死ぬほど愛しているけれど、妻/夫に悟られるわけにはいかないんです

杏 みん

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95.いいものを見させてもらった!って思わず言っちゃうもの、見たい 

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 「ああ~! 楽しかった! いいものを見させてもらったわ! どうもありがとう!」

 タクシー乗り場で、満足そうに笑顔を浮かべる大園さん。

 「こちらこそ、何から何までありがとうございました。バレッタ、本当にごめんなさい。きちんと弁償させてもらいますので」

 「いいわよそんなの! 落ちただけで壊れてないし。ご主人のふか~~~い愛を見れて、ほっこりしたしね」

 う~ん……愛というか、気遣いというか。

 「髪の毛ボサボサになるとか、私は全然構わなかったんですけど……」

 「あら。本人が構わない事を、体張って構ってくれる夫なんて素敵過ぎるじゃない。良いご主人だと思う。やっぱり、あの聖人の彼とはお別れしたらどうかしら? 応援するって言ったけど……あんなに健気なご主人の姿を見ちゃうと……ねえ?」

 いきなり斜め上の方向に話を進める大園さんに、慌ててしまう。

 「だ、だから違うんですよ? 蓮ちゃんとはそんな……っ」

 弁解しようとしたタイミングで、タクシーが到着した。

 「それじゃあね、その話はまたゆっくり聞かせて?」

 「は、はい! あ! お洋服も靴も、クリーニングに出してからお返ししますので!」

 改めてお礼を伝え、窓を開けて手を振ってくれる彼女を、見送った。

 「ふう……終わった……」

 というか、終わってしまった。失格、という結果に。

 一人ため息を吐いて、さあ仁ちゃんの所に戻ろうと、競技場の方へ向き直った時――ロータリーの片隅に、車に乗り込もうとする一輝さんの姿が見えた。

 「あ! か、一輝さん!」

 思わず、名前を叫ぶ。

 「……唯ちゃん……なに?」

 一輝さんは後部座席のドアの横に立ち、駆け寄る私に応じてくれた。
 いつもと違い、かなりローテンションな様子で。

 「あ、あの、今日はお疲れ様でしたっ。あの……すいませんでした! 全部、仁ちゃんに喋っちゃって」

 「いいよ別に。どーせいずれバレてただろうし。ていうか……無様だったね、仁。SSSが失格って……っふ、ネタだとしても笑えなさすぎる」

 乾いた笑顔を浮かべる一輝さんは……なんだか寂しそうに見える。

 「あの……こんなの事私が言えた立場じゃないんですけど……これからも仁ちゃんの親友でいてもらえませんか?」

 「なんで? 絶縁宣言してきたのはあっちだよ?」

 「でも……一輝さんもわかってますよね? 仁ちゃんには一輝さんが必要なんです」

 「その必要な俺を切り捨てたのはアイツ自身でしょ? 今までどんだけ尽くしてきたと思ってんのか……今回の事で、いい加減愛想が尽きたよ」

 「いいえ、愛想は、尽きないと思います」

 「んん?」

 私の言葉に、亀のように首だけを少し、顔を前に出す一輝さん。

 「仁ちゃんの魅力は底なし沼です。はまったら抜け出せない。私もそうだから、わかります」

 「沼って……ま、確かに昔の仁には憧れてたけどね。冷徹非情で最強で……少年漫画でもそういうキャラいるじゃん? でも、唯ちゃんのせいで、変わっちゃった……俺、今のあいつに大して価値を感じてないのよ?」

 「じゃあどうして、すぐに離れなかったんです? 変わっても、好きなんですよね? ううん、変わったからこそ、違った魅力に気付けたのかもしれない。だから一輝さんは、ずっと仁ちゃんを支え続けてきたんじゃないですか?」

 「それは……」

 「一輝さんも、変わって来たんじゃないでしょうか。仁ちゃんと、一緒に……」

 一輝さんはうつむいて、少しの間、黙り込んだ。

 仁ちゃんと一緒に過ごしてきた時間、乗り越えてきた困難……それを逡巡しているのかな。そんな風に思う。

 「……唯ちゃん的にはさ、俺なんかいない方が都合がいいんじゃないの? 俺が君を大嫌いだって、気付いてるよね?」

 「私を嫌いでもいいんです。ただ、仁ちゃんの事は、嫌いにならないでください!」

 「A〇Bか」

 真顔のまま、そんなツッコミをしてくれるものだから、ちょっと笑いそうになってしまうけれど……堪えた。
 今はとっても大切な話をしている最中だから。

 「というか、嫌いになれませんよね? そういう人に、仁ちゃんの傍にいて欲しいんです! 何があっても……たとえ車を廃車にされようと、仁ちゃんの為に動いてくれる人に……!」

 「……仁が、社長になる為に?」

 「はい」

 大企業の出世争いがどんなものなのか、私には分からない。でも、とてつもなく過酷だという事は想像できる。
 そういう系のドラマは、一通り見倒したから。

 「騙し合って、陥れ合って……そんな時に助けれくれるのは結局、仁ちゃんを心から愛している人です。だから、仁ちゃんには一輝さんが必要不可欠なんです! どうか……どうかお願いします!」

 「……自分に酷い事を言った相手に、よくそうやって頭下げられるよね。そういうドラマのヒロイン気取りの健気さ、虫唾が走る」

 頭上から降って来る、一輝さんの舌打ち。でも、まるで気にならない。

 「夫の味方を増やす事も、妻の仕事なので――っ」

 しっかりとした口調で、しっかりと伝える。

 だって仁ちゃんの夢を叶える事が、私の夢。人生そのものだから――。
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