるんです、それと今はまだ春なので一応長袖ですが、もう少し暑くなったら袖無しの道着になりますよ。」
「まぁちゃんはもう袖無しだね?」
「あたしは暑がりですし、狭霧流は有段者になると袖が邪魔になるんです。」
あ、言われてみたら能兎たちも袖無しだったな。
「はい、出来ました、ボタンは自分で止められますよね?」
「ええ~、ここまでやったらやってくれてもいいじゃん、次からは自分でやるし、ねっ?」
くぅ~っ!
な、何て甘え上手なのこの人は!
「じゃ、じゃあ今日だけ…。」
摩那乃はやや緊張しながらボタンを止めてやると、腰帯を巻いてやる。
「これで準備完了?」
「はい、大丈夫ですよ、あたしは髪をささっと縛っちゃいますから、シュウさんは先に戻っていて下さい。」
と言って手首に付けていたゴムを取って髪を縛ろうとしたのだが、
「あ…っ。」
秀一にゴムを取られてしまう。
「あの、シュウさん?」
 一体どうしたことか?
「お返しに縛らせて、ね?」
そう言って摩那乃の後ろに回り、優しく丁寧に髪を結う。
「まぁちゃんてちょっと、俺の髪質に似てるかも。」
「えっ!」
「あ、ごめん嫌だった?」
「いえっ!」
嫌どころかめっちゃ嬉しいです!
「でも意外です。」
秀一の方を向いてから言葉を繋ぐ。
「シュウさん髪サラサラだから、あたしは癖っ毛に緩くパーマかけてるんです。」
「いい感じでカールかかってていいね。」
何て微笑まれたものだから、摩那乃の顔は一気にまっかっかに…。
「も、もう少し暖かくなったら切る予定なんです…、冬の間に髪切ると風邪引きそうなんで…。」
「伸ばしたらいいのに。」
「あたしに長髪は似合いませんから。」
「そんなことない、きっと可愛いよ。」
ニッコリ笑顔になる秀一を見て思った。
貴方の方が可愛いですから~っ!











 2人が入った部屋を見つつ、能兎と臣行の指導の下、柔軟運動を行っている遼平と充樹。
「長いな。」
「そうだな。」
2人のやり取りを聞いて、
「でも見に行くのは野暮だよな。」
 と会話に入ってきた能兎に
「確かに野暮だけど気になる。」
と返した遼平を見て充樹と臣行は吹き出してしまう。
「何だよ充樹。」
「臣行まで何で笑うんだ。」
「遼平も能兎も摩那乃に幸せになってほしい気持ちはあるけど、複雑なんだなぁと思ってさ。」
「貴方のシスコンは本当にブレないですね。」
それぞれツッコミを入れられ、2人はバツが悪い顔をする。
「まぁ…確かに寂しい気持ちはあるけど…摩那乃が幸せになるのはやっぱ嬉しい。」
「俺だってそう思ってる。」
今まで嫌な思いした分、誰よりも幸せになってほしい。
「じゃあもう少しおとなしく待とうや。」
充樹が言ったとき、ちょうど引き戸が開いて2人が戻って来た。
「だいぶ遅かったな。」
「そ、そう?」
「なぁなぁ見て見てぇ、まぁちゃんの髪俺が縛ったんだよ。」
秀一の言葉に遼平、充樹がにまぁっと笑ったのを見ただけで摩那乃の顔は赤くなる。
「なっ、何だよっ!」
 やらしい顔しやがって!
「いいじゃん似合ってんよ。」
「あ、ありがとう。」
そう言った遼平に、赤い顔のまま一応お礼だけはしっかり言う。
「ねぇ2人とも、まぁちゃん髪伸ばしたら可愛いよね?絶対似合うよね?」
目をランランと輝かせながら2人に近付きそう言うと、2人は摩那乃に視線を向けてからニヤニヤする。
「それがなシュウ、俺も充樹も昔から髪伸ばすように言ってんだけど、本人がなぁ。」
「絶対似合わないって言って頑なに拒むんだよ。」
「なっ!」
シュウを味方に付けてそんな風に言う何て卑怯だぞ!
「じゃあやっぱ遼平と充樹も髪伸ばしたら似合うって思ってるんだ?」
「おぅ。」
「思ってるよ。」
その答えを聞いて秀一は嬉しそうに摩那乃に振り向いて見せた。
「まぁちゃん伸ばしてみようよ、ねっ?」
ぐはっ!
何ですかそのキラースマイルは!
結局摩那乃は頷くしかないわけで…。









 稽古を終え、シャワーを浴びた摩那乃は部屋に引っ込みソファに座ると、大きく溜め息をついた。
「俺も狭霧流の門下生になるから仲良くしてね。」
稽古が終わった後、秀一に言われた言葉を思い出す。
シュウとカズ君が好きだ…。
何て貪欲な想いだろうかと否定したけど…無理だった。
その2人がすぐ近くにいる。
けど…。
あたしはこれ以上好きになっちゃいけない…。
もし好きになったら…。
そこまで考え再び溜め息をついていると、ノックの後遼平が現れ、何も言わずに隣りに座る。
「リョウちゃん…。」
自分にもたれてくる摩那乃の肩をそっと抱いてやる。
「どした?」
「あたしは…誰かを好きになっていいの?」
潤んだ瞳で聞いてくる摩那乃の頬を撫でる。
「馬鹿なこと聞くなよ。」
「だって…!」
「お前の心はお前のものだろ?お前の自由にしていいのは当然のことだ。」

これまで摩那乃は多少の恋愛をしてきた。
だが誰とも付き合えなかったのは、摩那乃が好きになる男は必ず、摩那乃を見て怯えるようになるからだ。
実は摩那乃たちには幼い頃から一緒に育った京介という人物がいる。
京介の両親は、幼い京介を残して事故でなくなってしまい、その両親の親友であった摩那乃たちの父親が身寄りのない京介を引き取ったことで、狭霧家で一緒に暮らすことになった。
血は繋がっていなくとも、幼い頃から一緒に育ったため兄弟のように仲睦まじかった。
特に摩那乃とは同じ年だったせいか、とても仲が良かったのだが…。
中学2年の夏、摩那乃は京介に告白されたのだ。
摩那乃にとっては兄弟同然のような存在である京介からの告白は、とてつもなく衝撃的なものだった。
「京介のことは大切だけど、それは家族として大切ってことで、恋愛の対象に何て見られない。」
摩那乃はそう答えたが、京介は諦められなかった。
摩那乃のことを誰よりも理解しているのは自分。
だから自分以上に摩那乃を幸せに出来る男などいない。
と信じて疑わなかった京介は、摩那乃に好きな人が出来ると、どんなに隠そうとしても誰かを嗅ぎつけ、裏で脅す。
結果相手は摩那乃に怯え、摩那乃の恋は終わってしまう。
思春期という多感な時期にそんな仕打ちを受けた摩那乃は、精神的にかなり不安定になり、これ以上は摩那乃がもたないと危惧した父親は、能兎、臣行と共に京介を連れ別の支部を立て直す、という名目で引き離すことにした。
物理的な距離で摩那乃から離し、かつ連絡手段も遮断して数年、1度も京介からの接触はないものの、未だ不安が拭い切れてはいなかった。
そんなことがあったせいで、摩那乃はいつからか恋を諦めていた。
それでも秀一と和誠には特別な想いを寄せている。
それがどれだけ特別なことなのかは、摩那乃をよく知る人物には容易に想像出来た。

「京介のことは大丈夫、俺に任せろ、な?」
「でも…。」
「いいから、お前は余計なこと考えないで自分の気持ちに素直でいること、分かったか?」
小さく頷く摩那乃を抱きしめてやる。
俺が絶対摩那乃を守る…!










 やや塞ぎがちの摩那乃をサンクに預け、遼平は単身咲樹の元にやって来た。
「はい遼平ちゃん。」
そう言って咲樹と遼平の前にハーブティーを置いたのは大貫瑠璃おおぬきるり
咲樹とは腐れ縁であり、専属秘書であり、プライベートでは恋人という仲。
アメリカ人と日本人のハーフなのだがアメリカ人の血が色濃く出ており、髪は金髪で瞳はグリーンとブルーのオッドアイ。
英語だけでなくフランス語、ドイツ語、イタリア語も話せる才女。
「じゃあ何かあったら呼んでね。」
 瑠璃が退室してすぐにまずはお互いタバコに火を点ける。
「急だったのに時間作ってくれてありがとう。」
「構わんさ、今は落ち着いてるからな、何かトラブルか?」
「トラブルと言うか…摩那乃の悪い癖が出た。」
「あぁ…あれか…。」
とまで言って同時に煙を吐き出す。
「摩那乃も自分の両親を信じてないわけじゃないだろうけど、京介っていう脅威が完全に消えるまでは安心出来ないんだと思う。」
「だろうな…。」
 摩那乃にそんなに脅威に思われる程のことを、京介はし続けていたわけだしな。
「お前にだけは話しておくが、実は少し前に瑛都さんと連絡を取っていてな。」
「そうなの?」
「ああ。」
狭霧瑛都さぎりえいと
狭霧流古武術の師範であり、すべての道場を統べているため愛する妻を連れ、今は世界各地の道場を回っている。
その瑛都が連れているのが京介なわけだ。
「だから京介の方はまったく問題ない、それにもしかしたら京介の件、上手く解決出来そうな流れらしい。」
「嘘マジっ?」
「ああ、まだ少し時間はかかるかもしれないが何とかなるかもしれん、ただ今はまだ漠然としているから、他言無用にしておいてくれ。」
「分かった。」

あの日俺は…。
励ましに来てくれている摩那乃を押し倒し、強引に抱こうとした。
愛してるからとかそんなんじゃなく、どうしようもない虚無感を一瞬でも忘れたいというクソみたいな理由で…。
やさぐれまくった醜い心の俺に優しく微笑みかけ、温もりある手を俺の頬に添え、慈しむような瞳を向けながら
「いいよ。」
とだけ言った。
「あたしはリョウちゃんみたいな思いになったことがないから完全に理解することは出来ないけど、悲しみに押し潰されそうなリョウちゃんがあたしを抱くことで、一瞬でもその悲しみから解放されるのなら、いいよ…。」
摩那乃の言葉は同情や哀れみから来てるものではなく、覚悟から来ているものだということは、腐り切った俺にも伝わった…。
だからこそ俺は摩那乃を抱くことが出来なかった…。
ただただ…涙が溢れた。
溢れて止まらなかった…。
摩那乃はそんな俺の涙が止まるまで、ずっと抱きしめ続けてくれた…。
そのとき誓ったんだ。
摩那乃が愛する誰かと幸せになるまで見守ると…。

「あいつはあのとき覚悟を決めて、俺にすべてを捧げても構わないと思ってくれた、あんな腐り切ってた俺と全力で向き合ってくれたんだ。」
「それは摩那乃が本当に心の底からお前を慕っているからさ。」
「ホント…。」
こんな俺をあいつは…。













 和誠と2人でランチしにrunaフロアのリビングに入ってすぐ、秀一はカウンター越しに遠慮がちにソラに聞いた。
「あの、まぁちゃんは?」
「少し席を外していますが…何かご用ですか?」
「いやあのその…朝の稽古の終わり、まぁちゃんが何だか悩んでるような、元気ないような感じがしたから…あっ!でも何ともなくて俺の勘違いだったらいいんだっ。」
稽古終了時の摩那乃の表情が影って見えたため、ソラに摩那乃の様子を聞きたかったのだが、自分の勘違いで大事になってしまったらどうしよう、と思った秀一は若干慌て気味。
「へーき?」
そんな秀一から摩那乃のことを聞いていた和誠は、物怖じすることなくソラに聞いた。
「摩那乃なら部屋にいんぞ。」
他の仕事を終えて、リビングに入って来てそう言ったのはサンク。
「稽古の後シャワー浴びてから少し調子悪そうに見えたからな、本人は平気だって言ったけど寝かし付けた、とは言えそろそろ起こして多少何か食べさせねぇとと思ってたから、2人で行って起こしてきてくれるか?」
「あの、俺とカズ君で行っていいの?」
「ああ、お前とカズなら問題ないし、お前たちならいいって遼平も言ってたしな。」
「そうなの?」
「ああ、だから頼む。」
「分かった。」
秀一と和誠がリビングから出て行ってすぐにキッチンに立つと、
「どうでした?」
ソラが聞いてきた。
「どうもこうもなぁ、トラウマっちうか因縁が深過ぎるからな…。」
「とは言えその因縁は咲樹がどうにかすると思いますよ。」
「は?」
「考えてもみて下さい、あの咲樹が自分の計画に障害になるような事態を、いつまでも先送りにしていると思いますか?」
「そりゃまぁそうだけどよ、この問題に関しちゃ、あの咲樹でもそう簡単に解決出来るとは…。」
「まぁ様子を見てみましょう、もしも駄目ならそのときこそ…実力行使と行きましょう。」
フフフ…と含み笑い全開のソラを見て、サンクは心底思った。
こいつだけは敵に回しちゃ駄目だ!
と…。












 摩那乃の部屋に入ってすぐ、秀一と和誠はベッド脇に立ってその寝顔を見つめた…と言っても、しっかり抱き枕を抱きしめて眠っているので、少し隠れ気味。
「可愛いなぁ。」
「子供みたいな無邪気な寝顔だね。」
「起こすべきかな?」
もうちょっとこの穏やかな寝顔を見ていたんだけど…。
摩那乃の寝顔を見てまったりしていると摩那乃の鼻がピクピクっ、と動いたように見えた。
「ん…?ねぇカズ君、今まぁちゃんの鼻…。」
「うん、何だかピクピクって動いたような気が…。」
とコソコソ話していると、ゆっくりと摩那乃の瞳が開いていった。
「シュウとぉ、かじゅ君の、匂いぃ?」
まだ寝惚けているようで、ぽやんとした瞳のまま言ってきた。
「おはよう。」
「まぁちゃんへーき?何ともない?」
控え目に声を掛けると、摩那乃は2人を見てへにゃ~んと笑い、それを見た2人は思わず赤くなってしまう。
か、か、か!可愛いじゃんか~!
「シュウとかじゅ君だぁ、んふふぅ~。」
寝惚けて子供みたいに無邪気な摩那乃を前にして、赤い顔でデレデレかね秀一の隣りで、デレデレになりつつも
まぁちゃん、寝起き良くないのかな?
何て思っている和誠。
「シュウとかじゅ君大しゅきぃ、だけ、どぉ…。」
「けど…?」
「あたしが近付いたら、京介が…だから、でも、2人と一緒に…いたい…よ。」
途切れ途切れに言ったかと思うと、摩那乃の瞳は閉じられ…一筋の涙がこぼれてゆく。
「京介?」
「誰のことだろう…。」
今の言い方だと、俺たちと一緒にいたいけど、京介っていう人のせいでそれは無理って、こと…?
「俺たちだって一緒にいたいと思ってる。」
その京介って人がどんなひとなのかは知らないけど、俺とカズ君はもうまぁちゃんといたいと思ってるし…。
「そうだね、でも一緒にいたいと思ってるなら尚更京介、て人物のこと調べないとね。」
「うん。」
2人がそんなことを話しているとドアが開き、遼平が入って来た。
「摩那乃どう?」
和誠の隣りに立ちながら聞くと、
「一瞬起きたんだけどまた寝ちゃった、寝惚けてたみたい、それと…少し泣いてた…。」
秀一の答えを聞いて一瞬顔を歪めてから
「そうか…。」
ぽつり…。
「遼平、ちょっと聞いていい?」
「あぁ、だったらこっち。」
ベッドから離れ、ソファセットに2人と向かい合って座ってすぐに、
「それで?俺にききたいことって?」
摩那乃絡みだとは思うけど…。
「実はさっきまぁちゃんが寝惚けたとき、俺たちと一緒にいたいけど京介がって…。」
「あ…。」
「京介って誰?」
2人の眼差しを受けて少し悩む。
シュウはどうあれカズ君はなぁ、のんびりした口調で一見ゆるキャラなんだけど、実際は抜け目ないから…。
「俺から話すこともいいけど、出来れば摩那乃本人から聞いてもらえるか?摩那乃もシュウとカズ君には話したいと思う、それにそのときが来たら話すと思うし。」
「秘密なの?」
「ん~、秘密であって秘密でないようなもんかな、かと言ってベラベラ話すことでもないし…ただ知ってるのはrunaのメンバーと咲樹さん、それ以外はごく僅かだよ。」
「俺らに話してくれるかな…?」
「話すに決まってるじゃん、2人は摩那乃の特別なんだぜぇ、分かってるクセに。」
何て言ってニヤニヤする。
「もし摩那乃が話したいって言ったら聞いてやって。」
「勿論。」
「何があってもまぁちゃんの話し聞くよねカズ君。」
「うん。」
何て微笑み合う2人を見て
「俺も聞いていい?」
「うん?」
「シュウとカズ君は摩那乃とどうなりたいの?」
秀一は少しだけ頬を染め、和誠は何処か余裕の笑みを浮かべた。
「その、何とゆぅか~…。」
照れた感じで視線を外す秀一に代わり
「俺とシュウ、2人で愛したい。」
和誠がストレートに答えた。
「なるほど。」
「あ、あのな遼平、おかしいかもしんないけどでもそれが、あの、俺とカズ君がまぁちゃんに求めてる形だから、その…。」
「いいんじゃない?それが摩那乃が求めてる形でもあるわけだし。」
「えっ!」
もしかしたらまぁちゃんも?
と思っていたものの、本当にその形を求めていてくれていると知り、秀一は驚いてしまう。
「シュウ、カズ君、摩那乃をよろしくな。」
「遼平ってまぁちゃんのこと好きになったことないの?」
「あいつは俺にとって妹みたいなもんだから、それに摩那乃を幸せに出来るのはシュウとカズ君だけだから。」
「俺と、カズ君だけ?」
「その理由もそのうち分かるよ。」













 上京して数週間が流れ、季節が春めいてきた頃…。
摩那乃は車を止めて車外に出た。
助手席からは遼平が降り立つ。
そんな2人はビシッとスーツを着こなしていた。
ちなみに摩那乃も男物のスーツかつ、遼平とお揃いだったりする。
「摩那乃。」
歩き出してすぐの摩那乃を呼び止め向かい合って立つと
「ネクタイ曲がってる。」
と言って摩那乃のネクタイを直してやる。
「ありがと、滅多に着ないから着慣れてなくて。」
「どういたしまして。」
何て微笑み合っていると
「まぁちゃ~ん!」
美咲が駆け寄って来た。

実は摩那乃、メイドとして上京した日に咲樹に
美咲が気になってる大学があるのだが、編入出来ないだろうか?
と相談していたのだ。
摩那乃を通して美咲と咲樹もそれなりに長い付き合いだし、咲樹も美咲の実力は把握していた。
そこで瑠璃と共に迅速に対応し、春から問題なく目当ての大学に通えるようになったので、摩那乃と遼平で迎えに来たのだ。
ちなみに美咲の両親には事前に電話をし、きちんと説得済み。

「よぅ美咲。」
「何でスーツ?」
その辺の男よりずっと格好良くて似合ってるわぁ。
「可愛い可愛いお嬢さんをお預かりするんだ、きちんとした格好で来ないと失礼だろ?」
「手土産も忘れてないぞ。」
と言って手土産の入った袋を掲げる遼平に、
「リョウちゃんまでどうしたの?」
「摩那乃がきちんと美咲ちゃんを連れて来られるか心配だから、一緒に来たんだよ。」
リョウちゃん、相変わらずまぁちゃんに対して過保護ね。
「それより早く行こうぜ、お前の両親待たせちゃ悪い。」












 こうして摩那乃は遼平と共に、美咲を連れて東京へと戻って来た。
「おかえりぃ。」
そんな3人を出迎えたのは充樹。
「美咲ちゃん久し振り。」
相変わらずかっこ可愛いなぁミツ君。
「久し振りミツ君。」
「摩那乃、美咲ちゃんの部屋ならもうレイアウト済みみたいだから案内してあげな。」
「分かった、ありがとうミツ君。」
摩那乃が美咲を連れ立っていなくなったところで、
「んで、どうだった?」
遼平と並んで動き出す。
「俺が一緒に来るとは流石に予想してなかったみたいでさ、ビックリしてたな。」
「だから言ったろぉ、いくら何でも付いて行くのはおかしいってぇ。」
「いいだろ別に、あいつにベッタリ出来んのは今だけなんだから。」
「やっぱ寂しいんだ。」
「だってしゃあないじゃん、思った以上に早く俺の手から離れそうなんだもん。」
またそんな子供みたいなことを…。
「寂しい以上に嬉しいんだろ?」
「そりゃそうだ。」
「なら我慢。」
ぷぅっ、と口を膨らます。
「複雑なんだよ、可愛い妹が取られるとも思うし、可愛い妹が幸せになるとも思うしぃ…。」
「クスクス、寂しくなったら俺が慰めてやるから拗ねない拗ねない。」

とりあえず摩那乃から、
持ってくる物は必要最低限でいい、あとはこっちで用意する。
と言われ、素直にそれに従ってやって来た美咲。
自分の部屋と言われて入った場所を見て、美咲は度肝を抜かれてしまった。
「何このグレイトな部屋は!」
美咲が驚いたのも無理はない。
摩那乃のとき同様、部屋には最新の家具家電、どれひとつ取っても高価な物ばかり。
「しげぇだろ?あたしの部屋もこんなだぜ、まぁお前とあたしの好みの違いで家具とか多少違うけどな、高価なのにな変わりない。」
「咲樹さん相変わらずグレイト!」
「あとでちゃんとお礼言っておけよ、ちなみにあたしは向かいの部屋、何かあったらすぐ来いよ。」
「うん、ありがと。」
すぐ近くにまぁちゃんの部屋があるのは心強い。
「基本このフロアのリビングにみんなご飯食べに来ることんなってる。」
「大丈夫分かってるよ、あっ!大丈夫会ったらちゃんと挨拶するから任せてよ!」
と言って胸を張って見せる。
「ほぅ、ちゃんと挨拶出来るのか?」
「ちょっとまぁちゃ~ん、いくら何でもあたしだってそこまで子供じゃないよぅ!」
またそうやってあたしのこと子供扱いしてぇ!
「今夜お前をみんなに紹介するついでにウエルカムパーティするんだけど、そのとき住人全員の前で挨拶してもらおうと思ってるんだけど、ちゃんと自分で出来るんだな?」
「でっ!出来るもん!そりゃ、まぁ…多少は緊張すると思うけどぉ…。」
「多少ねぇ。」
「何よぅ!」
「お前何か忘れてないか?」
「な、何ぃ…?」
「ユキちゃんとシゲがいんだぞ。」
摩那乃の言葉に一気に顔を真っ赤にさせる。
そそそそそっ!
そうだった~っ!!!!!!
「どどどどどっ!どうしようまぁちゃん!」
「やっぱ出来ないじゃん。」
「だだだだだだってぇっ!」
「お前そんないじめんなよ。」
そう言ってソファの陰から現れたのは、猫型のサンク。
「いじめてないよ、からかってるの。」
「またそんなこと言って…いくら慌てる美咲が可愛くてもあんまからかったら可哀想だろ、それにお前だって挨拶出来なかったんだし。」
「う…っ。」
サンクの言葉に一気に真っ赤になってしまう。
あらまぁちゃん可愛い。
「どうせ代わりに挨拶してやんだろ?」
「そりゃまぁ…。」
あたしもリョウちゃんとミツ君に代わってもらったわけだし。
「ありがとまぁちゃん!大好き!」
「へいへい。」








 夕方、優希也がドラムセットを組んだついでに練習しているということで、摩那乃はスタジオに飲み物と優希也が好きな甘い物(甘いけど無糖)を差し入れに来ていた。
コントロールルームからブースで一心不乱にドラムを叩いてる優希也の姿を見つめる。
凄いなユキちゃん、普段はゆるフワで可愛いのにドラム叩いてるときは、めちゃかっこいいんだもん。
摩那乃がややうっとり眺めていると、ひと通り叩き終えた優希也が摩那乃に気付き、手を振るとタオルで汗を拭きながらコントロールルームに移動してきた。
「お疲れ様、ユキちゃんがここで練習してるって聞いて、飲み物と甘い物持ってきたよ。」
「ありがとう。」
ソファに座る優希也の前に、飲み物とケーキを置いてやる。
「うはぁ…。」
目をキランキラン輝かせる優希也に、
「甘いけど無糖だから、じゃんじゃん食べてね、ただし今夜の歓迎会に響かない程度に。」
「勿論、いただきます。」
ゆっくりケーキを食べ始める優希也。
「あ…。」
美味しいし甘いしとろける~っ!
これでホントに無糖?
嬉しそうかつ美味しそうにケーキを食べる優希也に紅茶を淹れてやる。
「今夜のウエルカムパーティ、勿論参加だよね?」
「当たり前、何があろうと参加するよ。」
「だろうね、でもだからっていきなり最初からリミッター外してガンガン行き過ぎないようにね。」
「もし俺が暴走気味になったら…。」
「大丈夫安心して、しっかりフォローさせて頂きます。」
「流石まぁちゃん、頼りにしてます、その変わりと言っては何だけど、俺もしっかりフォローさせて頂きます。」
「あたしのフォロー?」
どゆこと?と言いたげにキョトンとしている摩那乃に、柔らかく微笑みかけながら言った。
「シュウ君とカズ君のこと、まぁちゃん大好きでしょ?」
「それは…。」
好き、だけど…。
無意識に俯く摩那乃を見つめる。
「前々から思ってたんだけどまぁちゃんさ…。」
「なっ、何っ?」
「ドラム叩いてみない?」
「えっ?はっ?」
急にどうしてそうなった?
摩那乃、そっとプチパニック。
「遼平にベース教わってるでしょ?その遼平からまぁちゃんはなかなかのリズム感を持ってるって聞いたから、前々から教えてみたかったんだよね。」
「そうなのっ?」
リョウちゃんユキちゃん相手に、どんだけあたしを高評価してんだよっ。
「俺是非教えてみたいんだけど、迷惑?」
「まさかっ、むしろ勿体ないくらいありがたい申し出だよっ。」
「じゃあ平気?やってみる?」
「勿論っ。」









 ウエルカムパーティ前に、遼平の部屋を訪ねたのは優希也だった。
「今へーき?」
「平気だよ、どーぞ。」
タバコを吸いながらスマホをいじっている遼平の向かい側に座る。
「何かあった?」
「実はさっきまぁちゃんにドラムの基本を教えてみたんだけど…。」
「あ、教えてみたくなった?」
遼平の言葉に目をまん丸くさせる。
「どうして分かったの?」
「俺が昔からあいつにベース教えてるの知ってるだろ?あいつリズム感抜群だから教えてて楽しい、それ考えたら優希也が摩那乃にドラム教えたくなるのも分かるし。」
「なるほど。」
そういうことか。
そうなんだよねぇ、まぁちゃんのリズム感抜群だから教えてて目茶苦茶楽しかった~。
「摩那乃は何て言ってた?」
「いや、まだちゃんと聞いてないんだ、まぁちゃんにはメイドの仕事があるでしょ?だからまずは遼平に聞いてからにしようと思って。」
「あ、メイドの仕事のことなら気にしないでいいし、摩那乃が教わりたいって言うなら俺は別に反対したりしないよ、あいつには色々経験してもらいたいし。」
「そっか、それ聞いて安心した、じゃあ後で改めて聞いてみるよ。」










 美咲の心臓は人生最大に、もうむしろぶっ壊れちゃうんじゃね?てくらいバックンバックンしていた。
ゆゆゆっ、ユキちゃんがこっちを見てる!
それだけでも昇天しそうなのに、シゲ君までこっち見てるぅ!
今美咲は摩那乃の隣りに立ち、住人全員に紹介してもらっている身なので、全住人の視線が美咲に集中しているのだが、美咲アイには優希也と繁士しか写っていなかった。
まぁ…恋する乙女の瞳は、都合よく出来てるものなんです。
「そんなわけなので、よろしくお願いします。」
真っ赤な顔で立ったままの美咲の上着の裾を引っ張り
「お辞儀!」
小声で言って同時にお辞儀。
「それじゃあみなさん楽しんで下さい。」










 ハイボールをぐびびびびびぃっ!と飲み干した美咲の手から
「あちょっとぉ~っ。」
グラスを取ったのはリュウ。
「駄目だよ美咲ぃ。」
「何よリュウ~っ。」
「いくら緊張解したいからってペース崩して飲み過ぎだよ、ちょっとこれ飲んで落ち着いてぇ。」
と冷えた烏龍茶を差し出す。
「何よぅ!大丈夫よぅ!飲ませてよぅ!」
「だけどここで一旦切り替えないと怒るよぉ、僕じゃなくて摩那乃が、ね。」
「はぅぅ!」
「だから烏龍茶飲んで少し落ち着いて。」
「ひゃ、ひゃい。」
美咲がおとなしく烏龍茶をちびちび飲み始めたのを見てキッチンに戻ると
「どうだった?」
まだまだ食べる住人たちのために、大量のパスタを茹でている摩那乃が声を掛けてきた。
「おとなしく烏龍茶に切り替えてくれたよぉ。」
多少脅したけどね。
「なら良かった。」
まぁ…あたしも初日のパーティでは多少ペース崩して飲んでたから、あんまり美咲のこと強く言える立場じゃないけど、いくら何でも崩し過ぎじゃ。
「まぁちゃんコーラちょうだい。」
カウンターに座りながら優希也が言った。
「はいはいちょっと待ってね。」
「パスタは俺が代わるよ。」
「ありがとヒイロ。」
摩那乃はグラスを手に取ると氷を入れ、冷えたコーラを注いで優希也の前に差し出す。
「どうぞ。」
「ありがと、それとまぁちゃん、あの話し考えておいてね。」
「勿論。」
優希也はパーティの前に摩那乃に、ドラムを教えたいと改めて申し出たのだ。
「よく考えてってより、摩那乃の答えはもう決まってるみてぇだぞ。」
食洗機のスイッチを入れながらサンクが言った言葉を受けて、優希也は摩那乃を見る。
「決まってる?」
「興味あるし、やってみたいと思ったから。」
「メイドの仕事なら気にしないでいい、そういう理由なら俺たちも全面的にフォローするしな。」
と言ってサンク、優しく微笑む。
「じゃあ…。」
「よろしくお願いします。」
ペコッとお辞儀する摩那乃を見てニッコリ。
「こちらこそよろしくお願いします。」
まぁちゃんに教えるの、俺的にもいい刺激になりそうだし逆にありがたい。
「何か楽しそうだねぇ。」
そう言って現れたのは、ワイン片手の秀一と和誠。
「まぁちゃんにドラムを教えることになったんだ。」
その言葉を聞きながら、優希也の隣りに並んで座る。
「まぁちゃんドラムやったことあるの?」
和誠の問いに
「今日が初めてですよ。」
摩那乃が答える中、秀一が優希也を見つめるとその意図が分かったようで、秀一の耳元でコショコショ。
「今日が初めてとは思えない程の腕前だったし、リズム感が抜群。」
そんなやり取りが成されている間も、摩那乃と和誠の会話は続く。
「ただベースは昔からリョウちゃんから教えてもらってて、そのときにリズム感褒めてもらったことがあるんです、それが今でも嬉しくて…。」
リョウちゃんはあたしが褒められると伸びるタイプなの知ってるからなぁ。
「ギターはやったことないの?」
「ないですけど、前にリョウちゃんがベースがある程度弾けるようになったら…。」
と答えている途中で
「ギターも平行して誰かに教わるのもいいかもなって、提案したことはある。」
遼平がそう答え、和誠の隣りに座った。
「摩那乃ビールくれ。」
「ん。」
摩那乃がビールサーバーにビールを汲みに行ってすぐ
「シュウとカズ君で教えてもいいんだよ。」
「なっ!」
摩那乃の顔が一気に真っ赤になる。
「いいの?」
「そりゃ摩那乃次第。」
「リョウちゃんビール!」
真っ赤な顔のまま遼平に半ば強引にビールを手渡す。
「お、サンキュー。」
摩那乃の顔を見つめながらビールをひとくち。
「嫌か?」
「そっ!そんなことないよっ!」
「だな、照れてるだけだよな。」
何だよ分かってるクセに!
「俺とカズ君でまぁちゃんにギター教えたい!」
「…っ!」
またそんなキランキランな目で見つめて!
「だったらついでにここで、摩那乃が上手くペース配分出来るように、俺たちで話し合おうか。」
遼平の申し出に和誠は摩那乃をじっと見つめる。
「あっ、あのっ?」
そんなに見つめられたらどうしていいか分からんっ!
「ギター教えるの、俺とシュウでいいの?」
「…っ!」
2人してっ!
2人してそんなキランキランな目で!
「お…、お願いします…っ。」
心臓がもたないぃぃっ。

仕事がひと段落した摩那乃は、若干酔っ払い気味の美咲の隣りに座った。
「まぁちゃん飲んでるぅ~っ?」
「さっきまで仕事してたんだ、飲むのはこれから、お前こそそんなペース乱して飲んで平気かよ?」
「うむぅ、さっきまで烏龍茶にしてたから平気だもぉ~んっ!」
て言ってる割にはだいぶ絡み酒だなオイ。
「まぁちゃん!」
そんな摩那乃の隣りに座った人物を見て、美咲は真っ赤になってしまう。
あら美咲ってば可愛い。
と思いながら振り返る。
「飲んでますかシゲさん。」
「飲んでる飲んでる~っ、ねねねっ、この料理のレシピってあるっ?」
「ありますよ、もしかしてお気に召しました?」
「うんっ、だから自分でも作れるようになりたいなぁって思ってさ。」
「でしたら後で教えますよ、少しコツがいりますので、レシピではなく作りながら直接教えますね。」
「あんがと助かるぅ~っ。」
あぁ、シゲ君…。
普段はワイルドなのに笑うと可愛い!
「えっと、美咲ちゃん?」
「ひゃひゃひゃいっ。」
不意に呼ばれ、盛大に声が裏返ってしまう。
「もしかして俺の顔、何かおかしかったりする?」
「へっ?!」
「いや、ずっと俺の顔見てたからさ…。」
何処か照れた感じで言う繁士の可愛さに、顔を真っ赤に染める美咲を見て、摩那乃はぷぅっ、と吹き出す。
「ちょっとまぁちゃんっ。」
「いやわりぃわりぃ、美咲ちゃんが可愛くてついね。」
「もうっ!」
「あそうそう、シゲさん、話し変わりますけど、美咲はシゲさんのファンなんですよ。」
「ちょっ!まぁちゃんっ。」
「ホントっ?」
繁士がグッと近付いて来てドキンッ!
「はっはっ、はいっ!」
心臓をバクバクさせながらも、何とか返事。
「マジで嬉しいっ、ありがとうっ。」
笑ってる!
あのシゲ君が笑ってる!
あたしの目の前で笑ってる!
「美咲…。」
「なっ、何っ?」
「痛い。」
摩那乃の声でよく見ると、自分の手がいつの間にか、摩那乃の手首をぎゅぅっと握っていた。
「あああっ、ごごごっ、ごめんねっ。」
「まぁ今日だけは許してあげる。」
あたしも初日はこんなだったしな。










 佑斗、恵二と共に日本酒に切り替えた繁士だったが…。
ぺいっ!
「いてっ!何だよユウトっ。」
不意に佑斗に頭を叩かれた。
「お前分かりやす過ぎだろ。」
「ユウト、あんまりからかっちゃ駄目だよ。」
「だってケイちゃんだってそう思うっしょ?」
「まぁねぇ、シゲは素直過ぎるから。」
「何だよぅ!」
「お前、美咲ちゃん気に入ったろ?」
佑斗のストレートな問いにフイッ、と顔を背けてしまう。
「べっ、別にいいじゃんっ。」
「照れんなって。」
「んだよぅ!」
繁士は何処かふてくされた感じで答えてからチラッ、と美咲を見つめた後、カウンターに並んで座る遼平、和誠、秀一、優希也を順に見つめ、その目を優希也で止める。
あの子は俺のファンではあるけど、本命は…。

リュウが用意してくれたタブレットを使って、秀一たちと共に摩那乃のレッスン表を作成している遼平の横に、
「何してんの~?」
と座ったのは充樹。
「摩那乃のレッスン表作ってんだ、俺がベース、ユキがドラム、シュウとカズ君がギターをそれぞれ教えることになったから。」
「いいなぁ!俺も摩那乃と一緒にボイトレしたい!」
「そのうちな。」
「分かってるよぅ。」
ベース、ギター、ドラムのレッスンの合間にボイトレまで入れたら、流石の摩那乃もしんどいもんよ。
我慢ガマン。
「まずは俺たちが楽器教えて、そっちのペース配分が出来るようになったら、そんときはボイトレ付き合ってやって。」
「寂しい気持ちもあるがしゃあない、だったら俺は今年の誕生日プレゼント、ギターにしよっかなぁ。」
充樹の言葉に即座に反応したのは、秀一と和誠。
「まぁちゃん誕生日いつっ?」
「聞いてない。」
「今月の21日だから、あと1週間ちょいだな。」
「まぁちゃんの欲しい物って何だろ?」
「そりゃまぁ、シュウとカズ君から貰った物なら何でも喜ぶっしょ~っ。」
充樹ねね言葉にうむぅ、と唸ってしまう秀一に代わり
「まぁちゃんがホントに欲しい物をプレゼントしたいんだよね?」
和誠が言うと遼平が答えた。
「それはとりあえずさ、来年でいいんじゃない?今年は2人がプレゼントしたい物をあげて、1年の間に親密度を上げていって、来年こそ欲しい物をプレゼントすりゃいいんじゃない?」
「親密度を上げる…。」
いいかもぉ…!
夢現な表情の秀一を見てクスッ、と笑ってから聞いた。
「そうしよっか?」
「うんっ、そうする、じゃあさ、じゃあさカズ君っ、早速明日から2人で考えよっ、ねっ?」
「うん、そうだね、考えよ。」

引き続き美咲と飲んでいた摩那乃が不意に
「へくしっ!」
くしゃみをかますと、
「まぁちゃん風邪っ?あっためてあげよーかっ?」
俊仁がすかさず詰め寄ろうとするが、
「大丈夫、それより近付かないで。」
摩那乃に一蹴される。
「大丈夫まぁちゃん?」
「いや平気。」
「噂されてるんじゃないの~?」
向かいに響、七海が座りながら言った。
「噂?」
「あれしかないっしょ。」
そう言った七海の視線を追いかけると、その先にはカウンター…。
「ちちっ、違うよっ。」
「でも見る限りシュウもカズ君も、まんざらじゃない感じだよねぇ。」
七海の言葉に真っ赤になって絶句している摩那乃とは違い、
「やっぱりそう思うっ?」
美咲は目をランランと輝かせながら聞いた。
「おい美咲っ。」
自分のことじゃねぇからっつて、俄然元気になりやがって!
「ちなみに美咲ちゃんから見てどう思う?」
「ん~、今日見たばかりで確信まではいかないけど、シュウさんもカズさんも、ねぇ。」
とまで言ってぐふッ、と笑う。
「お前笑い方やらしいぞ!」
「ねぇねぇ美咲ちゃん俺はっ?」
割り込んできた俊仁に絶対零度の冷ややかな視線を送りながら、
「何もないだろ。」
バッサリ一刀両断。
「みんなして俺に冷たくないっ?」
目をウルウルさせている俊仁の肩に、優しく手をポンと置いたのは響。
「響っ。」
もしかしつて慰めてくれようとしてるっ?
「みんな冷たいんじゃないよ。」
「へっ?」
どゆことっ?
「みんな真実を言ってるだけだよ。」
響、駄目押しの一手。
「駄目じゃん!」











 摩那乃と2人で仲良く飲んでいると急に。
「ちょっとトイレ行ってくるっ。」
若干慌て気味の摩那乃を不思議に思いながらも
「う、うん?」
どうしたんだろまぁちゃん、もしかしてずっと我慢してたのかな?
何て思いながら桃の酎ハイを飲んでいると、
「隣り、いいよね?」
不意に飛んできた声に、美咲は飲んだばかりの酎ハイを吹き出しそうになってしまう。
そんな美咲の隣りに座ったのは優希也、と並んで充樹も一緒に座ったのだが、美咲には優希也しか見えていないし、充樹も充樹でそんな美咲に気付いてニヤニヤ。
「久し振りだねみさちゃん。」
「うっ、うん久し振りっ。」
ふわぁっ!
やっぱりユキ君かっこいいよぅ!
素敵だよぅ!
たまらないよぅ!
「相変わらず元気だね。」
「うん元気っ。」
むしろどんなに重病でも、ユキ君に会ったらそんなの吹っ飛んじゃうよ!
「これからは同じマンションの住人になるわけだし、分からないこととか困ったことがあったら、まずは俺に相談するんだよ、いい?」
「うんっ、ありがとうっ。」
2人のやり取りを見て充樹は
美咲ちゃんがやっと親元から離れたお陰で、ユキはいきなりリミッター解除したみたいだけど、美咲ちゃんは気付いてないんだろなぁ。
ユキはあんなにあからさまに、俺に相談するんだよ、の俺に、をあんなに強調して言ったのに。
俺たちrunaや摩那乃にとっちゃ2人が両想いなのは周知の事実なのに、美咲ちゃんがいかんせん天然モンスターだからなぁ。
「実は俺ね、これからまぁちゃんにドラム教えることにしたんだ。」
「えっ!そうなのっ?」
「うん、ちなみにドラムはおれだけど、その他にベースは遼平、ギターはシュウ君とカズ君に教わることになったんだよ。」
「俺たちはさっきまで、そのレッスンスケジュールを組んでいたんだよ。」
「ほへぇ、そんなに教わりながらメイドの仕事もして稽古もあってじゃ、まぁちゃん忙殺されちゃうんじゃ…。」
「それなら心配ないよ。」
空になった充樹のワイングラスにワインを注ぎながらヒイロが言った。
「サンキュー。」
「心配ないってどゆこと?」
「俺たちがフォローするからね、それに既にソラとサンクが、摩那乃がいないバージョンのフォーメーションも作成済み。」
「そうなの?」
流石ソラとサンク、相変わらず抜かり無い。
「みさちゃん。」
「はっ、はいっ。」
あぅぅ、ユキ君に呼ばれるの慣れてないからいちいち照れるぅ。
「俺のレッスンまぁちゃんが受けるとき、時間あるときだけでいいから見に来てね、その方がまぁちゃんリラックス出来ると思うから。」
「たまにどころかみさちゃんなら毎回行くよな?」
「何処に?」
そこに摩那乃が戻って来て、充樹の隣りに座る。
「みさちゃんが、お前がドラムレッスン受けるときは毎回見学するってさ。」
「それはあたしを見に来るの?」
「まっ!まぁちゃんっ!」
「冗談だよ、ヒイロ、カルアミルクちょうだい、ミツ君あたしカウンターで飲みたいなぁ。」
「お前からのお誘いなら喜んで。」
充樹は摩那乃の手を取り、摩那乃は立ち上がりながら美咲にウインクすると、さっさとカウンターに行ってしまった。
もうっ!まぁちゃんたら!
「みさちゃん。」
「な、なぁに?」
何とか笑顔で答える。
「無理ない程度でいいから、見に来てね。」
「勿論っ。」
むしろ無理してでも毎回見に行っちゃう!
「見に来てくれたら、嬉しいから。」
「だ…っ!」
誰が嬉しいのユキくぅ~んっ!










 摩那乃の誕生日を2日後に控えた日のこと…。
遼平がサンルームでソラたちのブラッシングをしていると、
「手伝う。」
摩那乃がブラシ片手に隣りに座ってきた。
「なら僕は摩那乃にぃ…。」
意気揚々とリュウが摩那乃の膝の上に乗ろうとしたものの、摩那乃自らひょいっとサンクを抱き上げる。
「いい?」
「ん、頼む。」
ちぇ~っ!
ホント摩那乃は兄さんのこと好きだよなぁ!
「まだ不安か?」
「え…?」
「京介のこと。」
自然と俯き、無言になる摩那乃に
「師範と真理亜さんのことは信じてるんだろう?」
「勿論信じてる。」
「ついでにシュウとカズ君のことも信じていいんじゃない?」
その声に振り返ると、そこには健永が立っていた。
「ケンちゃん。」
健永はニッコリ笑って歩み寄ると、摩那乃の隣りに座る。
「そんなに不安になることないんじゃない?」
リュウを抱き上げながら言ってブラッシング開始。
「ちょっと健永~、何処でブラッシング覚えたわけぇ?すんごい上手。」
「あんがとリュウ。」
「んで、ケンちゃんが不安になることないって思う根拠は?」
「あらやだリョウちゃん、俺が気付いてるくらいだからリョウちゃんだって気付いてるっしょ?」
「ま、今回はケンちゃんに華を持たせます。」
「じゃあ持っちゃおうかなぁ。」
「ちょっと待って、何?」
2人は何の話しをしているの?
「ねぇまぁちゃん覚えてる?」 「何を?」
「シュウとカズ君が狭霧流の門下生になるとき、攻撃の型と防御の型、どっちを先に覚えるって言ったか。」
ちなみに狭霧流はおおきく分けて攻撃の型と防御の型に分類される。
そのため入門して門下生になってすぐは基本の型から入る。
マンションの住人たちは基本の型で摩那乃からお墨付きを貰った後、攻撃の型、防御の型どちらから習得するのか選択するのだが、秀一も和誠も防御の型を選択したのだ。
ちなみに遼平、充樹に加え同じく有段者である健永は攻撃の型を選択している。
3人は少年時代門下生だったため有段者ではあるのだが、ブランクが長いため能兎と臣行とも相談して、基本の型からやり直している。
「勿論覚えてるよ、シュウさんもカズさんも防御の型から覚えるって言った。」
「それってさ~、もし万が一何かがあって2人が京介から何かされそうになったら防御するつもりなんじゃない?」
「えっ…?」
「だって相手は狭霧流古武術の息子同然、それってかなりの実力者ってことじゃん?そんな相手に攻撃しても敵わない、でも防御して何とか堪えてたら、そのうちまぁちゃんが助けに来てくれるって2人には確信があるんじゃないかなぁ。」
「どうしてそんな…。」
「まぁちゃんがシュウとカズ君に惚れてるからってよりも、惚れた弱みですかねぇ。」
「なっ!」
「まぁちゃんは2人が待ち焦がれてた理想の女性だからねぇ。」
「またそんな根拠のないことを…。」
「え~、だってまぁちゃんはシュウとカズ君のことが好きなんでしょ?」
「う、うん、まぁ…。」
照れながらも頷く。
「あの2人は、2人を愛してくれる女性をずっと探してたんだよ。」
「2人を…?」
「そ、まぁこれだけ聞いたら常識外れに聞こえるけど、シュウもカズ君も本気だよ、それにこればっかりは理屈じゃないからね。」
シュウさんとカズさんが…あたしを?









 午後…。
摩那乃がスタジオの一室で優希也からレッスンを受けていると言うので、美咲はソラの代理で差し入れを持って行くことに…。
ソラが用意してくれたメイド服を着た美咲は、緊張の面持ちでドアをノックするとゆっくりと開けた。
「お疲れ様。」
何とか笑顔を浮かべながら優希也に歩み寄る。
「やぁみさちゃん。」
早速来てくれて何より。
と思いながら微笑みかける。
そんな優希也を見てドキドキしつつも、差し入れで持ってきたパフェを手際良くテーブルに並べていった。
「そのメイド服似合ってる、凄く可愛いよ。」
「かっ!」
可愛いっ?
今可愛いって言ったっ?
「みさちゃん?」
「ななな何っ?」
「褒めたつもりだったんだけど、何かいけなかった?」
と言って首をこてっ、としてくる優希也にノックアウトされそうになりつつも、
「そそそっ、そんなことないありがとうっ。」
早口でまくしたてる。
「そう?良かった。」
あぁ!
ある意味その笑顔がいけないよユキくぅ~ん!
「もしかして差し入れ?」
「うんっ、無糖のパフェだよ。」
「へぇ…。」
これも無糖…ソラたちいい仕事するなぁ。
色んな意味で…。
とまで思ってチラッと美咲を見る。
このメイド服だってソラたちが率先して着させたんだろうな。
じゃなかったら恥ずかしがり屋のみさちゃんが着るわけない。
「隣りおいで、まぁちゃんのプレイ見よ?」
ポンポン、と自分の隣りを軽く叩きながら言う。
「う、うんっ。」
緊張しつつも己の欲には抗えず、美咲は優希也の隣りに座った。
それを見てから優希也は機材を操作してブース側のボリュームを上げる。
さっきまではちゃんと音を聴いていたのだが、美咲が入ってきた瞬間、反射的に下げてしまったのだ。
「うわぁ、この曲懐かしい、確かメジャーになってから3曲目にリリースしたんだよね?」
「そうだよ、まぁちゃんにはデビュー曲から順番に課題曲として演奏してもらってるんだ、2曲目までは合格したから今はこれが課題曲。」
「そっかぁ。」
まぁちゃん頑張ってるなぁ。
て言うか…。
「流石ユキ君が教えてるだけあるね、叩き方がユキ君そっくり。」
「まぁ…俺が教えてるから、やっぱり小さな癖まで似ちゃったんだよね。」
そこで言葉を切って美咲を見つめる。
「ゆ、ユキ君…?」
「流石みさちゃん、俺のこと相当見てるね。」
「へっ!」
「まぁちゃんのプレイちょっと聴いただけで俺の叩き方に似てる何て。」
「だっ、だってそれは…っ!」
「うん、俺のことが好きだからだよね?」
「なっ!」
何てことを言うの?!
「それってドラマーとして?それとも…。」
「なっ、何っ?」
「1人の男として?」
これは何…っ?
夢っ?
それとも現実っ?
だとしたらこんな都合のいい現実あるのっ?
「ゆ、ゆっ、ユキ君っ。」
「ちゃんと俺のこと、見て?」
どっ、どうしてそんな熱っぽい目で見てくるのっ?
心臓が爆発してしまいそう…っ。
あまりの衝撃にクラクラしていると、優希也が優しく手を握り、指を絡めてくる。
「…っ!」
手が!手を!
美咲がすっかりパニックに陥っていると、
「あ~、お邪魔ですかね?」
摩那乃の声が響いて美咲は反射的に手を引っ込めようとしたが、それを見越した優希也にぎゅっ、と握られてしまう。
「…っ!!!」
「もう1回通しで叩いた方がいいかな?」
「大丈夫ちゃんと聴いてたよ、気を付けるように言ったトコ、やっぱり間違えたし間違えなくとも誤魔化した叩き方してたよね?」
「ぬあっ!」
流石ユキちゃん!
ちゃんと聴いてはいたか!
「とりあえず…隣りのスタジオである程度自主練して、ユキちゃんに聴かせられる程度まで上達したらまた来るね。」
そこまで言ってブース内にあるスティックとタオル、ミネラルウォーターを取りに行こうとしていると、
「まぁちゃん。」
優希也が声を掛けてきた。
「なぁに?」
「ご協力、感謝。」
「この貸しはデカイよぉ~。」
ニッカリ笑って隣りのスタジオに移動して行く摩那乃を見送ると、美咲に向き直る。
「あ、あの…。」
美咲は美咲で絡められた指をどうすることも出来ずに戸惑っていた。
「今までもずっと…こうしてみさちゃんに触れたいって思ってた。」
「そ、そうなの…っ?」
「うん、でも…みさちゃんの両親が超過保護で、そのせいでみさちゃんが箱入り娘だっていうのは聞いてたから、我慢してた、でも今は両親と離れてここで暮らすことになったから、もう我慢しなくていいかなって。」
「ずっと、我慢してたの?」
「まぁね、だってみさちゃん、嘘ついたり誤魔化したりするの、まぁちゃん同様苦手でしょ?」
「う、うん…むしろまぁちゃんより苦手、かな…。」
「でしょ?だからみさちゃんが実家暮らししてる間は我慢しようって決めてた、でももう我慢する必要、ないよね?」
再び熱を帯びた瞳で見つめられ、美咲の心臓は早鐘のように鳴り響く。
「好きだよみさちゃん、でもね…もしもみさちゃんがまだ無理だって言うなら我慢するよ、無理強いはしたくないから、だからせめてみさちゃんの気持ちを聞きたい。」
「あたし…。」
「うん?」
「ユキ君のこと好き…ずっとずっと、大好き…。」
「うん…、ねぇみさちゃん、キスして、いい?」
そう言って顔を近付けてくる優希也と見つめ合い、絡め取られる視線…。
「ユキ君…。」
「なぁに?」
「キス、して…。」
そう言って瞳を閉じると、優希也はそ…と優しく美咲の顎に手を添え

「ん…っ!」

甘く蕩ける、目眩を起こす程の熱い口づけを落とした。
優希也が顎に添えた手で、優しく頬を撫でながらゆっくり離れると、
「はぅぅ…。」
あまりの刺激に耐えられなくなった美咲がもたれかかり、それが予想の範疇だったのか、優しく抱き寄せる。
「好きだよ、みさちゃん…。」











 何度か通しで叩いた後、タオルで汗を拭きながらぼんやり考える。
キスくらいしたかな?
「なぁ~にニヤニヤしてるんかな?」
突然鳴り響いた声にビクッとしてコントロールルームに目をやると、そこには健永が立っており、こっちに向かって手を振っていた。
「ケンちゃん。」
いつの間に。
「こっちおいで~、そろそろ休憩挟もうよ。」
健永に促され、摩那乃は汗を拭き拭きコントロールルームに移動。
「まぁちゃんの分のパフェ、ユキちゃんに渡されたんだぁ。」
「へっ!まさかケンちゃん覗きに行ったんじゃ…。」
「まっさかぁ!流石に俺でもそこまではしないよぉ、部屋でのんびりしてたらユキちゃんに呼び出されてパシらされたの。」
「あ、そゆこと、それで…ユキちゃんたちは?」
「それはご想像通り、てトコかな。」
あらまぁ、だいぶ早い展開で…。
てか、2人とも障害が無くなってタガが外れちゃったかな、特にユキちゃん。
「それよりお姫様、こちらへどうぞ。」
そう言って摩那乃の手を取ると、並んでソファに座る。
「わざわざありがとねケンちゃん。」
お礼を言ってスプーンを取ろうとしたが、健永にかすめ取られてしまう。
「ぬ…?」
「まぁちゃんドラムレッスンで手ぇ疲れてるでしょ?だから…。」
そこまで言ってパフェをスプーンで救うと
「はいあ~ん。」
「ちょっ、ケンちゃんっ。」
「何だよぅ、今更これくらいのことで恥ずかしがる仲でもないじゃん、それとも俺が相手じゃご不満?」
「そんなわけないでしょ、もぅ…。」
しょうがないなぁ。
摩那乃はあ~んとパフェをひとくち。
「美味しい。」
「美味しい?じゃあ俺もぉ。」
自分で掬ってパクッ。
「んまぁ~!これで砂糖一切使ってないとか奇跡だね、ホント美味しいって…あ!」
「どうしたの?」
「これって間接キスじゃない?」
「またそんなこと言ってぇ、そういうのは彼女とイチャイチャしたいときに言いなさい。」
「ん?あ~、それなぁ…何と言うかねぇ、別れたんだぁ。」
………………。
………………………………。
………………………………………………!!!!!!!!!
「えっ!」
今別れたと言ったか?!
「別れたんだ、彼女と。」
「えっ!嘘だって!」
「彼女にさぁ、心がここにないって言われちゃった…しかもさぁ、それに対して俺なぁ~んにも言えなかったの、それでもう駄目かなぁって…。」
「ケンちゃん…。」
「あ!でも平気だよ、俺まぁちゃんが思ってるよりか傷付いてないし、むしろ吹っ切れた感じ、だから、別れたのはお互いのためって感じかなぁ、これで俺も腹くくったしね。」
「あぁ、それは…。」
「怒られちゃうかな?」
「ん~、怒りはしないけど諭されるんじゃない?」
「説得されてももう怯まんもんね~。」
「何か、ケンちゃんらしい。」
そう言って笑う摩那乃の頭をポンポンする。
「ケンちゃん…?」
「そうやって笑って、ずっと幸せでいてな?それで俺もあいつも幸せだから。」
「あ…、うん、ありがとう。」











 2人を見て…。
美咲ちゃんを見てすぐ分かった…。
雰囲気が変わってる。
2人はきっと…。
「シゲ?」
「えっ!あっ!」
後ろから声をかけられ、繁士は我に返って振り向いた。
「ごめんねカズ君急に立ち止まってっ。」
「へーき。」
きっとあの2人を見て止まっちゃったんだろうし…。
「カウンター座ろっか?」
秀一も何かを察したらしく、3人はカウンターへ。
「お品書きです。」
そう言って今夜のメニューを3人に差し出したのは、キッチンで作業をしていた摩那乃。
「オススメは?」
「そうですね、ビーフシチューかな。」
「じゃあそれで、シュウとシゲはどうする?」
「俺もそれでいいよ、シゲは?」
「えっ、あ!うんそれでっ!」
やっぱりあっちで食べてるユキちゃんと美咲が気になっちゃうよねぇ。
摩那乃と共にキッチンに立つサンクが、それぞれの前に前菜を置きながら
「ライスとパン、どっちにする?」
「ん~。」
悩む秀一と和誠に近付くと、小声でこしょこしょ。
「摩那乃はライスにかけて食べるのが好きだぞ。」
「ライスで!」
2人同時に言ったのだった。











 夕飯の途中で遼平たちも夕食を食べに来て、そこで
「みんなでこれから俺の部屋でゲームパーティしようぜって話しになったから、2人も良かったら来いよ。」
と誘われ、
「あとで行くよ。」
と答えてデザートは美咲の部屋で2人でゆっくり食べることに…。
「runaのみんなに報告するの?その、あたしとユキ君が…。」
「付き合うってこと?」
赤くなりながらもコクコク頷く。
「ん~、言う前にバレると思う。」
みさちゃん気付いてないみたいだけど、俺こう見えて相当浮かれてるんだよね。
付き合い長いメンバーが、この俺の浮かれように気付かないわけがない。
「まぁ、バレるバレないに関係なく、ちゃんと報告するしオープンにするよ、みさちゃんはそれでいい?」
「もっ、勿論っ!」
それにもう間違いなくまぁちゃんにはバレてるだろうしぃ。
「みさちゃんとゆっくり出来たし、俺は先に行って遼平たちに話しておくよ、みさちゃんもある程度したらおいで、みんなでゲームしよ?」
「うんっ。」
優希也を送り出してソファに座ると
「きゃ~~~~~っ!」
顔を両手で覆って寝転がり、ソファの上でジタバタする。
あたしホントにホントにホントにぃっ!
ユキ君と付き合うことになったんだよねっ?
恋人同士になれたんだよねっ?
「きゃ~~~~~~~っ!」
再度歓喜の雄叫びを上げていると、控えめなノックの音。
「ほえっ?」
誰だろ?ユキ君?
ジタバタしたときに乱れた髪をサササッと直し立ち上がると、足早にドアに近付きガチャリ。
「あ…。」
「こんばんはっ。」
そこに立っていたのは優希也ではなく繁士だった。
「今平気っ?」
「あ、は、はい大丈夫です。」
何か慌ててる?
「とりあえず入りますか?」
「いやいやここで平気っ、ちょっと聞きたいことがあって、あの、さ…。」
「はい…?」
「その、ユキと付き合うことになったの?」
予想だにしない質問に、美咲は顔を真っ赤にさせながらも小さく頷く。
「そっか…おめでと。」
「あ、ありがとうございます。」
「美咲ちゃん。」
「はい?」
「あの、さ…俺、美咲ちゃんが誰を見てて誰を好きでも、それでも俺美咲ちゃんが好きだから…っ。」
「へ…っ!」
「言いたかったのはそれだけっ、それじゃっ。」
繁士はそこまで言うと、赤い顔のまま行ってしまった。
美咲は美咲でドアを閉めると、その場にヘナヘナと座り込んでしまった。
そんな…シゲ君があたしをっ?
嘘でしょ?!











 遼平の部屋にて夕食を終えた住人たちが入れ代わり立ち代わりで、晩酌をしながらワイワイとゲームを楽しんでいた。
そこにおつまみとアルコールを運んで来たのは摩那乃。
「まだ仕事?」
「ううん、後は任せろってサンクたちが言ってくれたから大丈夫。」
「なら一緒にやるか?」
ちなみに只今熱いバトルを繰り広げているのは充樹、秀一、和誠、響。
「失礼します。」
そこにソラがサラダとライス、ビーフシチューを持って入って来た。
「摩那乃は夕食がまだですので、アルコールは夕食をある程度食べてからにするように…。」
「ありがとう。」
「それじゃ勝負は腹ごしらえの後な。」
「ならまぁちゃん俺と勝負しようよ~。」
そんなことを言って遼平の隣りに座り、タバコに火を点けたのは健永。
「いいけどそれなら少し練習しておいたら?」
「あれれぇ、そんなん言っても平気ぃ?俺だって前よりレベルアップしてるよ~。」
「健永駄目だ。」
そう言って遼平もタバコに火を点ける。
「摩那乃は日々レベルアップしてるから。」
「嘘っ。」
慌てて摩那乃を見るとふふっ、と笑いながらビーフシチューを口に運ぶ。
そこへ、リビングで晩酌していた繁士、佑斗、恵二が一緒に楽しみたいと合流し、そのままゲームの方に行ったため
「交代して俺たち休憩、座っていい?」
と交代して戻って来たのは充樹、秀一、和誠。
充樹はニヤニヤしながら遼平、健永の並びに座ったため、秀一と和誠は自然な形で摩那乃を挟んで座る。
「駄目?」
和誠に聞かれ
「ま、まさかっ。」
摩那乃、慌てて答える。
「まぁちゃんゲーム得意なの?」
秀一に聞かれ
「一応それなりに…。」
無難に答えていると、
「あらやだ摩那乃ご謙遜、それなりにだ何てぇ。」
充樹にからかうように言われる。
「どれくらい上手なの?」
「格闘ゲーム以外はそれなりに得意です。」
「意外、格闘ゲームが1番得意だと思った。」
やや驚いた感じの秀一に
「何と言うか…自分が動く方が簡単と言うか…。」
何処か照れた感じで答えている摩那乃を見て遼平はクスッ、と笑って煙を吐き出してから言った。
「要はコンボもコマンド入力も苦手なんだよ。」
「だってあんな風に十字キーをガチャガチャやったり、テンポ良くかつ速くボタン入力何て無理だよっ。」
「しゃあないだろ、それが格闘ゲームの醍醐味みたいなもんなんだから。」
「だから自分の体で体現する方が簡単だって言うんだ。」
あんなちまちま入力するより、自分の体使って再現した方がよっぽど簡単だよ。
「とりあえず俺はまぁちゃんに勝てるように練習してこよっかなぁ。」
健永はそう言いながら灰皿でタバコを揉み消すと立ち上がり、う~んっと体を伸ばす。
「ねぇねぇまぁちゃん。」
「ん?」
「今夜俺が何かのゲームでまぁちゃんに1回でも勝ったら、ご褒美ねだってもいい?」
健永の問いにビーフシチューを口に運びつつう~ん、と唸りながら考えて
「格闘ゲーム以外だったらいいよ。」
「ホントっ?やったぁ!」
健永が喜んでいる中、サンクがいくつかのワイングラスとワインボトル数本を持って現れた。
「みんなまだまだ飲むだろ?それにこれ、ビーフシチューによく合うワインだぞ。」
「ありがと。」
そう言って摩那乃がグラスを手にすると、サンクは優雅な立ち居振る舞いでワインを注いでゆく。
「それでケンちゃん、ご褒美欲しいって言うけど、そのご褒美の内容は?」
どんな内容だろう?
何であれあたしにあげられる物ならいいんだけど…。
「ん~、そうさなぁ。」
と考え込む健永の目に、美味しそうにワインを飲む摩那乃の姿が写る。
「決めた!決めました!」
「どんなご褒美がいいの?」
「俺が1回でも勝ったら、まぁちゃんそのワイン俺に口移しで飲ませて。」
「ちょっ!健永っ!」
何てこと言うわけっ?
いくら彼女と別れたからって!
俺とカズ君の前でまぁちゃんに口移しとか!
「いいよ。」
あっさり答えた摩那乃に、
「まぁちゃん、いくら何でも簡単に決め過ぎなんじゃないかな。」
物怖じしない和誠も、流石に若干動揺。
「大丈夫ですよ、あたし負けませんから。」
ニッコリ笑って答える摩那乃を前に
「なら約束なぁ、忘れないように。」
やはり健永もニッコリ笑い、手をフリフリしながらゲームの輪の中に入って行ってしまった。
「まぁちゃん何であんなに簡単に受けちゃうのっ?もし負けちゃったら…っ!」
すっかり慌てている秀一を見てキョトン、とした後微笑むと言った。
「大丈夫ですよ、あたし絶対負けませんから。」
それにケンちゃんだって、あたしからご褒美貰える何て思ってない、と思うんだけどなぁ。
「もし、もし負けたら…っ?」
じぃっ、と見つめてくる秀一を前にして一瞬何か言おうとしたが、いきなり真っ赤にした顔を隠すように伏せてしまう。
「まっ、まあちゃんっ?」
「ほっ、ホント大丈夫ですからっ、あたし絶対負けませんからっ。」
早口でまくしたてる摩那乃を見て、何かを察した遼平と充樹はニヤニヤ。
あたし今…。
もしそうなったら、シュウさんとカズさんが助けてくれますよね?
何て言おうとしてた…。
やだあたし…何てはしたない…っ。









 有言実行と言うか何と言うか…。
ほろ酔いではあったが、摩那乃は健永に負けることなく一旦休憩に入った。
ワイン片手に1人ソファに座ると、
「まぁちゃん。」
美咲が声をかけてきた。
「何だ来てたのか。」
「うん、今来たとこ、隣りいい?」
と言いながら隣りに座ってくる美咲を見てワインをひとくち。
「酷なこと言うようだけどさ…。」
「なっ、何っ?」
「普通に接する自信ないなら、しばらく顔合わせないでやった方がいいぞ。」
「あ、あの…っ。」
「シゲに告白されたんだろ?」
自分の言葉にまっかっかになる美咲を見て
「言わんでもその顔見りゃ分かる。」
そこまで言って再びワインをひとくち。
「お前の複雑な気持ちが分からないでもない、けどシゲのこと意識して普通に接する自信がないなら、お前のためにもシゲのためにも、お前が落ち着くまで顔合わせない方がいいんじゃないか?中途半端に向き合うと、しこりが残って気まずいままになるんじゃないか?」
「やっぱり、そうだよね…。」
「シゲは普通に接するつもりみてぇだけど、もしお前がそれが無理なら…。」
「えっ!」
「えって何だよ?」
「シゲ君、普通に接してくれるの?」
「は?」
「いやほらあのねっ、あたしは普通に接するつもりでいるんだけど、よくよく考えたらもしかしたら、シゲ君はそれを望んでないかと思っちゃって、そしたら不安になっちゃって…。」
あぁ、そっちで悩んでたのか。
まぁ…美咲らしいっちゃらしいか。
「んなわけないじゃん、それこそシゲはお前のこと好きなんだぞ、避けるわけないじゃん。」
「そ、それは…。」
そう言われると照れる…。
「お前がそう思ってんなら平気だよ、今まで通り普通に接しな。」
「ホント?」
「あたしがお前に嘘言ったことあるか?」
「ない。」
「じゃあ信じろ。」
「うん…ありがと。」
「いえいえ。」
何てワインを飲む摩那乃を見て、美咲は急にニヤニヤする。
「お前何だよその顔。」
「まぁちゃんこそどうなの~?」
「どうって何だよ?」
「勿論シュウとカズ君のことよ~。」
「そ、それは…。」
途端にバツが悪そうな顔をする。
「何かあったのっ?」
ワクワク!
「いや何も、ただ…。」
「ただなになにっ?」
はしゃぐ美咲をチラッと見て、側に人がいないのを確認してから言った。
「不意に…甘えそうになるんだ、今までそんなことなかったのに…。」
リョウちゃんとミツ君とか、それなりに付き合い長い間柄ならまだしも…。
「やだまぁちゃんおっとめ~!」
「からかうなよ。」
しかも声がでけぇ!
「いいじゃない、あたしは嬉しいよ。」
「え…?」
嬉しい?
「だって…。」
そこで美咲は急に口をつぐんでしまう。
「だって何だよ?」
「何でもないっ、それよりゲームしよっ、あたし久々にまぁちゃんとゲームしたい。」
と言って腕をグイグイ引っ張る。
「おいちょっとっ。」
「行こ、行こ、ね?」
「分かったよ、しゃあねぇなぁ。」

だってねまぁちゃん…。
あたしは嬉しいよ。
今までまぁちゃんはずっと、京介さんのせいで自分から心を開けなかったから…。
そんなまぁちゃんが自分から無意識にでも好きな人に甘えようとした何て。
やっぱりあたし、嬉しいよ。











 深夜、ゲーム大会兼飲み会はお開きになり各々自分の部屋へと帰って行ったのだが…。
「まだ飲み足りないから飲みたいなぁ。」
遼平の部屋から出てすぐに秀一が言ったひとことに、和誠も便乗。
「あ!じゃあじゃあ、まぁちゃんの部屋であたしたちだけで飲み直しません?」
美咲の提案で(摩那乃の反論は一切受け付けられず)、4人で摩那乃の部屋で二次会となった。
「たく…。」
言い出しっぺがこれかよ…。
美咲はワインを飲んでご機嫌になったと思ったら、すぐに摩那乃のベッドを占領してスヤスヤと眠ってしまった。
そんな美咲に愚痴りながらもきちんと布団をかけてやる。
シュウさんとカズさんはまだ飲みたい、みたいだよな…。
と、ソファの方を見ると
「あ、あれ…?」
秀一と和誠の間が不自然に空いていた。
な、何だ?
と思いながらもソファに近付くと、秀一と和誠は無言でただただニコニコしながらこっちを見つめてきた。
あぁ、これはやっぱり…。
そういうことだよなぁ…。
摩那乃は顔を赤くしながらも観念して、2人の間に座った。
「美咲ちゃん寝ちゃったね。」
「ええもうぐっすり。」
「俺たちもう帰った方がいい?もしまぁちゃんが嫌なら帰るけど…。」
顔色を窺うように聞いてくる秀一を見て、苦笑してしまう。
まるで子犬みたいな目で言ってくるんだもん、狡いよなぁ。
「まだ飲み足りないんじゃないですか?」
「うん、まぁ…。」
「付き合いますよ、前もってソラたちも明日は午後からでいいと言ってくれたし、朝の稽古は能兄が任せろと言ってくれたので。」
「じゃあ、付き合って。」
「は、はい…っ。」
その台詞にその上目使い…反則!
秀一と和誠に挟まれた状態で飲み始めてすぐ、
「だいぶ俺とシュウにも慣れてきてくれたね?」
和誠がニッコリしながら言ってきた。
「シュウさんとカズさんは、その…。」
「うん、好きなように言って?」
「あの、その…迷惑かもしれないけど、特別だから、ドキドキするしまだ緊張もするけど…でも、いつまでも緊張したままじゃ失礼だとも思って…だから、精進してます。」
「ありがと、まぁちゃんのそういう頑張り屋さんなところ、俺もシュウも大好きだよ。」
大好き、という言葉にドキンッ!としているところに、不意に頭をナデナデされて更にドッキドキ。
「まぁちゃん。」
「はっ、はいっ!」
呼ばれた拍子に秀一に向き直る。
「稽古してたときも思ったんだけど…。」
まで言って、いきなり摩那乃の指に自分の指を絡める。
「…っ!」
「まぁちゃんて綺麗な指してるよね。」
「そっ、そんなっ。」
「カズ君もそう思うでしょ?」
「うん、そうだね。」
そこでもう一方の指を和誠に絡められる。
「あたしの指何てそんなっ、男みたいにゴツゴツしてるしっ。」
むしろ2人の方が綺麗でしなやかな指だしっ!
「そんなことないよ、思わずキスしたくなるくらい綺麗な指、してるよ。」
「なっ!」
「ねぇカズ君。」
「そうだね。」
なっ、なっ、なぁっ!
言葉もなかなか卑猥だけど、それよりも何よりもボディタッチ激しくないか?!
もしかして2人とも、思った以上に酔ってる?!
「2人とも酔い過ぎっ。」
「酔ってないよ、俺もカズ君も。」
「むしろまだまだ飲み足りないくらい。」
「でっ、でもっ!」
「酔ってたら触ってもいいの?」
「それはっ!」
慌てふためく摩那乃の前で妖艶にニヤリとすると、
「なら酔ってることにして…。」
空いている手で頬を撫でる。
「…っ!」
何だ今のっ。
シュウさんにほっぺ撫でられただけで、背中に電流が走ったみたいにビクビクッて…!
「もしかしてまぁちゃん…。」
「な、なにぃ?」
「感じた?」
いきなり和誠に耳元で囁かれ、摩那乃は体を縮こませる。
「まぁちゃんて、もしかして感じやすいのかな?」
尚も耳元で囁かれ、我慢出来ずに秀一の肩にもたれかかった。
「まぁちゃんこそ、酔ってるんじゃない?」
はぁ、はぁ、と熱い吐息を洩らす摩那乃の頬を再び、ゆっくりと撫でる。

「ん…っ!」

やだ…っ、変な声、出ちゃう…っ。
「し、シュウ…っ。」
「なぁ、お前にもっと触れたい…。」
頬を撫でた手を顎に添え、ゆっくりと摩那乃の顔を上げて自分の方に向けさせる。
「あ…っ。」
「俺もカズ君も、お前が欲しくてたまんねぇよ…。」
その言葉と同時に、和誠は摩那乃を後ろから強く抱きしめてしまう。
「や、や、だぁ…。」
そんなに強く、抱きしめられたら…っ。
「ホントに嫌?なら俺のこともカズ君ことも振りほどいて、お前なら出来るだろ?」
や、やじゃ、ない…。
やじゃないけど…。
「怖い?」
またもや和誠に耳元で囁かれ、摩那乃は体をビクビクさせながらも小さく頷く。
「平気だよ、俺とカズ君が一緒にいるから、な?摩那乃…。」
そう言って秀一が傾けた顔を近付けてきたのを見て、次に何が起こるか分かった摩那乃はぐっ…と瞳を閉じた。
「好きだよ…。」

「ん…っ!」

やんわりと奪われる口唇…。
それと同時に摩那乃の頭の中は火花が散ったように真っ白になり、それと比例するかのように胸の奥底から、熱い何かがふつふつと沸き上がるのを感じた。

「ふわ…っ!」

口唇が離れていくのと同時にとろん、と目を開けると
「キスだけでだいぶ物欲しそうな顔になったね。」
秀一に言われた。
「じゃあ俺もあげる、好きだよ摩那乃…。」
今度は和誠が顎に手を添え、自分の方に向けさせると、

「ん…ん…っ!」

少し強引に口唇を奪う。
それと同時に秀一にパジャマの上着の裾から手を入れられ、ゆっくりと脇腹をまさぐられ摩那乃の体はビクビクビクッ、と反応。
そのまま和誠の太ももに倒れ込んだ。
「はぁ…はぁっ…!」
息を荒く吐き出して、うっすらと開けた瞳は潤んでいた。
「ど、して…。」
意識を保つのに精一杯の摩那乃には、最早まともに言葉を発することすら出来なかった。
「どうしてこんなことを?」
上から自分を優しげな眼差しで見つめながら言ってくる和誠に、小さくも何とか頷いて見せた。
「決まってる…。」
髪に触れ、和誠は言った。
「俺もシュウも、君を愛しているから。」
「…っ!」
「明後日、誕生日だよね?もしも摩那乃も俺とカズ君が欲しいなら…俺たちをあげる。」
これは、夢…?
シュウとカズ君があたしを愛してて…。
あたしを欲しがってて…。
夢…?
そう思っても…この体の痺れは、夢じゃない…。
摩那乃はフラフラと両手を伸ばし、それを見た2人はそれぞれその手をそっ…と取った。
「離さ、ないで…。」
そこで摩那乃の意識は完全に途切れてしまった…。











 いつもの時間に目が覚めた。
起きたら普通にベッドに寝ていて、いつもと違うことと言えば一緒に美咲が寝ているということだけ。

夢…?

すぐに違うと分かる。
口唇が、体が2人の熱を、感触を覚えていた。
じゃあ…2人があたしを欲しいと言ったのも現実…。
美咲を起こさぬようにベッドから出ると、摩那乃はそのまま道場に向かった。

その頃道場では、能兎と臣行の他に、遼平と充樹の姿。
「え…マジ?」
能兎は遼平から、
昨夜飲み会お開きになった後、シュウとカズ君がみさちゃんと一緒に、摩那乃の部屋に入って行った。
と聞いたのだ。


「何だ起きたのか?」
能兎の言葉に頷きながら4人に近付く。
「昨夜遅かったんじゃないのか?今日は無理して出ることなかったんだぞ。」
義人の昨夜…という言葉に恋愛経験かつ免疫のまったくない摩那乃は、昨夜のことを鮮明に思い出してしまい、思わず顔を赤くしてしまった。
そんな摩那乃を見て4人は察する。
ぜってぇ何かあった顔じゃん。
「ま…いい傾向だな。」
遼平の言葉に
「な、何が?」
返す摩那乃の頭をポンポンすると、優しく微笑んで見せる。
「うんにゃ、こっちの話だよ、それよりたまには俺の相手してくれよ、だいぶ取り戻して来たんだぜ。」
「望むところだ。」
途端に自信に満ち溢れた表情になる摩那乃。
もうすぐ摩那乃の誕生日。
そんなときに何かあったってことは、大なり小なりシュウもカズ君も誕生日に照準を合わせてきたんだな。
摩那乃はまだ京介のことで不安な部分があるだろうけど、あの2人に心を許してるみたいだし…。
これは誕生日に大きく動き出すな。










 そして摩那乃の誕生日当日。
今日は誕生日なのですから…、とお休みを貰った摩那乃の元を訪ねたのは響と七海。
「今夜俺と七海は深夜まで仕事だからパーティに出られないんだ。」
「そうなの…て、もしかしてトシは…。」
「あいつは俺たちと別件の仕事、しかも夜からだから顔出せるって言ってた。」
「あぁそう…。」
めんどくせぇなぁ。
「まぁちゃん顔に出まくってる。」
七海にツッコミを入れられハッとする。
「ごめんね、わざわざパーティに出られないの伝えに来てくれた2人に変な顔見せて。」
「気持ち分からないでもないから大丈夫、それより俺と響は欠席を伝えに来ただけじゃないよ。」
「ん?」
「プレゼント届けに来た。」
七海はそう言って響と一緒に隠し持っていたプレゼントを摩那乃に渡した。
「わざわざありがとう。」
「ホントは可愛いお姫様の誕生日をパーティに参加して祝いたかったんだけど、ごめんね。」
と言って摩那乃の手をそっと取り、その手の甲に優しくキスを落とす。
「そんな、仕事だもん仕方ないよ、それよりお仕事頑張って、プレゼントありがとう。」
「そんな健気なこと言われると離れたくなくなっちゃうじゃないか。」
「はいはい響そこまで~。」
そう言ってる七海が響を摩那乃から引き離す。
「まったく響はまぁちゃんのこととなると…、それじゃねまぁちゃん、今夜楽しんで。」
と言うと頬にチュッとキスをして、ごねる響を半ば強引に引きずりながら、摩那乃に手をフリフリ去って行った。

2人から貰ったプレゼントを部屋に置き、朝食を食べるためにリビングに行くと
「あ…。」
そこにはmvl&サポメンの面々が朝食を食べるために来ていた。
「おはよう摩那乃、朝食食べるなら一緒に食べない?」
「いいの?」
笑顔で頷いて見せる秀一の隣で和誠も微笑むと言った。
「勿論、俺とシュウからお願いしたいくらい。」
「じゃあ、一緒する。」
摩那乃は迷わず秀一と和誠の間に座った。
「今夜誕生日パーティだね。」
秀一に言われた言葉に赤くなる。
「約束、覚えてる?」
「も、勿論…っ。」
忘れられるわけないよっ。
「急かすつもりはないから、摩那乃の好きにしていいよ、無理強いはしたくないから。」
摩那乃魅力的だからなぁ、本音を言えば俺もカズ君も今すぐ手に入れたいんだけど、でもやっぱり…無理強いはしたくないよな。
「う、うん、ありがとう、でも…大丈夫。」
「え…?」
「もうちゃんと、答え決めてあるから…あっ、勿論真面目にちゃんと考えて出した答えだからっ。」
「うん、ありがとぉ。」
そんな3人を向かい側に座って見ていたサポメンは、同じことを思っていた。
この3人…。
間違いなく今夜整うなぁ…。
「まぁちゃん。」
不意に恵二が摩那乃を呼ぶ。
「はい?」
「俺達からも誕生日プレゼントあるから、今夜受け取ってね。」
「ありがとうございます。」
「まぁ、シュウ君とカズ君からのプレゼントから比べたら、だいぶレベルが下がるとは思うけどね。」
「へっ!」
一気に真っ赤になってしまう摩那乃。
「もうケイさん、あんまり摩那乃をからかわないでよぅ。」
「まだ免疫ないんだから。」
「それはこれからの君たち次第でしょ?」









 サンルームで大量の洗濯物を干し終えてふぅっ、とひと息。
そして不意に自分の口唇に触れる。
キス、してしまったんだよな…。
夢かとも思ったけど、あの日からシュウとカズ君があたしを名前で呼ぶようになった。
あたしも2人に対して敬語を止めたし…。
「まさかなぁ…。」
「何がまさかなんだ?」
その声にチッと舌打ち。
いくら考え事をしていたとは言え、あたしがこの気配に気付かないとは情けない…!
「女の子が舌打何て良くないよ。」
「舌打ちしたくもなる。」
隣りに歩み寄って来る俊仁から離れる。
「今夜俺からのプレゼント、受け取ってくれよ、まぁ期待してくれていいぜ。」
「あれ、トシ今日仕事じゃなかった?」
「確か咲樹さんが仕事だって言ってたよ。」
「シュウさん、カズさん。」
摩那乃は嬉しそうに2人の名前を呼ぶと駆け寄り、そんな摩那乃を見て今度は俊仁が舌打ち。
「まぁちゃんの誕生日パーティ少し顔出せるから、ちゃんとプレゼント渡せるし。」
「ふぅん、それより摩那乃。」
「…!」
今シュウ、摩那乃って呼んだ?!
「なぁに?」
てかまぁちゃん!今シュウにタメ口じゃなかったか?!
「この前みたいにシュウ、カズ君でいいんだよ。」
「で、でも…っ。」
「あ、もしかして摩那乃。」
カズ君まで摩那乃って呼んでんのか?!
「秀一、和誠って呼びたいの?」
「ちちちちちっ、違うよっ。」
「カズくぅ~ん、それはまだ摩那乃には無理だよぉ、ハードル高いからそっちは追々、でもシュウにカズ君て呼んでくれると嬉しいんだけど、いい?」
「も、勿論。」
「俺とシュウは摩那乃のままでいいよね?」
赤い顔で可愛く頷く摩那乃を見てクスッと笑うと、和誠は耳元に口を寄せる。
「今夜たくさん呼んであげる。」
「…っ!」
「じゃあトシ、摩那乃はオレたちが連れてくから、また夜に。」
「手、繋いでもいい?」
和誠に聞かれ赤い顔のまま頷く摩那乃を見て、秀一も和誠も嬉しそうに微笑み、3人仲良く手を繋いで去って行った。
「嘘だろ…!」










 バタン!
ノックもなしに乱暴にドアが空いたと言うのに、遼平はまったく動じずにソファに座ってタバコを吸ったままだった。
「遼平知ってたのかよ!」
やっぱ来たか…。
遼平の元に来たのは興奮状態の俊仁。
勿論さっきの摩那乃、秀一、和誠のやり取りを見た後真っ直ぐここに来たのだ。
「何を?」
言いながら煙を吐き出す遼平の向かい側に苛立たしくどすん!と座る。
「まぁちゃんとシュウとカズ君のことに決まってんだろ!」
「冷静にならなきゃ話さねぇ。」
流し目で遼平に見つめられ、俊仁はムスッとしながらも深呼吸を始めた。
「何を見たのか知らんけど、興奮状態じゃ何も言えねぇだろうが。」
そう言って呆れたように溜め息をつくと、短くなったタバコを揉み消し、新しいタバコに火を点けた。
そこへノックの後、ソラが現れ2人の前に程好い香りのハーブティーを置いた。
「今の俊仁にはリラックス効果のあるこのハーブティーがよろしいかと…。」
「流石ソラ、でも何故に俺だけハーブティー…。」
「いけませんよ。」
「へっ?」
いやまだ俺言葉の途中なんだけど…。
「俺は別にコーヒーでも良かったろうと仰りたいのでしょうがいけません、貴方はコーヒーチュウドクになりかけているのですから、摩那乃も心配しています。」
「ぬ…。」
そこで摩那乃の名前を出すとは卑怯なりっ。
だがしかし!
そう言われると何も返せないんだよなぁ。
ちぇっ。
「それでは失礼します。」
ソラが部屋を出て行き、俊仁はハーブティーをひとくち飲むと遼平に向き直る。
「ごめん、落ち着いた…。」
「ん、ならどうぞ。」
「その、遼平は知ってたのか?まぁちゃんとシュウたちが急接近したの…。」
「そりゃ勿論、て言っても直接本人に聞いたわけじゃないから、何があってどうなってそうなったかは知らないけどな、恐らく早ければ今夜、摩那乃はあの2人を受け入れるだろうな。」
「何でだよ?」
「ん?」
「何でシュウとカズ君なんだよっ、何で俺じゃないっ、何で俺じゃ駄目なんだよ?!」
遼平は煙を吐き出してから言った。
「なぁ俊仁、お前は自分を受け入れてもらえないのは、あの日俺がいない間に強引に抱こうとしたせいだと思ってんのか?」
「そりゃ…そうだ…。」
それしか理由見つからねぇし…。
「だったら俊仁、摩那乃はあの日のことでお前のこと責めたか?」
「責めたも何も、責めてるからずっとあんなつめたい態度でいるんだろ?」
その言葉で遼平は溜め息。
「だから駄目なんだよ。」
「何がだよ?」
「この際だからハッキリ言う、あのな、摩那乃はお前に対して友情以上を求めてないんだよ、だからお前に告白されたとき、摩那乃はちゃ~んとそういう風には思えないって言ったし、それをいつかお前も分かってくれる、受け入れてくれると信じて告白後も特に態度を変えたりしなかった、そんな摩那乃にお前は何した?酔わせて無理矢理モノにしようとしたんだよな…!」
「それは…っ。」
「そんとき摩那乃は思い切ったんだ、このままでいてもお前は変わらないって、だったらまずは自分が変わって諦めさせるしかないって、そうなってても摩那乃は待ってたんだよ、昔みたいに恋愛なしに仲良く出来るのをな。」
「そんな…!」
「どうあっても諦められない、そう言いたいんだろ?だけど考えてもみろよ、相手はあの摩那乃だぞ、マジで嫌だったらお前のことボコボコにして諦めさせることも出来たんだぞ、それをしなかったのは友達としてはお前のこと好きだったからだ。」
「そんなの…!」
「納得いかねんなら悪いことは言わねぇ、もう摩那乃に近付かない方がいい、お前が傷付くだけだから。」
「なっ!」
「摩那乃は間違いなくあの2人を受け入れる、そうなってももしお前が変わらず、かつ邪魔をしようとするのであれば摩那乃ももう遠慮はしねぇぞ、お前を全力で排除する。」
「…っ!」
「俊仁、お前がどれだけ摩那乃んこと欲しがってんのは分かってるつもり、だから今すぐとは言わねぇけど、少しずつでいいから摩那乃の気持ちも汲んでやってくれよ。」
「無理に決まってんだろそんなの…っ。」
その言葉に遼平は再び溜め息で煙を吐き出し、頭を掻いてから言った。
「平行だな。」
「平行って何だよ…?」
「お前はどうあっても愛情を捨てない、摩那乃は友情以上を望んじゃいない、だけど摩那乃とお前の違いはエゴだ。」
「エゴって何だよっ。」
「摩那乃は昔みたいに仲良く出来る日が来ることを望んで、お前をある程度避けることを決めた、摩那乃は待つことにしたんだ、だけど俊仁、お前は違うだろ?お前は摩那乃に愛して欲しくてその気持ちを一方的に押し付けてるだけじゃねぇか、そんなのエゴ以外の何もんでもないだろ。」
「そんな言い方っ、いくら遼平でも…!」
「俺だって人を好きになる気持ち分かるし、お前とはイトコ同士、生まれたときからの付き合いだからな、どんだけ強い気持ちでお前が摩那乃を好きなのかも分かる、だからこそ簡単に諦められないのも分かる、けど…希望は捨てた方がいい。」
「なっ…!」
「ずっと想い続けてればいつか摩那乃も、何て淡い期待は一切捨てるべき、そんないつかはいつまで経っても来ないからな、諦められないなら一生片想いでもいいと覚悟するんだな、それともう…摩那乃に想いを押し付けるのは止めてやってくれ、あいつはやっと大きな一歩を踏み出せたんだ。」
京介の件はまだ解決してないにしろ、それでもあいつはやっと2人を受け入れようとしているんだ。
「もし慰めて欲しくてここに来たんならごめんな、今の俺には慰めてやれん…。」









 何も反論出来なかった…。
反論どころか、何も言えなかった、言葉がまったく出てこなかった…。
遼平が言ってることは、全部的を射てた…。
ホントはずっと分かってた。
でも分かりたくなかった…。
知りたくもなかった…。
何も見たくなかった…。
でも、それでも…。
まぁちゃんがシュウとカズ君を見つめてるときの目が、いつもと違う何て嫌でも分かってた。
何度も何度も見たことある、恋する女の子の目…。
その目で、決して俺のことを見てくれないことだって分かってた。
誰かを好きになる度に京介に邪魔されて、恋を諦めてたまぁちゃんが、シュウとカズ君への想いは抑え切れずにいる、それだけでどれだけ好きなのかも分かってた。
全部、分かってたのに…。
分かってないふりをして、ずっと…永遠に来ることのない「いつか」を待ってた…。
「最低だな…俺…。」
そう思うのも今更か…。
自虐的に笑ってから俊仁はスマホを手にした。
始めたのは俺。
だから…。
終わらせるのも俺じゃなきゃ…。









俊仁が出て行って20分後、スマホ片手にやって来たのは摩那乃だった。
「随分暇そうだな。」
「ソラたちがもうリビングに入っちゃ駄目だって言うんだ、パーティの準備始めてるからって。」
愚痴りながら遼平の隣りに座ってあれ?となる。
「もしかしてコーヒー卒業した?」
「何で?」
「だってハーブティー。」
「ソラがなぁ…。」
「良かった、リョウちゃん少しコーヒー控えた方がいいんじゃないかと思ってたんだ、だって若干コーヒー中毒なんだもん。」
「何だ心配してくれてんのか?」
「当たり前じゃん。」
たく…。
まずは今夜のこと考えた方がいいのに。
でも、こうも心配されると…。
本音を言えば嬉しいんだよなぁ。
「ありがとな。」
くしゃっ、と頭を撫でてやると、摩那乃は嬉しそうな顔をした。
「それで、俺に何か用があったんじゃないのか?」
「あっ、そうそう、さっきトシからメッセが入ったんだ。」
とまで言って遼平にスマホ画面を見せる。
ーやっぱりプレゼント明日渡すよ、誕生日当日に渡せなくてごめんな。ー
短い文章の下には、ハッピーバースデーと入っだ可愛いスタンプが押されていた。
「そういや俊仁今日は夜に仕事だったな。」
「そうなんだけど…さっき会ったときには少しパーティ出てプレゼント渡すって言ってたから、何か少し引っ掛かるし…やっぱちょっと心配かなって思って。」
「多分俊仁のことだから、今日の仕事に関してもう1回スタッフと突き詰めたい案件でも出来たんじゃないか?普段は難ありなトコもあるけど、ああ見えて仕事に関してはストイックだからな。」
「確かに…。」
リョウちゃんの言う通りトシ、仕事とは真摯に向き合ってるしストイックだから、納得出来ない何かが起きたのかも…。
「まぁ、それならいいんだけど…。」
「それよりシュウとカズ君と一緒じゃなくていいのか?」
「それがさ、何か用があるからって何処か行っちゃって…、それにさっき言った通りソラたちに行動も制限されてるし。」
と言っていると、
「自室から出ぬようにと言ったハズですが。」
ティーセットを持ったソラがテレポートで現れた。
「いいですか、我々の誰かが呼びに来るまでここから出てはいけませんよ、シュウとカズのためにも。」
「何でそこでシュウとカズ君?」
「何でもです。」
完璧主義のソラにしては何か…曖昧な云い方だなぁ。
アップルティーを優雅に淹れるソラの姿を見ながらそんなことを考えつつも、
「分かった。」
素直に答える。
「まぁここで俺が相手するし退屈しなくて済むだろ?それに…。」
そこまで言ってドアの方に目を向けると、ちょうどドアが開き充樹が入って来た。
「やっぱいた。」
「やっぱ来たか。」
短いやり取りを交わしニッカリ笑い合う。
「まぁ摩那乃、パーティの時間まではここで俺と充樹が相手するから、な?」
「うん、ありがとう。」










 とある広い一室に秀一、和誠、サンクの姿。
「摩那乃なら問題ない、遼平の部屋で遼平と充樹が相手してるから。」
「あんがと。」
「それと…。」
「それと?」
何か問題?
「俊仁が慌てて出て行った。」
「俊仁?あれ?でもパーティ少し出席するって言ってなかった?」
秀一に視線を向けられた和誠は頷いてから答えた。
「言ってたよ、そこでプレゼントも渡すって言ってた。」
そこで秀一はう~ん、と考える。
何だろ?
トラブル?
心境の変化…はない、よな?
「心境の変化?」
不意に和誠が言った。
「でもさカズ君、さっきのさっきで心境の変化っておかしくない?」
「あれシュウ気付かなかった?俺とシュウで摩那乃を連れてった後、俊仁が凄い勢いで遼平の部屋に向かって行ったみたいだよ。」
「ホント?」
気付かなかった。
「遼平が諭したのかもな。」
「ん?」
「今まで俊仁がやってることは京介と大して変わらなかったからな、まぁ裏でコソコソやらん分、俊仁の方がマシだったんかもしれんけど。」
京介が今の段階では、おいそれと摩那乃に近付けない状態でいるものの、今までのままの俊仁が側にいたら摩那乃は本当に自由の身になれたとは言えねぇしな。
「俊仁には悪いけど…摩那乃んことは誰にも譲れないからなぁ…。」
やっと見つけた…。
やっと見つけたんだ、オレとカズ君を分け隔てなく、心から愛してくれる女性を…。

秀一にとって和誠、和誠にとって秀一は、少し特殊で、かなり特別な存在。
秀一が以前所属していたバンドはashesとほぼ同時期にメジャーデビューしているし、インディーズで活動していた頃はよく対バンをしていた。
和誠も当時とあるバンドに所属しており、やはり秀一たちと同時期にメジャーデビューしていたのだか、こちらは僅か1年で解散し、和誠はそのギターの実力を数々のアーティストに買われ、多数のバンドにサポートとして参加していた。
その頃から秀一と和誠は仲が良く、やがて和誠は自他ともに認める程、秀一のお世話係になっていた。
秀一も秀一で、和誠には自然と甘えていた。
バンド活動の方は、ashesと切磋琢磨して互いを刺激しあい、新曲をリリースする度に人気が上昇。
もうじき大ブレイク間近のところまで来て、突然の悲劇が秀一を襲った。
その日秀一は他のメンバーとは別の仕事を終え、地方で行われるライブのため、1人別ルートで会場に向かっていた。
移動中に同行していたマネージャーに掛かってきた1本の電話で、秀一の人生は大きく変わった。

他メンバーが空港からライブ会場に向かう途中で事故に遭い、亡くなりました…。

この言葉を、秀一はまったく理解することが出来なかった。
は?何を言ってるんだ?
事故?亡くなった?
何の話し?
ライブ会場へ移動するメンバーを乗せた車に、反対車線からダンプカーが突っ込んで来たのだ。
メンバーが乗っていた車は大破し、運ばれた病院で乗っていた全員の死亡が確認された。
事故の原因となったダンプカーの運転手は、脳梗塞を起こし、意識をほぼ失った状態になってしまったとのこと。
マネージャーと駆け付けた病院でそんなことを警察から説明されたが、秀一の耳には届かなかった。
そして…。
二度と起き上がることのないメンバーの姿を目の当たりにした秀一は、そこで意識を失い、目を覚ましたときには、傍に和誠がいたのだ。

1年…。
秀一が立ち直るまでにかかった時間。
その間和誠は仕事を受けず、秀一から片時も離れずに献身的に寄り添った。
その和誠の姿を見て、秀一は
いつまでもこのままじゃ駄目だ…!
と少しずつメンタルを回復させ、やがて和誠とmvlを結成することとなった。

そんな2人は固い絆で結ばれた仲。
mvl結成後も和誠は甲斐甲斐しく秀一のお世話をしていたし、秀一も和誠には甘えることが出来た。
そんな2人でも、お互い彼女がいた時期もあった。
が…長くは続かなかった。
ある一定の期間を越えると秀一の恋人は和誠に、和誠の恋人は秀一に嫉妬してしまうのだ。
秀一も和誠も、恋人に一度だって
俺たちの関係を理解してほしい。
などとは言ったことはない。
秀一も和誠も、それが無理だと分かっていたから。
だから理解されないのは仕方ないとしても、自分たちの関係に口を出してほしくはなかった。
だが嫉妬した恋人は必ず、秀一と和誠の関係に口を出してきたし、やがては仕事にまで口を出してきた。
それが原因で結局、長続きはせず破局。
そんなことが何度か続き、秀一も和誠も望んでも叶わぬことだと分ってはいても、いつからか
自分たちを分け隔てなく愛してくれる女性が現れますように…。
と願うようになった。
そしてあの日、そんな2人の前に現れたのが摩那乃だった。
あの瞬間2人は確信したのだ。
この女性だ!
この女性こそが、オレたちが求め続けていた女性だ、と…。

「遼平から俊仁がずっと片想いしてるって前に聞いたことあるけど、それが摩那乃だったとは…。」
でも、それでも…。
やっぱり摩那乃は譲れない。
ごめんな俊仁…。








 遼平の部屋で充樹と3人でまったりとした時間を過ごしていたのだが…。
「相変わらずだよなぁ。」
充樹推薦の恋愛映画を観ている途中で、摩那乃はグッスリ眠ってしまった。
「今夜のこと考えて、昨夜あんまし眠れなかったんかな?」
「ま、そうだろな。」
そう言いながら遼平は膝枕してやる。
「だとしてもこの程度の恋愛映画でグッスリ寝てるようじゃ、今後の摩那乃の恋愛平気なんかな。」
「それなら平気だろ、シュウもカズ君も色んな意味で百戦錬磨だし何より、あの2人は摩那乃を手離す気などまったくないだろうし。」
「そんなん言ってるけど遼平~。」
「んだよ?」
その見るからに何か企んでますって言いたげなニヤニヤ顔はよ。
「寂しいんだろ?」
「充樹だって寂しいだろ?」
「いやいやいやぁ、そりゃ俺も寂しいけどお前の寂しさに比べたら俺の寂しさなど。」
「からかうなよ。」
「クスクス…でもまぁ、やっぱ寂しくはあるよな。」
そう言って摩那乃の頭を撫でた。
「大事に大事に守ってきた妹がとうとう…。」
いつかはこんな日が来るとは分かっていたけども…。
「俺も遼平も大概だな、これじゃ師範のことからかえねぇ。」
その言葉に遼平は笑ってから言った。
「確かに…。」










 国内某所、道場の片隅である男性が鍛錬している姿を見ていた男性が、
「くっしゅん!」
大きめのくしゃみをかました。
「あら風邪?」
隣りに立ち、一緒に男性を見ていた女性が声を掛けた。
「う~ん、噂されている気がするよ。」 
「そうなの?」
「うん、だってもうそろそろ…。」
「そうね、もうそろそろ…。」
「あの子ならもう大丈夫だろうからね。」
目を細めて男性を眺めていると、その男性は休憩に入り、それを見計らったように1人の女性が駆け寄り、甲斐甲斐しく顔の汗をタオルで拭ってやる。
「ありがとう。」
男性が声を掛けたのが合図かのように、2人は見つめ合い、微笑み合う。
やっぱりそろそろ大丈夫かな…。









  目の前に現れた特別巨大ケーキの上で、ユラユラ蝋燭の火が揺れている。
「さ、吹き消して。」
左隣りに座る和誠が、穏やかに微笑みながら言った。
「心ん中で願い事しながら、蝋燭を一息で吹き消せたら願いが叶うんだって、願い事、ある?」
右隣りに座る秀一が、やはり穏やかに微笑みながら言ってきた。
「うん、あるよ。」
あたしの願いは決まってる。
大切な大切な願い事、ひとつだけ…。
摩那乃はその願い事を声をの中で唱えながら、一気に蝋燭の火を吹き消した。
それと同時にソラがリビングの電気を点け、サンクは特別巨大ケーキをいとも簡単にひょいっ、と持ち上げる。
「それではこのケーキは私とサンクで人数分に切り分けてきましょう。」
とキッチンへ…。
「テルさんケーキありがとうございます、あたしの好きなフルーツばかりでデコレーションしてあるし、デザインも凄く可愛くてとっても嬉しいです。」
「いえいえ、いつもは俺たちが作ってもらってる側だから、そのお礼も兼ねてのつもりだし、それにこんなに巨大なケーキ作る経験早々ないから楽しかった。」
ソラとサンクがケーキを切っている間に、リュウ、ヒイロ、ゼロがそれぞれのグラスにシャンパンを注いでゆく。
「咲樹さんから差し入れ、上等なシャンパンだよ、美味しいだろうけど程々にね。」
シャンパンを注ぎながらウインクしてくるリュウに「ありがと。」と返す。
「摩那乃は今夜の主役なんだから、大いに楽しんでね。」








    深夜、摩那乃のパーティはお開きになり、摩那乃はお風呂に入ったあとで部屋に戻り、あらかじめソラたちが運んでおいてくれたプレゼントを、ひとつひとつ丁寧に開けていた。
何か申し訳ないな…こんなにいい物ばかり貰っちゃって。
みんなの誕生日のとき、しっかりお返ししなくちゃ。
そんなことを思っているところにノックの音がしただけで、摩那乃若干緊張してしまう。
「は、はいどうぞ。」
それでも何とか返事をすると、開いたドアの先には案の定秀一と和誠の姿。
「へーき?」
和誠の問いに頷くと、2人は入って来て座ったのだが、珍しく摩那乃の向かい側に並んで座った。
「摩那乃、俺たち返事聞きに来たんだけど、もし今夜返事が無理なようだったら…。」
秀一の言葉に摩那乃は首を振る。
「平気、だからあの…いつも通りに、座って?」
赤い顔で言ってきたのを見て、秀一と和誠は優しく微笑んでから、いつも通り摩那乃を挟むように座り直す。
「あたし…ずっと誰も好きにならないって決めてたの、好きになると相手に迷惑をかけてしまうから…。」
「迷惑?」
秀一の問いに頷いてから、摩那乃はゆっくりと京介とのことを話し始めた。
京介に告白され、それをどんなに断っても聞き入れてもらえなかったこと。
自分が誰かを好きになると、どんなに隠そうとしても京介にバレてしまい、バレたら最後相手に嫌がらせをされ、やがて相手は摩那乃を見ただけで怯え、近付いてこなくなること。
京介は今、摩那乃たちの両親である瑛斗、真理亜夫妻と共に海外の何処かにいるということ。
「あたしのために父さんと母さんが国外に連れ出して、物理的にあたしと関われないようにしてくれたけど…、それでも怖かった…。」
父さんと母さんを信用してないわけじゃない。
けれど京介のこれまでの行動から見ても、あいつの執念深さも知ってる、でも…。
「でも…それでも、止められなかった…。」
そこまで言うと秀一と和誠の手を握る。
「シュウとカズ君のことは無理だった、止められなかった…諦める何て出来なかった…、好きで好きで、どんどんどんどん2人への想いが溢れて止まらなくて、もうどうしようもなくて…。」
そう言った摩那乃の正面から秀一、背後から和誠が強く抱きしめ、やや荒い呼吸を吐き出す。
「ごめん、もう無理…限界、我慢出来ない…っ。」
「摩那乃、ベッド行こ?」
耳元で吐息混じりに和誠に囁かれピクピクッ、と身体を震わせながらも小さく頷く。
移動したベッドは、今まで何度か部屋を訪ねたときに見ていたが、目の前で見ると思った以上の大きさ。
このベッド、咲樹が用意した物だと以前聞いたとき、
この大きさならどんなに寝相が悪くても落ちたりしないから、安心して眠れるだろう?とか言われたけど、咲樹さん、あたしの寝相どんだけだと思ってるんですかね。
何て、前に摩那乃がケラケラ笑いながら無邪気に言っていたが、秀一と和誠は改めて思った。
これって絶対、咲樹さん狙ったよ、な?
相変わらず底知れないな、咲樹さん。

ベッドに座り、摩那乃と向かい合ってすぐ
「あ、あの、あたし…知識はあるけどその、初めてだから、どうしていいかまったく分からなくて…。」
焦りと不安で目を潤ませて言ってくる摩那乃を見ただけで、2人は理性が遥か彼方までぶっ飛びそうになってしまうのを、何とか堪えて深呼吸。
「大丈夫、俺たちに任せて、な?」
「摩那乃は恥ずかしがらないで、俺とシュウに気持ちぃときは気持ちぃ、嫌なときは嫌だってちゃんと言うんだよ。」
「う、うん…。」
「摩那乃、これから俺たちは摩那乃の色んな初めてを貰うことになる、それをホントに俺とカズ君で貰っていいの?」
労るように頬に差し伸べられた秀一の手に、自分の手を重ねて静かに目を閉じた。
「シュウとカズ君じゃなきゃやだ。」
「摩那乃…。」
「シュウとカズ君がいい、どちらも欠けちゃやだ、シュウとカズ君が…大好き…。」
そこまで言ってゆっくり瞳を開くと、摩那乃は2人に身を委ねていった…。









 朝になり、摩那乃が目を覚ますと、
「おはよ、何処か痛いところ、ない?」
先に起きていたであろう和誠に聞かれた。
痛いところどころか…。
良かったし…!
まさかあんなに気持ちぃ何て!
それともシュウとカズ君がズバ抜けて上手いのかっ?
2人としかシないから比べようないけども!
でも…。
「シュウとカズ君こそ大丈夫?」
2人の顔を交互に見ながら聞く。
「俺?最高だった、昨夜の摩那乃めっちゃ可愛かったし…!」
少しだけ顔をデレっとさせつつも、秀一は摩那乃の頬にキスを落とす。
「そ、そうじゃなくて、あたしは凄く気持ち良かったけど…。」
「マジで?そんなに気持ち良かったっ?」
「う、うん…。」
「摩那乃~!」
感極まって摩那乃に抱き着く秀一の後頭部にていっ、と軽くチョップをかましたのは和誠。
「あいたっ、何よぅカズくぅ~ん。」
摩那乃から離れ、ブゥ垂れた顔で和誠を見ながら頭をさする。
「摩那乃が気持ち良かったのが嬉しくて、舞い上がるのは分かるけど少し落ち着きなさい。」
ぺしょっ、となる秀一から摩那乃に目を向けてから
「気持ち良かった、けど?何か不安があるのかな?」
秀一に抱き着かれた拍子に赤くなった顔のままコクッ、と頷く。
「なぁに?」
「カズ君たちは平気?あたしばっかり気持ち良くて、カズ君たちはちゃんと気持ちぃ?あたしは、あたしだけじゃなくてカズ君たちにも気持ち良くなって欲しい、そのためならあたし…っ。」
まで聞いたところで和誠は、不意に摩那乃に軽くチュッとキス。
「んなっ!」
カズ君いきなり何をっ!
何故にいきなりキスを~!
まだまだ慣れない摩那乃、プチパニック。
「分かってる、俺たちのために摩那乃が無理することくらいね、だけど俺もシュウもどんな形であれ、摩那乃を傷付けたくないし、どうせなら痛みは最小限なのがいいでしょ?」
「そう、だけど…、それよりも何よりもカズ君とシュウを気持ち良くしたいし、3人で気持ち良くなれるなら、多少の無理くらいする。」
「なっ…!」
口をあんぐりして真っ赤な顔で絶句する秀一。
和誠はやれやれ、と苦笑してしまう。
「摩那乃、大丈夫だよ、俺たちだって気持ち良かったし、これからどんどん、摩那乃にはレベルアップしてもらうつもりだし、そうなったら摩那乃だって不安じゃなくなるだろうし、不安に思ってる暇なんてなくなるから大丈夫だよ。」
妖しくフフフ…と笑う和誠を見て、思わずゾクリと震えてしまう。
「さ、それより着替えよう?今日も稽古に出るんでしょ?」

きちんと着替えた3人が、いつもの時間にリビングに現れたのを見て、ソラとサンクは摩那乃に視線を向けてから秀一、和誠の顔を見ると、その視線に気付いた和誠が苦笑して見せたのを見て、いたたまれない気持ちになる。
「おはよう、あの、どうしたの?」
ソラとサンクがいつもと違うことに気付き、摩那乃が声を掛けた。
「いや別に、それより体平気か?違和感とかないか?」
「え、うん平気だけど…。」
「そうか、なら2人と稽古、行くんだろ?」
「うん。」
「じゃあ行ってこい、戻る時間に合わせて俺とソラで朝飯作っておく。」
「ありがとう、じゃあ行ってきます。」
「おぅ。」
3人がリビングから出て行ってすぐ、ソラと顔を見合わせて溜め息をつくと、ソラはソラで苦笑。
「いたたまれませんね。」
「あぁ。」
摩那乃のあの感じから言って…、ヤルことはヤったんだろうけど、摩那乃のことを考えて最後まではしなかったんだろうよ。
「勿体ないよね~、て言うかぁ、僕なら我慢出来ないけどねぇ。」
不意に現れて言ったのは猫型のリュウ。
「お前今まで何処にいたんだよ、今朝朝飯担当だろうが。」
「そんなことよりさぁ!」
と言いながらひょいっ、とカウンターに上がる。
「秀一も和誠も勿体ないし根性ないと思わな~い?だって摩那乃だよ!目の前に極上の料理が出されたのにひとくちも食べないようなものじゃない~?僕だったら絶対そんな勿体ないことしないし何が何でも自分の物にしちゃうしぃ~!」
声高らか、自信満々に早口でペラペラペラペラ捲し立てていると、後ろからゴゴゴゴゴゴゴ…ッと凄まじい圧を感じ、ヤバいと振り返るより一瞬速く
「ふぎゃっ!」
乱暴に猫づかみされて持ち上げられる。
「や、やぁソラ、元気ぃ…?」
「ええまぁ、貴方程ではありませんよ、それより…またサボりましたね…!」
「ひぃぃぃぃぃ…!」
笑顔だけど目の奥が一切笑ってないぃ!
ソラがマジギレしてるぅ!
「ちょっ、兄さん助けてっ。」
カタカタ震えながら小声でサンクに助けを求める、が…。
「諦めろ、お前が全面的に悪い。」
サンクにバッサリ。
「そんなぁ!」










 朝の鍛錬が終わり、各々シャワーを浴びてリビングに集合して朝ご飯、という流れだったのだが、シャワーの後で俊仁からメッセが来ていることに気付いた。
「俊仁何て?」
リビングに入り秀一と和誠にメッセのことを伝えると、秀一が聞いてきた。
「渡したい物があるから、悪いけど部屋まで来て欲しいって。」
「行くの?」
「うん、もしかしたら誕生日プレゼントかもしれないし。」
後から渡すとか言ってたし。
「もしあれなら俺とカズ君も一緒行こか?」
「ううん大丈夫、ささっと行って帰って来るから、待ってて。」
摩那乃はそう言って笑顔で出て行った、が…!
「かかかカズ君どうしようっ!」
秀一は和誠にしがみつく。
「君がそんなに動揺してどうするの、摩那乃なら平気だから落ち着いて。」
「でもさカズ君っ。」
「摩那乃はその辺の女性に比べたら全然強いしそれに…。」
そこまで言ってサンクを見ると、
「安心しろ、本当に摩那乃がピンチになったら俺たちを呼ぶだろうし、そうなりゃ俺とらがテレポートで迎え行くしな。」
「あ、あぁ、そっかそうよなぁ…。」
「そういうわけですから落ち着いて、座ってお茶でも飲みながらお待ち下さい。」










 俊仁の部屋を訪ねると、すぐにリビングに通された。
綺麗に整頓されたリビング内には、至るところに可愛いピンクの置物が置かれていた。
トシ、相変わらずピンクと可愛い物が好きだなぁ。
「わざわざごめん。」
「平気、それより深夜まで仕事だったんでしょ?トシこそ大丈夫?」
「俺なら平気だよ、それよりまぁちゃん…。」
しゃんとしてんな…。
俊仁は改めて摩那乃を上から下まで、繁々と眺める。
「トシ…?」
「あぁいや、うん…。」
あれかな?
初めての摩那乃に合わせて、最後まではしなかったんかな?
だとしたらいたたまれん…。
まぁ今はそんなことよりも…。
「まぁちゃんこれ見てよ。」
俊仁はソファの背もたれ部分にシワにならないように置いた、夏物のワンピース数着を見せた。
「うわぁ、可愛いね、どうしたのこれ?」
「どうしたとか嫌だなぁ、誕生日プレゼントに決まってんだろ。」
「へっ!えっ!」
「まぁちゃん普段可愛い服どころか、まずスカートを履こうとしないだろ?でもこれからはシュウとカズ君とデートするだろうし、そういうときくらいは可愛い格好しなきゃ駄目だろ。」
「え、あの…っ。」
「まぁちゃんのことだから、あたしには似合わないからぁ~、てどうせ可愛い服持ってないだろ?」
ここに来てすぐのパーティんときに着てた服は、どうせ遼平たちが用意したんだろうし、とは言えまさか今後デートの度に遼平たちが服用意するわけにいかないだろし。
「あ、う、うん…、まぁ、それは合ってるけども…。」
「どした?」
もしかして柄とか趣味じゃなかったかっ?
「あのさトシ、あたしがシュウとカズ君と付き合うの、応援してくれるの…?」
その言葉に一瞬キョトンとしてから苦笑。
「ごめんね…。」
「えっ…?」
「俺、今まで色々最低だったもんな、好きだからってだけで全部受け入れてもらおうって、まぁちゃんの気持ちは全部突っぱねてたのに、自分だけ受け入れてもらおう何て最低だった、でも…これでも俺だってまぁちゃんのこと好きだから、だから分ってはいたんだ、まぁちゃんがどれだけシュウとカズ君のこと好きなのか…。」
「あ…。」
「ホントは俺が自分で幸せにしたかったんだけどなー、それは駄目なの分かったから、これからそれはシュウとカズ君に任せて俺は、今後は今までの反省とお詫びも込めてサポート、そこでまずはこのワンピどうかなぁって、これ絶対まぁちゃんに似合うし、これ着てデート何てしたらシュウたち喜ぶよぉ。」
ホントは…。
ホントは相手が俺だったら、隣りに立つのが俺だったら良かったけど…。
俺が隣りに立ったところで、まぁちゃんは少しの幸せも感じないから…。
だから俺は…。
「あ、あれ…。」
自分でも驚く程それは自然と、そしてあっさりと俊仁の瞳から溢れて頬を伝い、次から次へと零れていった。
「ごめんうわっ、嫌だな俺何だよこれ、うわ…止まらん、何かもぅかっこわるっ、ホントごめんっ。」
自分の意志とは裏腹に、止まらぬ涙に困惑している俊仁の涙をそ…と拭う。
「いいよ、もういいよトシ、ありがとう、凄く嬉しい、ホントにありがとう。」
「うん…。」
俺こそ…。
今までありがとう…。








 リビングで待っていた秀一、和誠に 「大丈夫大丈夫、ここで待っててっ。」
と言いながら、やや強引に1人で部屋に戻る。
ドアを閉めふぅっ、とひと息つくとそのままクローゼットへ…。
何となくこんな可愛い服を、あたしが持ってるトコをシュウとカズ君に見られるのが恥ずかしくて、心配して待っててくれた2人をごまかすように部屋に戻ってしまった。
リビングに戻ったら2人に謝ろう…。
奥の方に隠すようにしまおうかとしたが、ハンガーが見当たらない。
「あれ、ハンガー…。」
呟いてハッとする。
人の気配…!
まさかと思い振り返ると、クローゼットの入り口に秀一と和誠が立っていた。
「可愛いね、それ。」
「あ、あぅぅ…。」
見られたぁ…!
膝から崩れ落ちる摩那乃。
「どした摩那乃っ。」
慌てて駆け寄る秀一をヨソに、和誠はクローゼットから離れてしまう。
「どっか痛い?ハッ!まさか俊仁に何かされたっ?」
崩れ落ちたままの摩那乃に合わせてしゃがむと、その顔を心配して覗き込む。
「ち、違うの、そうじゃなくて、ワンピースが可愛いから…。」
「へ?」
ワンピースが可愛いから?
どゆこと?
困惑している秀一の隣りに立つと、
「可愛いワンピースを持ってるトコを俺たちに見られるのが何となく恥ずかしかったんでしょ?」
言いながら持ってきたハンガーにワンピースを掛けてしまってやる。
「お、仰る通り…。」
カズ君鋭い。
「それで、このワンピースどうしたの?」
「と、トシがくれた誕生日プレゼント、あたしがこういう可愛い服を持ってないだろうからって見越して、2人とデートするならこういう可愛い服が必要でしょって。」
「俊仁がそう言ったってことは…。」
「うん…、祝福してくれるって。」
「そっか…。」
ごめんな俊仁…。
「せっかくこんなに可愛い服プレゼントされたなら、ホントに3人でデート行かなくちゃね。」
そう言いながら和誠は摩那乃の手を取り、立ち上がらせてやる。
「そうだな、まずは摩那乃の行きたい所に行こう。」
「いいの?」
「勿論。」
「ありがとう。」
そこまで言うと照れつつも、秀一と和誠の頬にチュッとキスをした。
「じゃあ朝ご飯食べようか?」
「その前に摩那乃に渡したい物があるんだ。」
「あたしに?」
何だろう?
「とっておきのプレゼント、おいで。」
「えっ?えっ?」
訳が分からないまま秀一と和誠に手を引かれて部屋から出ると、とある部屋の前まで連れて行かれる。
「あの、ここ、客間だよね?」
そうである。
2人に連れられて来たのは、同フロア内にある客間、の中でも数人が泊まれる大部屋。
「とりあえず開けてみて。」
「う、うん。」
未だ分からないながらも秀一に促され、ドアを開いてビックリ。
「えっ?ちょっ、これってまさか…!」
「そうだよ、今日からこの部屋は俺たち3人の部屋、ちゃんと咲樹さんに許可取ったし相談もしたんだ。」
「もしも俺とシュウを受け入れてくれたら、ここを見せようって用意してたんだ、言わばオレたちからのもうひとつの誕生日プレゼントってとこかな。」
「誕生日当日ソラたちに行動制限されてたろ?実はここの最終調整してたからなんだ。」
「はぁ…。」
「呆れた?」
「いや、嬉しすぎて言葉が…。」
そう言って2人の手をぎゅっ、と握る。
「大好きな人と一緒にいられたらって…好きな人があたしのことを好きになってくれたらって、いつもそう願ってたけど…そんな日は来ないって、夢は夢のまま終わるって思ってた…。」
「大丈夫、俺らはずっと一緒にいるから…。」
「これからは俺とシュウで摩那乃を守るから、俺たちだって狭霧流の門下生、これからはちゃんと俺たちのことも頼って、ね?」
「シュウ、カズ君…。」
こんな夢のような日々が来る何て…。
しかもそんな日々を、シュウとカズ君と過ごせる何て…。
「あ、あの、シュウ、カズ君…。」
「どした?」
「これから、たくさん甘えても、いい?」
ウルウルおめめ全開、かつ上目使いで言ってくる摩那乃を見て秀一はいっきにムラムラムラッ!
「なぁ摩那乃、早速俺たちに甘えてみない?この部屋にも大きなベッドあるから、な?な?」
「えっ!あのシュウっ?」
ずずずいっ、と摩那乃に迫る秀一の後頭部にチョップ。
「あいたっ。」
「がっつくシュウには、いつもよりつよめのチョップをお送りしております。」
「あ、うぅ、すんません。」
天然ちゃんの魅力にやられてしまった…!
「俺とシュウに甘えられるのは摩那乃の特権だからいくらでも甘えて、まずは朝ご飯、ね?」








 リビングにランチを食べに来たのは優希也を誘って連れ立った健永。
優希也は1人でいると、食事をきちんと摂らない場合が多々あるため、それを心配した美咲が
あたしが大学に行ってる間はよろしくねケンちゃん。 
と、健永に頼んだのだ。
そんな2人がソファに並んで座りランチっていると、そこに秀一と和誠も来たのだが…。
「え…?」
不意に秀一が言った言葉に優希也の箸が止まる。
「どした優希也?」
「シュウ君今何て?」
「あそっかぁ、ユキちゃんはシュウちゃんから聞いてなかったよねぇ。」
「健永は知ってたの?」
「まぁねぇ、シュウちゃんから家具のこととかでちょいちょい相談受けてたから。」
「ごめん優希也、摩那乃の耳に入らないように、極力人に言わないようにしてたから。」
「うん、いや、それはいいんだけど…そんなこと出来るんだって思って。」
「あ、このフロアに一緒に住めるってこと?」
秀一の言葉に優希也はこくんと頷く。
「住めることは住めるけど、けっこう大変だった。」
「そうなの?」
「うん、誕生日にサプライズとして準備したかったから遼平に許可取りがてら相談して、その遼平連れて咲樹さんトコ行ってカズ君と説明して、そこで誓約書にサインもした。」
「えっ!誓約書っ?そんなのあるのっ?」
驚いたのは優希也ではなく健永。
「誓約書って言ってもそんな難しい内容ではないよ、むしろ単純、ざっくり言うと俺もシュウも摩那乃を傷付けないこと、みたいな内容だったし。」
「それならシュウちゃんもカズ君も絶対守るしサインしちゃうよね~。」
「まずは遼平?」
「いや俺らが遼平通したのは俺らの相手が摩那乃だからだよ、摩那乃と遼平の間には強い絆があるし、カズ君とも相談してまずは遼平に話しを持っていくのが筋かと思って。」
「あぁ…。」
なるほど、言われてみればそうなるよねぇ…。
「だとしたら俺は…誰?」
「やっぱり摩那乃じゃないかな?」
「だね、美咲ちゃんは摩那乃にとって大事な妹みたいなものだし。」
「俺、平気かな…。」
何処か不安げな優希也を見て健永は思わずぷぅっ、と吹き出す。
「ユキちゃんが駄目なわけないじゃん、むしろユキちゃん駄目だったら他に該当者いないから、でももしユキちゃんが不安なら俺も一緒行こか?」
「うん。」








 ランチ後しばらくして、優希也は健永に付き添ってもらい、カウンターに座って遅いランチを摂っている摩那乃の隣りに座った。
今日はランチの量が多かったため、摩那乃のランチはだいぶ遅くなっていた。
「まぁちゃん今平気?」
「うん平気だよ、あ、食べながらでもいい?」
「勿論。」
「じゃあどうぞ。」
「まぁちゃん、俺このフロアでみさちゃんと一緒に部屋になってへーき?」
「………。」
無言が続いたと思ったら、摩那乃はグフッと笑う。
「まぁちゃん流石にそのニヤケ顔はどうかと思うよぉ。」
健永のツッコミに咳払いをして気を引き締めてから、優希也に向き直る。
「いやだってユキちゃん、美咲と同棲したいみたいなことでしょ?」
「うんでもまぁ…あんまり重く受け止めて欲しくないから、まぁちゃんみたいにみさちゃんの今の部屋も残しておいて欲しいんだ。」
「なるほど、いいんじゃないかな、美咲も喜ぶだろうし、ちなみユキちゃん、サプライズで準備したいの?」
「うんまぁ、希望としてはサプライズ。」
「分かった、じゃああたしも協力するよ、いつでも言って。」
「ありがと、じゃあまぁちゃんから許可もらったし、このままの勢い咲樹さんトコに行ってくる。」
「俺も行こか?」
「ここまでで大丈夫、ありがとう。」
と言ってリビングから出て行った。
「どうぞ健永。」
ヒイロが出してくれたコーヒーを「ありがとう」と受け取りひとくち飲むと、摩那乃を見つめる。
「何?」
「シュウちゃんたちとはどう?」
「どうって…まだ始まったばかりだし、まだ夢みたいで…。」
まぁそりゃそっか…。
京介のせいで、今までまぁちゃんは男と付き合うどころか、両想いにすらなれなかったんだもんねぇ。
「叶って良かったね。」
「うん…凄く幸せ。」
まぁちゃんがこんなに幸せなら…。
あの子もきっと幸せなんだろうし、あの子が幸せなら、俺も…。
「まぁちゃん、これからたくさんたくさん、幸せになってな?」
「うん、ありがとケンちゃん。」








 大学から帰り、リビングに入ると出掛ける準備をしている摩那乃に遭遇。
ちょっとショッピングに行くと言うことで、
「一緒に行くか?」
「行く~!」
地下駐車場で車に乗り込んですぐ
「誘ってから何だけど大丈夫か?疲れてるんじゃ…。」
「平気平気、今日は大した授業じゃなかったし、それよりも何よりもまぁちゃんと久々にお出掛け出来るのが嬉しいから大丈夫。」
「そっか、だったら折角だしちょっと遠出するか?」
「うんっ。」
横浜辺りまで出ればちょうどいいかな。
ユキちゃん頑張って。

摩那乃がわざわざ美咲の帰宅時間を狙ってリビングで準備をしていたのは、勿論美咲を誘い出すため。
それは何故か…。
只今優希也が美咲との同棲部屋を急ピッチで進めているからである。
「ユキちゃんあんまり慌てなくてへーきよ~。」
健永に言われた言葉に「ん?」となる。
「今まぁちゃんからメッセ来た、横浜まで出てゆっくり夕飯食べて帰って来るってさ。」
「良かったね。」
和誠に言われてこくんと頷く。
「だったらせっかくだから優希也、ちょっとレイアウトもこだわらない?」
「そだね。」
秀一と優希也が並んで立って、家具などを見ながらレイアウトに関してあーだこーだ言い出したところでちょうど、
「ん?」
「あ、スマホ。」
秀一と和誠のスマホが立て続けに鳴り、2人がそれぞれチェックすると摩那乃からのメッセ。
ーケンちゃんから聞いたかと思うけど、横浜まで出てゆっくりしてくから、ゆっくり頑張ってね。ー
の下には可愛いスタンプ。
2人同時にデレっとしたのを見て、健永と優希也は思った。
まぁちゃんからのメッセだろなぁ。
すんごいデレデレ顔、ファンには見せられないな。
ひとしきりニヤニヤした2人が同時に
「閉じ込めたい。」
呟いたのを見て優希也は若干呆気に取られ、健永はぶほっ、と吹き出す。
「はいはい物騒なこと言ってないで片付けちゃお~。」










 シルバーアクセサリショップに入り、摩那乃はあれやこれやと選んでいた。
これ、シュウにもカズ君にも似合いそう。
あたしもこういうの好きだし、3人お揃いで買ったら2人とも付けてくれるかな?
職業柄仕事のときは付けられないとしても、プライベートでは一緒に付けてくれるかな…?
「それ自分用?」
不意に言われた問いに摩那乃は真っ赤になり、それを見た美咲はグフッと笑う。
「お前、その顔やらしいぞ。」
「だってぇ~。」
まぁちゃん照れてる照れてるっ。
「お前こそ、そのリング誰にプレゼントするために見てんだよ。」
「にゃっ!」
「にゃじゃねぇ、てかそれ似合いそうだよなぁ、長くてしなやかな貴女の彼の指に。」
「はぅ!」
「これくれぇの反撃でまっかっかになるくれぇなら、最初から攻撃何か仕掛けんな。」
だってまぁちゃんに攻撃出来る機会何か滅多にないんだもんっ。
「で、プレゼントすんのか?」
「まぁちゃんは?」
「ま、まぁ…お揃いで買おうかなとは、思った。」
「お揃い?」
「う、うん…。」
図々しいだろうか…。
「いいんじゃな~い、きっと2人ともすっごく喜ぶと思うよ。」
「ほっ、ホントかっ?」
あらやだまぁちゃん可愛い。
「当たり前じゃない、あの2人だったらまぁちゃんからのプレゼント、きっと何でも喜ぶよ。」
「そっ、そうかなっ?」
まぁちゃんすっかり乙女だわぁ。
「お前は買うのか?」
「う、うん、これなら何とかプレゼント出来そうだなぁと思って。」
「ぜってぇ喜ぶぜ。」
「じゃあ買うっ!」

お互いアクセサリーを購入後、洋服や雑貨品を見たり買ったりして、多くなった荷物を一旦車に置いてから、夜景の綺麗なレストランでディナーとなった。
「ねぇまぁちゃん、ここ個室だし夜景超綺麗だし雰囲気抜群だし…お高いお店なんじゃないの?」
「あ、それなら心配すんな、さっき咲樹さんに連絡してここ紹介してもらったんだ、だから支払いは全部咲樹さんが任せろと言ってくれた。」
「あ…相変わらずグレイト!」
そして底なしにまぁちゃんに甘い!
「ちなみに咲樹さんのオススメコースが運ばれてくるらしい、お前ワインでも飲むか?」
「えっ?いいのっ?」
「ああ、あたしは帰りも運転があるから付き合えないけど、飲みたければ飲んでもいいぞ、ただし、控え目にしとくように。」
「じゃあ…ちょっとだけいただきます。」

で、数時間後…。
目の前で酔い潰れて眠ってしまった美咲を見て
「相変わらずちょろいな。」
摩那乃はフフフ…と笑った。
美咲がワインを飲み始めてから、摩那乃は話題を繋いで繋いで繋ぎまくって、上手いこと美咲にワインを飲ませまくったのだ。
個室のドアが開き、
「済んだか?」
言いながら入って来たのは咲樹。
「勿論、計画通りぐっすり眠ってくれたよ。」
「では眠り姫が目を覚まさぬように、丁重に運ばせていただこう。」
「あたしの車は?」
「そちらも丁重に運ばせていただくさ。」
「ありがとう。」
そういって立ち上がる。
「ではプリンセス、リムジンで夜景を楽しみながらワインでもいかがかな?」
「プリンセスかどうかは分からないけど喜んで。」









 翌朝…。
美咲は寝返りを打つと、
「ん、んんんんんぅ~。」
小さく唸ってから少しずつ目を開けてゆく。
あたし昨夜、どうしたんだっけ?
何てぽやぁっ、と寝ぼけ眼で考えていると、
「おはよ。」
突然掛けられたら声に一気に覚醒する。
そして慌てて布団から顔を出すと、
「よく眠ってたね。」
穏やかに微笑む優希也の姿。
「なななっ、何でっ?」
「ここにいるのって意味?一緒に寝てるのって意味?ここは何処って意味?」
「ぜぜっ、全部っ!」
「昨夜まぁちゃんと出掛けて、夕食のときワイン飲んだの覚えてる?」
こくこくこくっ、とマッハで頷く。
「咲樹さんの手配でここに連れて帰って来てもらったんだよ、ちなみにここは今日から俺とみさちゃんの部屋。」
「ええっ!」
「驚いたね、その顔が見たかったんだ。」
「だだだだだだだだって!」
「嬉しくない?」
「嬉しいに決まってます!」
「じゃあいいでしょ?」
「う、うんっ。」
素直に頷く美咲を見てクスッと笑うと、優しく目元を撫でてやる。
「もう少し寝よっか、まだ眠たそうだし。」
「えっ!」
「大丈夫、眠るだけ、ね?」
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした

ゆっこ
恋愛
 豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。  玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。  そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。  そう、これは断罪劇。 「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」  殿下が声を張り上げた。 「――処刑とする!」  広間がざわめいた。  けれど私は、ただ静かに微笑んだ。 (あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

【完結】婚約者なんて眼中にありません

らんか
恋愛
 あー、気が抜ける。  婚約者とのお茶会なのにときめかない……  私は若いお子様には興味ないんだってば。  やだ、あの騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?    大人の哀愁が滲み出ているわぁ。  それに強くて守ってもらえそう。  男はやっぱり包容力よね!  私も守ってもらいたいわぁ!    これは、そんな事を考えているおじ様好きの婚約者と、その婚約者を何とか振り向かせたい王子が奮闘する物語…… 短めのお話です。 サクッと、読み終えてしまえます。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

婚約者と王の座を捨てて、真実の愛を選んだ僕の結果

もふっとしたクリームパン
恋愛
タイトル通り、婚約者と王位を捨てた元第一王子様が過去と今を語る話です。ざまぁされる側のお話なので、明るい話ではありません。*書きたいとこだけ書いた小説なので、世界観などの設定はふんわりしてます。*文章の追加や修正を適時行います。*カクヨム様にも投稿しています。*本編十四話(幕間四話)+登場人物紹介+オマケ(四話:ざまぁする側の話)、で完結。

痛みは教えてくれない

河原巽
恋愛
王立警護団に勤めるエレノアは四ヶ月前に異動してきたマグラに冷たく当たられている。顔を合わせれば舌打ちされたり、「邪魔」だと罵られたり。嫌われていることを自覚しているが、好きな職場での仲間とは仲良くしたかった。そんなある日の出来事。 マグラ視点の「触れても伝わらない」というお話も公開中です。 別サイトにも掲載しております。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...