死ぬほど愛しているけれど、妻/夫に悟られるわけにはいかないんです

杏 みん

文字の大きさ
15 / 273

15.疲労と空腹にやられた状態でデパ地下に行くと財布の紐が緩むどころか切れる

しおりを挟む
 「ヴィーガンスイーツのギフトセットに、鱈の西京漬け、猫型生食パン、ブランド林檎のストレートジュース……う~ん、一輝さんが好きそうなのある? 仁ちゃんはどれがいいと思う?」

 「……どれもいらねぇと思う」

 都内の傍デパ地下にて。
 私が列挙した『一輝さんへのギフト候補』を、全てばっさりと切り捨てる仁ちゃん。

 「仁ちゃん……」

 私は真剣に悩んでいるのに。
 『週末はどこかに行こう』というご厚意に甘えて、貴重な休日をギフト選びに潰させてしまってる身で、文句は言えた立場ではないけれど。

 「あいつへの貢ぎ物はいらねえって言っただろ。唯を拉致ろうとした連中の黒幕も、まだあげられてない能無しだぞ。何日かあればわかるって大口叩いておいて」

 「それでも、一輝さんにとって何の得にもならない調査を、快く引き受けてくれてるわけだし」

 「得ならある。俺に恩を売れる」

 うーん……仁ちゃん本人に恩を感じている様子がないのに、それはメリットとして成立しているのだろうか。

 「あんな奴の事より、今日は唯のリフレッシュの日なんだから。もっと他に行きたいトコなかったのか?」

 「仁ちゃんの気持ちは有難いけど……一輝さんへのお礼がまだだと思うと、気持ちが落ち着かなくて」

 忘恩の輩。と言ったら大袈裟かもしれないけど。私はそれになってしまうのが怖い。
 尽くすべき礼が未完のまま宙ぶらりんになっていると、自分の心も宙ぶらりんでソワソワしてしまうのが、性分なもので。

 「……まぁ、唯らしいけど」

 店舗ごとにと並んだ、透明なスイーツ・デリケースをキョロキョロと見ながら、仁ちゃんの後ろを歩く。

 休日のデパ地下は大勢のお客さんでにぎわってて……体を斜めに傾けないとすれ違えないどころか、それでも肩と肩がぶつかってしまいそうな位、混雑していた。

 普通の夫婦やカップルなら……はぐれないようにって手を繋いだりするのかな。
 いや、しないか。テーマパークやイベント会場ならともかく、ここはデパ地下だもんね。イチャイチャしながらぶらつく場所じゃない。
 そもそも、もしもはぐれてしまっても、スマホで連絡を取り合えばいい話だし。いくら人が多くても、手をつなぐ必要なんかないよね。
 うん、たとえ普通の夫婦やカップルでもつながないな、きっと。

 なんてゴチャゴチャと理由を並べ立てて、仁ちゃんと手を繋げない寂しさを紛らわせていたら。
 
 「これとか、いいんじゃね?」

 前を歩く仁ちゃんが、とあるお店の前で立ち止まった。

 「え……お豆腐?」

 冷蔵のデリケースに並んでいるのはお豆腐。
 どうやら、大豆商品の専門店さんのよう。

 「どうせ今日帰りがてら、あいつんちに届ける予定なんだろ? 保冷剤もらえばいけそうだし」

 「あ、えと、そういう心配してたわけじゃ……一輝さん、お豆腐好きなの?」

 「……さあ?」

 「……まさかとは思うんだけど……嫌がらせ……じゃないよね?」

 だって、一輝さんは仁ちゃんと同じ25歳。
 恐らくは、お魚よりお肉。ロースよりカルビ。というお年頃の男性に、お豆腐を贈って……喜ばれるものだろうか。

 そう思って真顔で尋ねてみたのだけど。仁ちゃんは息だけでふっと笑った。

 「ちげーよ。俺からじゃなく唯から渡すんだろ? いくら俺でも、唯を加害者にしてまで嫌がらせしねえわ」

 「じゃあどうして好きでも無い物を?」

 「唯は誰かに何か贈る時、どうやってチョイスしてんの」

 「どうって、普通に好きな物を聞いて……それを元に」

 今までは、一輝さんに教えてもらった好きな物(スイーツなら生クリーム系、お酒ならワイン、とか)をベースに選んでいた。でもそろそろネタ切れで。
 だから、一輝さんの事をよく知っている仁ちゃんに、アドバイスを貰おうと思ったんだけど。

 「俺は、嫌いな物、アレルギーとかで食べれない物を聞く派。で、それ以外から選ぶ」

 あ、成程。そういう方法もあるんだ。
 でも、私にはかなり、ハードルの高いチョイス方法。

 「仁ちゃんは色々なお店知ってるし、センスがいいからそういう選び方でも失敗しなさそうだね。私は……選択肢が多いと、相手に喜んでもらえる物を選べる自信が無いかも……」

 「俺だってそんな自信ねえけど……物事って、好きか嫌いかだけじゃねえじゃん? 好き嫌い以上に“知らない”っていっぱいあると思わねえ?」

 「知らない……?」

 思わぬワードの出現。目を瞬かせてしまう。

 「例えば、唯がこの前作ってくれた、団子と白菜のショウガスープ。俺、白菜ってあんまり積極的に食べる野菜じゃなかったんだよ。けど、唯は結構、料理に白菜使うだろ」

 「うん。そうだね、サラダに炒め物にスープに……私の中で万能野菜にカテゴライズされているから」

 「実家にいた頃から、唯がそうやってしょっちゅう白菜料理出してくれたから、俺は知れたんだよ。クタクタ白菜のうまさを。だから、好きでも嫌いでもないモンを贈るのも、新しい世界の開拓になって、いいと思う」

 「なるほど……」

 確かに、デパ地下で売ってるようなちょっと良いお豆腐って……好きでもなけば食べた事ないかも。
 私も、特別お豆腐好きってわけじゃないけど……頂いたら嬉しいな。きっと、普段食べているお豆腐よりも贅沢な味わいなんだろうし。

 「ありがとう仁ちゃん。それじゃあ、これにしてみようかな。すいません、この“大豆屋ムサシのなめらか豆腐”を3丁下さい」

 説得力ある仁ちゃんの話で、即決。
 私はケースの向こう側にいる店員さんに、注文をお願いした。

 「ありがとうございます。ご一緒に、ごま油はいかがですか? ネギの香味が含まれている商品で、お豆腐にかけると一層美味しくお召し上がり頂けます」

 「あ、じゃあそれも1つお願いしま」

 「豆腐3、ごま油1。を、2セット。一つは贈答用、一つは自宅用。支払いはカードで」

 私の隣からズイと割り込んで、店員さんにあれこれと伝える仁ちゃん。

 「じ、仁ちゃん、いいよ。お代は私が……って言っても、仁ちゃんから頂いた生活費の中からお支払いするわけだけど」

 「それは食費と、唯の日用品の為の金だろ」

 「でも、私の都合で買うものだし。それに、毎月沢山お預かりしてるから、余剰金がすご」

 「ずっと見てたら俺も食いたくなってきたし。今日の晩飯、これ使えるか?」

 「そ、それは出来るけど……」

 「あの~……どうされますか?」

 私と仁ちゃんのやり取りに、困っている様子の店員さん。
 
 「あっ、す、すいません」

 「2セットを、カードで」

 
 結局――仁ちゃんに買わせてしまった。

 そして更に、ごくごく自然に商品の入った紙袋×2を受け取り、持ってくれる仁ちゃん。お水も入ったお豆腐は、地味に重いのに。

 かっこいい。優しい。かっこ優しい。
 なんて、改めてそのスマートさに惚れ惚れしてしまうけど……それ以上に心を占めるのは、申し訳ない気持ち。

 「なんかごめんね。せっかくのお休みなのに……色々……」

 デパートを出て、最寄り駅まで歩きながら……私は仁ちゃんの顔を真っ直ぐ見れないでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

【完結】「別れようって言っただけなのに。」そう言われましてももう遅いですよ。

まりぃべる
恋愛
「俺たちもう終わりだ。別れよう。」 そう言われたので、その通りにしたまでですが何か? 自分の言葉には、責任を持たなければいけませんわよ。 ☆★ 感想を下さった方ありがとうございますm(__)m とても、嬉しいです。

恋。となり、となり、隣。

雉虎 悠雨
恋愛
友人の部屋にルームシェアすることになった篠崎ゆきは、引っ越してから三ヶ月、家が変わった以外は今まで通りの日常を送っていた。隣は赤ちゃんがいる家族と一人暮らしの背の高いあまり表情のない男。 ある日、マンションに帰ってくると、隣の部屋の前でその部屋の男、目雲周弥が倒れていた。 そして泥酔していたのを介抱する。 その一ヶ月後、またも帰宅すると隣の部屋の前でうずくまっている。また泥酔したのかとゆきが近づくと、前回と様子が違い酷いめまいを起こしているようだった。 ゆきは部屋になんとか運び入れ、また介抱した。 そこからゆきの日常も目雲の日常も変化していく。 小説家になろうにも掲載しています

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

処理中です...