上 下
113 / 273

113.親の背中が小さく見えたら親孝行すべき時期

しおりを挟む
 「あら仁!? もう帰って来たの?」

 帰って来ちゃいけねえのかよ……と、言い返したくなるような顔で、俺を出迎えてくれた母さん。
 まぁ、まだ昼にもなってない時間に会社員が帰宅したら、驚くのは当然だけど。

 「会社で吐いて、強制早退」

 「やだ、大丈夫? この間も胃腸炎で倒れたって唯が言ってたわよ? ストレスかしらね? また無理してるんじゃないの?」

 随分と優しくなったもんだ。
 昔、俺に胃のうんちくを聞かせた後に……
 
 『でも、あなたも飛鳥一族の一員なら、ストレスに胃腸をやられるような軟弱者にはならないでちょうだいね?』
 
 と、圧をかけてきたのと同一人物とは思えない。
 この人も……唯と出会って変わったんだよな。

 「いや、朝、餅みたいなお粥食わされたせいだと思う」

 「ちょっと。唯の為に作ったのに、あなたが勝手につまみ食いしたんでしょう?」

 自分の部屋に向かう俺に、不服そうな顔でついてくる。

 「ねえ、お母さん、今日は泊まろうか? 仁が帰ってきたら、会社に顔出そうと思ってたんだけど……あなたも体調が悪いなら……」

 「俺は大丈夫。出したらすっきりして元気になる系のゲロだったから」

 「もう、汚い言葉遣いね……っ。じゃあ一旦、いい? 唯、さっき寝た所なの。今の所重症化の兆しはないけど……慎重に見守ってあげて」

 「わかった。……悪い、母さんも忙しいのに」

 手早く荷物をまとめ、コートを羽織って、玄関に向かう母。

 「いいわよ。こんな事でもない限り、あなたも唯も頼ってくれないでしょう。……私達の反対を押し切って結婚したせいもあるんでしょうけど」

 俺に背を向けたまま、ため息を吐く。
 その背中は、子供の頃に見ていたよりも、一回り以上小さく感じて。

 「それでも……反対はしても、最後は俺達の意志を尊重してくれた。……感謝してるよ」

 「……俺達、ね。まぁいいんじゃない? あなたたち、本当の夫婦らしくなったもの。唯の、夫を庇う妻の健気な顔……見せてあげたかったわ」

 首だけで振り返り、にっと笑う母。

 「俺を庇う? なんだよそれ」

 「ふふ。優しい唯のお陰で、あなたは今晩タワシを食べなくて済んだって事よ」

 タワシ? 意味がわからん。

 「晩御飯、冷蔵庫に入れといたから。あ、安心しなさい。家政婦さんに作って貰ったものよ。時間も無かったしね」

 「だったら、唯のお粥も頼めばよかったのに」

 「うるさいわねー。愛する我が子に、手料理を振舞いたい母の気持ちを理解しなさいよ。それじゃね。何かあったらすぐ電話して」

 あれは、手料理とは言えない。
 そんなツッコミを飲み込みつつ……。母を見送った俺は、唯の部屋に向かった。

 静かに扉を開けると聞こえて来た、かすかな寝息。
 白い頬はまだ紅潮したまま。高熱が続いているのだと、わかる。
 額の冷えピ〇は、もう四隅がカピカピ。剥がしてみると、案の定ぬるい。

 「新しいの、どこだ……?」

 唯の室内に、視線を巡らせる。
 すると、ベッドの上……唯の向こう側に、開封済の箱が転がっているのを見つけた。
 自力で貼り換えられるよう、そばに置いておいたんだろうな。

 大変な状態なのに、母さんにまで遠慮をしている唯を、らしいな、なんて苦笑いしながら。寝ている唯を体で跨ぐような体勢で、箱に手を伸ばす。

 その直後だった。

 目を覚ました唯が、大きな悲鳴を上げたのは。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

黒隼の騎士のお荷物〜実は息ぴったりのバディ……んなわけあるか!

平田加津実
恋愛
王国随一の貿易商に仕えるレナエルとジネットは双子の姉妹。二人は遠く離れて暮らしていても、頭の中で会話できる能力を持っていた。ある夜、姉の悲鳴で目を覚ました妹のレナエルは、自身も何者かに連れ去られそうになる。危ないところを助けてくれたのは、王太子の筆頭騎士ジュールだった。しかし、姉のジネットは攫われてしまったらしい。 女ながら巨大馬を駆り剣を振り回すじゃじゃ馬なレナエルと、女は男に守られてろ!という考え方のジュールは何かにつけて衝突。そんな二人を面白がる王太子や、ジネットの婚約者を自称する第二王子の筆頭騎士ギュスターヴらもそれぞれの思惑で加わって、ジネット救出劇が始まる。

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

【完結】政略結婚をしたらいきなり子持ちになりました。義娘が私たち夫婦をニヤニヤしながら観察してきます。

水都 ミナト
恋愛
私たち夫婦は祖父同士が決めた政略結婚だ。 実際に会えたのは王都でのデビュタントだけで、それ以外は手紙で長らく交流を重ねてきた。 そんなほぼ初対面にも等しき私たちが結婚して0日目。私たちに娘ができた。 事故で両親を亡くした遠い親戚の子を引き取ることになったのだ。 夫婦としてだけでなく、家族としてもお互いのことを知っていかねば……と思っていたら、何やら義娘の様子がおかしくて――? 「推しカプ最高」って、なんのこと? ★情緒おかしめの転生幼女が推しカプ(両親)のバッドエンド回避のため奔走するハイテンション推し活コメディです ★短編版からパワーアップしてお届け。第一話から加筆しているので、短編版をすでにご覧の方も第一話よりお楽しみいただけます!

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※完結済み、手直ししながら随時upしていきます ※サムネにAI生成画像を使用しています

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

夫に隠し子がいました〜彼が選んだのは私じゃなかった〜

白山さくら
恋愛
「ずっと黙っていたが、俺には子供が2人いるんだ。上の子が病気でどうしても支えてあげたいから君とは別れたい」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...